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サトラセ士ケイタの言霊(旧作)  作者: 海地日向
第一章 デノーフ・バ・フィアー
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第三十話 ロックトロール戦(2)


 「うわっ、わぁあああっ!」


 地面から舞った土や砂利が砂埃と混ざってオレを包みこみ視界を妨げる。

 受け身を取れず平衡感覚を失った体は未だに上昇を続けている。

 弾かれた際の痛みがよみがえり、パニックから思考を奪い返した。

 冷静になり地面との距離を確認すると“そこに戻るためにはまだ時間がかかる”という事実を把握する。体の芯を貫くような危機感に身を晒し、慌てて魔物の姿を捜す。


 奴の行動はオレの想定よりも早かった。

 押しのけられた砂埃が対流し、渦を作りながらオレに迫ってくるのが見えた。



 (まずいッ!)



 正面から一直線に迫る一撃を避けるために無理矢理に体を捻るが、宙にある体は制御を受け付けない。


 「風弾!」


 オレの胸の目の前に発現した風弾は息つく暇もなくオレの胸に直撃する。

 内臓を揺さぶる重い衝撃に全ての息を吐きだした。

 その衝撃は軌道を僅かにずらすことに成功し直撃は避けたが、完全に避けることはできなかった。

 触れるか触れないかのギリギリの距離。それでも防具と呼ぶにはあまりにも弱弱しいジャケットは引き千切られ、奴の拳と生身の左腕が接触した。

 電気が走ったかのような痛みが走り、左腕が持っていかれそうになる。

 痛みに耐え腕を引き戻そうとするがその勢いに抵抗できず、骨を伝わり耳障りな鈍い音が頭に響いた。


 「うぁッッ!」



 (左肩が外れちまったっ!)



 だらんと力なくぶら下がる左腕を剣を握った拳で体に引き寄せる。

 負傷したが何とか一撃は避けた。それに既に下降が始まっており、このまま地面に降り立てば、距離を取ることができる。

 そう考えていた時だった。

 砂埃の挟間で光る深紅の双眸はオレの姿を捕捉したままだった

 奴は振り切り伸びきった右腕をしならせ、振り子のように右手の甲――裏拳を叩きつけてきた。


 「ッ!!」


 二つの肉の塊が衝突した衝撃波にオレの周囲の砂埃が吹き飛んだ。

 裏拳を受けとめた右腕は軋み、体を揺さぶる振動は全身に伝搬し意識を失いそうになる。

 砂煙の中から飛び出したオレの体は地面に衝突し、そのまま無様にごろごろと地面を転がり、壁面に衝突して停止した。

 体中が痛みを訴え、意識を取り戻す。


 唇は裂け、口の中には鉄の味する。頭の左側を強く打ちつけたのか、左耳は音を拾っていない。

 頭から流れてくる液体は、辛うじて目を通らない経路で首に伝っている。

 右腕は痺れており、動かそうとすると骨までダメージが達したかのように酷く痛む。

 空中にいたことが不幸中の幸いで、衝撃は分散されたのだろう。地上で直撃を受けることなど考えたくもない。


 「ちっくしょう! 痛ってぇ!」


 口の中に溜まった血を吐きだす。

 振り子の如く揺れ続ける左腕を痛む右腕で固定し、今度は自ら地面を転がってその場から退避する。

 次の瞬間、地面が揺れ、直前までオレがいた場所に岩が突き刺さった。

 トロールの移動速度は遅い。だが、体の大きさを活かした攻撃範囲の広さと腕力を活かした遠距離攻撃――投石された岩の速さは危険だ。

 コントロールも良いのが輪をかけて状況を悪化させている。


 これは第三者による回復や復活が期待できる戦いではない。

 レノとはこういう戦いを意識して鍛練に挑んでいたが、実際にその状況に陥ると上手く立ち振る舞えなかった。



 (どうする? どうする? 両腕やられちまった。

 このまま左腕を庇って戦うのは無謀だ。撤退して出直すか? それとも……)



 状況を考えれば、一時撤退が正しい選択だ。あの躯体では通路まで出てこられない。

 だが、通路で回復して再戦すれば、討伐することはできるのだろうか。



 (……いや、できないだろうな。レノのままでは攻撃力が足りない。

 あぁ、もう。命をかけてまでやる義理はない、と今までのオレならそう思うんだろうけど。

 今のオレは、こいつをこのままにして退却するのは許せないみたいだ)



