ずっと一緒だもんっ!
お越し下さりありがとうございます。
私、秋本美晴には幼馴染みがいる。
桐ケ谷弘樹。
私より1日早く生まれた彼の家は私の家の隣で、親同士仲が良かった事もあり、遊ぶのもご飯もお昼寝もお風呂もみんな一緒だった。
二人の誕生祝いもお互いの家で交互に行われていて、まるで双子の兄妹の様に育ってきた。
小学校に上がると、同性の友達と過ごす事が多くなり、弘樹と一緒に過ごす時間は減っていった。
その頃から、私はいたずらの対象にされる事が多くなった。
廊下でスカートを捲られたり、上履きを隠されたり、掃除用具のロッカーに閉じ込められたり……。
これって、もう充分にイジメの範疇に入ってるよね?
そんないたずらに毎日遭い、学校に行くのが嫌になり掛けた頃、私を助けてくれたのが弘樹だった。
弘樹は、学校で私が苛められそうになるといつも全力で守ってくれて、体の大きな上級生に立ち向かっていった事も一度や二度ではない。その為に擦り傷や痣が絶えない時期もあった。
そんな弘樹の手当てをしながら、お母さんが「弘樹くんは美晴の騎士様なのね~」とニコニコしながら言っていた。
でも違うよ、お母さん。
だって……
弘樹は、私の『騎士様』じゃなくて『王子様』なんだもん!
弘樹のおかげで、私へのいたずらはいつの間にか無くなっていた。
私はずっと前から、弘樹に恋をしていた。
弘樹を好きになったのは幼稚園に通っていた頃だから、もう10年くらい前から好きなんだ……。
漠然と、弘樹とはこの先もずっと一緒にいられるって思っている。
弘樹はどう思っているのかな……?
弘樹にとって私は、単なる幼馴染みで、仲の良い遊び仲間に過ぎないのかもしれない。
小さい頃からずっと一緒だったし、『女の子』として見てくれているのか不安になる。
時は過ぎて、中学生になってからの私は、急に上級生に呼び出されて告白される様になった。
でも、その度丁重にお断りしている。
だって、上級生だよ。
話した事もない人からいきなり「好きです」とか「付き合って」と言われても、どんな人かわからないし……。
知らない人から告白されるって怖いんだよ。
そんな事よりも私は弘樹と一緒にいたいの。
中学2年になった頃、弘樹に一緒に通学してくれるように頼んだ。
知らない人からの告白も怖いけど、それ以上に『私の隣にはいつも弘樹がいる』って事を周囲にアピールしたかったから。
それは愛の告白くらい勇気を振り絞って言ったお願いだったのに、彼の返事は「別にいいぞ」と実にあっさりしたものだった。
ともかく、また弘樹と一緒にいられるから、私は満足だった。
中学を卒業した私達は、歩いて15分のところにある県立菱成高校に通う事になった。
これにはちょっと訳があって……私、本当はお嬢様学校と名高い私立東陽女子学院にも合格していて、両親だってそれはもう大喜びだった。
でも、女子高だよ。
弘樹と一緒に居られないんだよ。
それは私の人生にとって最大の損失。
両親は東陽への進学を期待していたみたいだけど、私は弘樹のいない学校なんて最初から通う気はなかった。
大体、担任の先生が「受けるだけでも」としつこいから受験しただけなんだし……。
考えてみれば確かに、偏差値70の東陽女子に対して菱成の偏差値は62。その後の選択肢の拡がりには随分差があるのだろう。
だけど弘樹と離れ離れになるなんてあり得ない。
担任が家にまで来て、東陽への進学を勧めてきた時は本当に腹が立った。
私が本気で怒ったのはあの時くらいだろう。
結局、私が押し切って菱成に通う事になったんだけど、この件に関して一悶着あった事を桐ケ谷一家は知らない。
弘樹は、ちょっと無愛想だけど本当はとっても優しくて、小さい頃からいつも私を守ってくれる。
中学生になった頃は同じくらいの身長だったのに、あれから一気に背が伸びて、高校2年になった今では158cmの私より20cmも背が高くなった。
今日も弘樹と一緒に駒根川の土手を歩く。
この土手を上流に向かって歩いて行くと、私達が通う菱成高校が見えてくる。
もう一年以上、この道を弘樹と一緒に通っているんだなあ。
ウキウキで歩いていると、珍しく弘樹が話し掛けてきた。
「なあ、美晴」
