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きっと、幸せだろうな


 今年度も残すところ後二日となった朝。三年生がいなくなった学校に物足りなさを感じる。在校生もそれぞれ進級する心構えを始めつつ、明日配られる成績表に様々な思いを抱えながら日々を過ごしていた。


「ねぇ、トウゴくんは卒業したらどうするの?」


 心詠も例外ではなく、車内の会話は自然とそんな流れになっていた。今日ばかりは人間観察という名の萌え語りはお休みのようである。


「……別に。適当に働く」


 相変わらず視線は窓の外だが、心詠の問いかけにも無視する回数はかなり減ってきている。


「進学はしないの?」

「……しない」

「お金なら私が」

「いらねぇ」


 そして、未だにお金は受け取ってもらえない心詠であった。


「頑なだなぁ。……やりたい事とかは、ないの?」


 探るような瞳でそう聞いてきた心詠に、刀冴は暫し黙り込み。


「……今は、ない」


 それだけを素っ気なく答えると、瞼を下ろし寝る態勢に入ってしまった。


「今は、かぁ。前はあった、って事かな」

「……」

「どうしてやりたい事じゃなくなったんだろう。環境? それとも気分の問題かな」


 返事のない刀冴に対しても御構いなしで心詠は相変わらずその話を引きずる。その言葉の中の何かが気に障ったのだろう。刀冴は思わず振り返って珍しく声を荒げた。


「どーでもいいだろ! お前の方こそどうなんだよっ!?」

「!」


 思いがけない反論に、心詠も思わず言葉を飲み込んだ。助手席で束咲がキッと刀冴を睨みつけている。そんな中、心詠は徐ろに口元に手を当て、驚きに目を見開き、ワナワナと震えながらこう言った。


「トウゴくんが……私のことについて質問した……!?」


 いつも一方的だった二人の会話。心詠が質問し、刀冴が気が向いた時に答えるという、会話にもならないものではあった。たまに刀冴が質問するのは、言葉の意味だったり、わからない事くらいであったのだ。

 だというのに。今、初めて刀冴は心詠の方はどうなのだ、と質問したのだ。心詠はその事に感激で震えていた。束咲はスッと前を向いた。


「……っ、別にっ、どうでもいい事だけどな!」


 自分でもその事実に驚き、何とも言えない感情を抱いた刀冴は吐き捨てるように言うと、今度こそ窓の方に顔を向けて寝始めた。けど絶対寝てない、と心詠は確信している。だが、これ以上突くのはやめておこうと決意した。


「尊い……!」


 しかし、心の声は漏れてしまうのだった。




 気まずい空気の流れる車内。気まずいと思っているのは刀冴だけだが、その空気を知ってか知らずか破ってくれたのは心詠であった。


「……私は、家の子会社を任されるか、自立するかわからないけど、やっぱりその関係の勉強かな。特に経営についてはもっと勉強しないと、と思ってる。今は周囲の大人に任せっきりだからね」


 先ほどの刀冴の質問に答えてくれているようだ。そして意外にも、ちゃんと考えているようである。


「すでに経営はしてるんだけど、私がしてるのって名前を出すのとアイデアくらいだから……」

「……は?」


 しかし後に続く言葉に刀冴は理解が追いつかず、思わず声をあげた。すると、助手席でずっと会話に参加していなかった束咲が衝撃の事実を告げたのだ。


「コヨミ様は大手スポーツクラブのオーナーなんですよ。KOYOMIスポーツってご存知ありませんか?」

「は……はあぁぁぁぁ!?」


 知っているも何も、ここ最近で一気にメジャーなスポーツクラブの仲間入りにまでのし上がってきた事で有名な所である。学生層、社会人層、主婦層など、それぞれのニーズに合わせた曜日、時間が限定された会員の導入や、最新設備を設置しているにも関わらずリーズナブルな料金設定など、他にも様々な工夫がなされている事で人気なのだ。

 それがこんな、金に物を言わせがちな女子高生お嬢様がオーナーとは誰も思うまい。彼女にリーズナブル、という単語がまず似合わない。


「君が考えていることは何となくわかるけどね……わざわざ一般校に通っているのも、一般的な考えについて勉強するためでもあるんだよ」


 なるほど一理ある、と刀冴は思ったが、この女の事だから本当の理由は他にもありそうだとも思った。一般の高校に憧れていた、とかそういう軽い理由が。


「おかげで、私は広い世界を見ていたつもりだったけど、自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかって事を知ったよ。それを思い立ったのも、とある人の言葉がきっかけではあったんだけどね」


 そう言いながら懐かしそうに目を細め、今まで見たこともないような柔らかな笑みを浮かべた心詠。刀冴はそれを見て何となく苛立ちを感じた。


「でもやりたい事とは別だよね。経営もやりたい事と言えなくもないけど。私のやりたい事は至る所に転がってる萌えシチュを脳内で劇場化する事だし」

「正直、場所も時間も取らないで出来る趣味ですよね。良いと思いますよ」


 良いのかどうかは別にして、お手軽にやりたい事が出来る点においては羨ましいとほんの少し、ほんの少しだけ刀冴は思った。


「所詮は趣味の範囲だけれど。でももし、やりたい事を仕事に出来たとしたら」


 きっと、幸せだろうな、と心詠は呟く。もちろん、やりたい事だからと楽ではない事は承知だ。むしろやりたい事だからこその壁にぶつかる事も多いだろう。けれどやっぱり幸せだろうと心詠は思うのだ。


 だからこそ、目の前で無反応に外を眺め続ける少年に夢があるなら、それを叶える手伝いがしたいと心詠は願うのだった。

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