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決戦は大胆に

「目標潜りました。水深60メートルを方位191へ向かっています。前方2000メートル」

「目標ではない。ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世と言え」

 ソナーが作り出した立体映像を見ていた森少尉の報告の一部を派利教授が訂正する。舞は、ちらりと派利教授の方を見ただけで、訂正事項に関しては何も触れなかった。

「目標の速さは」

「16ノット。だいぶスピードが落ちてきています」

「疲れたんだろうな。あれの筋肉組成はは白身を多くしてあるから、瞬発力はあるが持続力はあまりない」

「あれ、マグロって、赤身が多いんじゃないですの」

 常識的な絵里香の質問だったが、派利教授はその問を一蹴した。

「わしはトロより白身が好きでな」

「なるなるですぅ」

 祖父と孫のような会話を2人がしている間に、船首で捕鯨砲の準備を整えていた勢多、三神、基行の3人から準備完了との連絡が入った。

『いつでもいいぞ、火薬が湿らんうちに始めてくれ』

 船首に取り付けられた捕鯨砲は、20世紀末に使用されていたものに勢多が改良を加えて威力を格段にアップさせたものである。捕鯨が完全に禁止されて以降、使う機会は全く無くなっていたのだが、今回、このような事態が生じるに至って日の目を見たものだった。

「じゃ、始めるわよ。超音波砲、斉射」

「超音波砲、斉射」

 復唱と同時に超音波砲発射ボタンが押され、船首下部に設置されたソナー群から、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世に向かって、収束された超音波が1秒間撃たれた。

 魚の群れを避けて撃たれた超音波の束は、派利教授が鉄板をも切り裂くと豪語した左の胸ビレの先端を一瞬で粉砕した。そして、上にいる敵に気が付いたザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世が浮上を開始する。

「目標浮上してきます。50・・・・40・・・30、20」

「取り舵、1度」

 舞の指示に従って、「桜」が左にわずかに変針する。しばらくして、そのすぐ右側に、巨大な壁が浮上した。青黒い壁の頂点、艦橋から見上げても空高くに位置する背ビレは、太陽の光を受け止めて、その7階建のビルに匹敵する高さの壁を輝かせていた

「大きいですの・・・」

 絵里香が艦橋の窓から見上げてそう呟いた。感嘆の念のほかにも自分より巨大な生物に対する、本能的な恐怖も入り交じっているだろう。

「すばらしい、やはり生き物は自然の中にあってこそ輝くもの。捕まえるなどという野暮なことはやめたほうがいいのではないか」

 やはり、窓から巨大な壁を見上げている派利教授が、こちらは完全に陶酔した様子でうっとりと呟いた。

 突然、それを吹き飛ばすような、舞の命令が船首に向けて発せられた。

「基行、撃ちなさい。これなら目をつぶっていても当たるでしょ」

『えーっつまんないよそれじゃ』

『そのとおりだ。これでは記録映画にも何にもならん』

 基行の心底不満そうな声とともに、三神の憮然とした声も聞こえてくる。三神は対30気圧防水用のカメラをかついで船首に立っており、この捕り物劇の一部始終の記録を取ろうとしていたのである。

「つまろうが、つまらなかろうが、今がチャンスでしょ」

「艦長、目標が潜航して行きます」

 艦橋から身を乗り出すようにして船首の2人と会話をしていた舞が横を見ると、黒い壁は次第にその高さを減じ、海面下に没しようとしているところだった。

『お、やっと奴もやる気になったか』とは、三神や基行と共に船首にいる勢多の声、

『こうでなくっちゃ』とは基行の声、

『よし、今年こそは学園映像コンクールの優勝を』とは、三神の声である。

「目標急速潜航、速度上昇しますっ」

 森からの報告を聞いて舞は艦橋の中央に戻ると、再びマイクを手に取った。

「第1船速、総員、対ショック防御」

 ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世を示す光点は、水中レーダーの中で一旦「桜」から3000メートルまで離れて行った。

「目標、速度80ノット、反転、浮上してきます」

 はるか前方で水面が盛り上がったのが見える。水中で超大型の潜水艦にも匹敵する巨体が時速100キロ以上で急速回頭しているのである。

 そして、水面が盛り上がり、激しいしぶきを上げて背ビレが現れた。10メートルに達しようかという船首波がザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の巨体の前に生じ、それに隠れるようにして、巨大な黒い質感が突進してくる。

「取り舵3度」

「戻せ、ようそろ~」

 舞の指示に遅滞なく艦の動きが反応し、直後に「桜」は船首波の中に飲み込まれた。金属の激しい擦過音が鼓膜を切り裂き、時速100キロで移動する壁が艦体の右側3メートルのところを通り過ぎて行く。