「なあに?」
「何でいつもそんなに嬉しそうにしているんだ?」
「だって弘樹と一緒にいられるんだもん。毎日幸せだよ!」
私史上最高の笑顔で答えると、少し照れくさそうな顔をして俯く弘樹。
毎日こんなにラブコールしてるんだから、早く私の気持ちに気付いて欲しい。
弘樹は鈍感なところがあるから、もっとストレートに「好き」「愛してる」って言わないと気付いてくれないかな……。
そんな事を考えていると、いきなり弘樹が私の右腕を掴んだ。
「え? 弘樹、何する……きゃあ!」
危うく、石に躓き、転びそうになった。
正確に言えば、弘樹が支えてくれていなかったら転んでいただろう。
「ほら、よそ見してるとまた転ぶぞ、足挫いたりしてないか?」
弘樹が引き寄せてくれる。
ううっ、顔が近いよ。
「うん、大丈夫……。弘樹、いつもありがとう」
自分でも顔が紅潮しているのが分かる。
弘樹もどことなく顔が赤い。
「おうおう、お二人さん今日もお熱いねぇ」
「いいなあ、美晴ちゃんには桐ケ谷君がいて」
「今日も夫婦でご出勤かい?」
「朝から見せつけてくれるね~」
「おのれリア充爆発しろ!」
いつも通りの冷やかしの声が聞こえてくる。
あっ! ここは通学路だった。
弘樹とこんなにも近くで見つめ合っていたら、通学路だって事、一瞬忘れていたよ。
でも良いんだもん!
私達はこんなにも仲良しだって事を、もっと広めて欲しいくらいだ。
幸せな時間はあっという間に過ぎ、気が付けば学校に着いていた。
靴を上履きに履き替えて、私は一人教室に向かう。
おっと、いつものセリフを忘れずに……。
「弘樹~! 今日も一緒に帰ろうね~~!!」
本当は(弘樹、だ~い好き!)って言いたいけど、さすがに恥ずかしいので帰りの約束をするに留めておく。
校舎に入ってからもべったりだと、弘樹の交友関係にも悪影響を及ぼすだろうから、一応、私なりに一線を引いているつもりなんだけどね……。
クラスメイトと朝の挨拶を交わし、席に着く。
弘樹の席は窓際の最後列、私は窓際から二列目の最前列だ。
男女別々にアイウエオ順に決められた席。
男子にもう一人、苗字がア行の人でもいたら、私の右隣は弘樹だったのになあ……。
でも、休み時間には弘樹のところに行くんだけどね。うん、通い妻みたい、って照れるじゃない。もちろん昼休みには弘樹と一緒にお弁当を食べましたよ。
放課後、部活動の時間。
私はバスケ部なので体育館へ、弘樹はサッカー部だから校舎前の土手を超えて河川敷にあるサッカーグラウンドへ行く。
弘樹が言うには、サッカーの場合、コートの事を「ピッチ」って言うらしい。
普段は、先に部活動を終えた私が、土手を越えて迎えに行くんだけど、あの日は違った。
まさかあんな事になるなんて……。
バスケ部の練習が終わり、制服に着替えている時に新入部員の三崎ちゃんが聞いてきた。
「美晴先輩、いつから桐ケ谷先輩と付き合っているんですか~?」
「私と弘樹は付き合ってないよ」
何の気なしに、ありのまま答える。
「えー、美晴。あんなにいつも一緒なのに付き合ってなかったの?」
同級生の子が意外って顔をして話に食いついてくる。
「うん」
「じゃあ私~、桐ケ谷先輩に告白しても良いですか?」
え? 三崎ちゃんが弘樹に、告白する? ……嘘、そんなのやだよ。
「ダメ! 弘樹には私が告白するの!」
思わず口走っていた。
「ええ~、先輩が告白するんですか~」
「する!」
「でも~、私にも告白する権利、ありますよね~。
だって付き合ってないんでしょ?」
三崎ちゃんは不敵な笑みを浮かべている。
その時、部長である三年の堀口先輩が口を挟んできた。
「おいおい、トラブルか? 止めてくれよ。同じ部活メンバーでチームワークは大事なんだから……。聞こえてはいたんだけど……結局、秋本はどうしたいんだ? 私は優先権は秋本にあると思うけどな」
部長は私を真剣に見据えてそう言った。
「私、弘樹に告白します!」
「先輩、本当に告白なんて出来るんですか~。ずっと一緒にいる幼馴染みって、今更って感じで凄く告白しにくいと思うんですけど~」
三崎ちゃんは、尚も値踏みするような顔で見ている。
何で後輩にそんな事を言われなければならないの?
