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第九話:香椎千里の青の時代(前編:その1)

 さて。


 第七話の前編冒頭でわたしは、ン十年前の一月に、猪熊先生が受け取ったとされる、ある結婚式への招待状と、そこからはじまる、ナニカにまつわるエトセトラ、的なものを書こうとしていたワケでありますが、なぜかそのまま、ながされるまま、町の小さな喫茶店『シグナレス』におけるミスターとのお別れ会へと突入って言うか、そこから更に、飛んだカップル的に、彼との時間旅行へと突入。悪魔と少女と行政書士さんの魂っていうか寿命をかけたバトル (バトル?)を砂っかぶりで見ることになったって言うか、途中参戦までさせられてしまったりなんかして、そんなスッタモンダのテンヤワンヤの挙句、問題の、ナニカにまつわるエトセトラ、的なものの続きは、けっきょく一行も書けていないワケでありますが――、


     *


「さて」


 というワケで、その辺のナンヤカンヤもなんとかひと段落、やっと愛用のノートパソコンの前にすわることが出来たわたし、樫山泰子であります。


 電源を入れ、ワードを立ち上げ、冷たいコーヒーをひと口すすって……って、はい? いま、何か言いました? …………「ミスターとはちゃんとお別れ出来たのか?」?


 あー、はいはいはい。


 あの赤毛ならねー、それこそ、例のお別れ会のあと、ちゃーんと、次の冒険? 探検? 例の、《かなしい時間に立ち会うひと》を助けに行くためのアレに、しっかり飛ばされて行きましたよ。行きましたとも……、ええ、はい、そりゃ、もう、しっかり飛ばされて……え? …………「やっぱり寂しかったりするのか?」?


 あー、もー、そりゃー、ねえ?


 それこそほんと、ン十年ぶりの再会だったわけですし、さみしいって言えば、さみしいんですけどね、でも、ほら、そこは、やっぱ、時空を旅して、人を助けて、それでなんぼのミスターなワケで………………って言うかさあ!


 あのね、ちょっとね、ひょっとするとね、けっこう話がズレちゃうんじゃないかな? っとも想っちゃうんですけどね、


 うーん? いまって、お時間大丈夫だったりします?


 だいじょぶ? ほんとに?


 だったらー、なんつーかー、愚痴って言うかー、ちょっとー、聞いて頂きたいことがー、あるんですけどー。


 そうそうそうそう、あのバカ野郎のお話で。


 そうそうそうそう。


 あのー、ほら、前回、例のお屋敷で宙ぶらりんになったことあったじゃないですか、わたし。


 そうそうそうそう。


 あのパ……スカートの中身が見えちゃったところ。


 そうそうそうそう、あれあれあれあれ。


 でね、あのシーンもね、お別れ会でね、話題にあがったんですけどね、そしたらね、あの赤毛野郎ね、とつぜんね、


「でも、ベージュはいただけないな、ヤスコちゃん」


 とか言い出しやがってッ! あのドぐ (*検閲ガ入リマシタ)郎ッ! しかもッ!


「しかも、結構ヨレヨレだったしさ。いくら普段履きとは言っても、あそこまで色あせや毛玉やほつれが――」


 みたいな感じにダメ出しして来るワケですよッ!


 はあっ?! って感じじゃないですか!


 いや、わかる! わかるんですよ!


 そこはね、あの野郎もね、ひとつ前の身体ではね、女性だったそうですからね、男性的視線? って言うんですか? そーゆーね、いやらしい意味でですね、言ってるんじゃないってことはね、分かるんですよ、分かるんですがッ!


「もちろん、そんなに頻繁に他人に見られる部分でもないから、あんまり力を入れられないってのも分かるけどさ――、ぼくも昔はそうだったからね。

 でもね、それでもそこはさあ、女性としてのプライドって言うか、矜持って言うか、ああ、それにほら、下着を見直すことで、たとえば姿勢がよくなったりすることもあるワケじゃないか、バストのトップが上がるとか、垂れはじめたヒップが補整されるとか」


 とかッ! マジで女性目線のアドバイスまではじめてくれちゃってッ!