「機関逆転、取り舵一杯!」

 ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の巨体とすれ違うと同時に「桜」は大きく左に回頭した。3基のスタビライザーを使用した急回頭と急制動により、固定していなかったさまざまな備品が床に転げ落ちた。

「舵戻せ、第3船速、増速開始」

 一方の、巨大な質量はというと、突進をかわされて右に回頭し、再び潜ろうとしているところだった。先に安定した「桜」の艦首が、ぴたりとザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の横腹をとらえる。

「おし、どんぴしゃ!」

「距離500メートル、いいぞ、ぴったりだ」

 勢多が基行にOKサインを出して、基行の引き金を握る指に力がこもった。

「発射ぁ!」

 ずん、と言う、腹に響く音を立てて直径20センチ、長さ3メートルの銛が打ち出された。先端の鉤爪が飛行中に開き、いかに分厚い皮膚であろうと引き裂くために突進する。


キン


「ありゃ」

「はねかえされたぞ、おい」

 ファインダーをのぞいたままの三神が注意を喚起するためか、それとも演出のためか、さほど大きくない声で事実を追認した。

「うーむ、あすこまで堅いとは思わなかった。仕方がない、次の手を出すか」

勢多がそうつぶやくと、残りの二人も頷きを返し、打ち合わせに従った行動を開始した。


「目標再び潜航します」

「また同じ手で来る気?」

「いや、それはなかろう。ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世はそれほど馬鹿ではない」

「・・・・・その、長いの、いい加減やめてくれません」

「断る」

「それで、馬鹿じゃない、と言うのは?」

 話が変な方向に向きそうになったのを、華奈が修正する。

「ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世には脳の処理を補佐するために、戦術コンピューターを入れてある。同じ作戦の失敗は2度とやらんて」

「私でもそこまではやらないなぁ」

 その、控えめな阿蛇の批判は、森の報告でかき消された。

「目標、潜航したままこちらにむかってきます・・・いや、浮上開始。真下です」

 全長80メートルの小型艦は真下から突き上げてくる水の圧力に浮き上がった。海底を蹴って垂直に上昇してくる銛がまっしぐらに「桜」の艦底に向かう。

「機関全速、取り舵一杯」

 「桜」の後ろの海面がスクリューでかき回されて盛り上がる。同時に、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の浮上にともなって海面が大きく盛り上がった。

「目標浮上」

 しかし、森の報告はわずかに事実に達していなかった。ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世は、水面に達しただけでは止まらず、空中に全長123メートルの体を放り出したのである。それも、左回頭を続ける「桜」の真上に。

「よまれた?」

 舞は右の目が見えないために、操舵では取り舵を多用する傾向にある。高度100メートルを越えて、さらに上昇するザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の巨体を見上げながら舞は呟いたが、惚ける事なく直ちに次の行動に移った。

「バルカン・ファランクス、斉射!」

 海上をザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世が突破した時点で、既に123メートルの物体を対空目標として認識していた対空砲火陣がいっせいに火を吹いた。1分間に3000発を打ち出す30ミリバルカン砲6門がザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の横腹に吸い込まれる。


 カカンカンカンカンカンカンカンカン。


「うそ・・・・・」

「化け物だな」

 機関砲の弾が火花を散らして跳ね返されたのを視認して、舞とも阿蛇が同時にため息ともつかない声を漏らした。

「絵里香、シールドを」

「はいですぅ」

 阿蛇と舞が上を見たげて感嘆の声を上げているとき、華奈が隣に来ていた絵里香にシールドの呪文に入らせ、自分はその増幅を開始した。絵里香の体の周囲を覆っていた赤い光が、艦橋全体へ、そして、船体全体を包むようにして広がって行く。

 その上に、全長123メートル、重量88tの巨体が落下した。シールドで軽減されたとは言え、すさまじい衝撃が艦体をきしませる。

 「桜」は一旦20メートルほど沈み、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世が海中に滑り落ちるのと同時に赤い光も消えた。直後に、20メートルの水の壁が四方から「桜」に襲いかかった。

 「桜」は、艦橋までが怒涛の中に沈み込み、怒涛の水圧で左右の防弾ガラスがヒビで真っ白になる。しかし、艦全体が一時的に水没しても、完全密閉で浮力を完全に確保しているため、船内に浸水することはない。「桜」はゆっくりと海面を割って浮上を完了した。