 奴に致命的なダメージを与える方法が一つだけある。

 オレの姿に変わることだ。退却するのは、それを試してみてからでも良いだろう。


 「おい、絶対に討伐してやるからな。覚悟してろっ!」


 戦略的一時撤退を確実に成功させるための準備を整える。


 「影枕! 風弾風弾風弾!」


 “影沈と風弾”の連携によりトロールを跪かせると、全速力でドーム入口のアーチを通り抜け、土の通路まで戻る。

 ある程度の距離を確保し、索敵を使用して周囲に人がいないことを再確認する。

 戦闘中に姿を変えることは一つの戦法として想定していたが、未だにスムーズに実施できない。


 「ぐうぅッ、いってぇ」


 痛みに耐えて左手のグローブを外し、四幹六封ショートソードと共に地面に置く。

 生活魔法を使って時間を確認し、魂の闘争の場を展開する。


 「レノっ!」 

 「やあ、ケイタ。どうしたんだい? 随分と慌ててるね?」


 時間がないのでさらっとレノに状況を説明し、闘争を終わらせ現実に戻る。

 すかさず索敵にて周囲を確認するが、ロックトロールの気配はドームに留まっており、光源も維持されているようだ。

 生活魔法で時間を確認すると、十数秒しか時間は経過していない。

 体感より経過した時間は短く感じたが、それでも戦闘中に実行するには致命的だ。

 姿を変えるためには、今回のように時間を稼ぐ必要がある。


 オレの体は負傷していない。少し不安はあったが、想定通りで安心した。

 オレとレノの戦闘スタイルは異なっている。そのおかげで戦いの幅を広げることができた。

 四幹六封ショートソードの柄を右手で握ってみるが、問題なく形状を維持していた。

 軽く素振りをして感触を確かめた後に、左手にグローブを装備し、ドーム内に戻る。


 ドームの中央にはこちらを睨みつけるトロールの姿があった。オレが戻ってくることを予想していたかのように投石用の岩を持ち上げ、投石するモーションに入っている。



 (ばっか。入口が壊れるだろうがっ!)



 慌てて入り口から離れると入り口の直ぐ横に岩が突き刺さり、アーチが崩れそうに歪む。

 崩れる前に脱出する必要がある。時間はあまり残されていないようだ。

 オレの姿で戦闘するのはこれが初めて。

 レノの体に慣れきってしまっていたが、やはりオレの体はオレのものだった。思ったより早い速度で感覚と体が馴染んできた。


 レノほど速くは動けないが、それでもトロールよりは速い。奴の周囲を旋回しながら隙を窺う。

 正面を横切るタイミングを狙って奴は右腕を振り下ろしてくるが、その攻撃はもう当たらない。

 それから暫くの間、回避することと奴の動きを観察することに全ての神経を注いだ。

 一撃をかわし、連撃をかわし、意表をついた攻撃をかわし続ける。

 そして、奴の攻撃には法則性があり、法則に従って攻撃を仕掛けていることに気がついた。



 (奴も理に従っているということなのか?)



 一見すれば複雑性があるように見える。

 だが、攻撃の起点になっているのは“四つの要素”――奴との距離、体の向き、移動方向、そして行動だ。

 例えば、ある距離から内側にいれば絶対に投石はしてこない。投石しようとしていても、その内側に戻れば、投石を中止する。跳躍のフェイントを入れると、オレを空中に飛ばそうとする、等々だ。


 勘に頼れるほどの経験はない。気持ちとしては、このボス戦で情報を収集したいと思っていたが、レノの体は負傷している。もう、失敗するのは許されない。

 だからこそ、今回は確実に仕留めることにする。


 “奴の正面から左に抜けようとすると右腕を振り下ろす”と予想して行動すると、予想通り奴は右腕をオレに向けて振り下ろしてきた。

 その一撃をかわし、死角になる右腕の下に潜りこみ、真横から右膝に破壊の拳をうちつける。


 何かが砕けたような感触が拳に伝わった。トロールは悲鳴を上げ、右方向に右肘をついて倒れこんだ。

 さすがに骨まで破壊されると回復には時間がかかるようで、その場でもがいている。

 このまま、こいつの攻撃手段――両腕を奪う。


 「うらぁぁぁッッ!」


 トロールの左側に高速で移動し、同じように真横から左肘を破壊。

 重い悲鳴を上げながら右腕を振り回し続けている奴の背面に回り、右肩を破壊した。



 (仕返しするつもりはないけど、攻撃手段を奪おうとするとこうなるんだな。

 いずれにせよ、長く苦しませる必要はないから、次の一撃で終わらせてやるよ)



 「わりーな。形勢逆転だ」

 「うぼあぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 全ての攻撃手段が絶たれたトロールは大きな咆哮を上げ、力なく揺れる両腕をぶんぶんと振り回している。

 再び背面に高速移動し、トロールの死角から破壊の拳で首の骨を粉砕する。

 トロールは粉塵を巻き上げ、地揺れを引き起こし、地面に前のめりに倒れこんだ。


 ボス戦だと考えれば “難易度は低かった”のだろう。

 パーティであれば物理攻撃以外のダメージソースが確保できたのだろうが、単独で挑んだ場合においてダメージが与えられないのであれば、リスクしか残らない。

 今回の戦闘では言霊の課題も浮き彫りになった。

 適性の相性が良くなければ、魔法と同じで効果が薄い。

 熟練度が上がるまではこのままだとすると、道のりは険しい。


 反して精神的には成長したのかもしれない。

 戦闘前には、人の姿に近い魔物の相手は精神的に辛い、そう感じていた。

 魂の融合の影響もあるだろうが、戦闘中に危機的状況に陥ったこともあり、“もっと早く、かつ確実に止めを刺す”と心で理解していた。

 情けは不要。リスクを許容すれば、オレ自身が死に近づく。


 とはいえ、素材の回収に対しては気持ちが沈んだ。

 これもいつかは一つの“作業”として慣れてしまうのだろうか。

 ふと気になってトロールのステータスを確認すると、生命力は尽きていた。



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