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平和な朝よさようなら

短編なのでキャラ設定とかほとんど書いていません。雰囲気でお読みください。

『海はいつでも私を呼びつづけてくれる。美しい熱帯魚が、目の覚めるような深遠のサンゴ礁が、そして、巨大な何かが』

1954年11月 海洋研究家テッド・フリーマン


 2056年秋、某月某日。天高く、馬肥ゆる秋。なぜか、休日だというのに、科挙学園の超常現象愛好会には朝早くから愛好会のメンバー全員が集まっていた。

 芸術的なプロポーションを持つ、美貌の20台半ば過ぎ、竜翔華奈。

 科挙学園人工知能統括システムの考案者にして、女形思考ルーチン作成のプロフェッショナル阿蛇良一

 繊細な写真を評価される、ごつい巨体の三神田矢。

 超能力者の可愛い怪力娘、飯島舞。

 体の軽さも心の軽さも学園1の岡野基行。

 そして、8月から新たに加わった、超常現象愛好会一服の清涼剤、神宮司絵里香。

 以上の6名である。

 平日ではなく休日に6人が集まっているとはいえ、全くの偶然で全員がそろったのだから、何が起こっているということもない。文化祭も先週の連休に終わり、科挙学園全体がエネルギーを放出し尽くした観のある静かな一日の始まりである。


「ねー、退屈だよぅ」

 昼ごはんを超常現象愛好会の食堂で食べ終わった後にそうこぼしたのは基行である。家にいても退屈なので、わざわざ昼前に超常現象愛好会ビルまで出ばって来たというのに、結局、お昼ご飯を食べただけで何も起こらないし、何もすることがない。

「あーあ、退屈退屈たいくつたいくつ」

「三神先輩がトレーニングルームにいるですの。あそびにいったらどうです?」

 華奈に薦められた魔法の入門書から顔を上げた絵里香が、いいかげん、そばで繰り返される同じ言葉に飽きたのか、建設的な意見を出した。華奈や阿蛇もそばにいるのだが、基行のこんな様子には慣れっこになっているのか、華奈は本に没頭しているし、阿蛇は食堂の端末を前に、超常現象愛好会メインコンピューターのフェニックスの思考ルーチン改良に没頭しているため、基行のただコネなど適当に聞き流してしまっている。

「三神さんとスパーリングするのにも飽きちゃったしなぁ。ね、ね、華奈ねーちゃん」

「やらないわよ」

 基行がすべてを言い切る前に、華奈はあっさりと拒否の意志を表明した。言葉が続けられなくなった基行の時間がその瞬間で停止する。

「まだ、岡野先輩何も言ってないですのに」

「組み手の相手をしてくれって言うに決まっているんだから。そんなに暴れる相手が欲しいんだったら、海まで往復してエネルギーを放出してらっしゃい」

「それじゃつまんないじゃない。ちぇーっ」

 基行がふくれて椅子の背に体を預けた瞬間、超常現象愛好会ビル全体が大きく鳴動した。椅子の背に全体重を預けていた基行はもちろん、立ち上がろうとしていた絵里香も床に転げる。

「何?今のは」

「なんでしょね」

 華奈が絵里香に手を貸しながらつぶやいたが、阿蛇の方は、と言うと、揺れがあったことすら記憶に残らないのではないかと思われるくらいに作業に没頭している。

 その、阿蛇が全精神力を傾注しているディスプレイの映像が突然画像通信に切り替わった。目の前にどアップで現れたのは、情報工学科での阿蛇の悪友である勢多一正の鬼気迫る表情である。

「阿蛇、すぐに超常現象愛好会の連中を連れて来てくれ!」

「すぐ行く!」

 と大声を上げたのは、阿蛇ではなく基行だった。

「ね、なにがあったの、ね、ね、ね」

 阿蛇を押しのけるようにして基行が食堂のディスプレイの前面を占領した。その横から、ひょい、と、絵里香が顔を出して覗いている。

「何かあったんですの?」

「来たら説明する、とにかく急いで・・・」

「わかった、ようし、いくぞっ」

「待ちなさい、基行、落ち着きなさい」

 回れ右して、食堂から飛び出そうとした基行の襟首を華奈がつかみ、基行の体は一瞬、足が体を大きく先行した。

「とにかく、簡単にでいいから説明してもらえないかしら」

 口を開く時間すらもどかしいと言った様子の勢多だったが、阿蛇も華奈も動く様子がないのを見て、このままではらちが明かないと判断し、簡潔に説明をおこなった。

「生物工学科の実験生物が逃げ出しました。その追跡チームを組みますので、超常現象愛好会の方々にも協力を要請します」

 それだけ言うと、勢多からの通信は一方的に切れた。勢多が切ったのではない。再び激しい振動が超常現象愛好会ビルと作戦研究愛好会ビルを揺さぶり、はずみで絵里香が端末のメインスイッチを切ってしまったのである。

「まだバックアップを取ってなかったのに。・・・・まあ、いいか」

 そう言うと、阿蛇は椅子を回して3人の方に振り向いた。

「で、どうします。作戦研究愛好会の防衛レベルはDランクでしたが」

「行くっ」

 即答した基行を放っておいて、阿蛇は華奈に視線を向けた。

「勢多さんが随分慌てていたくらいだから、行ってあげた方がいいんじゃないかしら」

「そうですよ、退屈しのぎと思えばいいでしょう」

 背後頭上高くから響く豊かなバス。

 いつの間にか、気配を消して華奈と基行の背後に立っていた三神が基行のようなことを言った。もともと、退屈とかいうことを言わない三神だが、阿蛇の見たところ、いつもと眼の輝きが違っている。

「それより、実験生物の捕り物なんていうのは、いい撮影ネタですからな。せっかく防衛部から声を掛けてくれたんですから、行ってみませんか」

「三神と基行が賛成か。舞は、今来たばかりで、話が分かるか」

「三神さんのを聞いたら、大体」

 舞はいったん言葉を切って食堂の窓を圧する作戦研究愛好会ビルに眠そうな目をやった。警報が出ている訳ではなく、静まり返った平常状態にしか今のところ見えない。

 レポート明けで昼寝をしていたところだったので、もう一度小さなあくびをしてから台詞の先を続ける。

「行きましょうよ。みんな集まっているのに、何もしないなんてもったいないですよ」

「それじゃ、わたしもいくですのっ」

 舞の意見に絵里香が賛同して、賛成者は4人となった。

「で、阿蛇さんと華奈さんはどうしますか」

 三神に水を向けられた阿蛇は、年少者たちに押し切られたといったふうに、肩をすくめて首を振った。

「みんなが賛成しているなら仕方がない、行くとするか」

「阿蛇先輩、顔がにやけてるですの」

「で、華奈さんは」

 阿蛇に聞かれて、華奈は小さくため息をついた。

「静かな日曜日だったんだけどね。付き合うわ」

 こちらは本当に押し切られたと行った様子の華奈である。ともかく、全員が行くことになったので、阿蛇は改めて勢多に連絡を取った。

「こちら、超常現象愛好会だが、先程の話・・」

『早く来てくれ!人手が足りない』

 そう言うと、今度は正真正銘、勢多の方から連絡は切れた。そして、勢多からの連絡が途切れる前に、既に基行の姿は食堂から消えていた。

「お祭りだ、イベントだ」

 という遠ざかりつつある基行自身の声と、

「ちがうと思いますの」

 という、絵里香のせりふを残して。

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