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言われなくても


「では、これで決まりという事で。各自怪我のないように頑張るんだぞー!」


 あれよあれよという間に体育祭の出場種目が決まった。ほぼそれぞれが収まるところに収まった、という感じではあったが中には希望通りにいかない生徒もいたのは仕方のない事である。あるのだが。


 希望通りにいかなかった刀冴はすこぶる不機嫌であった。騎馬戦に出場する事になってしまったのだ。こればかりはくじ運のせいである。仕方がない。だから文句は言わないのだが不機嫌さが顔に出てしまう性質のためその怖さは半端じゃなかった。

 子どもみたいに駄々こねるのは良くないと刀冴はわかっていた。気分を変えるためにも一度外の空気を吸おうと考えて教室を出ていった。無意識に落とした舌打ちに、クラスメイトはビビリにビビっている。


「だ、大丈夫かなぁ……阿久津くん、出てくれるかな」


 三木さんの不安そうな呟きに同意を示すように頷くクラスメイトたち。しかし心詠と束咲は心配などしていなかった。案外律儀で真面目な彼は、一度決まった事ならちゃんとやる事を知っているからである。


「昼休みに少し話を聞いてみようか」


 苦笑を浮かべながらそういう主人の提案に、束咲は微笑みながら了承の返事をした。




「ね、トウゴくん。良かったらこれ食べない?」


 昼休み。いつも通り心詠たちは例の教室でランチをとるべく早めに移動していた。そこへ、昼寝するためにやってきた刀冴に対してそう声をかけたのである。


「気になってたんだよね。君はいつもお昼は菓子パンでしょ?」


 己の身体の心配でもしているというのだろうか。余計なお世話だと言おうと口を開きかけた時。


「私、菓子パンというものを一度食べてみたかったんだよね。交換しない?」


 まさかの提案に拍子抜けしたのだった。


 結局押し負けた刀冴は自分の菓子パンを心詠に渡して、反対に心詠の栄養バランスも考えられた豪華な弁当を黙々と食べていた。


「これが焼きそばパンかぁ。うんうん、悪くない。それにしてもメロンパンはどうしてメロンの味がしないんだろう?」


 そして心詠は嬉しそうに菓子パンを小動物のように頬張っていた。束咲はさっさと食事を終わらせ、心詠のために紅茶を淹れているところである。


「他にも色んな菓子パンがあるんだよね? 一日置きに交換しない?」

「は?」

「コヨミ様、それは流石に頻度が多すぎます」


 日常的にこういったものに触れる機会が本当にないのだろう、心詠はそわそわしながら提案するも、束咲に注意をされて頰を膨らませた。


「えー、じゃあ週に二回は?」

「そのくらいなら。では曜日を決めて、その日はサラダを別に用意しましょうか」

「おい、勝手に決めんな」


 週に二回昼食を交換する事が決定したかのように進む二人の会話に刀冴が睨みを効かせる。


「トウゴくんにとっても悪い話じゃないでしょ? 週に二回、栄養バランスのとれた我が家のシェフのランチが食べられるんだよ?」

「それに、アクツは偏った食生活をしていそうですから丁度いいではないですか」


 もしかしたら本音はそちらで、自分に有無を言わせないために言っているのかもしれないと刀冴は少し思う。実際ランチは美味しいし悪い話ではないのは確かだ。心詠も本当に嬉しそうに菓子パンを頬張っているしで、やや納得はいかなかったが刀冴は渋々首を縦に振った。満足そうな二人の顔が気に障る。


「ね、トウゴくんは騎馬戦嫌なの?」


 食後の紅茶を優雅に飲みながら心詠は問う。その質問に嫌な事を思い出したとばかりに刀冴は顔をしかめた。


「……嫌ではない」

「なるほど、面倒だとは思ってるんだね」


 そんな事は言ってないのに言い当てられた事に苛立つ刀冴。しかし表には出さない。


「いいじゃない、騎馬戦。青春って感じでさ。男同士の熱い闘いっていうのも私、嫌いじゃないよ」


 心詠の萌え範囲は広かった。


「それに、トウゴくんが組んだ騎馬はみんなが避けて行きそうだよね」

「避けてくれるなら楽でいい」

「あー、それはそれでつまらないな。是非ともトウゴくんには騎馬戦チートを発揮して欲しいところだよ」


 チートって何だ、と思ったがあえて聞かずに流す。それに何となく言っている意味がわかった。何故学校行事に本気を出さねばならないのだ。適当に出て適当にやられてさっさと終わらせようと刀冴は思っていた。


「……でも、怪我には気をつけてよ」


 萌え語りが始まりそうだったのに、ふと真面目に心詠がそんな事を言うので。


「……言われなくても」


 返事くらいはしてやろうと、でも素っ気なく刀冴は呟いた。

 どうぞ、と柔らかな笑みの束咲に紅茶を差し出された刀冴は、何とも言えぬ気まずさからか、遠慮なくカップに口をつけた。ホッと穏やかな気持ちになったのは、きっとこの紅茶のおかげだと思う事にしたのだった。

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