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作者: 桐生悠梨

「ここは……」

宇宙の隅っこ、あるひとつの生命体がある星に降り立った。

「ひどいな」

それは思わず呟いた。かつて水に包まれ豊かな自然があったであろうその星は、知的生命体の勝手な文明に穢され、破壊し尽くされていた。

それがしばらく散策すると、文字らしきものが書かれた石の群れがあった。石に腰かけたそれは、自身が身につけている服を慣れた手つきで操作して文字を読み取った。

「ふむ。墓であったか」

それは悪びれる様子もなくそのまま石に腰掛けて、しばらく考え込んでいた。

次にそれが動いたのは、ガコンッと音が 鳴った時だった。

「何かいるのか」

既に汚染されきったその星に、もう生命体はいないと踏んだそれは、想定外のことに困惑して武器を構えた。

その星の住人と思われる生命体が、武器のようには見えない、液体が入った容器を持ってそれに近づいた。

「くぁwせdrftgyふじこlp」

それが身につけていた便利な服は、数語単語を認識すると自動で翻訳した。どうやら「この星に私以外にヒトがいたなんて」という意味だったらしい。ヒト、というのはその星の住人を表す言葉らしい、とそれは思った。

「あなたはここの住人ですね?まだ生命体がいたとは露ほども知らず、失礼しました。すぐにこの星から去りますゆえ、どうかご容赦ください」

それはできるだけ穏便に、戦闘だけは避けるように言った。

「あら、あなたニホンゴが喋れるのね!

安心していいわ、私はこの星の最後の人間だから。私以外はみんな病で死んでしまったから、今この星には私とあなたのふたりきりよ。ねえ、私ずっと退屈してたの。もう少しゆっくりしていって!こっちへおいで、私のおうちがあるわ!」

それは少し呆気に取られたあと、罠の可能性を考えて、それからその服が読みとった最大限の喜びの感情を見てついていくことにした。

「君は私が怖くは無いのか?」

「怖くなんてないわ、あなたはニンゲンのような風貌はしてないけど、ニンゲンみたいだもの!」

ニンゲンではないそれは少し複雑な気分で1住人の少し後ろを歩いている。

「あなたはここに来るのは初めて?サイダーを飲んだことはある?あ、サイダーっていうのは今私が持ってるこれよ、つめたくてあまくてしゅわしゅわで、うーん、とにかく美味しいの!」

住人は早口でまくしたてるようにとめどなく喋っている。話し相手がいるのが嬉しいのだろうか。

「この星に来たのは初めてだ。さいだぁ、私の記憶の限りではそのようなものを飲んだことは無いな。」

「そう、それは人生の9割損してるわ!そこにジハンキがあるから買いましょう、奢ってあげるわ」

住人は鼻歌を歌い、スキップをしながらジハンキに向かっていった。先程響いたガコンッという音がして、住人が片手に持っているさいだぁと同じものをそれに差し出した。

それは容器を切り取って液体を観察した。住民のしゅわしゅわ、という表現はなるほど気泡が弾けることを言っていたと理解した。

「あなた、ペットボトル切り取るタイプの人なのね……初めて見たわ」

「母星ではこれが通常なのだが……違うのか?」

「ぜーんぜん違うわ!こうするのよ、見てて!」

住人は器用にペットボトルの蓋を開けて見せた。それは物珍しそうに眺めた後、「飲み口は小さいのだな」とつぶやいた。

ぷは、と住人はサイダーを飲み干し、それも真似をするようにサイダーを飲んだ。と、それは少し渋い顔をした。

「母星にはこのような飲み物はないな。舌の上で弾けているようだ。この刺激は少し苦手だ」

「そう?あなた炭酸飲めないのね!まあ初めて飲んだんなら慣れないかぁ、いつか美味しいと思う日がくるわよ!」

そんな日は来なくて良い、とそれが思った時、ピピッ、とそれが身につけている服が音を立てた。

「君のスキャンが完了した。なんとも不思議な生態をしている」

「え?スキャン?」

「君、本来ならばこの環境で君が立っていられるはずもない。ましてや、君の同族は既に滅びているのだろう」

それは淡々と住人の異常性を説いた。既に酸素濃度は18%を切っていて、大気は汚染されきっているにも関わらず平気そうに立っている住人を前にして、便利な服は答えを出した。

