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01-09 門番

 東からの冷たい風を遮るように、その要塞めいた城はある。石造りのこの建物は村の南、緩やかに流れる川の畔に黒々と聳えている。城の高い城壁の外側に備えられた黒く淀んだ水を湛えた広い濠では白い水鳥が何羽も羽を休めていた。


「言い伝えでは、神代に建造されたとかなんとか……。これを見る限り、神ですら武器を持って闇の軍勢と戦わざるおえなかったのでしょうな。それを思えば、いくら我らが平穏を望んだとしても、神ならぬ我らが敵対者と矛を交えずにすむ術はないのでしょう。

「俺は信じている。希望を捨てなければ、敵対者とも必ずわかり合える刻が来るって。そして、戦わずにすむ方法があるに決まってるんだ」

 レーンはそういうバルダスに、遠い目をしてみせ、口の端に笑みを浮かべ言葉を継いだ。



 ◇


「オルファ姫様に会いに来ただと? 寝言は寝てから言うんだな。帰れ」

 城の門番は取り付くしまもなく、レーンらを追い払おうとする。


「衛兵風情がでかい口を利くんじゃねぇ! その姫から招待を受けて受けてるんだよ、オレは!」

「ここを通すわけにはいかん。こっちはその姫様から直々に何者であろうと通すな、という命令を受けているんだ」

 頭の固い門番だ、とレーンは憤慨する。


「カジエル。こやつ等はスィータ様の客だ」

「ナイン。それは本当の話なのか?」

『死──ルデス──』の司祭、ナインの口添えに門番カジエルは耳を貸す。


「スィータ様の舎弟……たしかマフムと申したか。とにかく連中がこの者たちを護送しておった。……わたしが引き継いだがな」

「そうだとしても、オルファ姫様の命令は『だれ一人として通すな』だ。この者たちを中に入れるわけにはいかんな」

 スィータの名前を出してもカジエルは折れない。


「早ようせねばスィータ様が戻るぞ? そうすれば、この者たちを入れなかったカジエル、お前が姫様に叱られるぞ?」

「なにを騒いでおられるのです」

 一人の年若いメイドが顔を出す。


「ああ、サエラ。この者たちがオルファ姫様に会いに来たと言って聞かぬのだ。

「姫様に確認してまいります。お客様、お名前を窺ってもよろしいでしょうか」

 金髪を肩口でまとめ、後ろへ流した、碧い眼を持つ、十代半ばほどの少女がレーンたちに向き直る。


「オレはレーン。レーン・シラニス。帝都ファルドアリアから迎えに来た、オルファ姫の婿となる男だ」

 レーンの言葉にサエラの目が点になる。


「ちょっとレーン様、なにを失礼な事を!」

 ミースは慌て、

「この方は帝都の貴族でシラニス卿と申します。このたび、東部辺境警備の任を皇帝陛下から仰せつかり、着任前にご領主様に挨拶に伺ったところです。なにとぞご領主様に取り次いではいただけないでしょうか」

 と言いなおした。


「わかりました。シラニス卿、失礼ですがこのままお待ちを。さしてお時間は取らせません、確認が取れましたならば、城内へと案内いたします。ご無礼の段、ご容赦願います」

 サエラと呼ばれた少女は城内へと消えて、レーンらは再び行く手を門番に阻まれる。


「本当に無礼じゃないか。貴族を外で待たせるなんて!」

「レーン様、取り次いで貰えるだけありがたいと思いましょうよ。というか、本当にここの領主様に面会されるのですか? 城下の様子と言い、領主様の噂と言い、ヤバイ雰囲気バリバリなんですけど!」

 ミースが今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で訴える。


「オルファ姫はオレを待っていると言った。オレが尋ねてくるのを心待ちにしていると! オレが引き下がる要素がどこにある!」

「歓迎されてませんよ、そのオルファ姫の妹姫からも殺されそうになったじゃないですか、レーン様」

 ミースがレーンの自信をちくりと刺した。


「あれはオレが本気を出さなかっただけだ! オレが本気を出せばあんな娘の一人や二人、たちまちのうちにやっつけてくれる!」

「そうでしたな、坊ちゃんが本気を出せば、不可能などありませんよ」

「そうだろ? バルダスは良くわかっているじゃないか」

「バカなこと言わないで下さいレーン様。手も足も出なかったくせに」

 ミースは溜息混じりにそう言った。


「ミース、お前はオレの実力を疑うのか!?」

「いい加減にしろこの木偶の棒! 実力を疑うもなにも、疑う余地無く弱っちいくせに変なプライドだけはあるんだから、もう!」

 切れるミースに、オレはなにかまずい事でも言ったのだろうかと、首を捻ってみせるレーンだった。

 そして、門が少し開くと先程のメイド、サエラが顔を見せる。


「お待たせしましたお客様。オルファ姫様がお会いになられるそうです。応接室までお通しします。どうぞ、私についてこられて下さい」


「それでは、わたしはここまでだ。じゃぁな客人。縁があったらまた会おう」

『死──ルデス──』の司祭、ナインはは顔を上げてレーンたちに別れの言葉を掛けて去ってゆく。レーンは出来る事ならばもう関わりたくないと思うのであった。




 ◇




 門番が城門を押し開く。

 緑萌ゆる美しき庭がレーンらを出迎えた。


「外と全く違う……!」

「これは美しい!」


 蝶の舞う花壇には色とりどりの花が咲き、小さな林を形作る木々には二羽の小鳥が留まって、つがいで恋の歌を口ずさんでいる。

 清き水を絶えず流し続ける噴水は、そんな花々や木々に潤いを与え続けていた。

 外の『死』とは違う、『生』がここにはある。


「さぁお客様、こちらです」


 庭を抜け、導かれる門の奥。光あふれる赤い絨毯を敷いた玄関広間があった。

 女性を描いた一枚の美しい絵画がレーンたちを出迎える。柄に描かれた赤いドレスの女性は、どこと無くオルファに似ていた。

 サエラは一階の右手、手前の扉を押し開くと、布張りのソファーが設えてあるその部屋に一行を通す。


「こちらでお待ち下さい。間もなく姫様が来られます」


 サエラは一礼し、部屋を辞した。

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