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00-01 昔話

 紅い炎が揺り椅子を照らす。

 薪の弾ける音がする。暖炉の前で幼子が、椅子に座ったエルフの女に話をせがむ。


「ねえ、……お婆ちゃん。もっとお話をしてよ」

「もう子供は寝る時間じゃ」

 翠の髪を垂らした女は、幼子を取り付くしまも無く追い払おうとする。

 お婆ちゃんと呼ばれた割には、肌は艶やかでシワも無ければシミ一つ無く、声も張って充分に若く聞こえた。

 

「えー!? あたし、眠くないもん! もっとお婆ちゃんのお話聞きたいよ!」

「聞き分けのない子じゃな。いったい誰に似たのやら」

 女は微笑み、幼子の後ろ髪を撫でた。


「ねーねー、お婆ちゃんの若い頃の話が聞きたいなぁ」

「知らぬぞ? 眠りたいと思っても、眠れぬ話になるやも知れぬ」

「いいもん!」

「怖ーい、怖ーい話になるやもぞ? それでも良いのか?」

「うん!」

 幼子の意気に、ついに女は折れた。

「仕方ないのう……」

 女はぽつぽつと話し始める。




 ◇




無があった。


光が生まれた。




光は混沌を割り、空と海と大地をわけた。

竜が生まれ、巨人が生まれた。




そして、最初の神々が現れた。


神々は土から植物を創った。

大地は森に覆われた。

神々は土から動物を創った。

空と海と大地は鳥と魚と動物で溢れた。

竜と巨人は喜び、神々を称えた。


生き物が増えすぎた。

困った神々は、土から人を創った。

でも、この人には心がなかった。


「好きなだけ取りなさい」


最初の人は欲張りで、森を潰し、生き物を殺して回った。

結果、怒った竜に滅ぼされた。

竜に負けた人は翼を与えられ、空に去った。


神々はまた人を創った。

でも、この人にも心がなかった。


今度の人も欲張りで、森を焼き、生き物を際限なく殺した。

結果、怒った巨人に滅ぼされた。

巨人に負けた人にも翼が与えられ、地中に去った。


神々はまたまた人を創った。今度は思いやりの心を入れてみた。


今度の人は皆とうまくやった。竜も巨人も、彼らを許した。


神々は満足し、世界を去った。


神々が去ったことを知った天人は地上に降りて人と争った。

神々が去ったこを知った地人は地上に出て人と争った。

かくて、天人と地人と人は相争う。


争いは六年と六ヶ月と六日の間続いた。


争いは収まるところを知らなかった。


やがて、神々が戻ってきた。

神々は大いに怒り、人を、天人を、地人を分け隔てなく滅ぼした。


神々は荒れた大地を、海を、空を、大雨と洪水をもって洗い流した。

神々の怒りに触れ、僅かに残った人々は争うことを止めた。

争うことを止めた人々を見て、神々は満足した。

これら、古い人々は神々に仕える事になった。


古い人々は新しき人に神秘を伝える指導者として。

天人は神に仕える天使として。

地人は魔神に仕える悪魔として。


神々は古い人々に替わりに新たに人を創った。

これが今のあなた方である。

相手を愛する心。神々はその祈りを込めて創った。


神々は満足した。しかし、神々がこの地を去ることはなかった――。




 ◇




 神々がそなた達、死すべき定めの者たちの面倒を見るのに飽き始めた頃の話じゃ。遠く銀の時代の栄光にも陰りが見え始め、気づけば神々が天空の彼方に次々と去りゆきて、この世の全てが死すべき定めの者たちの手に委ね始められつつあった頃──鉄の時代の曙とでも言えようか──。


 今思えば、(わし)の『父』は、神々の一柱であった。儂は、儂という存在は、この世に生を受けた直後に『父』の別れを告げる言葉と共に世に捨てられた、いわば神々の置き土産であったのかも知れぬ。正しく神の子であった儂は、かつて父なる神々が己の被造物である死すべき定めの者たちと戯れたように、儂もまた、彼らと遊戯を育み、笑い、恋をし、憎み、軽蔑し、憎悪し、そして……その多くを殺戮した。


 儂は接し方を知らなんだ。愛を知らず、情を知らず、まして、憎む術さえも。今思えば、多くの時を無為に過ごし、多くの友を死なせた。儂を好いておった者も、嫌ろうておった者も、みな平等に儂の心の内を知ることなく時の狭間に置いてきた。数多の種族が滅び、多くの存在が儂の目の前をただ通り過ぎていったのじゃ。

 生を受けた者には必ず滅びが訪れると言うが、そんなものはただの夢で、儂の前にはただの幻じゃった。儂だけが老いず、常に若々しい姿のまま──。


 楽しいことも、辛いことも、全て覚えておる。儂に甘い言葉を囁いてくれた愛しきあの者も、儂の戯言を真に受けて死地に赴きおったあのウツケの言葉も、つい今し方の出来事のように思えてならぬ。長きに渡る時の旅路の果てに儂の心は摩滅し、荒んでおった。そうじゃ……今宵は、そんな頃の話をしよう。


 無間地獄を語って聞かせるのも悪くはなかろうて。全てを語ることが出来たのであれば、儂もこの苦役から解放されるやも知れぬ。



 ──嗤え。未だに儂はそのような戯れ言を信じておるのだ……。

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