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何か大事な事を

※直接的な表現はありませんが、流血シーンがあります。苦手な方はご注意ください。


「おい、トウゴ! ボサッとしてねぇで早く俺を助けろ! たった一人の叔父だろう!? 甥としてさっさと動け、このグズがっ!!」


 数人の護衛に押さえつけられ、ナイフも没収され、身動きがとれないというのに、男は荒々しく叫ぶように刀冴に声をかける。あまりにも意外な人物の登場に刀冴は頭が追いつかないでいた。

 叔父は確か、五、六年前に事件を起こして捕まったと施設で聞いている。それがどんな事件だったかは詳しく聞いていないし、自分に対して虐待をしていた男の事などどうでも良かった。今の今まで、刀冴の記憶からも消えていた存在だったのに、その男が目の前にいて、しかも組み伏せられている。何がどうなって今の状況があるのか、刀冴にはサッパリわからなかった。


「ふんっ、そこのお嬢様はあの時みたいに震えてるな? あーははは! 昔を思い出したか、ざまぁないな、んんー?」

「うるさいっ! その汚い口を開くな罪人が!」


 刀冴が固まっていると、男は使えねぇと悪態をついてから今度は標的を心詠に変えた。そのあまりにも程度の低い発言に、束咲が叫ぶ。

 震えている? その単語を拾った刀冴がチラと心詠を見ると、顔を青白くし、全身を震わせるお嬢様を確認して目を見開く。こんな弱々しい姿は見た事がなかった。

 そんな誰が見ても今にも倒れそうな状態だというのに、目の力だけは強く、口を固く引きむすんで気丈にも男を睨み付ける心詠から、刀冴は何故か目を離せずにいた。


「……お前ら、俺の叔父を知ってんのか」


 心詠たちの過剰な反応に、ただの通り魔に対する反応ではないと察知した刀冴は、思わず疑問を口にしていた。


「は? 何言ってんだトウゴ。お前があの時この泣き虫お嬢様を」

「黙れ!! 早く連れて行け!!!!」


 刀冴の疑問に不思議そうな顔で答えたのは男であった。だが、最後まで言い切る前に男の言葉を遮ったのは、驚くほどの大声。その声の主は意外にも心詠だった。全身の震えは恐怖ゆえか、力を込め過ぎたからか。束咲ですら始めて見る本気の主人の姿に一瞬息を止める。

 すぐに再起動を果たしたのは男を取り押さえる護衛たちと士晏であった。主人の命令に従うためである。男は無理矢理立たされた。


「お粗末な犯行だったな。誰を相手にしてると思ってる。これでお前は表の生活には簡単に戻れない」

「くくっ、別に構わねぇ。表の生活なんか、ひもじい思いをするだけだからな」


 低い声で告げた士晏の言葉にも、男は余裕のある態度を崩さない。それが癪に触った士晏は眉根を寄せて、護衛たちに連れて行ってくれと指示を出した。引き摺られるように連行されながらも男は言葉を止めない。


「俺だってな、上手くいくとは思っちゃいねぇさ! お前らが止めるのも計算の内。だからな、俺ぁお前らに呪いをかけてやれりゃ、それで良かったんだ」

「呪い……?」


 意味のわからない言葉に首を傾げたその時。一瞬だけ護衛たちの拘束を暴れて解いた男は、隠し持っていたらしいもう一本のナイフをポケットから取り出した。そしてそのまま、躊躇うことなく己の首元にそれを向け────


「やめろっ!!」


 それは一秒にも満たない間で。士晏の制止の叫びと、心詠の悲鳴がほぼ同時に現場に響いた。咄嗟に束咲が主人の目を塞ぎはしたが、一瞬見えた赤い光景は心詠の脳裏に焼き付いてしまった。


 そしてそれは刀冴も。

 彼はその光景を、片時も目を離さずに見ていた。それから耳に飛び込んできた心詠の悲鳴を、どこか意識の遠くで聞いていたのだ。


(この光景、どこかで……?)


 ズキズキと、頭痛が更に痛みを増す。脳が心臓にでもなったのではいかと疑うほど、血管が脈打つのを感じる気がした。目がチカチカとし始め、今にも意識が飛びそうだ。

 だが、刀冴はギリギリで意識を保っていた。


(何か、何か大事な事を……)


 忘れている気がする。刀冴は脂汗を滲ませながら、固く目を閉じた────




 ────ちょうど、今ぐらいの季節だった。蒸し蒸しとした嫌な暑さと、匂いのこもった薄暗い室内。その部屋の隅で壁に凭れながらぼんやりと部屋の中央を眺めるまだ小学生の、自分。


 見つめた先には、自分と同じくらいの年齢の黒髪美少女が横たわっていた。


 ふと、その少女が身動ぎをした。それに気付いた刀冴はハッと顔を上げる。少女はまだ朦朧としているのだろう。目をゆっくりと開けはしたが、ぼんやりとした目付きだ。今の状況について考えているのかもしれない。

 そして突然、気を失う前の出来事を思い出したのか、目をパッと見開いた。


「タバサ……っ!」

「うわっ」


 ガバリと突然起き上がったのがいけなかったのか、または体調が万全でないのに無茶をしたからなのか。少女は突如目の前が真っ暗になり、フラリと倒れる感覚を覚えた。あ、まずい、と思って次に来る衝撃に備えたが、感じたのは別の感触。


「あっ、ぶねぇ……」


 そして、聞き慣れない少年の声。


「お前、熱中症になってたんだよ。突然起きるな、倒れるだろ」


 むすっとしたような顔で不機嫌そうにそう言いながらも、優しい手付きで少女を横たわらせる少年に戸惑う。


「あと突然大声出すな。ビックリする」

「あ、ごめん、なさい。ありがとう……」


 黒髪の美少女、心詠を寝かせたあと、枕元に胡座をかき、腕を組んでそう言った少年は、酷く痩せていた。


 刀冴と心詠はこの時に出会っていたのだ。

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