女王の身代わりだとしても、私をどうか愛してください。それが私に向けられたものでなくても
両腕が覚えている、暖かな重さ。
柔らかく小さな手のひらが私の指を掴んだ感触と、母を求めて大声を上げる、目も開いていない顔を思い出して。
あぁ、もう二度とあの子と会うことはないのだ。
私は所詮、女王陛下の身代わり。
「よいしょっと、産後の肥立ちも良いみたいでよかったよ。カペラ」
泣きながら目覚めた私が、ベッドの上で物思いにふけっていると。
まだ若きハダル=アルフェラッツ国王陛下が隣に腰掛けて、私の髪を撫でる。
軍人貴族から成り上がった彼。がっしりとした大きな手の、ゴツゴツした感触。
少し前の戦争で負った火傷の痕の残る優しいお顔。晴空のように青く澄んだ、私を見つめる瞳。
義務的に私を抱いた時の、女王陛下に背徳を覚えているような乱暴さはなく。
思わず私はその手を取ると、そっと頬ずりした。
「……陛下のお陰で、務めを果たすことができました。あの子の名前はなんというのですか?」
「あぁ、君が付けていいと。アステリアの希望だが、俺もその気持ちだよ」
アステリア女王陛下の名前を出されて、ぎゅっと胸が締め付けられる。
私にそっくりな……いいや、私がアステリア陛下によく似ているだけだ。
ただの平民の私を面に立つ時の身代わりとして雇ったあの方は、恐らく貴族が召使いにする扱いを遥かに越えて良くしてくれた。
文字も、外国の言葉も、貴族が貴族らしくあるために学ぶ全てを学ぶことができた事には感謝しかできないし。
両親や兄弟を端役ではあるものの役人として雇ってくれたし、出産のためにこの美しい離宮を貸してくれた。
だから、あの方のことは心から尊敬している。
それでも、ハダル陛下の事は……。
「でしたら、アルゲニブと。……もう、逢うことは叶わないのですね」
名前を丁寧に書いて懐に入れた陛下は、もう一度私の頬を撫でる。
彼の熱い体温に、私は目を瞑った。
「申し訳ない。アルゲニブには、アステリアを母親だと思ってもらわなくては困るんだ」
「分かっています。分かって、います」
気づかないうちに涙がこぼれたのだろう。
彼は私の目尻を親指でそっと拭って、耳元で囁いた。
「今はゆっくり休んでくれ。君にはいずれ、見合う相手も見つけてくる」
「陛下……」
あぁ、こんなに嬉しくない結婚話があるものだろうか。
国王陛下が見繕う相手、なんてこの上ない光栄のはずなのに。
平民のままでは絶対に手の届かない幸福だったはずなのに。
「私は、陛下が」
「……出産で疲れているだけだよカペラ。悪いが俺は、君のことを愛せない」
私を抱いた翌朝に、泣き崩れる妻を慰めていたことは知っているから。
きっと叶わない事は分かっていた。
しかしそれでも言いたい事を、彼に見透かされて。
明確に拒絶された私は項垂れる。
「アステリアが直々に礼を言いたいと。彼女も忙しいから少し先になるが……しばらく静養していてくれ」
背を向ける彼の足音に手を伸ばす。
待ってと声を出そうとしても、私の口は動かない。
そして、彼の口から私の名前が出てくることは二度となかった。
――数カ月後
「カペラ! 本当に感謝しますわ!」
無駄に張る胸を絞る。あの子に飲ませろと湧いてくる乳を便所に流し、時折散歩に行く。
事情を知る召使いはいつの間にか何処かへ連れて行かれて、もう帰ってくることはなく。
気づけば知らない顔ばかりの離宮に、宝石や花束を持ってアステリアは現れた。
「女王陛下、お久しぶりです」
私と全く同じ純金の瞳に、つんと尖った美しい鼻。
腰まで伸びる白い髪は、まだ少女と言っても差し支えない年齢なのに艶はなく。
女として、私の方が美しいはずだと嫉妬が燃えた。
「アルゲニブ、いい名前ですわね。元気に育っていましてよ」
「そうですか」