「だから、『する』って言ってるじゃない!」
弘樹が他の子に取られるなんて絶対に嫌だ。
私は弘樹一筋だから、誰に告白されても全部断ってきたけど……弘樹が告白されたなんて聞いた事がない。
それに何かこの子、さっきから意地悪そうな感じになってるし……。
「じゃ~あ、なんて言って告白するんですか~?」
「いいね。折角だからリハーサルやろうよ」
部長とは別の先輩がそんな事を言った。リハーサルって、そんな事恥ずかしいけど、もう後には引けない。
「…………良いですよ。やります!」
三崎ちゃんを黙らせる為にも、きっぱり告白出来るってところを見せてやるんだ。
「それじゃセンターサークルの所でやろうぜ!」
「いいですよ」
もう、どうにでもなれだ。
実際に告白する時の練習にもなるし、これはこれでアリだと思った。
夕日が入口の扉の隙間から射し込む夕暮れ時、サークルの中央に部長が立っている。
どうやら『弘樹役』をやってくれるらしい。
他の部員はセンターサークルの外、部長の後ろを囲む様に並んでいる。
「はい、それじゃどうぞ」
部長が見つめてくる。背は弘樹ほど高くはないがショートカットの彼女は、男子と見間違えてもおかしくないほど凛々しい。
ええい! 女は度胸だ。
私は告白の言葉を声に出した。
「すっと好きでした。私と付き合って下さい!」
シーンとしている。
あれ? みんな何なの、そのリアクション。
誰も何も言わないなんて……。
その時だった。
体育館の入口からゴン! と何かがぶつかる音がして、そちらに振り向いた。
そこには目を見開き、唖然とした顔の弘樹がいた。
「あっ、弘樹?」
弘樹、迎えに来てくれたんだ。
随分時間掛かっちゃってるもんね。
でも、何か様子がおかしくない?
何でそんな幽霊でも見た様な顔をしているの……。
「ごめん。不味いところに来ちまったみたいだな。俺、先帰るわ……」
そんな言葉を残して、弘樹はその場から走り去った。
え、どうして……
もしかして誤解された?
でもなんで?
ここには女子しかいないのに……。
部長の方に振り返った瞬間、気付いてしまった。
いつもは開けっ放しの暗幕カーテンが、今日に限って殆ど閉じられていて、夕日が私しか照らしていなかった事を……。
何で今まで気付かなかったの?
弘樹に誤解された。
きっと私が告白してると思ったんだ……。
慌てて鞄を掴むと、弘樹を追いかける。
校門を潜り、土手を駆け上がる弘樹が見えた。
「弘樹ぃ、待ってよ、待ってってばぁ!」
必死に叫ぶけど弘樹は止まってくれない。
とにかく話をしないと……。
もうすぐ日が沈む。
川沿いの土手なんて殆ど外灯が無く、もう少しで真っ暗になる。
走っても走っても弘樹には追いつけない。
だけど、絶対に見失う訳にはいかない。
辺りは大分暗くなってきているが、弘樹が家に駆け込むところは確かに見えた。
桐ケ谷家の玄関扉を開け、中に入る。
「あら、美晴ちゃんいらっしゃい。何か弘樹に用?」
「お邪魔します!」
洋子おばさんの横を通り、階段を上る。
階段を上った先が弘樹の部屋だ。子供の事から何度となく二人で遊んだ場所。
ドアノブを握るが鍵か掛けられていて開かない。
ドンドンドン!
ドアを叩きながら弘樹に呼び掛ける。
「弘樹、話を聞いて! 誤解なの。私の話を聞いてよ!」
ドン、ドン、ドン!
