世界が終わる瞬間は……。
お題【世界が終わる日に】【溶けるように】【死んでしまいたいと思った】にふわりと沿ってかきました。
よろしくお願いします。
「宇宙の彼方からね、大きな隕石が飛んで来て、地球にクリーンヒットするんだって!」
有希が俺のベッドに俯せに寝転んで、スマホを見ながらそんな事を言った。しかもポッキーを食べながら。
「ちょ、ベッドの上で食うなって!」
「もー、細かいなぁ。いいじゃん、来年にはぜーんぶ無くなるんだし?」
「いや、そんなんニュースにもなって無いよな? なんの妄想?」
「これー」
スマホの画面をズイッと差し出して来たので見てみると……英語だった。
「読めまへん」
「知ってるー」
「……」
有希と俺は十年間付き合っている。
出逢いは英会話教室だった。
有希は講師、俺は新入社員で、何かスキルを身に付けたいとかザックリした理由で体験教室に参加した。
英語力はゲット出来なかったが、有希をゲットした。
「普通さ、そういう発表って世界中同時にするんじゃないの?」
「知んなーい。アリッサがどっかから引っ張ってきた記事だもん」
アリッサは有希の同僚で――――。
「だーかーらー! ポッキー食うなって!」
ポッキーを取り上げようとしたら、有希がニヤリと嘲笑った。
「きゃー! やだー! 世界滅亡前に襲われるぅぅ!」
「あぁん⁉」
信憑性の薄い記事の話題といつもの軽口、ちょっとイチャイチャに発展して――――。
普段と何ら変わらない、なんてことない、そんな日だった。
◇◆◇◆◇
たった半年前のあの日が懐かしい。
地球滅亡とかいうアホみたいな記事は、本当だった。
だが少し違った事もある。
いろんな国や研究施設が動いていたらしく、あの日から二ヶ月経った頃、世界同時に発表されたのは『隕石到来は四ヶ月後の四月一日』だった。
発表を聞いた有希は、仕方ないねと笑っていた。
今日、世界が滅没する。
最後の日は二人でいようと決めた。
隕石の動向をモニターしたり、安全な場所を予想して騒ぎ立てる煩いテレビは消した。
窓から見える空は妙に綺麗な赤紫色だった。
「エイプリルフールとか、ばっかじゃないの……」
「フッ、ほんとな」
ベッドの上に二人で寝転んで、有希の手を握る。
「ちゃんとした結婚式挙げれなくてごめんな」
「いーよ」
有希の左手薬指で銀色の細い指輪がキラリと光っていた。
世界が滅亡すると判ってから、ニュースや日本政府は「常識ある行動を」と言った。
世界中でそう言い続けられていた。
それでもやはり暴動などは起きる。
ただ、日本は割と平和だった。国民性なんだろうか?
世界から届く悲惨なニュースは、他人事のように感じられた。
発表から二ヶ月後、会社は全社員にある程度の退職金を渡して、明日から来なくて良いと言った。
それは優しさだった。家族と過ごすように、最後の日まで諦めずに生きるようにと。
それは有希の英会話教室も同じだった。
俺の退職金で双方の家族と近場の温泉街へ旅行をした。
旅館の部屋で家族に見守られて、指輪交換をし、結婚した。
結婚式場の予約は取れなかった。
世界が滅亡すると判って、結婚式場は予約でいっぱいだったのだ。
市役所は普通に開庁していたので、婚姻届は受理された。
まぁ、スーパーやコンビニなども普段通りに営業していたが。どうやら最後の日まで営業するらしい。
昨日見た限りでは、保存食や防災グッズばかりが売り場に置かれていたが、普段どおりに「いらっしゃいませー」と声掛けされた。
本当に、こういう所が日本らしいなと思う。
二人でベッドに寝そべり抱き合い、あと三時間で来るらしい隕石を待っている時だった。
「ねえ、ひとつ、言ってなかったんだけど」
「ん?」
「…………妊娠した」
「っ! ……そっか」
「うん、そうなの」
今日、世界が滅亡する。
俺達の未来は、あと二時間半で途切れる。
俺達の子供は、生まれることが出来ない。
「二人で、抱いてやりたかったな」
「っ……うん」
有希が涙を零した。
世界が滅亡すると判っても、からりと笑っていた有希が。
きつく抱きしめて、背中を擦った。
こんなに肩は細かっただろうか?
こんなに薄っぺらい体だったろうか?
こんな華奢な体に子供を宿してくれたのか。
「有希、ありがとな」
「っ、ど、したの?」
「んー、愛しいなと思ってさ」
有希の顔がみるみる赤く染まっていった。
「ばーか」
「ん」
あぁ、なんて愛しい存在だろうか。
世界が終わる瞬間は、有希と子供と三人で、溶けるように混ざって、死ねたらいいな――――。