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01-08 信仰

 レーン達三人は、今にも崩れ落ちそうな家々の間、その曲がりくねった小道を歩く。ただ小突かれるままに、男の指示に従う。武器を取り上げられ、縄で縛られていたのである。手の出しようもなかった。空腹と喉の乾きを覚えたレーンが声を上げそうになったとき、レーンの前方から少女の怒鳴り声が聞こえた。


「父なる神はおっしゃった。『下衆は去ね、聖人は死ね、外道は腐れ』と!」

「でもよー、ナイン様、そのありがたい神様はあっしらを救うては下さらないんで?」

 通りの一角に、ボロをまとう村人達が集っていた。その中から、耳をつんざく少女の甲高い声に、年配の男の疑問の声が被る。


「あぁ!? 馬鹿を申すな! 己から何もせぬ者に、例え慈悲深き神といえど手を差し出されることがあるものか! 善く善く生きようとする信念を持て!」

「あっしはそんな面倒なことはごめんだなぁ」

 姿の見えぬ少女の声は限りなく元気だった。周囲を取り囲んでいる村人達の愚痴めいた呻き声とは比べものにならない。


「とはいえ。深遠なる神はそんなお前でもお見捨てにならぬ。そのときに偉大なる神の心を思うだけで良い。それがお前の良心だ。きっとそれは慈愛に満ちた神の御心に叶うに違いない。お前は救われるであろう」

「そうなんですかい? へへぇ、ありがたいことですだ」

 ナインと呼ばれた少女の笑顔に、村人の笑顔がこぼれる。


「うむ! 今のその気持ちを忘れるな! ……次! 次の者は前へ! ……って、そこぉ! マフムではないか。そこで何をしている! 縄で縛ったその三人は何だ! いずれも見慣れぬ顔よな……もしや、その服装……。もしやその者どもは都の兵士ではないのか? 無用な騒動を砦の連中と起こすでない!」

 レーンとミース、そしてバルダスが、それぞれ三者三様に、声の主へ目を向ける。その声の主は小柄なミースよりも頭一つ低い、古めかしい時代を思わせる粗末な白い司祭衣を纏い、赤毛を三つ編みにして後ろに垂らした少女だった。ただ、その茶色の瞳は言いしれぬ宗教的情熱から来る憤怒に燃えており、岩よりも固い意志を思わせる。事実、己よりも遥かに年上と思われる強面の男に対したその言葉には、容赦のかけらも見られなかったのだから。


「レ、レーン様……あれ、あの紋章は……拙いんじゃ……」

「何が拙いんだ? 意味判らないぞ」


「知らないんですか!? レーン様! あれは邪神の紋章ですよ! それも名前を口にするのも憚られる『死──ルデス──』じゃないですかぁ! ちょっとこの村、激ヤバ……うわーん、ミースはもうおうちに帰りたい! お願いだから帰してぇ!」


 終焉と絶望を司る冥府の王、『死』。都ではとっくの昔に邪神、悪神の烙印を押されて久しい。信徒には、ついこの間も大がかりな弾圧が行われたと聞いていたのだが、この東部辺境では、そんな帝都の権威や意向など、その統治に全く及んでいないようだった。


「早くそのもの達を解放せぬか、このたわけ!」

「ナイン様、すまねえが、それは出来ません。これは姉御の言いつけなんです」

 一喝されたマフムは鼻白む。


「スィータ様の?」

「ええ。城に連行しろ、とのご命令です」

 胸を張ってマフム。さもそれが栄誉ある役目だとも言いたげな態度だった。


「こ、このうつけ! ならば尚のこと許さぬ! そのもの達、わたしが預かろう」

「だ、だめです! 俺が姉御に殺されちまいます! どうかご勘弁を!」

 火が付いたようなナインにマフムが一歩、足を引いた。


「わたしがお前の代わりにそのもの達を城に連れて参ろう。それなら文句あるまい」

「でも……」

 ナインはずかずかと前に出てきては、自身の頭一つ高い背丈のマフムを睨みつける。


「我が父なる神の名にかけて約束しよう。……もしやお前、わたしが信じられぬと申すのか?」

「……わかりました。……必ずですよ? もうじき姉御も城に戻るはずです。それより前に連れて行ってください」

 ナインの勢いと気迫に、マフムは折れた。


「安心せい、悪いようにはせぬ」

 死の司祭の笑顔が請け負う。



 ◇




「お前達、随分と手荒な歓迎を受けたようだな。だが、堪忍してはくれぬか。あやつの無礼はわたしが謝罪しよう」

 ナインと呼ばれていた少女は恐れおののくレーン達に優しい視線を送ってきた。差し出された手は優しく、その硬い表現の言葉も気にならぬほど、声も柔らかい。彼女は背丈同様、年齢も少女の域を出ることはないだろう。年の頃もレーンとそう変わらないのではないだろうかと思えた。

 レーン達がなんと答えたものかと、ただ少女を見詰めて黙っていると、いつしか通りの喧噪が止んでいた。あれだけ表に出ていた村人達が一人もいなくなっていたのである。周囲に目を配れば、粗末な干し煉瓦の家々の窓、その鎧戸の奥には爛々とした目が息を殺して覗いているようだった。辺境の村々の例に漏れず、この村でも余所者を酷く警戒しているに違いないと思えた。レーンたちから答えを待っていたナインが、レーンに差し出していた手を引く。そして大きく息を吸うと、大音声で朗々と声を通りに響かせたのだ。


「おおルデス。『死』を称えよ。今日も慈悲深き大いなる死の使いが帝都ファルドアリアよりもたらされた。われら死すべき定めの神の子ら、感涙と共に汝、大いなる神の御使いを受け入れよう」


 さすがのレーンも背筋を凍らせる。ミースはあからさまに顔を引きつらせた。

 ナインのこの呼びかけに、家々から粗末なボロを身に纏った、骨と皮ばかりに痩せこけた村人たちが次々と這い出てきては、彼女の祈りの声に唱和する。それは異様としか言えない光景だった。村人達は目だけを期待に輝かせながらナインとレーン達を交互に見たのだ。村人達の尋常ならざる熱を帯びた視線に耐えかねたのか、ミースは引き付けを起こし、レーンの歯はその付け根からガクガクと震えだしていた。レーンにはミースの推測が的中してると信じられた。この村は都にて邪神とされる『死──ルデス──』を中央から隠れて秘かに信仰していたのだ。

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