4話
VR部屋。
初めてVR空間に行くと、白一色の部屋に出る。
そこでここは何かを教えられ、どんどん改造していくのだ。
俺のVR部屋は、季節ごとに違う設定だ。
今は春だから、大きな桜の木の下にベンチがあるだけの部屋だ。
暖かな日差しと、偶に吹く少し冷たい風が心地よい。
空も毎日違う、時間が過ぎれば移り変わる。
だが、地面、桜の木、空とベンチ、後は見渡す限りずっと何もない。地面が続くだけだ。
VR部屋用の上下ゆったりとした服を着た俺はベンチに座った。
左手の人差し指と中指だけを伸ばし軽く振り下ろす。
すると、視界に白い画面が現れた。
画面には持っているゲーム、アプリ、動画のサブスク、ネット検索サービス等のアイコンが表示されている。
VRゲームのフォルダから、卒業するゲーム『ストレイファイター』を選択。
ゲームの開始を選択すると、暗転する。
視界が戻った時、空中に大きく『ストレイファイター』と書かれた空間にいた。
場所と共に服装もゲーム用に変わっており、白いマスクに手術着と手袋という服装になっている。
VR部屋と同じように左手を振ってメニュー画面を出し、ゲームの設定項目からプロフィールを選択。
自己紹介文に『このゲーム卒業します』と打ち込んだ。
クイックマッチを始めようとすると、通知音が鳴りゲーム内でメッセージが届く。
メッセージの送り主は、このゲームで出会った友人だった。
内容はルーム統合してもいいかという事だ。
フレンドリストから友人を選び、招待を送る。5秒と経たずに目の前に友人があらわれた。
「卒業戦ってホントですか?」
声を変更するMODで、くぐもっている高い声の友人。
プレイヤーネーム『サッカリン』俺の格ゲー友達だ。
見た目は、ガスマスクに毒々しいピンクと黒の水玉模様のスーツを着た、赤毛の女性だ。
「本当だけど」
「どうして、飽きました?」
「俺さ、カイラルの第2陣なんだ。そっちに集中したいからやめる」
「カイラル。それなら仕方ないですね」
「だろ?」
「私と1戦して、その後タッグマッチしてから、やめませんか?」
「そうするか」
このゲームは長く続けている。
大型VR機が出てきた当初からあり、友人はこのゲームで出来た。
メニューを出して、カスタムマッチを選択。
いつものルールで承認を要請する。1戦だけ、ダメージ増加、制限時間無制限。
サッカリンの方にも画面が出たのだろう、少し待っていると視界の真ん中で、20秒のカウントダウンが始まった。
数字が減っていく中、左右にプレイヤーネームが表示される。
『焦擂るふぁむ系』VS.『サッカリン(寝技NG)』
残り10秒になった時、視界の中央にあったプレイヤーネーム、残りの秒数が視界の上端に移動した。
目の前には、体の正面で拳を構えたサッカリン。
こちらは半身で左腕低く構えている。
残り3秒になった時点からカウントダウンの音がひと際大きく聞こえ、空気が張りつめるような緊張感。
サッカリンとの勝負は、毎回これだ。
ピリピリと張りつめている。口内が渇くような感覚。
「フーっ」
どうにか落ち着かせて、相手を見据える。
ゼロ秒のカウントと共にプーッと気の抜けるような音が鳴り、サッカリンは一気に距離を詰めてきた。
いつも蹴り技主体なのに、どうしたのか。
極至近距離は俺の得意距離だ。
左のジャブを逸らし、右肘で顔にエルボー。
サッカリンも軽くしか打たず、いつでも次の攻撃を仕掛けられるように動いている。
避け弾き、弾かれ避けられる。
互いに1発も決まらないまま、攻守が激しく入れ替わる。
そんな中、最初に1撃をもらったのは俺だった。
急な連撃が来て、弾きを両手でしてしまい、そのまま腕を封じられて至近距離で頭に蹴りをもらった。
視界端のHPが半分減ったのを確認しながら、封じられていた腕を使ってサッカリンの移動を封じ、顔に頭突きする。
同じくらいHPが減り、振出しに戻った。
「女相手にやりすぎです」
「VRじゃ、女とか男とか攻撃力に関係ないから、問題ない」
男も女も数値上の攻撃力に関係はない。
VRでも現実でも、男より強い女なんて五万といる。
ただ、VRで強い女は現実でも普通に強い。攻撃力は下がるが、動きはそのままだからな。
サッカリンは強い。
先に攻撃をもらったのは、流れ的によくない。
今度はこちらが意表を突く番だ。
近づいてローキック。いなされ、向かってくるジャブを身体で受ける。
HPが1割減ったのを見ながら、軽くよろけてみせる。
実際、重心が軽く浮き、攻撃を入れば体勢が崩れる状況だ。
何度も闘ってきたサッカリンはこのチャンスを逃せない。
何かあると分かっているが、見逃せないはずだ。
案の定、大技を出してくる。
顎に向かってくる右足。両脚を開いて落ちるように躱す。
しかし、それが分かっていたのかサッカリンは体を回した。
右足を戻しながら、左足が上がり地面から両脚が離れた。左の蹴りだ。
右足が着地した途端、向かってくる左足の勢いが増し、繰り出されるのは後ろ横蹴り。