 しっかもさー、こっれがさー、あのアホのひとつ前の写真見せてもらったらさー、こっれがまた、マジでキレイな黒髪美少女だったりしてさあー、ふっざけんなって話じゃないですかー、しかもその上、そこからアナタ、


「だからさ、ぼくでよければ、下着選びももちろんだけど、それ以前の? きれいめボディに魅せるコツってヤツを、教えてあげてもいいよ」


 みたいな感じで。


「先ずはその猫背かな? せっかく身長はあるんだから、もっと背筋をピンと伸ばして――」


 って、白昼の喫茶店でダメ出し講義スタートですよ。


 座り方やら立ち方やら、歩き方やらなんやらかんやら、お客さんこそ少ないものの、八千代ちゃんはじめ、厨房のエマちゃんやらオーナーの美里さんやら、くすくすくすくす。そりゃまあ、こっちには聞こえないように笑ってくれてましたけどー、そしたらあなた、挙句の果てにはあの赤毛、


「バストもカップ付きキャミソールで済ますんじゃなくてさ、面倒でも、ちゃんとしたお店に測ってもらった方がいいよ」


 みたいなことまで言い出しやがって、


「そうすれば、そのAAカップも、Cとは言わないまでも、もう少しマシな……、ごめん、ちょっと形を確認させてもらうよ」


 って!


 わたしのおっ――胸部までさわりに来やがって! だからこっちも驚いて、


 ぱっシー――ン


 って、平手打ちかましちゃったんですよ、それこそ、白昼の店内にひびき渡る感じで。


「なにすんのよッ! ミスター!」


 そうそうそうそう。これ、もう仕方ないヤツですよね? 仕方ないって想いますよね?


 そうそうそうそう。ほっんと、あのバカ、ほんとに仕方ないヤツでー、ほんとに仕方ないヤツだって想うんですけどー、そしたらー、


「あ、ご、ごめん、ヤスコちゃん、つい」


 って、彼があやまり始めたところでですね、


 ピッ ピッ ピッ ピッ


 って、例のデジタル時計が鳴り出しちゃって、


「え? なに? もうかい?」


 って、どうやら、ミスターの時間が来たみたいでですね、


 ピピッ ピピッ ピピピピッ


 って、時計の鳴る間隔も短くなって、


「ごめん、ヤスコちゃん、先生――」


 って、そんな感じに言ってる途中で、


「ぼく、もう、そろそろ行かな――」


 ピピッ ピピッ ピ――


 って、あのバカ、まーたどっか行っちゃったんですよー、そうそうそうそう。こっちにちゃんと、あやまりもしないで……、


 え?


 あー、ねー、ほっんと、バカみたいな話ですよねー、わたしもちゃんと、お別れしたかったんですけど…………、


 が!


 まあ、そんな感じで。猪熊先生もですね、


「ナンダカンダで、また会えるわよ」


 みたいな感じに言ってくれてましたし。うん。


 ま、さみしいっちゃ、さみしいですけど、こんど会ったら、平手打ちの件は、こっちから謝るつもりでいたりします。はい。


     *


「さて」


 と、言うワケで。


 閑話は休題、本編に戻ろうと想いますが…………えーっと?


 あ、そうそう、パソコンの電源を入れたところでしたね。なので、


 パソコンの電源を入れ、ワードを立ち上げ、冷たいコーヒーをひと口すする、貧乏三文小説家・樫山泰子なワケですが、このままネットも立ち上げて、色々見て回りたくなる衝動を抑えつつ、しかし、


     *


『しかし、そうは言っても、こんなときに、花嫁・花婿両名のお幸せを祈念せずにはおられないのが猪熊先生なワケで、彼女は――自身の胸のいたみは、いったんどっかにさておいて――その結婚式に合わせ、一枚のお祝いイラストと、のちに公表することになる、短編のネームを描くことになるのでありました。』


     *


 と、先生の物語の続きを書き始めるわたし・樫山泰子であります。それから、


     *


『それから、この一枚のイラストは、結婚式当日、祝福の言葉とともに、花嫁・花婿両名の下へと届けられ、短編ネームの方は、表紙に先ずは、「Girl‘s Life」とちいさな文字を書かれてから、その後すぐに、それを二重取り消し線で取り消すと、「星の下、境界の上」という仮題を、与えられることになるのでありました。』