「偽物だろう、君は。そして君の本体はそこの家にあるな」

と、それはすぐそこにある家を指した。

「偽物?偽物って、人聞き悪いなー。私はちゃんと本物だよ、けど外に出られないから家で空気洗浄機ガンガンかけてんの!この体は便利なロボット、家にいる私はベッドで寝たきりだよ」

それは少し驚いたような様子で続けた。

「こんなにも生物に近いモノを造れるなんて、君たちの文明は優れていたのだな」

「そのおかげで今はこの有様だけどね!それに、あなたのその便利な服には負けるよ。人間は最後までエゴイストだったんだ。自分がどれだけ永く生き延びるかしか考えていない、私も含めてね」

たしかに、その星は破壊の限りを尽くされていた。大気は汚れ、星の周りにはゴミの山。空を見上げれば衛星も霞んでしまうほどのゴミ、ゴミ、ゴミ。

住人もとい機械は飲みほしたサイダーの容器をポイッと投げ捨て、

「でももういいんだ!ほかの生き物をなぶり殺した天罰が人間には下ったんだ。生き残りは私しかいないし、そのたった一人の生き残りは明日には病で死ぬ。最期くらい悪さしようと思ってね」

と言った。くるりと機械は回って、それに向かって言葉を投げかけた。

「私の反抗期の手伝いをしてくれないかな!きっとここで会ったのも、何かの縁だ!それに死にかけの私一人じゃできることは限られてるしね」

それは少し考えた。そんなことをして母星にメリットはあるのか?答えはNOだ。ならば自分のなすべきことはただ一つ、生物の居なくなったこの汚染された星を焼却する。

「悪いが……」

しかし、それは少し考えた。まだ生物はいるでは無いか。それなら最後の生物がいなくなるまで何もしないより、暇つぶしに付き合ってやってもいいのでは無いか。

「……いや、手伝おう。私に出来ることなら」

「じゃあ決まりだね!それじゃあ出発しようか」

それから少し歩くと、見慣れた家や高い建物とは一風変わった、広い土地と建物に辿り着いた。

「ここはなんのための施設だ?」

「ガッコウよ。大人になるまでここで大人になるためのことを学ぶの」

「そうか。実に合理的な施設だ」

「あは、そうかな」

機械とそれはさらに歩いた。建物の中に入り、2階、3階、4階と階段を昇っていく。と、急に機械は足を止めた。

「ここだよ。私のクラス。多分、ここが私の席」

部屋は荒れ果てていた。機械が席と呼んだものはきちんと整列していたものの、ゴミが散らかっていて、布はビリビリに切り裂かれ、透明な板は破れていた。

「私ね、2年くらいガッコウ行ってなかったんだ。虐められててさ、行きたくなくなっちゃった」

「そうか。人間というのは非効率なことをするのだな」

機械はふっと笑って、そうだねと言った。そして急に右斜め前の席を蹴った。蹴って、殴って、どこからか筆記具を取り出して文字を書いて、投げた。

「これは何をしたのだ?」

「復讐。ここ、私を虐めてたやつの席だったの。私にしたことと同じことしてやったの。まぁもう死んだけど」

「そうか。気持ちは晴れたか?」

「全然。こんなことするやつの意味がますますわかんない」

「そうか」

少し沈んだ様子で、しかし沈んだだけではないような様子だった。機械はまた歩いた。それも続いて歩いた。

機械とそれは山を登っていた。それはそれは高い山だった。山頂に着く頃には日が暮れ、衛星が、星々が、ゴミとゴミの間に姿を現していた。機械の口数は少なく、またそれも口を開く合理的な理由もなかったので口を開かなかった。

