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さすが不良属性


「そもそも、なんで金受け取らなきゃいけねんだよ。同好会なら名前だけ貸してやるからもう放っといてくれ……」


 刀冴はため息をつきながらそう答えた。同好会入りだけでも承諾しなければ、この女は引き下がらないとわかったからだ。しかしお金だけは受け取るわけにはいかない。たとえ本人が気にしなくていいと言ったとしても、こんな大金を受け取って気にしないわけにもいかない。あと、この少女に借りを作りたくなかったのである。


「お、お金はいらないって言うの……?」

「借りは作らねぇ」


 さすが不良属性、という小さな呟きが聞こえた気がしたが、刀冴は黙っていた。


「でも私は君にちゃんとお金を受け取って欲しいよ」

「俺には受け取る理由なんかねぇ」


 刀冴は頑として受け取る気はないようだ。言葉と態度でその意志が伝わったのか、心詠は困ったように眉尻を下げてしまう。


「……だって、他にどうしたらいいのかわからないんだよ」


 その言葉がどこか孤独だったから、思わず刀冴は口を噤んだ。もしかするとこの少女は、人付き合いが超ド級に下手なのかもしれない、と。

 だからと言ってなんだと言うのだ。それはそれで心詠の問題なのである。少しだけ同情したところで「仕方ないな」とはいかない。刀冴は決して口を開かなかった。


「……ちぇ。絆されないか」

「それも計算かよ!」


 心詠は刀冴の「仕方ないな」を狙っていたようである。


「もうすぐ学校の近くだ。いい加減降ろせよ。じゃなきゃ名前すら貸さねぇからな」

「ああっ、それは困る!」


 困ると言いながらも心詠に焦る様子はない。運転手にあそこで少し停めて、と指示を出すとボスンと背凭れに寄りかかって腕を組む。それから確認だけさせて、と刀冴に話しかけた。


「同好会に入ってくれるんだよね?」

「名前だけっつったろ」

「それでも所属するって事でしょ。何かあった時には声をかけるからね?」

「……協力するかは別だ」

「もう、つれないなぁ。わかったよ。じゃこれ、入会書だから確認して、名前書いてから担任に提出しといてくれる?」


 心詠が鞄から一枚の紙を取り出し、刀冴に差し出すと、めんどくせぇと言わんばかりに軽く舌打ちをしながらも刀冴はそれを乱暴に受け取った。

 そして車が停まるなりさっさと降りて、後ろに停車した車から降ろしてもらえた自転車に乗る。


「必ず今日中に出してね。確認してまだだったら明日も……」

「チッ、わかってる。うるせぇな」

「別に明日もこの車で迎えに行っても私は良いんだけどさ」

「絶対今日中に出す」


 そんなにこの車での送り迎えが嫌か、と思わずクスリと笑みをこぼす心詠。


「んふ。今日の同好会の活動が楽しみになってきた」


 鼻歌でも歌い出しそうな心詠のそんな呟きは、あっという間に姿を消した刀冴の耳には届かなかった。




『人間観察同好会』


 放課後、そう書かれた紙を片手に刀冴は大きくため息を吐いていた。自分のクラスと名前も記入済みで、あとはそれを担任に渡すだけとなっているのだが……少なくとも担任には、あの二人との関係を聞かれそうだと気が重くなっていたのだ。

 しかしここでぼんやりしていても時間の無駄だ。今日もアルバイトがあるわけだし、さっさと渡してさっさと行こう。そう決意して刀冴は職員室のドアを開けた。


 刀冴が無言でドアを開けると、職員室にいた数人の教師が軽く息を飲むのがわかった。決して問題行動を起こしているわけではないのに、教師たちは刀冴の扱いと距離を測りかねている様子である。ちょっと頻繁に授業中は眠り、学校行事は悉くサボり、不機嫌な時は極悪人顔になってしまうくらいなのに。


「あ、阿久津くん。どうしたんだい?」


 眼鏡をかけた真面目で温厚そうな刀冴の担任が彼を見つけてそう声をかけた。刀冴は不機嫌そうな顔のまま真っ直ぐ担任の元へ行き、手にしていた紙をスッと差し出す。慌てたのは担任である。まさか刀冴が同好会に入るとは、地球がひっくり返るほどの衝撃であったからだ。


「し、しかもこの同好会は……高嶺さんが立ち上げた同好会じゃないか!」


 この担任の声に職員室内にいた教師が皆反応を示した。やはりと言うべきか、想像通りではあるが面倒くさい事になりそうだと刀冴は舌打ちをする。


「……何か問題でも?」

「い、いや……でも君は、特例で認められているアルバイトがあるから、部活動加入は免除されている、よね……? その、いいのかい? えっと、高嶺さんの、許可、とか……」


 刀冴はビクビクしながら聞いてくる担任に苛々した。と同時に、その言葉にカチンときてしまった。


「……あの女から言い出した事だ」


 誰が好き好んでこんなよく分からない同好会に入らねばならないのか。まるでこちらが無理を言って入ろうとしているみたいではないか。刀冴は昨日からのストレスで思わず凄むような低い声で答えてしまったのだった。


「ひっ……!」

「知りたきゃあの女に聞いてくれ、ください。それじゃ、俺はバイトがあるんで」


 教師を怯えさせてしまった事に若干の罪悪感と、一々ビクビクしやがって、という苛立ち。それらを飲み込んで、刀冴はそれだけ告げるとさっさと職員室を立ち去った。

 あの女のせいで、どっと疲れた。これからまだバイトがあるのにどうしてくれる、と刀冴は一人脳内で文句垂れる。


 ただ。

 みんなが自分を遠巻きにするのに対し、あの女とその連れは、全く態度を変えなかったな、と。


 ほんの少しだけそんな事を思ったのだった。

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