第四話 夢で出会った少年と頭に響く声
サブタイトルを修正しました。
※2017年10月30日
※2017年11月24日 再修正しました
吐き気がするほどの疾走感だ。
時間を逆走しているからか、穴の中を背中から落ちているような感覚に陥る。
無意識に体が落ちまいと反応し、何かを掴むかのように手を前に出した。
上下左右に映されている景色はまるで動画を逆再生しているように流れていく。
見える景色はスワンが言っていた通りの別世界なのかもしれない。
ただ、自然が見せる美しさは、オレが暮らす日本と同じように感じた。
「それにしても、気持ち悪いな……」
前向きに進んでいるのであればよかった。
長時間後ろ向きに落とされ続けると、さすがに気分が悪くなってくる。
ぐったりと時間の流れに身を任せていると、スワンの魂から記憶が共有され始めた。
この別世界の名前、国や宗教、そしてこの世界に暮らす人々や文化。
一般常識、基本的な情報が言葉のイメージで頭に流れてくる。
それ以外にもスワンの持っていたスキル、この世界のエネルギーの循環等、重要な情報も含まれていた。
次に流れてきたのはスワンの記憶。
ただ、全てではなくノイズのかかった写真のような情報が共有される。
子供の頃に見た家や町の風景、両親や鏡に映った自分の姿など、楽しそうな映像が断片的に脳裏に映る。
そしてベロスとの対面。
ベロスは気にすることなく尻尾を振り、楽しげな顔をしている。
オレは心から安心した。
この記憶以降は緊張感や喪失感を感じさせるものだった。
戦争への参加、スワンの仲間達の悲痛な顔。
そしてオレが死にそうな場面、敗北と敗走。
スワンが転移を決意したのは、オレが死んで前のスワンの魂を吸収してからだ。
これは想定だが、スワン同士であれば親和性は高いのかもしれない。
つまり、スワン同士であれば全ての記憶が正確に共有されていてもおかしくない。
オレは決意に満ちた感情をスワンから感じていた。
そして、スワンから共有された最後の映像はオレだった。
白い空間にぽつんと佇む先ほどのオレだ。
見た目に頼りない、普通の高校生。
スワンは、オレの姿を見てどう思ったのだろうか。
目を開くと流れる景色は緩やかになり、やがて停止した。
オレはどこかの森の中にいて、いつの間にか地面の上に降り立っていた。
周囲の景色は時間が止まったかのように何も動かない。
空を見れば、雲や鳥が停止しており、物音一つ聞こえなかった。
「本当だったんだな」
そんな風景を見ながらスワンのことを考えていた。
いつの間にかオレの目からは涙がこぼれだし、景色を歪めていた。
「君は誰だ? ここで何をしている?」
背後から掛けられた言葉に背筋に寒気が走るような感覚を覚えた。
逃げれば殺される、そんな重圧に耐えながらも涙をぬぐい、ゆっくりと振り返った。
そこにいたのは銀髪の少年だ。間違いなく夢の中であった少年だった。
少年は緑を基調にした動きやすそうな軽装で、腰の後ろの鞘にダガーが納まっている。
彼と目が合った瞬間、オレは彼が魂の融合の相手だと確信した。
スワンの魂と融合したからか、彼の言語が理解できたことに安心した。
「逃げないのか。いい心がけだ。しかし、見たことの無い面妖な格好をしているな」
彼は表情を変えることなく、オレを見つめている。
「答えてよ。ここで何をしている?
