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イルカ座の少年  作者: ルム
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 日本選手権水泳競技大会、二ヶ月前の水曜日。



 飯塚はプールではなく、川辺で一人焚き火を眺めていた。



 コーチから「出場するもしないも一度忘れて、二週間ほど休め」と言われ、ちょうど何をすればいいのかも分からなくなっていた飯塚は、言われた通りにプールから離れることにしてみたのだ。


 地元に帰省し、テレビ番組で見た「ソロキャンプ」というのを試してみてはいるが、スマホの電波が入るところにテントを張ってしまうあたり、「ソロキャンプ」に集中できてないのが容易に感じ取れた。



 そろそろ時間は22時。スマホで時間と電波を確認し終えたら、画面から目を引き離し、半ば強制的に揺れる焚き火を見つめる。



「焚き火の世界」とかいう番組で『焚き火マイスター』なる男が「焚き火はストレス解消にいいんです!」などと言っていたが、正直パチパチと鳴る音が少し怖いし、薪の燃える匂いも好きじゃない。虫も嫌いだ。


「水の中にいる方がよっぽどいいな」



 そう口走ってみたものの、それが本心なのかどうか。



 それすら分からなくなってしまっている自分に、心底絶望を感じる。





——ポコポコッ


 場違いなサウンドと共に、絶望の飯塚のスマホに「笹川小学校94期卒業生!」グループの招待通知が入った。


 ロックを外し、人工的なブルーライトに目をチカチカさせながら『グループに参加』をタップし、長文で読みにくいメッセージをゆっくり確認する。


 どこの誰だか知らない猫のアイコンが、「お元気でしょうか?」から始まる定型文の後に場所と日時を告げ、参加の是非を尋ねていた。


 いきなりのグループラインへの招待に多少は戸惑ったものの、その後続々と入る、今は何をしてるかも知らない旧友から吹き出し達は、飯塚の心を少しだけ軽くし、自分の返事のことも忘れみんなの返答を眺め続けた。



 その吹き出しの一つに、見覚えのあるアイコンを飯塚は見つけた。




 あの「イルカ座」の少女だ。




 中学校の卒業以来会ったことはなかったが、吹き出しの横の、小さく丸い枠の中いっぱいにピースサインをする顔は、当時の面影を色濃く残したままだった。


 思いもよらず心が沸き立つ。今更会ったところでどーもこーもないのだが、男というものは存外単純なもので、こんなもの一つでも気分が盛り上がってしまうのだから情けない。




「私、夏の大三角よりもアルタイルのすぐ横にあるイルカ座が好き」




 ついさっきまで忘れてしまっていたあの言葉が、当時の景色と共に鮮明に思い出された。



 思わず、さっきまで存在すら忘れていた夜空を見上げる。



 そこには、まだ大分早めの夏の大三角と、その隅で小さいイルカ座があの時のまま光り続けていた。




「星座絵だと全然可愛くないけど、夜空で見ると自由に泳いでる様に見えるから好き」




 ついぞ星座絵までは確認しなかったままだが、あの時の少女の言葉を目の前の光景に重ね、遠くで光るイルカ座に、飯塚は柄にもなく呟いた。




「俺にもう一度だけ、自己ベストくれないか」

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