体に当たれば1発で終わりだ。
胸元に迫る足を地面に寝ながら避け、軸足の膝裏に拳を叩き込む。
VRにおける痛覚は制限を受けており、とても鈍感だ。痛みでひるむことは、ほぼない。
ただ衝撃は加わっている為、膝は曲がる。
通常であれば、ここから寝技に持ち込むのだが、サッカリンは寝技NGのプレイヤーだ。
寝技に入ると強制的に試合終了の後、ルーム統合が解除される。
だから曲がった左膝を拳で地面に着けさせ、下がって来た後頭部に右足を見舞った。
左膝と後頭部で半分あった体力はゼロになり、視界には『WIN』の文字。
「あーっ、負けた!」
「俺の勝ちで決着だな」
「私もカイラルしますから、絶対勝ち逃げさせません」
「第何陣で来るか知らないけどー、期待しないで待ってるよぉ」
今回は勝てた為、気分良く煽ることが出来る。
するとサッカリンは、下に向けていた顔をこちらに向けてきた。
当選しなかったのだろう、顔は見えないが雰囲気で分かる。
「腹立つーッ‼」
「はいはい。タッグマッチしてからやめるんだろ?」
「そうです。時間無いから1戦だけですが」
スマホで俺のプロフィールを見てきたのだろう。何をしているか分からないが抜けてきたようだ。
再度メニューを呼びだし、クイックマッチからタッグを選択した。
マッチングが開始して、カウントアップしていくのが見える。
マッチングの平均時間は1分。
「あの……」
「なんだ? サッカリン」
マッチング待機場所で隣にいるサッカリンは、ガスマスクを右手で押さえている。
中学時代にこういうのがいた。
右目が、とかなんとか言って必死に押さえていた。
ソイツ曰く、かっこいいらしいが俺にはよく分からなかった。
「えっと……」
何を言うのか楽しみに待っていると、パッパパーッと大きなラッパの音が響く。
「ちょ、なんですか⁉」
「マッチングした音」
サッカリンが驚いた後、前方に対戦相手が現れた。
1人は男。金髪サングラス、生身に防弾ベスト、カーゴパンツとタクティカルブーツだ。顔は日本系でないが、個人特定防止用の変装マスクを着けているのだろう。
1人は女。恰好は最近見ることのないスケバン風でロングスカート。髪は金髪ロング、口元を革のマスクで隠している。
「なッ⁉ サッカリン?」
「ホンモノ⁉」
2人の反応を見るに、どうやらサッカリンは有名人らしい。
思わず隣を見るが、当たり前のように平然としている。
視界の真ん中で20秒のカウントダウンが始まった。
左右には互いのプレイヤーネームが表示される。
『汗擂るふぁむ系、サッカリン(寝技NG)』VS.『美ボ少尉、竹刀ナイ』
「お前、有名人」
「そうですね。ランクマッチもしてますし、結構上位ですから」
知らぬ間にゲーム内とはいえ、有名人と出会ってフレンド登録しているとは、不思議なものだ。
まあ、このゲームやめるけど。
ゲーム内におけるフレンド登録の為、他のゲームでフレンドになるにはIDを教えあう必要がある。
IDを教える気はないから、仕方ない。
「ないない任せた」
「女相手は苦手じゃないでしょう?」
「基本は苦手、顔を全面覆っているサッカリンは気にならない」
「VRらしい理由ですね」
無駄話している間に音がひと際大きくなり、残り3秒だった。
互いに構え、にらみ合う。
隣を見るとサッカリンもこちらを見ていた。
「ふっ」
思わず笑いが漏れた。
タッグマッチは何度目か。何度もしていたが最後だと思うと、名残惜しさは感じる。
ゼロ秒のカウントと共に高音が鳴り、必勝スタイルの開幕速攻を仕掛けた。
マッチ終了後、視界には『WIN』の文字。
正面にいた2人は消え、残ったのは隣のサッカリン。
「じゃ、カイラルで会えたら」
「他のゲームはしないのですか?」
「するとしてもVR初期のゲームはしないかな? 最近のゲームすると思う」
「分かりました。さよなら」
手を振りながら、ルーム統合を解除した。
他の格闘系ゲームでもサッカリンと遊んだことはある。
けど、このゲームでよく誘われるから『ストレイファイター』をする頻度が多くなった。
懐かしさと寂しさに少し浸って、ゲーム終了し、VR部屋のメニューからVR終了を押す。
一瞬クラッとする感覚と共に、現実に戻ってきた。
スマホからシールドのロックを解除して、開ける。
目の前には白シャツでジーパン、度付き眼鏡のひげが濃いおじさん。
心にあった柔らかな温かい気持ちが一瞬で冷え切った。
余韻を楽しませてくれないのは、ゲームセンターという場所の問題だな。
急いで出ると、おじさんが急いで入って行く。
他の大型VR機は全部使用中で、ゲーム中に何かあったようだ。
大型VR機の奥の机に座って、スマホを眺めるおじさん達。受動車の人達だろうか。
時計を見ると13時20分。気になるが今日の予定をこなす為、帰った。
ありがとうございます。
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