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交換条件なんてどう?


「おはよう。良い朝だね」

「……なんでいるんだよ」


 次の日、刀冴はアパートを出る際に外に黒塗り高級車が停まっていないことを確認してから外に出た。確かに車はなかった、のだが。今目の前にいるのは黒髪セミロングの美少女、高嶺心詠であった。もちろん、いつも一緒にいる貴守(つかもり)束咲(たばさ)も彼女の一歩後ろに立っている。


「? だって君は我が人間観察同好会の仲間でしょ?」

「それがなんで朝ここにいる事になんだよ」


 付き合ってられない、とばかりに刀冴はさっさと駐輪場へ向かい、自転車を引っ張り出した。ここで話す時間も勿体ないと思ったのだ。


「君はアルバイトをしている。それも毎日。だから放課後の活動は無理でしょ? 疲れているだろうから朝練もしない方がいいと考えたんだ」

「でも、全く活動しないわけにもいきません。活動を続けるためにも何らかの発表か実績を学校側に示さなければならないのですよ」


 案外学校の部活動も色々と面倒臭そうだと刀冴は思った。しかし返事はしない。正直この二人とはあまり関わりたくないのだ。ただでさえ、己は悪目立ちする容姿をしているという自覚があるからだ。


「だからね、登校の時間くらいはと思って。一応名前を連ねてるんだからさ、そのくらいいいでしょ?」

「……俺は別に参加しなくてもいいはずだ」


 特別許可を得ているのだから、名前は貸したけど参加は義務ではない。刀冴の言い分はもっともである。


「ま、そう言うと思ったよ。だから、交換条件なんてどう?」

「交換条件?」


 心詠の提案には嫌な予感しかしない。だが条件反射的に刀冴は聞き返していた。


「昼休みの時間に、あの部室を使わせてあげるよ。人通りも少なくて静かで、ゆっくり昼寝するにはちょうどいいと思うけどな」


 誰がそんなものにつられるか、と言おうと思っていたが、言葉を飲み込む。あの教室は確かに静かに過ごすのにちょうど良いのだ。


「私たちって目立つでしょ? 金持ちだし美少女だし」

「自分で言うのかよ」

「事実だからね」


 真顔で言う辺り自慢するでもひけらかすでもなく、確かに事実のみを言っている様子である。それはそれでどうなんだ、と刀冴は眉間にシワを寄せた。


「だから、学校に頼んだんだよ。あの教室を使わせてほしいって」


 人に注目され、あれこれ噂される気持ちもわからなくもない刀冴は、ほんの少しだけ共感した。ただ、この二人の場合は良い噂ばかりだろうが、それでもずっと見られ続けるのは気が休まらないだろう、と。


「案外安かったし」

「金かよっ」


 いや、この少女に関してはかなり図太いから要らぬ心配であったと刀冴は思った。つい苛立ってしまったが、道行く人がこちらを見てます、という束咲の言葉に怒りを引っ込める。


「だから、お昼休みは私たちも昼食で利用するけど、別に絡んだりしないしうるさくもしないからどうかと思って。なんなら衝立用意するから好きに昼寝でもしたらいいじゃない? 毎日アルバイトで疲れてるでしょ?」


 続く心詠の説明には確かに心が動かされた。かなり魅力的なお誘いだ。昼寝は体力を回復させるためにも必要だし、教室で寝るのは気が散る。校舎裏なら静かだが戸外のため天候に左右されるし、他に静かな教室もなかった。


「ま、お金受け取ってくれたらアルバイトする必要もなくなるんだけど」

「だからなんで金払おうとすんだよ……意味わかんねぇ」


 欲のない人だ、と心詠はやれやれといった様に肩を竦めた。


「話を戻して。どう? 君は私たちと毎朝登校しながら活動に参加する代わりに、ゆっくり昼寝できる教室を借りる事が出来る」

「ちなみに活動と言っても、話すだけですよ。なんなら話を聞くだけでも構いません」


 話を聞くだけならまだいいかもしれない。最初に何の脈絡もなく金を受け取れと大金を差し出された事に比べれば、対価も相応なものだ。だが一つ問題がある。


「……毎朝このペースで自転車を押しながら歩いてたら間に合わねぇ」


 何だかんだ言いながらも、刀冴は話を聞くために自転車に乗らずにいた。ほんの少しの反抗の気持ちが早足にさせていたが、それに気付かぬ心詠たちではない。


「話を聞いてくれてありがとう。君、案外優しいよね」


 その言葉に何とも言えない感情を抱いた刀冴は、ついに黙って自転車にまたがった。それからペダルを思い切り踏む。あっという間に刀冴は二人の前から去って行ったのだった。

 残された心詠は行っちゃったー、とのんびり呟き、束咲はスマホを取り出し電話をかけて車を手配した。


「たぶん、自転車の件がどうにかなれば、のるよね? 自転車だけに」

「……そうですね」

「冷たいな、タバサは」


 心詠がギャグをスルーされて軽く落ち込んでいるところへ車が到着した。黒塗りではない、いつも登下校に使用している白い高級車である。


「さ、行きますよ。次の手を打たなきゃいけないでしょう?」

「タバサがツッコミを入れてくれてたら今頃ご機嫌だったよ」

「まぁまぁ。今のところ全て上手くいってるんですから、いいじゃないですか」


 宥めながらもギャグについては触れないタバサを軽く睨みながら、心詠は後部座席へと乗り込んだ。車内ではしばらく恨みがましい目で助手席に座る束咲を見つめていたが、差し出された水筒に入っていた紅茶が美味しかったので、あっさりと機嫌を直す心詠であった。

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