 船が浮かび上がった直後、まず舞の頭に上ったのは、船首にいた3人である。防弾ガラスにすらひびが入るような衝撃の中、生身の人間が剥き出しで外にいたら一体どういうことになるのか。

「基行、三神さん、勢多さん、お願い、返事をして」


『だーいすぺくたくるぅ。そーだよ、これでなくっちゃあ!』

『おっしゃああああ、これで今年の賞はいただきだぁ』

『自然との一体感、そして生身の体同士のぶつかりあい!ファイアアアアアァァァァ!』

『わははははははははははははは』


「やっぱり大丈夫だったみたいね」

 左側面の粉々になったガラスを肘打ち一発で割って眺めを良くした華奈が、さも当然という言い方をして舞の方を向いた。

「あれくらいでくたばる連中なら、私も手を焼かんで済んでるからな」

「あれは、キレてるって言いませんの?」

 こちらは、ようやく衝撃から立ち上がった阿蛇と絵里香である。

 しかし、人間は無事でも位置エネルギーの強烈な洗礼を受けた「桜」は決して無事では無かった。先の船首波など比べ物にならない衝撃が立て続けに艦体にたたき込まれた結果、艦橋の電子機器の表示がほとんどいっせいに沈黙していたのである。

「対空砲使用不可能」

「全天候レーダー機能停止」

「ソナー機能停止」

「操舵機能が動いているだけでもめっけものね」

 ため息をひとつついた舞の目の前に、尾ビレを「桜」に向けた格好でザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世が浮上してきた。挑発的にしっぽを振りながら、波で「桜」を叩き続ける。

「さすがはザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世だ。対戦艦用生体セルミックス装甲は伊達じゃないわい」

「あれは食用なんでしょうがっ」

 ごきっと言う音とともに、ついにぶち切れた舞のノーザンライト・パワーボムが派利教授を床にたたきつけた。さすがにこれは効いたか、派利教授は数秒床の上で動かなかったが、なんとか首筋を押さえながら立ち上がった。

「あたたた、年寄りは大切にせないかんぞ」

「よく、あんなのうけて生きてますのね」

「最近、首の骨をチタン補強したからな。全く、近ごろの若いもんは・・」

 首筋をコキコキと鳴らしながら、派利教授の表情が突然引き締まった。

「さて、手はすべて打ち、いかんとも出来なかった。これで終わりかな」

「・・・・・・・」

 これには舞も返せる言葉が無い。ただの魚と思っていたのだが、銛は通じない、武装は役に立たない、おまけに学習能力まであるとなっては、手の打ち用がなかった。既に手札はすべて使い切ってしまっており、「桜」単艦であの巨大生物に対するのは最早不可能であろう。

 しかし、このとき派利教授が余裕の笑みを浮かべた。

「実は、こんなこともあろうかと、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世には自滅処理が施してある。一定時間決められた餌をもらえないと、活け締めするように酵素のカプセルが入っているのだ」

「それが壊れればあれは死んでしまうと・・・。それまでにどれくらい待てばいいんですか」

 もし、時間が数日かかるようであれば、「桜」では追跡は不可能である。旧型の燃焼システムを用いたエンジンで、しかも燃料は一両日もたせるための量しか入れていない。

「ふむ、あと3分というところか」

 時計を手にしていた派利教授が事もなげに言い放った。一瞬、舞の目の前が暗くなる。

「でも、それなら最初から追いかけなくてもいいでしたのに」

 絵里香が非難を込めた目で派利教授を見た。が、小学生ににらみつけられたからといって恐れ入るようでは、教師はやって行けない。

「お陰で、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の優秀さが証明されたからな。こういうものは実際にやってみないとわからんものだて」

「・・・・・取り敢えず、後2分。様子を見ましょう」

 このことは華奈から船首にいる3人にも伝えられた。基行は不満爆発と言った状態であったかが、華奈になだめられて、一応あきらめたかに見える。

「処理はどうしますか」

「処理?」

 華奈の”処理”という言葉に、派利教授が眉をしかめる。教授は先の言葉を続けず、自分と同じ目線にある華奈の顔を睨みつけた。

「そうです。これだけの大きさのものを放っておく訳には行かないでしょう」

「何度も言うようだが、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世は食用だ。最高の美味が約束されるように遺伝子調整をしてある。まあ、明日の学園の昼食で出す白身魚のムニエルにするのが妥当だろうと思うんだが、唯一欠点があってな」

「欠点?」

「うむ、それは・・・」

「時間です」

 「桜」に乗艦している全ての目が前方を泳ぐ巨体の背へと注がれた。しかし、派利教授の言った通りの時間になったにもかかわらず、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世は悠然と前を泳いでいる。