ただいくら私の方が美しくても、彼女は本物の名君。
ハダル陛下が力で築いた国は、彼女が纏め上げているのだ。
政治と経済。それぞれの才覚に抜群に秀でているこの女は、きっとハダル陛下に神が遣わした天使なのだろう。
彼の愛を一身に受ける彼女を羨む気持ちは日に日に強くなり、本当は話したくなどなかった。
それが顔に出ていたのだろうか。彼女の笑顔がしおしおと枯れて。
泣き出しそうに震える声で話し出す。
「……本当に悪いことをしたと思っていますの……。わたくしが、ちゃんと子を産める身体であれば……」
この女が子を産めなくなった理由は知っている。
先の戦争でハダル陛下と肩を並べて戦ったドレスの下は包帯に覆われ、見るも無惨な傷だらけ。
殆ど死んでいるというのに魔法で無理やり動かしているだけの、貧相な身体の。空っぽな腹を撫でる彼女は、大きくため息をついた。
「お気になさらないでください。女王陛下」
「……気にしますわ」
なぜ、そんなに申し訳ない顔をするんだと。
貴女に嫉妬している私の事を、これ以上惨めにさせないでくれ。
それを、言葉には出せずに。
ギリギリのところで踏みとどまる私の感情を、彼女は越えてきた。
「わたくしには、あまり時間がありませんの」
「……どういうことですか」
「もう、この身体が死に始めたのですわ。保ってあと三年……いや、二年保つかどうかですわね」
遠い目で、彼女は呟く。
ふるふると震える唇。悲しげに揺れる長い睫毛。
「それを、どうして私に?」
わざわざ打ち明けたのか。
それを聞くと、彼女の頬を涙が伝った。
「ハダルには言えませんから。誰かに聞いてほしくて」
あぁ、この女は自慢しに来たのか。
陛下に愛されていることを。陛下が自分の死を聞いたら悲しむと理解していることを。
私はそう、歪んだ解釈をして。
眼の前の女に声を荒らげた。
「貴女は、いつだって私を便利な道具扱いしますね!」
表に出続ける体力がないから、私を民の前に出した。
子を産める身体じゃないから、私を夫に差し出した。
誰に言えることではないから、私に心を吐き出した。
そうあげつらう私に、彼女は本当に驚いたように言葉を失って。
じっと私の目を見て、花束と宝石を机に置くと。
「……その通りですわね。カペラ。ごめんなさい」
知っている限り初めて見る、頭を下げる仕草をして。
とぼとぼと部屋を出ていった。
――数年後
あれからずっと、彼女に声を荒らげたことを後悔していたが、結局それを謝罪する機会は訪れなかった。
だが、不躾な私にはそれでいい。彼女が危篤だという知らせが来た時に、私は思わず喜んでしまったから。
だから私はその喜びを後悔すると共に、彼女に囚われたのだろう。
「女王陛下。お身体の調子は如何ですか」
私の暮らす離宮に、療養しに来たという彼女の寝室。
最後に会った時、健康を装っていた頬は痩けていて、命を失った白髪は抜け始めていた。
ただそれでも彼女は穏やかな顔で、私に微笑んだ。
「えぇ、だいぶん良くなりましたわ」
どうしたってこんなに強いのだろうか。
この女と来たら、いつまでも力強い声と瞳で嘘をつく。
しかしそれは、私のせいなのだろう。
私が彼女にとって最後の、弱音を吐ける相手だったのだと。
それを私が拒絶したから、彼女はこの期に及んで嘘を。
「……陛下。以前、私が……」
謝罪しなければ。
そう思って、頭を下げる。
彼女はそれを聞こうともせずに首を振り、私に向かって手のひらを伸ばした。
「いいえ。これまで貴女には苦労を掛けました。わたくしの至らなさが、この身体に返ってきただけですの」
思わず顔を上げる。
そして言葉を失った私に、二つの選択肢を与えた。
「もうまもなくわたくしは旅立つでしょう。だから散々苦労を掛けた貴女の為に、二つ。貴女の道を遺しに来たのですわ」