更にドアを叩き続ける。
『うるさい!』
反応があった。
きっと真相を話せば誤解だってわかってくれる。
「弘樹! 話を聞いて、お願い!」
『うるさいって言ってんだろうが! 帰れ! もう二度と来るな!』
「!!」
今まで聞いた事のない弘樹の怒鳴り声。
そして、内側から何かをドアにぶつける音が大きく響いた。
ううっ……帰れって言われた。
もう二度と来るな! なんて酷いよ……。
堪えきれなくて涙が頬を伝う。
と、その時。
「美晴ちゃん。弘樹と何かあったの?」
話し掛けてきたのは、弘樹のお母さんの洋子おばさんだった。
「……いえ、何でも……無いです」
「何でも無いって……。美晴ちゃん、泣いてるじゃない。そんな筈無いでしょう?」
おばさんは心配そうに聞いてくる。
「私が悪いんです。お邪魔しました」
その後もおばさんは何度も聞いてくるが答えは変わらない。
だって本当に私が悪いんだもん……。
弘樹の家を出て、涙を拭ってから隣の自分の家に帰る。
お母さんにご飯はいらないと伝えて、自室に入った。
ああ、弘樹に誤解されちゃったな。
絶対誰かに告白していると思ったんだよね。
私が好きなのは弘樹なのに……。
ん? でも何で弘樹はあんなに怒ったんだろう。
もしかして弘樹も私の事好きだったりするのかな。
そうなら良いな。
だけど、弘樹怒ってた。
怒らせてしまったのは私だ。
翌朝、弘樹と顔を合わせるのが辛くて、お母さんには朝練があると嘘を吐き、早朝から学校に行った。
弘樹は始業チャイムが鳴るギリギリに登校してきた。
一時間目の授業が終わった休み時間。
私は話をしようと弘樹の席に行った。
「弘樹……」
恐る恐る話し掛けると、弘樹は今まで見た事も無い冷たい眼差しでギロリと私を一睨みした後、机に突っ伏してしまった。
嫌われた。
完全に嫌われた。
もう弘樹の所に行く気力も勇気も、私には無かった……。
弘樹がいない日常。
何でこんな事になってしまったんだろう?
あの日、三崎ちゃんにあんな事言われてムキにならなければ、告白のリハーサルなんてしなければ、弘樹とちゃんと話が出来ていれば……後悔ばかりが浮かんでは消える。
もう私の隣に弘樹はいない。
勉強にも部活にも身が入らない。
集中出来ない。
何もしたくない。
トントンッ。
その日のお昼休み、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、後ろの席の沙希ちゃんが心配そうな顔をして私を見つめていた。
「美晴ちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「あのね……。言いにくいんだけど、桐ケ谷君と何かあったのは見ていて分かるんだ。力になれる事があったら、遠慮しないで何でも言ってね」
「ありがとう……」
「あと、隣のクラスの岡田佐知子さんだったっけ? 休み時間の度に美晴ちゃんと桐ケ谷君の様子を伺っているみたいだよ。私、後ろの席だからよく分かるんだ。岡田さんって知り合いなの?」
「うん。小学生の頃から、よく弘樹と三人で遊んだ仲だよ」
弘樹、もしかして佐知子ちゃんに相談なんてしてるのかな……。
「そうなんだ……。なんかお節介みたいになっちゃったけど、いつでも相談乗るからね」
「ありがとう。沙希ちゃん」
沙希ちゃん、心配してくれたんだ。
だけど言えない。
もし相談なんてして、弘樹が悪者扱いなんてされたら、それこそ本当にお終いになってしまう。
何とかして弘樹の誤解を解かないと……。
でも、どうしたらいいのか全然答えが見つからなかった。
そんな日が続いたある日、見てしまった。
部活に向かう体育館の入り口から、岡田佐知子ちゃんと手を繋いで帰っていく弘樹の姿を……。
ガツンと頭を殴られたような衝撃。
私、本当に弘樹を失ってしまったんだ。
あんな事したせいで、佐知子ちゃんに取られちゃったんだ。
――ねぇ、弘樹。
――私達の関係はもう終わりなの?
――これで本当に終わってしまうの?
次の日から、私は部活を休む事にした。
弘樹との事があってから、何もかも上手くいかなくなり、部活中もボーっとする事が多くなって突き指をしてしまったからだ。
相談に行った部室で、顧問の先生も堀口部長も何も言わなかった……。
それからというもの、自分でも分かるくらい元気が無くなった。
俯いてばかりで、もう前を向いて歩けない。
あの時以来、笑っていない気がする。
でも、それも自業自得か……。
世界が色褪せていく。弘樹がいないと全てが空虚なもののように思えてくる。
これからどうやって生きていけばいいのだろう?
そんな私の事を、お母さんはお見通しだった。
家では普通にしていたつもりだったのに……。
土曜日の昼過ぎ、お母さんが私の部屋に来て言った。
「美晴、話があるの。ちょっと車に乗りなさい。出掛けるわよ!」
言われるまま助手席に乗ると、お母さんは幹線道路をひたすら真っ直ぐに車を走らせた。
隣の席のお母さんは一切喋らずに運転している。
どこまで行くんだろう?
