~前編~出会い~
あたし、星花愛子はIT関連企業を取り仕切る星花グループの元箱入りお嬢様。
何故元かと言えば、まだほんの数カ月前、あたしの父親が総帥を務めるIT関連企業グループ会社、星花グループが何かとここの所発展著しいIT系経済ヤクザ組織新宿國龍会の罠に嵌まり、多額の脱税疑惑をかけられた事によって経営破綻の憂き目を見たのである。
東京白金にあった我が家は、税金のカタにと差し押さえられ、あたし達一家は散り散りバラバラになり、両親は経営破綻と法外に多額の脱税疑惑を苦に一人娘のあたしを独り残すのを不憫に思ったのだろう。一家の大黒柱である父親は、母とあたしも道連れに無理心中を図ったのだが、あたしはこの頃から悪運だけは強かったように思う。
父と母は死んだのだが、不運にもあたし独り助かったのである。
しかし、本当の地獄はこれからだった。
お嬢様育ちで、かつてはばあやと呼ばれる女中さんが何人もいて、何不自由無く暮らしていたあたしだから、独りで生きていくスキルなんて皆無に等しいくらい持ち合わせていなかったのだ。
それに輪をかけるように、あたしが脱税疑惑をかけられ経営破綻したグループ企業の元お嬢様だとわかると、街の人々の反応は冷ややかな物で、誰一人としてまともに取り合ってくれる人はいなかった。
そんなあたしに言い寄ってくるのは、優しい顔をした偽善者ばかりで、わずかばかりの所持金もそいつらにむしり取られ、無一文になったあたしが生きていくには、新宿区の危険地帯とされる西新宿の路地裏で、ありとあらゆる犯罪行為に手を染めるしか、あまったれでお嬢様育ちのあたしには生きる術は無いのだと気づかされた、星花愛子二十歳の夏だった。
けれどそれは、あまったれでお嬢様育ちで護身の術を何一つ持たないあたしには、想像を絶するまさしく修羅の世界で、あたしの路地裏デビューは散々な物だった。
「姐さん…でぇじょうぶかよ?見たとこあんたぁ表の街からの流れみてぇだがよ…この街ぁあんたみてぇなお嬢様育ちの流れが生きていけるほどあまくねぇぜ……わりぃこた言わねぇこの傷が癒えたらこの街ぃ出てくこと…お薦めするよ……」
路地裏デビューとばかりに、路地裏に屯する少年達数人と喧嘩になったあたしだったけど、結果は散々な物で彼等の所持するナイフと二回も痛いハグをしてしまい動けなくなっていたところをこれまたあたしより明らかに年下の少年が介抱してくれていたのだ。
「……あたしにはもう…帰る場所なんて無いんだ……この街まであたしに出てけって言うなら…何であたしの事助けたのよ!?いっそあのまま死なせてくれたらあたしも両親のいる天国逝けたのに!」
人を信じる感情に鍵をかけてしまっていたあたしは、助けてくれた恩も忘れて彼に詰め寄っていた。
「……バカ言ってんなよ!あんたぁ愛子さんだろ?あんたの親父さん達だけだったぜ…他の奴らからすりゃあゴミ屑同然に見らてた俺等を真剣に心配してくれてなぁよ……あんな優しい人が脱税なんてつまらねぇ罪侵すはずがねぇ…俺等だってあんたのご両親の自殺ぁとてもじゃねぇが納得出来る事じゃねぇ……さっきぁ咄嗟にああ言っちまっだけどよぉ死にてぇなんて思ってたとしたら死んだ気になって生きてやれよ!俺等でよけりゃあ力はいくらでも貸す!俺等とあんたでよぉ!親父さん達の仇ぃ伐ってやろうや!」
彼の恩義に不義理をしたのはあたしの方だったのにも関わらず、彼は優しく、詰め寄ったあたしの肩をそっと優しく抱いてくれた。
この時のあたしには、恥だの外聞だのという感情は一切無く、ただただ、彼、皆上康太と彼の傍らあたし達二人のやりとりを真剣な眼差しで見つめるおそらく彼の彼女だろう。一ノ瀬里緖という女性の前、二人の心の深さにあたしは涙が止まらなくなり、声を立てて号泣していた。
「そんなに泣かないで愛子さん……あたし達は何があったってみんなあんたの仲間だよ……それにねあたし思うんだぁ愛子さんとあたし達…出会うように仕組んでくれたんじゃないかって…愛子さんのご両親本当に良い人だったから……」
号泣するあたしの傍ら、彼女、一ノ瀬里緖もまた、涙を流しながらあたしの手を力強く握りしめてくれるのだった。
一方その頃、あたし達家族三人を一家離散に追い込み父親のグループ企業を手にした新宿國龍会の中でも亀裂が生じようとしていた。
「会長ぉ…そろそろ引退してもらえませんか?せっかく手に入れたグループ企業だぁあんたの生ぬるいやり方じゃあいつ倒産なんてなっても不思議じゃねぇ……それにだぁあの騒動から生き残っちまった前会長の娘の事も気になりますからねぇ……妙な動きをしなきゃいいんですがね……」
星花グループ会長室の一角、そう言ってこの騒動に難色を示していた國龍会四代目会長、平岩康介氏に引退を迫ったこの男こそがこの騒動の張本人で、四代目若頭から、五代目会長の座を虎視眈々と狙う、里中弘二という極道というよりは外道に近い男だった。