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第八話:こまった時には気軽に相談、あなたの街の法律家。行政書士の石橋さん(後編:その1)

 承前。


     *


「いったい、誰の話をしているんだね? お嬢さん」


「行政書士さんです」


「行政書士?」


「『こまった時には気軽に相談、あなたの街の法律家』 うちのお店によく来るんです。行政書士の、石橋さん」


     *


 と、言うことで。


 こちらは、前編の続き、現在の猪熊先生のタイムラインから見た、《ちょっと未来》の石神井公園A地区野球場で、そのグラウンドを、


 ぴゅーっ


 とばかりに駆け抜けていくのは、我らがヒロイン、長身赤毛の 《ガールフレンズ・ワンダーランド》、佐倉八千代ちゃんで、


「ちょ、ちょっと待ちなさい、お嬢さん」


 と、そんな彼女に声をかけるのは、問題の悪魔 《メフィストフェレス》の力で若返ってしまった、少年姿の老人であります。


 そうして、


「すぐもどって来ますからー」と、こちらをふり返りながら八千代ちゃんは叫び、「そこで待っててくださいねー」


 と、そのまま、公園前の国道を、東に向かい去って行くのでありました。


 そうして、


 そんな彼女の姿に老人は、つい、そのまま、そこのベンチに腰かけてしまいそうになったのですが、それでもハッと我に返ると、ちいさく頭をふり、


「すまんな、お嬢さん」ひとりそうつぶやくと、「これ以上、迷惑をかけるわけにもいかんよ」と、公園の奥へと消えて行くのでありました。「なにしろ、相手は悪魔だ」


     *


「いいえ、たとえ相手が悪魔だろうが天使だろうが、契約は絶対ですよ」


 と、それから10分ほどがして、こちらは問題の七丁目のスーパー。レジの前にならんでいるのは、件の行政書士・石橋伊礼さんその人であります。


 彼はいま、こちらの、《安くて、近くて、フレンドリー》がコンセプトな格安スーパーで、夕飯用の食材 (タイムセール品)をゲットしたところであり、


「と言うより、それこそよほど、彼らの方が、人間よりも契約を重んじますよ」


 と一時期、猪熊先生経由でご紹介頂いた、《あちらの方々》のことを想い出しながら続けます。


「ですから、その少年? お年寄り? の方が望まれる結果が得られるかどうかも、その契約の内容次第と言うか……」


「だから、石橋さんの出番なんです」


 と、ここで八千代ちゃん。両手をあわせお願いするようなかっこうで彼にうったえますが――、


 それはさておき、ふっと目にしたカゴの中身が気になったのか、「一人前にしては、多くありません?」


「彼氏が来るんですよ」と、視線をそらす石橋さん。セルフレジに商品を通しながら、「ですから、出来れば手短に――」そう、続けようとした。


 したのだが、ここで彼は、この店内のざわめきに、窓から見える街の様子に、そうしてなにより、おとぎ話のような少女の髪の毛の色に、なにかに気付いた、あるいはデジャヴに囚われた感じになると、


「あぁ……、これですか……」


 と、ひとりつぶやいた。


 きっと、《ちょっと昔》に受けた預言を想い出しでもしたのでしょう、彼女の顔に視線を戻すと、


「それでは先ずは、その方のお話を聞かせて頂くとして」と言って財布をひらいた。「ですが、ひとつお願いが」


「お願い?」


「冷蔵庫を」


「冷蔵庫?」


「そちらのお店の冷蔵庫を、貸して頂けませんか?」――なんだか、長くなりそうなので。


     *


 電話が鳴ったとき、老人姿の少年は、ベッドの上にすわり、この屋敷の悪魔が特別に取り寄せたという、ナントカとか言う高級スープを、どうにか口に運んだところであった。


 であったが、しかし、それはまるで、虚無や無関心をあつめ煮込んでお湯で薄めたような、そんな味しか、いや、そんな味すらもしない代物で、そのため彼は、


「すこしは、栄養をとって頂きませんと」


 とうそぶく彼の悪魔に、


「うるさい」


 そうつぶやくと続けて、


「でないのか?」


 と、手にした銀の匙を、介護用テーブルのうえに投げ出した。


 部屋はうす暗かったが、その中にいて執事のひとみは何故か、紫のような深い青に光っていた。


「きっと、間違い電話でしょう」悪魔は応えた。「この屋敷にかけるものなどおりはしません」


 皮肉も、悪意もない、ただの真実であった。


「いいから、出て来い」少年は応えた。「その間は、この現実を忘れられるかも知れない」


「かしこまりました」悪魔は応えた。「その間に、どうか、もうひと口」


「うるさい」ふたたび、少年はつぶやいた。


 カチャリ。


 寝室のドアが開き、悪魔は出て行った。


 電話の主は、きっと以前の主人だろう。


 気でも変えたか罪の意識に芽生えたか、


「つまらん」


 と、悪魔はつぶやいた。


 が、いずれにせよ、契約はこちらにある。


「だれがもどしてやるものか」


 せいぜい、金で買った時間の中で、のこりの生を生きるがいい。


     *


「お客さーん、どこ行ったのー」


 すっかり日の落ちた石神井公園に、八千代ちゃんの声がひびきます。


 彼女は、石橋さんの食材を『シグナレス』の冷蔵庫におし込むとそのまま、彼が彼氏に、今日の逢瀬が遅くなる旨を電話し、ケンカし、なか直りし、


「もちろん、このつぐないは、かならずするからさ、シゲオ」


 と、ともだちのエマちゃん (腐女子)が聞いたら卒倒するであろう会話を、横でしっかり聞いていたのだが、


「あ……、いや……、それは……、え? いま? ……ここでかい?」


 と、ためらいがちの石橋さんが、


「……もちろん、愛してるよ、シゲオ」


 とか言っちゃったあたりで顔を真っ赤にすると、


「もう! はやく公園にもどりましょうよ!」


 と、照れる彼を引っぱって、公園にもどって来たところなのでありました。


 で、ありましたが、今回の冒頭でもお見せしたとおり、問題のお客さん、少年姿の老人は、これ以上彼女に迷惑をかけることは出来ないと、ひとり、悪魔メフィストフェレスの待つお屋敷へと、戻って行ったところなのでもありました。そのため、