一時間くらい経っただろうか。
車は海が見える場所に停まった。
「……美晴、ここなら誰にも聞かれないわよ。弘樹君と何があったのか、お母さんに話してみない?」
お母さんが穏やかに話し掛けてきた。
「…………」
「……美晴?」
繰り返し問いかけてくるお母さんは、優しい表情をしているけれど、目だけは真剣だった。
とっくに見抜かれていたんだ……。
もう誤魔化しきれない。
一人じゃ抱えきれない。
もう全部打ち明けてしまおう。
「お母さん……助けて。
私、弘樹に嫌われちゃったんだ……」
視界が滲み、涙が溢れてくる。
もう辛くて苦しくて、これまでにあった事を全部話した。
そんな私をお母さんは、ただ黙ってずっと抱きしめてくれていた。
「そう、そんな事があったのね……」
お母さんは海を見つめながら話す。
「私が悪いのは分かっているんだけど、辛くて……もうどうして良いかわからなくなっちゃった……」
「うーん、そうねえ……。お母さんは、弘樹君が美晴を嫌いになったとは思わないかな」
「……なんで? どうしてそう思うの?」
お母さんは優しく微笑んで言った。
「だって怒ってたんでしょ。
怒るって事は、弘樹君だって美晴に何かを期待してたって事だとお母さんは思うけどな……。
きっと弘樹君の方にも美晴とどうにかなりたい、そうねぇ、例えば恋人になりたいと思っていたからこそ、その反動が大きかったんだと思うわよ」
「そうかなぁ」
「それじゃ、逆に考えてみましょ!
弘樹君と美晴は幼馴染みです。
二人の間に恋愛感情はありません。
ある日美晴に恋人が出来ました。
さて、弘樹君は美晴に何て言うでしょう?」
「おめでとう、かな……」
「正解!」
お母さんは私を指差して言った。
「それじゃ、もうひとつ問題よ。
弘樹君と美晴は幼馴染みです。
弘樹君は美晴の事を密かに好きでした。
でも照れくさくて告白出来ていません。
そんなある日、美晴が他の男の子に告白しました。
弘樹君はどう思うでしょう?」
「ええと……裏切られた?」
「御明答! さすがは私の娘、頭良いわね」
「んもう、茶化さないでよ。お母さん」
お母さんのおどけたノリにつられて、ほんの少しだけど笑いが零れる。
「やっと笑えたみたいね……。
佐知子ちゃんの事はお母さんにも分からないけど、手を繋いでいるところを見ただけなんでしょ? それだけで付き合っているって決めつけるのは早いんじゃない?
美晴まで誤解しちゃったら、これからの二人はどうなってしまうのかな……。
もう少しだけ、弘樹君を信じてみたら?」
「……そうする。お母さん、ありがとう」
「それじゃ帰りましょ。
これからやらなきゃいけない事もあるしね」
お母さんはニッと笑った。
またお母さんに言われるまま車に乗り、自宅に戻った。
自宅に入ろうと玄関に向かう私の背中に、お母さんの声が掛かる。
「美晴、どこ行くのよ。こっちでしょ?」
お母さんが指差したのは弘樹の家だった。
私が躊躇するのを尻目に、お母さんは迷わず呼び鈴を押した。
ピンポ~ン
「は~い」
間もなく玄関扉が開き、洋子おばさんが顔を覗かせた。
「あら、美由紀さん暫くね~。美晴ちゃんも」
「洋子さん。お邪魔します。
……美晴、何やってるの。早く入りなさい」
お母さんは迷わず玄関に入る。
言われるまま続く私。
リビングに案内され、ソファに腰掛ける。
「二人揃って今日はどうしたのかしら……」
怪訝そうな顔で尋ねる洋子おばさんに、お母さんが答える。
「洋子さん。今日は弘樹君の事で伺いました。
ウチの娘が弘樹君に酷い事をしてしまったと、さっき本人から聞きました。
申し訳ありません。……ほら、あんたも謝りなさい」
「おばさん、ごめんなさい……。私、弘樹を傷付けてしまいました」
おばさんは既に分かっていたみたいで、迷わず返事をしてくる。
「美晴ちゃん、あの時の事ね」
「はい」
「ま、弘樹も何も言わないから事情はさっぱりなんだけど、きっとあの子も悪いのよ。そのうち帰ってくるでしょうから、待っててくれる?」
「はい」
その時玄関ドアが開く音がして、「ただいま」という声が聞こえてきた。
懐かしさすら感じるほど久し振りに、弘樹の声を聞いた。
お母さんが真っ先に立って、玄関へ繋がる扉を開ける。
「お帰りなさい、弘樹くん」
弘樹は、何で私達がいるのか分からないといった感じで、驚きの表情をしている。
「弘樹くん、ごめんなさい。美晴が弘樹くんを傷つけたって今日知ったの」
「おばさん……」