ついでにその布を取って顔を見せてくれないかい」
スワンはオレに言った。今までは主導権を奪い切れなかったと。
だから、今回は同じ結末にするわけにはいかない。
オレは覚悟を決めてマスクを取り、少年に顔を見せる。
その一つ一つの動作でさえ細心の注意を払い、不穏な動きに見えないようにして。
「オレはこの世界に転移してきた」
「転移だって?」
何か思い当たることがあったようで、少年は転移という言葉を聞き顔に影をさした。
「転移者か。久しいな。チッ。
あいつらがやったのだろうが、面倒なことをする」
そう言うと少年はオレの顔をじっと見つめる。
「この結界に閉じられた空間は君ではない……そうか。
これが魂の闘争というやつか。
それで、結界の外が停止しているように見えているっていうことか」
彼はそのままの位置で地面に腰を下ろすと上目使いでオレを睨んできた。
まるで、値踏みされているかのような気分になる。
「君は僕の望みをかなえられるのか」
目の下には酷い隈、上目使いで睨みつけてくるその瞳は嫉妬や憎しみ、恨みといった負の感情を漂わせている。
「君に出来ないのであれば、僕がやりたいんだ。
この世界の全てを手に入れたい。
僕がこの世界の絶対的な支配者になりたいんだ」
一言一句、同じことを言ってきたことに驚いた。
耳鳴りは、スワンの期待した結果を生み出さなかった。
だが、オレは夢の中でこの少年に会っていたことで、不思議と心構えができていた。
スワン。君の行動は失敗ではなかったかもしれない。
「貴方は何をするつもりなんだ?」
「……この世界を手に入れるためにすべきことをするだけ。
ただそれだけだよ。申し訳ないが君は強そうに見えない。
君に何ができるのかな? 特別なスキルでも、持っているのか?」
最後の言葉を言った瞬間に少年の目が赤く染まり、口が三日月のように開く。
何度見ても、夢に出てきそうな歪んだ笑み、そう思った瞬間だった。
オレの両腕が肩から切り飛ばされ、体の付け根から血が噴出す。
血が噴出している切り口から視線を少年に戻したところで、軽い衝撃とともに視界が上下に回転した。
その直後、重い衝撃を受けて目を開く。
膝から地面に崩れ落ちるオレの姿を、オレ自身が背中側から眺めていた。
オレの脳裏にはそんなイメージが見えた。
全身から汗があふれ出し、動悸が激しくなり、過呼吸に陥りそうになる。
オレは必死に生唾を飲み込み、表情を変えないように耐え続けた。
「ふん。まあいい。僕はどちらでもいいんだよ。
君が成し遂げてくれてもいいし、僕が成し遂げてもいい。
でも、役に立たない人には任せられない」
オレの表情が変わらないことに対し、少し訝しんだ様子を見せる。
少年が話し終え、オレがそれに言葉を返そうとした時だった。
何の前触れも無く唐突に、背景の色が落ち白黒に変わった。
機械的で感情のないくぐもった声。
まるで録音再生したかのような情報を伝えるだけの音が頭の中に響いてきた。
少年を見ると、明らかに驚いているような表情をしている。
少年にも聞こえていると考えて間違いないだろう。
『集まったな、有望なスキルを所持する者達。
そして光栄にもその場に居合わせた者達よ。さあ、魂の闘争を始めるのだ。
この空間は魔法で制御されており、逃げ道は無い。だが、恐れるな。
この空間の中では食事も睡眠も不要だ。
体力は自然回復し、死しても直ぐに再生し、蘇る。
外界とも隔離されており、時間の流れは非常に緩やかだ。
さあ、存分に戦って己が力を示し、相手の魂を取り込め。
そうすれば空間から開放され、且つ新しい力に目覚めるだろう』
少年は空を見上げながら憎々しげに顔を歪ませる。
その目は赤く怪しい光を放っていた。
『だが、異界の住人には戦闘経験などあるまい。それはフェアではない。
そこで、三つのルールを設定した。
まず、結界に入ってから一時間は一切の攻撃を禁止する。
一時間後に開始のドラムを鳴らすことにしよう。
次にスキルと武器だ。この世界の住人のスキルと武器は使用禁止とする。
どうだ? 粋な計らいだろ。最後に取って置きの情報を与えよう。
オープンステータス、オープンスキルと唱えるがいい。
貴様のステータスとスキルが確認できるだろう。さあ、その情報で準備を整えろ。
さあ、生き残るために必死になって戦うが良い!』
ずいぶんと一方的な説明だった。
音声が途切れてから暫くの間待ってみたが、それで終わりのようだった。
すると沈黙に耐えかねたのか、元の表情に戻った少年が口を開く。
「みえみえの誘導だ」
異世界の住人というのは、オレが住んでいた世界の人達のことだろう。
その人達に対して条件を良くしようとする理由が分からなかった。
確かに、与えられた情報がなければ一方的な闘争になるのは間違いない。
オレ達は素人なのだから。
「……どういうつもりなんだ。分かんないな」
「分からない、か。まあ、どうでもいいさ。
スキルの使用可否は大きいけど、どっちにしても君は僕には勝てないからね。
ゆっくりと準備を整えるがいい」
少年は立ち上がり、大きな木の下に移動し腰を下ろす。
何をするのかと思えば、木にもたれて仮眠を獲るつもりのようだ。
「うーん、でも。……そうだね。一つだけ助言をしてあげるよ」
少年は顔を上げ、オレの事を見上げながらそう言った。
「さっきの一方的な説明だけど、よく考えたほうがいい。
この先の事を考えると、あいつ等の目的に沿うのはしゃくだからね」
後は知らないといった様子で少年は目を閉じ、沈黙した。




