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一度した約束は守る


 こうして、刀冴が二人と登校し、士晏の車で帰るという日々が二週間ほど続いた頃、もはや学校ではそれが当たり前の光景として馴染みはじめていた。当然、なぜこの状況になったのかを知る者はいない。刀冴でさえ結局のところわからないのだから当然である。

 実は何度か、なぜ自分なのか、なぜ金を払おうとするのかと聞いた事があるのだが、その度に答えにならない答えを言われるため、いつしか聞くのも諦めていたのだ。


「それで、野村くんったら境田さんにデレデレしてたんだよ。あんな見え見えのぶりっ子演技に男子高校生というものはころっと騙されるものなのかな。知っててあえて騙されるのかな。どちらでもいいけど、私は一途に想いを寄せ続けながらもいつも明るく振る舞う三木さんの方がずっといじらしくて愛らしいと思うのに」


 そして現在、朝の車の中でいつものように熱く語る心詠の話をBGMに、刀冴は窓の外を眺めている。


「女っていうのは演技するから油断ならないよ。それに自分の外見を武器に使うからね。それに騙される男も男だと思うけど」

「本気で騙される男はそれまでの男という事でしょうけど、あえて騙されるフリをしてやる、というのは女たらしの可能性が高いですね」


 それにしても、毎日毎日違う人物たちの、妄想も交えた話をよく飽きもせずに出来るものだ。束咲は助手席で時折話に参加するし、運転手はよくやっている、と刀冴は思った。


「さて、トウゴくんはいつになったらお金を受け取ってくれるのかな?」

「受け取らねぇよ」


 油断ならないのは、こうして時々突拍子も無いタイミングで同じ事を聞いてくるところだ。刀冴ももはや慣れたもので、息をするように拒否の言葉を口にする。

 いつもはここで会話は終わるのだが、今日は少し食い下がってきたようだ。心詠は腕を組んで軽く頰を膨らませた。


「もう、頑なだな。やはり男子高校生だし、お金より身体が良かったりするのかな?」


 そう言って思い付いた、とばかりに突如流し目を作り、妖艶に微笑んで見せた心詠は、元々の美貌もあって恐ろしく魅力的であった。しかし刀冴は悪い目付きをより鋭くして低い声で告げた。


「お前も外見を武器に使ってんじゃねぇか」

「ん? それが悪いこととは言ってないよ? 使える物を使うのは別にいいと思うしね。というか、聞いてたんだ?」


 スッと、いつも通りの調子に戻った心詠は、心底意外だと言わんばかりに目を丸くしてそう尋ねた。刀冴はすぐには答えず、プイと顔を背けて再び窓の外を見やる。


「……約束だからな」

「約束……?」


 わからない、というように心詠が首を傾げると、苛立ったような声色で刀冴は答えた。


「交換条件だろうが。話くらいは聞けってお前が言ったんだろ」


 なんとも律儀な事に、刀冴はこれまでの話もちゃんと聞いていてくれたようである。その事実に思わずきょとん、と心詠は呆気にとられてしまった。


「……忘れてた」

「てめぇ……!」


 殺気を飛ばしてくる不良少年と戸惑う美少女の図は、やはり側から見ると非常に危険な香りが漂うが、戸惑う美少女こと心詠は心底嬉しそうに微笑んでいた。


「でも、ちゃんと約束を守ってくれたんだね」


 嬉しそうにそう言う心詠に対し、刀冴はまた顔を背ける。


「一度した約束は守る」

「相手が忘れていても?」

「……自分で決めたルールだ」

「ふぅん。……そっか」


 珍しく会話が続く。それも嬉しいのか、心詠はふふ、と笑った。


「……なんだよ」

「ううん。完全同意だと思っただけだよ」

「……忘れてた癖に何言ってんだよ」


 会話が終わる頃には、先程までの荒れた空気は消え去っており、心なしか穏やかな空気が流れていた。その事に束咲は、己の主人の嬉しそうな笑みを見て目を細めるのであった。


 この日の朝の会話をきっかけに、ほんの一言二言程度ではあるが、心詠のなんて事ない質問には刀冴も答えるようになった。くだらない、と思われた質問は完全に無視されてしまうが、それでも進歩だと心詠は思っていた。




 季節は移り変わり、学年末になるにつれてどこか落ち着かない校内。生徒たちの話題といえば、来年度どのクラスになるか、仲の良い友達と離れるのではないかなどで持ちきりだ。卒業して行く三年生などは、それぞれが向かう未来を想い、揺れ動く心とそれぞれ戦っていた。


 卒業式前日のこの日、校舎の廊下に在校生がズラリと一列に並び、拍手を送る中を卒業生が歩いていくという一種のお別れ会のような儀式が行われていた。心詠や束咲もきちんと参加しているが、刀冴の姿は見えない。同じ学年で場所もそう遠くない上に、色んな意味で目立つ刀冴を見付けられない筈がない。これはあそこにいるな、と当たりをつけて、心詠たちは自分たちの前を卒業生が皆通り過ぎるのを待ってから、目的の場所へと向かう。


「やっぱりここにいたね」


 陽の当たらない暗い教室。あの日からずっと昼寝場所として利用している衝立の裏側に、刀冴の伸ばされた足だけが見える。心詠の声に対する返事はないが、おそらく起きてはいるだろう。


「卒業生の見送り、終わったよ」


 だから後はもう帰るだけだと、伝言のつもりで再び声をかけると、衝立の奥からそうか、という小さな呟きが聞こえた。


 心詠にはわかっていた。彼がサボろうと思ってここにいるのではないことを。見た目で誤解されがちなだけで、彼は案外真面目な性格だ。やる事はちゃんのやる人物なのである。


 ではなぜ、参加せずにここにいたのか。


 刀冴にはわかっていた。己が人からどう見られているかを。そしてそんな自分があの場にいたら、卒業生がどんな気持ちになるのかを。


「お互い、苦労するね」


 見かけ通りに振る舞うこと、それは己を偽る事、演技をする事だ。だけど心詠はそれが悪いとも嫌とも思っていない。必要だから、するだけなのだ。


「ねぇ、善人ぶるのと悪人ぶるのって、どっちが楽かな?」

「……人によるんじゃねぇの」

「それもそうだね」


 それ以上、二人は会話を続ける事はなかったが、言いたい事は互いに伝わった気がしたのだった。

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