2.窓際とスケッチブックの傍観。
START
カララ
「しっつれいしまーっす」
鍵をぶんぶん回しながら、誰もいない部室に入ってきた。部室、は美術室。私は美術部。加賀野っちと、しょーこっち、いとーちゃん、いのちゃんも同じ美術部だ。
いつもは加賀野っちも一緒に来てんだけど、今日は向こうが用事があるので、1人で来た。いつも何かと先に来ているので、私が鍵係となっている。
いつものところに鍵をかけ、窓側のいつもの席にカバンを投げ置く。落ちた。拾って中からスケッチブック、筆箱の中から世界のアイドル犬のシャーペン、お気に入りの黄色い消しゴムを取り出す。
さ、準備完了っ!
描きかけのページを開き、描き足していく。
次の大きなイベントは学園祭でしばらく空くから、部員全員で絵の採点会を開催している。採点者は顧問の先生だから、ひと呼んで顧問杯かな………
あ、時間。
忙しなく、スケッチブックを抱えたまま窓を開ける。
窓とこちらを隔てている水道に膝を当て、前のめりの姿勢で向こう側を覗く。
───芝生が広がっている。両端に、白い屋根の少し大きめの小屋と、錆びた色の屋根の小屋があり、私は白い屋根の方を覗いた。
探す。
いつもの人を。
……あ。
いや、違った。
人違い。
また違う。
違う……今日遅いなぁ………あっ。来た!
私はもっと前のめりになった。3人、横一列に並んでいる。でも、一番奥の人にしか目が行かない。
彼は、前を見ていた。
ふぅ、と息を着くところだった。
何かを上にあげて、そして、真っ直ぐ目の前に下ろした。
弓矢だ。
その弓を引く。
引く。
引く。
引く。
───止まる。
私は、
無意識に瞬きをした。
目を開くと同時に、ちょうど矢が放たれた。
草原の中を、ひゅ、と通り過ぎる。
そのまま、なんの音も出さず、的に突く。
────彼の方に目を向けた。
表情を変えず、ふ、と息を着いて去ってしまった。
少し満足そうに、的のど、真ん中に突いた矢を見つめながら。
カララ
「失礼しまーす」
「おー醒さん。今日も早いなー」
「あ、枚川ちゃん、スケッチブック水道の中に落ちてる!」
「ほんとだ」
「もー枚ちゃんほんと天然だねー……あれ?加賀野ちゃんは?」
「あー、伊藤氏の教室に行く前にすれ違ったよ。職員室に行くとか言ってたな」
「遅れるのかー。ちょっと語りたい曲あったんだけどなー」
「あ、それって加賀野ちゃんの好きなバンドの?」
「うん!昨日久々に聞いたらハマっちゃってさー」
………はぁぁぁあああああああああああ!!!かっこよかったああああああっ!!!
みんなの会話を聞きながら、冷静を装ってスケッチブックをハンカチで拭いているけど、心の中はパーティだった。
だってかっこよかったんだもん!いつもだけど今日はより一層かっこよかった!!何よりいい感じに太陽が隠れた青空の下だったから矢が見やすかったし、何より表情もちょっと嬉しそうだったから!!!ま、いつも無表情なんだけどね!そこもかっこよいけど!
えーと、今さっきまで見ていた『彼』というのは、弓道部副部長の真田八江先輩のこと。
色白でキっとした目、細身で高身長の私の王子様です。まだ片想いしてから2ヶ月くらいしか経ってないけど、このくらいの時間になるとすぐ下の弓道場で先輩探しをするのが日課になっています。
ちなみに、真田先輩に片想いをしていることは、加賀野っち以外誰も知らない。
……思えば、私は真田先輩の大大大っファンかもしれない。まだ話しかけたこともないけど。でも、毎日こうやって見つけて、かっこいい姿を見ているのが楽しい。しばらくは、この日々のことを青春というのだろう。
片想いだって青春だ。
今はこの青春を、どうか楽しませてほしい。
この、美術室で。
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