私が謝らなきゃ。弘樹にあんな顔させてしまったんだ。許してもらえないかもしれないけど、それでも謝ろう。
「弘樹……ごめんなさい。私、こんな事になるなんて思ってなくて……ごめんなさい」
やっと弘樹に謝る事が出来た。私を見つめるその眼の色から、もう怒ってはいないと解る。
でも私達、これからどうなるのかな? 弘樹はもう、佐知子ちゃんと付き合っているのかもしれないし……。
もう私と弘樹は……。
そう思うと涙が後から後から溢れて止まらない。
「おばさん、ごめんなさい。
きっと俺も美晴を傷付けていたと思います。
美晴と二人で話をさせてくれませんか?」
弘樹の手が、私の肩に回ってくる。
「……いいわよ。しっかり話をして頂戴。おばさんは洋子さんと、ここで待ってるから」
「ありがとうございます。……美晴、俺の部屋に行くぞ」
手を牽かれたまま弘樹の部屋に入る。
私はただただ申し訳なくて、入り口近くに正座しようとしたら、弘樹に引っ張られベッドに座らされた。
隣には弘樹が座っている。
こんな近くに弘樹がいてくれる。
もう二度と近寄る事が出来ないと思った弘樹が、手を伸ばせば届く距離にいる。
何でこんな事になってしまったんだろう。嬉しいのか悲しいのか、もう分からなくなってしまったけど、涙が止まらない。
その時、私の背中に弘樹の大きな手が回り、そのまま抱きしめられた。
私は今、弘樹に抱きしめられている。これまでの辛い思いが一気に込み上げて来て、もうダメだった。
「うわーん、弘樹いぃ、ごめんなさい!」
声を上げて泣くのはどれくらいぶりだろう。弘樹の腕の中で、弘樹に包まれて、ひらすら泣きじゃくった。弘樹は、私が泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。
「弘樹、もう大丈夫」
私が落ち着くと、弘樹はゆっくり優しい声で話し始めた。
「美晴、話をしよう。俺達きっと誤解だらけだ」
「……うん」
「美晴、俺はお前の事が好きだ。幼馴染としてではなく、恋人になって欲しいと思ってる」
やっぱりそうだったんだ。
お母さんの言う通りだった。
私も自分の気持ちを伝えよう。
「私も弘樹が好きだよ」
弘樹もホッとしたみたいで肩を撫でおろした。
「何でこんな事になっちまったんだろうな……」
「私が悪いの。あんなところで……」
「あの時の告白は何だったんだ?」
「あれは……あの時の告白は練習だったの。ずっと前から好きな人に告白する為の練習だったんだよ」
「好きな人って?」
「弘樹に決まってるじゃない」
私、小さい頃から弘樹が好きだったんだよ。
ずっと弘樹だけを見てきたんだよ……。
「でも、何であの時、練習なんかしてたんだ? 周りにも大勢人がいたよな」
「同じ部活の子にね、聞かれたの。いつから弘樹と付き合ってるんですかって。
それで……付き合ってないよって答えたの。
みんな私達はとっくに付き合ってるって思ってたみたいなんだけど、そうじゃないのなら……」
言い難いなぁ。
弘樹の事を好きな子がいるなんて……。
「何だ、言い辛い事か?」
弘樹が心配そうに覗き込んでくる。
ここまできたら正直に話しちゃおう。
「そうじゃないんだけど……うん、はっきり言うね。私と弘樹が付き合ってないのなら告白しようかなって言う子がいて。そんなの嫌だから、私が告白するって言ったんだ。
そしたら、なんて告白するのかって聞かれて、引っ込みつかなくなっちゃって……。それじゃあリハーサルしようって誰かが言い出して……その時に弘樹が」
「そうだったのか。美晴が誰かに告白した訳じゃなかったんだ……」
弘樹は心底安堵したのか、大きな溜め息をひとつ吐いた。
「当たり前だよ。私が好きなのは弘樹だけだもん」
でも、やっぱり気になるのは佐知子ちゃんの事。
「それで弘樹の方は? あれから佐知子ちゃんと仲良いよね。弘樹が佐知子ちゃんと手を繋いで帰るところ、私見ちゃったんだ。もしかして……付き合ってる?」
すると答えは、
「さっきフラレた」
「そっか、やっぱり付き合ってたんだ……」
全身に鳥肌が立ってくる。
ああ、もう私は取り返しの付かない事をしたんだ……。
「付き合うって言っても、手を繋いだだけで他には何もしてないぞ」
弘樹は穏やかな口調で話を続ける。
「サッちゃんは俺の事を好きだと言ってくれた。だけど俺を試したとも言っていた」
「試した?」
「俺がサッちゃんを好きになれるかどうか」
「……」
「それと、俺が美晴を今でも好きなのかどうかを試したと言ったんだ」
「……うん」
試したって、結局何もしてないって事?