「だめです、どこにもいません」


 と、彼女も石橋さんも、老人の居場所どころか、名前も行き先も分からない状態になっていたんですね。


 いたんですけど――、


     *


「ねえ、これ、この後、どうやってお屋敷まで行くの?」


 と、ここでわたしは、となりに座るミスターに訊きます。


 と言うのも彼が、猪熊先生のマンガで、このお話を読んだことがあるって言ってたのを想い出したからなんですね。


 なんですが――、


「あれ?」と、きょろきょろあたりを見まわすわたし。「ミスター?」


 つい先ほどまで同じベンチに座っていたはずのミスターがいなくなっている。


 不思議に想ったわたしは、そのまま、ベンチから立ち上がろうとしたのですが、


 そこに突然、


 ドンッ!


 と誰かがわたしの背中を押し、目の前の茂み――八千代ちゃんたちとの境界線――の方へとはじき飛ばしました。


「ゴメンね、ヤスコちゃん」


 後ろで、あのクソったれエイリアンがささやいていました。


「これで多分、マンガどおりになるよ」


     *


「どうしましょう? きっとひとりで行っちゃったんだわ」


 と、ここでカットは切り替わり、《境界線》向こうの八千代ちゃんは言います。


 すると、それに続くかたちで、こちらも同じく、《境界線》向こうの石橋さんが、


「そのお屋敷の場所は分からないんですか?」と、すこし困った口調で訊き、「住んでる町とか、名前とか」


「すぐもどるつもりだったし」と八千代ちゃん、あたりをきょろきょろ見まわしながら、「まさか、ほんとにひとりで行くなんて――」と、なんだかさみしい感じに応えます。


 すると、そんな彼女のさみしい顔など見たくない。と、どこかの誰かが想ったかまでは分かりませんが、そこに突然、


 ドッザアー!


 と、彼らの横の茂みから、じみーな服の、貧相ボディの、くせっ毛メガネの、貧乏三文小説家・樫山泰子が、地面にひざつき現われたのでありました。


「いってててて、てて」


 と、すりむいた右膝を確認するわたし。


「あの丸顔エイリアン、あとできっちり絞めてやる」


 みたいなことを考えていると、そこに石橋さんが、


「樫山さん?」と訊いて来ました。「どうしてここに?」


 しかし、ここで彼は、《ちょっと昔》に受け取った、預言のピースが、すべてそろったのでもありましょうか、


「あっ!」とひと声おどろくと、「それでだったんですね?!」わたしの前に膝を付き、こちらの顔をじっと見ます。


「なにがですか?」とわたしは訊いて、


「お屋敷の場所ですよ」と石橋さんは答えました。「樫山さんが、知っているんでしょ?」


     *


「そんなことは知りませんよ、元の旦那さま」


 執事姿の悪魔が言った。


「あなたはお金で時間を買い、彼はお金で時間を売った。一年を一億円、六十年を六十億円。双方納得、契約書が取り交わされた」


 それからソイツは、ナニカの皮でつくられた、一枚の契約書を取り出すと、


「これが、あなたの署名。これが、彼の署名。これが、私の署名。契約は絶対だ」


 ここは、問題の屋敷の一階客間。この家の元の主人、少年姿の老人が、彼の元の召使い、悪魔メフィストフェレスの下へと、契約の取り消しを相談しに来たところである。


「少年に残された時間は?」老人は訊いた。


「およそ三か月」悪魔は答えた。


「悪化したのか?」


「急激な変化が原因かと」声に出さずに悪魔は嗤った。


「それならなおさらだ」老人は言った。それでもすこし、ためらいながら、「もらった時間を、彼に返したい」


「返してどうされるのですか?」悪魔が訊いた。嗤い出すのを抑えつつ、「あの少年は――」


「あの少年は、自分の未来に、この国の将来に、この世界の残酷さに、見切りを付け、絶望して、それをあなたに売った。


 一生かけても、彼が手に入れられないであろう、お金と引き換えにね。


 それを今更、そんな世界を、未来を、絶望を、あの子に返して、どうしようというのですか?


 また、いつものように、


「絶望のなかを生きていけ」


 と、無責任に言われるおつもりですか?


「君たち若者なら乗り越えられるさ」?


「生きていれば、よいこともあるよ」?


「未来は、こんなにも、希望にあふれているんだ」?


 彼らの未来を、絶望に変えたのは、他でもない、あなた方だ。


 そうして、そんな罪には気付かず、気付けず、気付かぬフリをして、私を呼び出したのも、あなた――いや、あなた方だ。


「人生をやり直したい。たのむ、悪魔、金なら、いくらでも出す」


 私は、あなた方の望みを叶えて差し上げた。


 それをいまさら善人面で、


「こんどは寿命を、未来を、あの子にかえしてあげたい」だと?


 ふざけるな!


 いいか、よく聞け、人間よ。


 この世の地獄をつくるのは、


 われら悪魔や、


 やつら天使や、


 ましてや!


 天にまします、あのクソ野郎でもない!


 おまえら!


 人間どもだ!!」



(続く)

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