「おかしい。こんなはずはないんだが」

 このとき、あることに思いついた阿蛇が派利教授にひとつ質問した。

「教授、そのカプセルはどこにつけてあったんですか」

「あ・・・」

 舞も阿蛇の言わんとすることを察したらしく、派利教授の言葉に耳をそばだてた。

「左の胸ビレだが」

「左の、胸ビレ?・・・」

 言葉を反すうした舞の顔から血の気が引いた。最初に、挑発のために超音波砲を斉射したとき、破壊したのは、左の胸ビレだったはずである。

「ほかのところにはカプセルはないんですか」

「ない。そこまでの予算は無かった」

 艦橋が打つ手が全く無くなり、静まり返ったとき、船首から勢多の通信が入ってきた。『ふふふふ、こんなこともあろうかと準備しておいた甲斐があったというものだ。阿蛇、青く光るスイッチを押してくれ』

「たくさんあるぞ、どれを押すんだ」

『・・・・・・一番あやしそうな奴だ』

 阿蛇は、そう言われて艦橋の中を見回した。そして、いかにも不自然なところに取り付けてあった青く光るドクロマーク付きのスイッチを見つけることが出来た。

「これかな」

 そう言って、阿蛇がボタンを押したと途端、船首が割れて直径が5メートルはある銛がせりだした。

「人工ダイヤモンドで作った特製の銛だ。結晶構造を調整するために3日間徹夜した甲斐があった」

 そこまで言うと、勢多の目からははうれしさと感動のあまり涙があふれ出た。三神は再びカメラを回し始め、基行は射手席に着いた。

「いつでもOK」

『勢多、泣いている場合じゃ無いぞ。それで、電極はついているんだろうな』

「ああ、そうだった。もちろんついている。それから、岡野君、銛はそれだけだ。外してくれるなよ」

『基行、奴の頭をねらえ、その後、高電圧をかけて止めを刺す』

『奴ではない、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世だ』

 基行は、黙ってファインダーをのぞき込んだ。頭がねらいやすいように、「桜」がザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の左後方にゆっくりと位置を変えていく。

「舞ねーちゃん、ちょい右、もうちょい。おっけー、そのまま」

 基行の動きがぴたりと止まる。刹那、


どん


 直径5メートル、長さ40メートルの銛は狙いあやまたず、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の後頭部から額にかけて、頭蓋骨を貫いた。


 突然、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の体が大きく跳ね上がった。艦体が激しく鳴動し、ロープを延ばして影響を最小限に押さえようとする行為も、さして効果を上げていない。

「阿蛇さん、早く止めを!」

「分かってるって」

 「桜」が横倒しにならないように必死の操艦で船を操る舞が叫び、阿蛇は青から赤に色を変えたドクロのボタンを押そうとした。その手の上に別の手が重なる。

「電気調理は美味くないぞ」

「やかましいっ!」

 操艦しながら舞が器用に派利教授をどつき倒した。それを見ていた阿蛇の表情に真剣さが戻り、指に力がこもる。

 その瞬間、ぽん、と言う軽快な音とともに艦内の電気が消えた。

「左舷エンジン停止、右舷エンジンも出力低下。このままでは止まります」

 森の報告が終わる前に、既に阿蛇は体を反転させていた。

「くそっさっきので壊れてたか。華奈さん、あと頼みます」

「気をつけて・・」

 華奈の言葉が最後まで終わる前に、阿蛇は艦橋から飛び出した。エンジンルームまでは直線距離にして100メートル余り。平地であれば10秒で行ける距離ではあるが、戦闘艦の中では熟練の乗組員でも30秒は要する。その間に、外では速度の落ちた「桜」の周囲をザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世がゆっくりと旋回しようとしていた。

「一体何をするつもりなのかしら」

 華奈がつぶやきながら見ている3キロほど先で、ゆっくりと向を変えたザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世は「桜」の真横で鼻面を向けたまま静止した。

「まずい、横から突っ込んでくる」

 舞の言葉どおり、惰性のみで動いている「桜」に向けて、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世は前進を開始した。それだけで長さ20メートルはあるザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世自前の銛に時速100キロで突っ込まれては、たとえそれがサンフランシスコ州軍のアイオワ級戦艦でも真っ二つにされてしまうだろう。