「……どういうことですか、陛下」
どういうこと、なんて。自らの言葉足らずを呪う。
彼女は私に、彼女の人生を負担させた贖罪として遺言を残しに来たのだ。
それなら私も謝りたいのに、言葉が出ず。
彼女はそんな私の感情を無視するように、自分勝手に話し出す。
「ひとつは、わたくしの双子の妹カペラとして。嫁ぎ先もいくつか候補がありますわ。貴女もわたくしもまだ十九ですから、どうか良い人生を生きてくださるといいなって」
「もう一つは」
大体彼女が何かを提案する時、最初の一つが代替案。
その癖を理解していた私は、最初の選択肢など聞く気はなかった。
次の選択肢をと即答した私に、彼女は困ったような顔をして、言いづらそうに話し出す。
「これは貴女が嫌がるでしょうから、あまり勧めないのですけれど」
「何を言いたいか、大体わかります」
もったいぶって、首を振る。
ただ、私から見たらそう見えるだけで、彼女はきっと、本当に逡巡していたのだろう。
少しの間目を閉じた彼女は大きく息を吸い込んで。
私の目を見つめ、口を開いた。
「貴女の死を、わたくしが代わりましょう。流行病で療養していることになっていますから……わたくしからうつされて、カペラという侍女が代わりに死んでしまった。そういう筋書きですわ」
やはり。と、言う感情が先に来た。
数瞬遅れて、私として死ぬことは、偉大なる女王アステリアとしての人生を否定することではないかと。
正気を疑った私は、思わず声を上げた。
「それで陛下はどうなるのですか。私として死んだら、財産も地位も名誉も全て、何もなく死んでしまう。そんなこと、どうして言い出すのですか。アステリア女王の人生を否定するなんて」
問い詰める私に、彼女は少しだけ嬉しそうに唇の端を持ち上げた。
しかしその感情をごまかすように、微笑みの中に感情を隠す。
「あの世に持っていけないものに、なんの価値があるのでしょう。わたくしはずっとこの地で、この国で。民とともに未来を見たかった。ハダルの隣で夢を見たかった。アルゲニブの行く世界に道を遺したかった。それが叶わないのであれば、どう死んだって同じでしてよ」
そうか、この方には未練と後悔しかないのか。
だから自分の全てを捨ててでも、『アステリア女王』を遺して行きたかったのだ。
それを理解して、黙る私に。
「ですから、カペラ。わたくしの身代わりでなく、アステリア女王本人として。貴女にわたくしの夢の続きを見てほしいのですわ」
私が感じた通りのことを、彼女は告げた。
「しかし……」
「心配はしていません。一度体を壊し国政から離れた女王として。子を育て、民の前で笑顔を振りまき、希望を見せる。それでこの国は回りますから」
しかし、国王陛下はどうなのだろう。
そう感じて聞こうとしたが、彼女は私の心配事を若干誤解して、心配は無用だと告げる。
確かに、考えればそっちのほうがよっぽど大事だったなと、その声を聞きながら思った。
「そ、それもそうなのですが。ハダル陛下には」
「あぁ、あの人はわたくしの体の事もよく知っていますから大丈夫ですわ。この話をしたら、流石に凍りついていましたが」
「でしたら」
止めましょう。という言葉が出なかった。
卑しい出自が悲しく思える。
私は、彼女への尊敬よりも、彼を独り占めできる好機が訪れたと思ってしまった。
ただ目の前の彼女は、夫の心配をされたことを嬉しそうにして。
「むしろ喜ぶでしょう。抱けるのですから」
くすくすと笑う。
自分が夜の相手を務められないことを、ずっと悔やんでいたのだろう。
自暴自棄な笑い声は、私の耳に悲しく響いた。
「笑えない冗談です」
「失礼しましたわ。どうもわたくしは、貴女に嫉妬していたみたいですの。死の際になってやっと理解しましたわ」
「嫉妬? 陛下が?」