信じていいの?
「美晴、聞いてくれ。俺はお前のいない人生なんて考えられない。そんなの有り得ないんだ。この2週間で、お前がどれだけかけがえのない存在なのか身に染みたんだ。生きてる心地がしなかったよ……」
「それは……私もだよ」
私の返事を待たずに弘樹はベッドから下りて、床に手をついた。
え、え? 弘樹、何するの?
「美晴、早とちりした俺が悪かった。許してくれ!」
弘樹は床に頭を押しつけて私に謝っている。
そんな……悪いのは私の方なのに。
「許してくれ!」
「弘樹、止めて! 頭を上げて!」
こんなのおかしいよ。何も悪くない弘樹が何でこんなことしてるの?
やめて! 弘樹、こんなのやめてよ。
私もベッドを下りて弘樹の頭を上げようとする。
だけど弘樹は頑なに顔を上げようとしない。
「弘樹のせいじゃないよ、悪いのは私なんだよ」
「いや、俺が悪い。俺が勝手に勘違いしたせいで美晴を苦しめてしまった」
「それは私も同じだよ! 私だって弘樹に辛い思いさせた」
「いや、お前は悪くない。俺が勝手に決め付けて逃げ出したんだ」
「もうやめて。こんなの嫌だよ。もう何も喋らないで!」
全力で抱え上げだ弘樹の顔は、涙でグシャグシャだった。
迷わず弘樹の口に自分の唇を押し付ける。
一瞬、弘樹の体が強張った後、背中に弘樹の大きな手が回ってきた。
弘樹が抱きしめてくれている。
私いま、弘樹に抱きしめられてキスしている……。
嬉しい。
なんて安らぐんだろう。
やっぱり私には弘樹が必要なんだ……。
でも、徐々に背中に回された弘樹の手に力が入ってくる。
「ううっ、弘樹ぃ、苦しいよぅ……」
「あっ、すまん。
つい感極まってしまって……大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
それからしばらく、弘樹と私は抱きしめ合った。
弘樹の胸のドキドキが聞こえてくる。
時々弘樹の腕に力が入るのは、これまでの辛い事を思い出しているからなのだろう。
私達は、再びベッドに腰掛け直した。
さっきと違う事は、私の右手は弘樹の左手にギュッと握られている。
指を交互に絡めて、弘樹の大きな手に握られた私の手。
そう、この手の繋ぎ方は、 ~ 恋人繋ぎ ~
「なあ、美晴」
「ん?」
「俺さぁ、不安だったんだ。美晴が頻繁に告白されているのを知ってから、いつか誰かと付き合ってしまうんじゃないかって。それで誰かに取られるくらいなら、ハッキリ告白して俺の恋人になって欲しいって、そう思って告白しようと思って……あの日、体育館で」
「そうだったの……」
「俺はお前が好きだ。
俺と恋人として付き合ってくれないか?」
「私で良いの?」
こんな酷い事しちゃったのに?
「で、じゃなくて美晴が良いんだ。美晴じゃなきゃ嫌なんだ」
「うん、私も弘樹じゃなきゃやだよ」
「それじゃ、返事は?」
もう間違えない!
ストレートに気持ちを伝えよう。
「私を弘樹の彼女にして下さい」
「美晴、俺とずっと一緒にいてくれ」
「うん!」
弘樹はもう一度キスしてくれた。
それから、弘樹と手を繋いだまま一階に下りると、お母さん達にたっぷりからかわれた。
絶対、面白がっているよね、この二人。
その後、弘樹と二人で心配掛けた事を謝っていると、来客があった。
女バスの子達が心配して、弘樹の誤解を解こうと来てくれたのだ。
部長と弘樹が話しているのを、玄関の奥から聞き耳を立てる。
堀口部長に三崎ちゃんまで……みんな私達の事を心配してくれていたんだ。
聞こえてくる声から、バスケ部の殆どが集まってくれたのだと分かる。
え? でもみんな、まだ私達がすれ違ったままだと思ってるみたい……。
後ろの方で、すすり泣く声まで聞こえてくる。
その時、
「美晴、美晴、ちょっと出てきてくれ」
弘樹が私を呼ぶ声が聞こえた。
ええぇー! この状況で私、出ていかなきゃならないの?
