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金、払わせろや


「これで手を打たない?」

「何言ってんだてめぇ」


 それはとある一般高校の昼休みに起きた出来事であった。

 陽当たりの悪い空き教室で、男女が向かい合う。長身の男子生徒と小柄な女子生徒。しかも男子生徒は低い声で唸っているため、この場を目撃した者は誰もがこれは危険な状況では? と思うだろう。


 女子生徒が、この場には似つかわしくない札束を手にし、なおかつ扇状にして男子生徒を仰いでさえいなければ。


「? 本物だよ? 透かして見る?」

「そういう事じゃねぇ!!」


 女子生徒が首を傾げ、男子生徒が怒鳴り声をあげた。制服を着崩した、いわゆる不良生徒のように見える男子生徒は、その鋭い目付きで女子生徒を睨みつけていた。完全に恐喝現場である。一見すると。


「何が問題なの。このお金を君が受け取りさえすれば、私は嬉しいし、君は今抱える問題が解決する。ウィンウィンじゃない?」


 綺麗な内巻きの黒髪をサラリと揺らし、両手のピースサインを動かす女生徒は心底不思議そうである。片手は札束を持ったままなのでピースサインを作りにくそうだ。絵面が酷い。


「……なんで知ってやがる」


 一方の不良男子生徒はより一層警戒心を強めた様子であった。今、この場所で初めて会話した相手だというのに、なぜこの女子生徒は自分のプライベートな問題を知っているのかと。


「? 調べたからだけど」

「なんでだよ! つーか、どうやって!」


 雰囲気を変えた男子生徒に臆することもなく、あっけらかんと女子生徒は答えた。当たり前でしょ? とでも言わんばかりの態度に、思わず突っ込む男子生徒。意外とキレが良い。


「質問は一つずつにしてくれないかな」

「いいから答えろ!」


 ますます恐喝現場っぽくなってきている。だが追い込まれているのは実のところ男子生徒の方であった。やれやれ、と言うように眉尻を下げた女子生徒は一度札束を制服の内ポケットにしまう。分厚すぎて元々膨らみのある胸元が不自然に膨らんだ。


「君はどうしてそう命令するのかな。まぁいいけど。教えてあげるよ」


 不良男子生徒はチッと舌打ちをした。ここで声を荒げなかったのは言っても無駄だと悟ったのか。


「なんでか? 君に興味があったから。どうやってか? お金の力で」

「色んな意味で最悪だな、おい」


 ついに男子生徒は脱力した。しかし女子生徒はそんな様子を気にもとめずにマイペースに続ける。


「そんなわけだからさ、阿久津あくつ刀冴とうごくん?」


 女子生徒は脱力して頭垂れる男子生徒の肩にポンと手を置き、顔を近づけ、低めの声で耳元に囁く。


「金、払わせろや」

「脅し文句おかしいだろ……もう疲れるお前……」


 こうしてこの日、少年は彼女たちと出会ったのだった。




 少年、刀冴とうごは実際、お金を受け取ってしまいたいと思うほど生活が困窮していた。空から金が降ってこないかな、と現実逃避するくらいには追い込まれていたのだ。

 原因は彼のせいではない。全ては養父、彼の叔父が作り上げた現状だった。まぁそれも、彼にとってはすでにどうでも良い過去である。考えるべきは、いつだって目の前にある今と、その先の未来の事なのだから。


「で、どうする? お返事は?」

「……お前には関係ねぇ事だろ。首突っ込んでくんなよ」


 しかし、いくら金を払ってやると言われたところで素直に首を縦に振るほど刀冴は馬鹿ではなかった。あまりにも美味すぎる話なのだ。疑ってかかるのは当然と言えた。自分を馬鹿にしているようにすら思えて、苛立ちもする。その態度を隠そうともせず、刀冴は目の前にあった椅子を荒々しく蹴飛ばしてドアへと向かった。そして教室を出ようとしたその時。


 背後から腕が伸びてきた。開けようとしたドアを、刀冴の首筋を掠めながら伸びた細い腕に止められたのだ。後ろから壁ドンならぬ、ドアドンである。


「……また、近いうちにお話しましょうね」


 透明感のある女子生徒の声が近くでそう言った。男子生徒にしては背の高い方である刀冴とあまり変わらない身長の彼女は、どういうわけか男子の制服を着ているが、間違いなく女子。刀冴は己の眉間にシワが寄るのを感じた。


「腕、どかせよ」


 どかさないなら、女子といえど容赦しないという意思を込めた一言だった。それは教師でさえも震えてしまうだろう声色だったが、男装女子は平然としていた。しかし、ちゃんと彼の行く手を塞いでいた腕をスッと下ろす。

 刀冴は一切振り返る事もせずに、乱暴にドアを開けると教室の外に出た。


「諦めないよ。トウゴくん」


 室内から聞こえた声に、黒髪の美少女が不敵な笑みを浮かべているのが想像出来たが、だからこそ刀冴は決して止まらず、真っ直ぐ教室を出て行った。




「逃げちゃいましたね」

「そうだね。いやぁ、それにしても驚いた。まさか彼がこの教室に来て昼寝していたなんて」


 刀冴が去った後の教室で、二人の少女が会話を始めた。男装女子がおもむろに、殺風景な教室におよそ似つかわしくないティーセットを並べ、美少女の為に紅茶を淹れ始める。素人の目から見てもそれが高級品だとわかる茶器であった。


「でも、悩んでいたファーストコンタクトはこれで達成出来たではないですか。偶然とはいえ、良かったと言うべきでは?」


 音をあまり立てずに淹れたての紅茶をカップに注ぎ、美少女の前に置く男装女子。動きに無駄がなく、それが慣れた作業である事が見て取れる。金髪のショートカットに青い瞳の彼女は、見ただけで外国人の血が混じっているのだという事がわかる外見を持っていた。


「……ふぅ、そうだね。後は計画通りに進めれば良いんだもんね。紅茶、とても美味しいよタバサ。ありがとう」

「それは良かったです」


 美少女に褒められた男装女子、束咲たばさはそれは嬉しそうに破顔した。


「でも、彼は一筋縄ではいかなそうですよね。メリットしかない提案にすぐに飛びつかないのは良い事ですけど。ちゃんと説明したところで素直に受け入れるとは思えませんでした」

「想像通りって事じゃない。正攻法じゃダメなんだよ。あの手のタイプは少し強引に振り回すくらいがちょうどいいと思うんだ」


 美少女は何がそんなに嬉しいのか、ワクワクした様子を隠す事なくクスクスと笑う。


「ツンデレ不良キャラ、最高」

「コヨミ様、また悪い癖が……」


 美少女お嬢様、心詠こよみは少々乙女ゲーム脳な女子高生であった。

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