「それじゃあ、私はこの景色を目に焼き付けながら死ぬとするよ。ここまで着いてきてくれてありがとう。少しでも綺麗な景色を見たかったんだ」

「そうか」

それはなんの感情もなく呟いた。なんの感情も湧かなかった。はずだった。いつのまにか、それは住人に興味を寄せていた。

「君が死ぬというのなら、本物の君に会ってもいいだろうか」

機械は目を見開いて、渋い顔をした。

「えぇ……ひどい有様だし、この姿とはかけ離れてると思うけど……ほんとにそれでいいの?」

「良い。私は君に興味があるのだ」

「それに君は汚染されてるし……寿命縮んじゃうじゃん」

「では十分に洗浄してから君に会うとしよう」

それはそう言って、機械の制止の声も聞かずに最後の生命体の反応の方へ飛び立った。そこに合理的な理由はなかった。

ガチャ、とドアが開いた。住人とそれは初めて顔を合わせた。住人は、文字通り合わせる顔がなかった。目はただれていて、包帯に巻かれている。鼻は欠け、唯一口だけが呼吸をするべく動いている。住人からは死臭がした。

「あは……きちゃった、んだ……」

「君の肉声を聞くのは初めてだな。しかし、喋るのは辛いのだろう。喋らなくても良い。ある程度の感情なら、この便利な服が読み取ってくれる」

それは1人で語り出した。それには汚染された星を破壊する義務があること。汚染されたはずのこの星が、住人の生きた星であると思うと、破壊できないこと。いつのまにか住人に興味を持っていること。もっと沢山色々なところを一緒に冒険したいこと。あんな星空より、もっとずっと住人の方が綺麗であること。

住人に幸の感情が浮かんだ。そして、住人は血を吐きながら口を開いた

「そんなに、思って、貰えた、なんて、うれしいな……。でも、もう、死んじゃうから、ね、ごめん、ね」

それは初めて焦りの感情を見せた。

「無理して喋らずとも良いのだ。何も言わなくても読み取る」

「それじゃ、だめだ……わたしは、きみと、はなしが、したい。ね、あなた、わたし、まちがってなかったね、ほんとうに、にんげん、みたい」

それは住人が言っている意味がわからなかった。自分勝手だ、という意味だろうか、何か間違えただろうか。

「何か間違えたのなら謝罪する。とにかく、無理をして欲しくないのだ。嫌われたくもない。少しでも長く私と生きていて欲しいのだ」

それは合理性に欠いていた。同時に、合理性に欠く自分に驚きもしていた。

「ね、もう、死んじゃうから……さいごに、おねがいを、きいて」

「……手伝おう。私に出来ることなら」

住人は、ありがとうと微笑んだ。それはその姿を美しいと感じた。汚染され、破壊し尽くされた顔に浮かんだ微笑を。

「おはか、たててよ、それで、いのって」

「そうか。わかった」

住人はそれの答えを聞くと、安堵したような、幸せな感情を浮かべて、死んだ。

それは手頃な石を選んで、住人の家の前に立てた。そして、石に名前を刻むこの星の文化を思い出した。

「名前……聞いておけばよかったのだろうか」

そしてそれはしばらく思案したあと、石に“幸”と刻んだ。

「きみが幸せな来世を送れますように」

それはそれの母星の祈り方で、精一杯、懸命に、住人を弔った。

そして住人がそうしたようにジハンキからサイダーを取り出した。墓に腰をかけた。それはサイダーを飲んだ。

「慣れない」

ぽつりとそれは呟いた。やはり苦手だ、それは渋い顔をした。

「破壊せねば」

それは自分の胸元にある、自爆スイッチに手をかけた。ボタンを押そうとした。いつまで経っても、それはボタンを押さなかった。

「合理的でない。早く破壊しなければ」

しかし、そのままそれの指は動かなかった。

しばらく時がたった。恒星が三度それの前に現れた。ボトッ、とそれのまえに母星で見慣れた機械が落ちてきた。

『管理番号191389、任務を遂行しなさい。任務を遂行しなければ国家大逆罪の罪であなたを破壊します。繰り返します。これは警』

「うるさい」

それは機械を破壊した。

「はは、これで私も罪人だ。しかしもともとこの星を破壊するための捨て駒、命はなかったのだ」

そこに合理的な理由などなかった。それはゆっくりと墓から立ち上がった。

「私は守ろう。幸が生きた証を」

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