「三神さん、これまでかな」

「何言ってるか。希望は最後まで捨てるもんじゃない」

「はい、カット。二人とも、もう少しせりふにめりはりつけるように。そうでないと興ざめするからね。はいもう一度」

 台本片手に暇になった勢多が三神と基行に演技指導しているとき、阿蛇は、エンジンルームについて、クリスタルICチップを制御機器から取り出しているところだった。

「これと、これと、これと、これも駄目、んじゃ、こっちとこっちをつなげて・・」

『阿蛇さん、お客さんがこちらにいらしてるわよ』

「も少し待つように言ってください。あ、これをつなげりゃいいのか」

 チップを懐中電灯で照らしては、内部構造を確認し、制御機構の配線を変える。並の技術者ならば数人で1時間はかかるであろう解析と再設計を暗算で処理しながら即興で回路を組み上げる。

 突然、華奈の静止の声がスピーカーから響いた。

『こらっ舞っ・・・・・』

『阿蛇さん、早く、もう時間がない』

「子供は黙って見ていなさい。ああ、こうじゃなかったか。この方がいいな」

『阿蛇さぁん』

 泣きそうな舞の声を無視して、阿蛇はクリスタルICチップを入れ替えて、制御盤に蓋をした。ぽん、と阿蛇が制御盤の上を叩くと、制御盤を構成するディスプレイがいっせいに点灯して、エンジンがうなり声を上げ始めた。


『修理終わったぞ』

「最大船速、スタビライザー全開」

 阿蛇の声とほとんど同時に舞の命令で機関がフル回転を始める。黒い巨体はその銛を真っすぐ水線上に上げて、ゆっくりと加速しながら回頭して行く「桜」の側面に突進した。

 「桜」のエンジンは己のもつ全ての力を出し切っているに違いないが、舞や絵里香には亀よりも遅い歩みとしか感じられなかった。接近してきたザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の巨体はスタビライザーによって向きが平行になりつつあった「桜」の艦尾を辛うじてかすめるに止まり、通過する際に、水線上の艦尾の一部を切り取って行ったに過ぎなかった。

『ああ、それから言い忘れてたが、全力運転だと10分程度しかもたないぞ』

「それだけあれば十分です」

 その間に、三神、基行、勢多の3人は、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世に刺さった銛の巻き上げウィンチを作動させていた。勢多の趣味で、レバーを引く力が強ければ強いほどウィンチの力も強くなるという構造なので、3人掛で引っ張っているのである。

「何でこんな変な仕様にしてるんですか!」

「これこそが自然との一体感というものなのだよ!」

「おもしろいから、何でもいいよ!」

 ロープの長さが1キロまで縮まったとき、同時にザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世と「桜」の間の距離も1キロにまで広がっていた。

 当然、めいいっぱいに伸び切ったロープの影響で、互いに逆方向に走っていた両者に急制動がかかった。ウィンチのレバーにしがみついていた3人が、衝撃で前にほうり出されそうになり、艦橋でも構成要員が全員艦橋の前面壁にたたきつけられる。阿蛇は、機関室から戻ってくる最中にこの衝撃を受け、走って10秒かかる廊下を、空中を飛んだお陰で3秒でわたることが出来た。

 壁にたたきつけられた後のぶざまな格好を見ている人間がいなかったことが不幸中の幸いだったろう。

 衝撃を受けたのは、「桜」だけではない。ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世も激しい衝撃を当部に刺さっている銛から受け、一時的な脳震盪状態に陥った。

「突進、目標ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世!」

 互いに正面から向き合う格好になったザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世に「桜」が突進する。あと100メートルまで近づいたとき、目を覚ましたザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世が銛を持ち上げて「桜」の進行方向に正眼に構えた。

 「桜」が、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の銛を避けようとわずかに船首を左に振る。これを予想していたかのように、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世も右に僅かに変針し、「桜」に銛を突っ込む姿勢を取った。

 突然、「桜」が右に変針した。銛が「桜」の左舷装甲板をえぐり、撥ね散った鉄板が塵くずのように空中に舞う。その鉄板の吹雪の中を「桜」はザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の左側頭部に突っ込んだ。

 艦首を4メートルもザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の頭にめり込ませた状態で「桜」は停止した。同時に、ザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の目から光が消え、透き通っていたガラス玉はみるみるうちに濁っていった。

 その、「桜」の船首から、一つの小さな人影がザ・キング・オブ・オーシャンズ・パラメモリアル・ガイアス3世の頭に飛び移り、身軽に高さ30メートルはある頭の上まで上って行った。そして、人影は、頂点にたどり着くと、手にしていた旗を勢いよく広げた。

「びーくとりー!」

 基行が手にしていた大漁旗。「桜」艦上からその様子を撮っていた三神は、それをもって大スペクタクル撮影の終了とした。

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