仕方なく玄関口に顔を出す。
「美晴、話は聞いていたな?」
「……うん」
すると、弘樹の大きな手に引っ張られて、そのまま弘樹の胸に引き寄せられた。
あたふたする私に構わず、弘樹はハッキリと宣言する。
「みんな、心配させてすまない。けど、俺達はこの通り大丈夫だ。俺も勝手に決めつけて美晴には悪い事したと思って反省してる。今はもう元通りだよ」
「ちょっと弘樹、恥ずかしいよぅ」
離れようと思って両手で弘樹を突き放そうとしたけど、弘樹はさらにギュッと力を込めてしまった為、離れる事は出来なかった。
うわー! みんな見てるのに恥ずかしい。
その後、弘樹は三崎ちゃんに向き直り、誠実に彼女をフッた。
三崎ちゃんも晴れ晴れとした顔をしていたけど、私はこれ以上ないくらい気まずかった。
週が開け、月曜早朝。
久し振りに弘樹と一緒に登校していると、佐知子ちゃんが土手の途中に立っていた。
「あらあら、夫婦喧嘩は終わったみたいね」
佐知子ちゃんは穏やかに微笑んでいる様に見える。
「サッちゃん。色々ありがとうな」
弘樹がお礼を言っている。
「何の事かしら? 私は私のしたいようにしただけ。
ヒロくんに感謝される様な事は何もしてないわよ」
「それでもありがとうよ。感謝してる」
「ま、勝手に感謝してると良いわ」
フフッと佐知子ちゃんが笑った。
「佐知子ちゃん。私も……ありがとうね」
私もお礼を言う。
「あなたにも感謝される筋合いは無いわ。それにヒロくんの初彼女は私よ。残念だったわね」
佐知子ちゃんはフフフって不敵な笑みを浮かべている。
なんですってー!
何でそんな意地悪言うのよ。
「何も無かったくせに……良いもん! 弘樹のファーストキスは私が貰ったんだから!」
そうよ。私が初めてなんだからね!
「ちょっ、お前、何言ってんだよ!」
すると目の前に弘樹の大きな手が回り、口を押さえられた。
弘樹は真っ赤な顔をしてしる。
良いじゃない! 本当の事なんだし……。
「あらあら、お熱い事で。でもね美晴ちゃん、これだけは言っておくわ」
佐知子ちゃんが真面目な顔をして、私を手招きしている。
何を言われても仕方ないし、ここは素直に話を聞こう。
弘樹と10m程距離を置いたところで、佐知子ちゃんは立ち止まった。私が隣に来たのを見ると、川面を見つめながら話し始めた。
「美晴ちゃん、ヒロくんって実は凄くモテるのよ。知ってた?」
予想だにしない佐知子ちゃんの言葉に、思わず彼女の横顔を見つめる。
「えっ? 弘樹はモテないでしょ。告白された事なんか無いって言ってたし……」
「あ~あ、分かってないわね。
今までヒロくんが告白されなかったのは、ずっとあなたが傍にいたからよ。
あの時もね、私のクラスの女子達は大騒ぎだったわ。『二組の夫婦が離婚した』って」
「離婚って、そんな……」
「私も最初は耳を疑ったわ。そんな事ある訳ないって……。でもあんなに寂しそうなヒロくんの様子を見たら、居ても立っても居られなくなってね。本当に離婚しちゃったんだって思ったわ」
「だから、離婚じゃないよ」
「私のクラスじゃ『誰から告白する?』なんて話が盛り上がっていたんだもの。
私だってずっと前からヒロくんの事が好きだったのに、そんな俄かにヒロくんを渡す気なんてないわ。
でも、ヒロくんだって動揺しているし、自棄になって誰かと付き合ってしまうかもしれないと思ったのよ」
「それじゃ佐知子ちゃん……」
佐知子ちゃんは私をキッと鋭い目で見据えて言った。
「勘違いしないで。私は今でもヒロくんが好き。この気持ちに嘘は無いわ。
美晴ちゃん。今回は私の負けだけど、次は無いわよ。今度ヒロくんにあんな顔させたら許さないわ。私……本気で奪いにいくからね」
私は首を大きく左右に振ってからキッパリと言った。
「『次』なんて来ないよ。だって……私と弘樹は、ずっと一緒だもん!」
『 ずっと一緒だもん! 』
【 Fin 】
ここまでお読みくださりありがとうございました。
この物語の「対」となる作品
『消せない想いの行き着く先は』
も、併せて宜しくお願い申し上げます。