     *


 って、我ながら相変わらず文章がへったくそだなあ……が、まあ、まずはお話を進められるだけ進めて、その辺は推敲作業でなんとかしましょう……って、なったことないんですけど。それはさておき、そうしておいて、


     *


『そうしておいて彼女は、パラパラパラと、最後に一度ネームを見返し、机の隅で冷え切っているであろうココアに手を伸ばした。それから、


「これって、いつのココアだっけ?」


 と、しばし躊躇はしたものの、それでもそのまま、そいつをひと口ゴクンと飲むと、描いたばかりのそのネームを、作業机のいちばん上、いちばん薄くて、いちばん開かない引き出しの、いちばん取り出しにくい場所へと、サッと投げ入れた。』


     *


「……あれ?」


 と、ここまで書いて、パソコンを打つ手を止めるわたし。部屋の反対側にある、猪熊先生の作業机の方を見る。――え? ひょっとして?


「いやいやいやいや」


 肩をすくめ、首を振り、ちょっと自分に苦笑いしてから、


「それはねー、あったとしてもねー」


 と、ふたたびパソコン画面へともどって行く。――それから先生は、


     *


『それから先生は、もういちどだけココアをすすると、すっくと立ちあがり、仙台在住のマンガ家仲間から教えてもらったという「マンガ家体操第一」を――』


     *


 うん? 《仙台在住のマンガ家》? …………って、いやいやいやいや、ないないないない、流石にそれはないわよね。


     *


『両手を前に出し、指を一本ずつ折りながら、


「1、2、3、4、5、6、7……」


 こうすることで先生は、私人モードのマンガ家から、お仕事モードのマンガ家へとモード・チェンジを行なっていくワケであり――、』


     *


「って、私人モードもお仕事モードもマンガってどんだけですか、先生」


 と、ひとりつぶやくわたし。締め切り間際の恋愛短編と近況エッセイのことがふっと脳裏をよぎったが、


「ほんと、先生ってマンガばっかり描いてますよねー」


 とつぶやいては、一銭にもならない、趣味まる出しの、どーせ誰も読まないであろう、この小説の続きを書いていく。するとここで、


     *


『するとここで、』


     *


 ピンポーン。


     *


『と、玄関チャイムの音がして、


「1、2、3、4、5、6、7……」


 と、すこし速度を落としつつ、指の関節ひとつひとつを入念にチェックする先生だが、』


     *


 ピンポーン。


     *


『と、ふたたび玄関チャイムの音がして、


「以上」と先生。「マンガを描く前の『準備体操』、終わり」


 そのまま両手をブラブラブラブラ、机に座り直…………あれ?』


     *


 と、ここで、パソコンモニターから目をはなし、キョロキョロキョロとあたりを見回すわたし。すると、


 ピンポーン。


 と、みたびチャイムの音がして、


「あっ」


 と、現実に戻ることになった。


 そうそうそうそう、そうだった。先ほどメールで先生から、


『来客予定あり。』


 って連絡が来てたのを、すっかりと忘れていた。


『電車遅延。あがって待っていてもらって下さい。――猪熊』


 そうそうそうそう、そうでしたね、先生。


 ピンポーン。


 はいはいはいはい、すぐ行きますよ、すぐ行きますってば。


 ピンポーン。


 しまったなー。たしか、新しいアシスタントさんの面接かなにかなのよね。


 カチャ。


「すみません、お待たせして」


 とわたし。相手も確認しないままドアを開けつつ、


「ちょっと別の作業をしてまして、猪熊先生も、なんか電車が遅れているとかなんとか――」


 するとそこには、大学生? くらいかなあ? 小柄だけれど、気の強そうな女の子がひとり、ポツンと立っているのでありました。


「えーっと? たしか、アシスタントの件ですよね、森……森……?」


「あ、はい、」と彼女。ちいさいけれど、はっきりとした口調で、「森永です、森永久美子です」



(続く)

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