1話
『起きてください、起きてください』
女性的な機械音声に気付き目を開けると、スマホに表示された8時の文字が見える。
はたらかない頭でボーっと見ていると1分、時間が進んだ。
すると、横向きに寝ていた俺の視界に無機質なロボットアームが伸びて、ベッドサイドにあるボタンを押す。
駆動音と共にベッドが起き上がっていく。
枕や布団が体から離れ、段々と頭がはたらき始めた。
「起きた」
言いながら、ベッドから出ると黒い五本指の靴下をロボットアームに渡される。
靴下を履いてから顔を洗い、用意された朝食を食べ、着替える。
換気の為にあけられている台所の窓には、まだ見慣れない街並みがあった。
栄えている街並み。
受動車が列をなしているのを見ると、外に出るのが億劫になる。
『着替え終わりましたね』
「ああ、IC確認して」
玄関に向かうと、二本のロボットアームがインナージャケットを渡してくる。
『確認済みです。ヘルメット、時計、手袋、スマホ、眼鏡。忘れ物はありませんね?』
「大丈夫。今何時?」
『現在、8時25分頃です』
「AIなのに頃って?」
『現在は20??年4月5日金曜日、8時24分12秒です』
靴を履き、ロボットアームの方を向いて手を出す。
無言で待ち続けていると、小さな密閉袋を渡してくれる。
『1日4つまでです』
「8つ」
そう言って口の中に2つミントタブレットを放り込み、袋をポケットに入れた。
返せと言わんばかりにロボットアームは迫ってくるが、それを無視して玄関を出る。
エレベーターに向かい、B1を押してヘルメットを被った。
時計とスマホ、ヘルメットをペアリングして、ヘルメットのシールドに画面を表示する。
音楽アプリを選択して、ゲームBGMのプレイリストを選択、再生ボタンを時計からタップした。
『1日4つまでです』
「まだ言うか?」
ヘルメットから聞こえてくる機械音声は、わざわざBGMの音量を下げて文句を言ってくる。
返事すると、エレベーターがB1へ到着した。
近くには4台の車、2台の自転車、B1駐車場の出口近くに1台のバイクがある。
車の個人所有が減ったとはいえ、まだ所有している人は多い。
バイクに近づき、電源を入れた。
視界にスマホ、時計、ヘルメットとバイクの接続が完了したと表示される。
すぐに切り替わって速度と電池残量、更に視界上側では時刻が、下側には道順が表示された。
跨って1速に入れると、ガレージ出口でシャッターの開く音がする。
AIがシャッターを開けたようだ。
「文句ばっかり言うから、サービス停止するんだぞ」
『いつもの事ではないですか?』
「何回も言わないと直らないだろ?」
バイクを発進させた。
アパート前の車道には『指令受信式自動運転車』受動車が多く並んでおり、渋滞していた。
信号で止まっている受動車の隣をゆっくりと抜け、しばらく走ると自動車専用の地下高速道路に下りる。
合流用車線で加速して、次の入り口が来る前に2車線目へ移った。
モーターが独特の磁励音を出しながら回転し加速していく。
『クルーズコントロール100㎞/hで設定します』
「ああ」
今から10分は何もしない時間だ。AIが車間と速度を保ってくれる。
風圧に負けないように少し体を低くしていると、ミントタブレットが溶け始めて口と鼻がスッとする。
呼吸する度に起こる少しの痛みと口に広がるミント味が、眠い頭を少しずつ覚醒させてくれそうだ。
『学校が始まって5日』
「1日目は入学式とオリエンテーションだったから、4日」
『学校が始まって4日、周囲は人とつながりを得て青春していますが、あなたは』
「あなたは、なんだ?」
『中学時代と同じようにゲームに励み、ゲーム以外の人間関係を捨てていますね』
別に俺は捨てたくて捨てているわけじゃない。捨てる気はないけど知らぬ間に捨てているだけだ。
中学時代、クラス替えをした放課後、ゲームセンターに誘われた。6人で行ったはずなのに、帰りは俺1人だけだった。
『そういえば中学時代に珍しく人と遊んだことがありましたね』
「AIだろ。そういえば、とか言って、すぐに思い出せることをあたかも今思い出したみたいに、相も変わらず嫌味が上手いAIだ」
『あの時は大型VR機に入っている間に、時間を忘れてゲームを続けた所為で他の人は帰りましたよね』
俺の話を無視して顛末を語る。
あの時、俺は何があったか理解していなかった。
しかし、俺のAI。山上インテリジェンスの元フラッグシップAIである『マイカ2』はスマホのカメラから俺を探すことを諦めて、帰る5人を見ていたらしい。
帰り道、謝罪のメッセージを送ると優しい返事を返してくれたが、それ以降一度も誘われることはなくなった。
『1㎞先、出口です』
「りょうかーい」
『ふん』
鼻で笑うかのような音圧を感じたが、高速で走っている為に起きた風切り音と聞き違えたのだろう、そう思うことにした。
自動車専用の地下高速から出て、左に曲がれば学校がある。
正門から学校に入り、右手にあるEV用の駐車場にバイクを入れる。
天井から下りて来た充電ケーブルをバイクに接続、教室に向かう。
『現在8時45分。いつもより5分早いです』
「おい、スマホのスピーカー使うな」
急いでAR眼鏡をかけてフレームつまみ、電源を入れた。
スマホと接続されたことが視界に表示され、AIが今日の時間割を見せてくる。
『本日も午前中に帰るつもりですか?』
「当たり前だ」
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