「考えてみれば当たり前ですの。愛する人と結ばれない、と言うのはとても悲しいことですわ」
「私も、ずっとそうでした」
「でしたら、わたくしたちは同じでしたわね。顔も同じですし、まるで双子ですわ」
同じ顔に産まれ、同じ男を愛した。
たったそれだけで、彼女は私のことを。
「あぁ、本当に貴女が双子だったら良かったのに」
本当の姉妹のように思っていてくれたから、彼女は私に甘えていたのだ。
一度どこかで感情をぶつけ合えていたら、本当に姉妹になれたかもしれない。
しかしお互い立場に隔たりがありすぎて、互いに醜く嫉妬しあっていた。
「……返答は、少しだけお待ちいただけたら」
だから私は、貴女に成り変わるために。
貴方が今捨て去った嫉妬を持ったままでは決められないと、一度保留する。
「構いませんわ。ひと月は待てますので」
私の返答に微笑んだ彼女はそう言って、ベッドに横たわる。
体力を使い果たしたのだろう。すぐにすぅすぅと寝息を立てる。
私は彼女に毛布をかけると、その寝姿をしばらく眺めていた。
――ひと月ほど後
死というものを、極力考えないようにしていた。
時折彼女の体調がいい時に散歩に付き合い、子供のように花を摘み、丘の上で昼寝をした。
しかしどんどん痩せていく彼女の横顔に、この時間が永遠に終わることを予感する。
そして満月の晩に、彼女の寝室に呼ばれたのだ。
「もうすぐですわ。ハダルとアルゲニブも明日来ます」
開け放たれた窓。
窓から差し込む月光を背に、彼女は微笑む。
まるで月が彼女を連れて行ってしまうように感じて、私の身体から力が抜けた。
「陛下……。もう、なのですか」
「申し訳ないのですが、もう時間がなくて。どうしますか、カペラ」
真剣そのものの表情で、彼女は言う。
私はまだ心が決まっていないというよりは、現実を受け入れられなくて。
逡巡している間、彼女は緊張したような面持ちでずっと私を見つめていた。
「……」
「カペラ、お願い。選んで」
黙りこくる私に、目に涙を溜めた彼女の顔が迫る。
骨と皮だけの両手が私の頬を挟んで、無理やり目を合わせる。
私は彼女にまとわりつく死の気配を肌で感じても尚、答えを返せなかった。
「っ……私は、私は……」
ここで答えたら、彼女が本当に死んでしまうようで。
いや、もう死んでしまう事は分かっている。
それでもまだ受け入れることを拒む私を、彼女は叱りつけた。
「ハダルに恋していたのでしょう? アルゲニブを息子と呼んで愛したかったのでしょう? 何を迷うのです! 今ここに、貴女から恋も愛も奪った悪魔がいるというのに!」
それはきっと、彼女がずっと感じていた負い目。
私がずっと、彼女に対して抱いている嫉妬。
わざわざそれを持ち出す、一国の女王らしからぬ下手くそな煽り。
ただその言葉は、私の心を決めるのには十分だった。
「憎まれ口が下手すぎます、陛下。でも、ありがとうございます」
醜い女に成り下がってまで、私を女王にしたいのだ。この方は。
アステリア女王という、私も演じた偶像に。
それなら私は、いつものようにやらされるのではなく。
今度は、自分の足で。
「私は、アステリアとして生きていきます」
貴女のしたように、この国を愛そう。
「ありがとう、カペラ」
互いに、泣いていたと思う。
しばらく私達は見つめ合い。
やがて息を切らして現れたハダル陛下が、彼女を私から引き剥がした。
――数日後
カペラの葬式が行われた。
離宮で働いていた、女王の侍女。そんなどこにでもいる女の葬式にしてはいささか豪華で。
更に王族の離宮の丘に埋葬するなどと、平民にしてはあらゆる意味で特別な待遇が計らわれた。
そしてアステリア女王から病を引き取った聖女を弔うという、大層な理由を強引にこじつけたハダル陛下と私も参列する。
「国王陛下。此度は私の娘の葬式にご参列いただき、なんと言ったら良いか……申し訳ございません。ありがたく存じます」
「気にするでない。女王の代わりに旅立ったのだ。礼を言わなければならぬのは、朕の方である」
真っ赤な目をして震える父の肩を、ハダル陛下がそっと支える。
滅相もないと慌てて飛び退いた父は、ふらふらと棺へ向かい。
敷き詰められた花とともに棺に入る、私ではなかった女の遺骸に泣きつく実の家族の姿を、私はどこか遠くに感じた。
「女王。彼女の遺族には恩賞を与えたい。慰めにもならんだろうが」
「陛下の御心のままに」
隣の彼は全てを知っていて、ただじっと目を閉じて涙をこらえ。
何事か分からない様子の息子は、私に手を握られるままに立ち尽くす。
ふと、左手が小さく引かれた。
「おかあさま、あったかいです」
「どうしたの、アルゲニブ。わたくしったらまだ、熱が残っているのかしら」
「いえ、なんだかしあわせなのです」
子供の感覚は鋭く、入れ替わった私に違和感を覚えたようで。
幸せだという彼は、本当の母親が自分だということに気づいたのだろうか。
それはとても幸福なことだけれど、今は受け入れるわけにはいかなかった。
「お葬式の場で、不敬ですよ。あの方は、わたくしの代わりに亡くなったのですから」
「……ごめんなさい。おかあさま」
「わたくしにごめんなさい、ではなく。あの方に礼を尽くすのです」
場違いに微笑む小さな息子に、頭を下げさせる。
ほんの数年だけ彼の母親であったあの方を、彼はどう思って見つめていたのだろう。
――数カ月後
国政に励みすぎて身体を悪くした。ということになっている私を、国民はそっとしておいてくれている。
幸いなことにあの方が遺した官僚や、ハダル国王に抜擢された貴族たちは皆誠実で、彼女が作り上げた統治機構を上手く運営していた。
日々の茶会とアルゲニブの育児になんとなく忙殺されたふりをして。
私は穏やかに王宮で暮らす。
「今日も、陛下は寝室に来ませんか」
ハダル陛下が酒をよく飲むようになったことを、執事から聞いている。
ただ私がどんなに心配しても、彼は冷たくあしらって。
亡き妻がよく羽ペンを咥えて顰め面をしていたという、今は誰もいない執務室で、先程も酒に浸っていた。
私は半ば諦めて寝る支度をしていると、ふと扉が開かれる。
「アステリア。どこへ行っていたんだ?」
「国王陛下?」
強いワインの香りを纏ったハダル陛下は、酒に呑まれて妻を探していた。
「こんなところにいたのか。あぁアステリア。俺の愛しい妻!」
「きゃっ」
強引に抱き寄せられて、唇を奪われた。
酒臭い中の男の匂いに、懐かしさすら覚える。
そして下腹からむずむずと湧いてくる欲望に、私は身を任せ。
「ハダル、わたくしはずっと、貴方のお傍にいますわ」
この顔と、この声を。
女王を演じるために培った全てを使って。
「愛してるんだ、アステリア……」
「えぇ、わたくしもですわ。ハダル……」
愛しい人を抱いた。
――
「どうして!! お前の方が生きているんだ!!」
一度抱いてしまえば、互いにタガが外れるもの。
騙されたことを知った彼は獣のように、毎晩のごとく私を抱く。
涙を流し、私の首を締め。
強引に、私の身体に噛み跡を残す。
「アステリアを返してくれ!!」
何度も何度もそう叫ぶ。
ただ私は幸福だった。
気が遠くなるほどに強く、彼の力強い手が喉に食い込む。
それが愛の証だと。
アステリアに向けられた情を、私が受けているのだと思って。
彼女に抱いた嫉妬、彼女から受け取った遺志が、空虚な愛に溶けていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もしお気に召しましたら、すぐ下の評価やいいねなど押して頂けたら喜びますm(_ _)m