第二十四話 決着と違和感
「どうした。オレが怖かったのか?」
「ぐっ。なぜだ? 貴様……、何をしている?」
「心配するなよ、ただのフェイントだろ? それより、観衆のみなさんが困惑しているぞ。
これは大事なイベントで、盛り上げたかったのではないのか?」
トクネスは明らかに警戒を強めていた。
きっと“あいつは得体の知れない力を持っていて、本能的に危険を察した”とか、都合よく考えているんじゃないだろうか。
得体の知れない力というのは正しいが、悟らせたのはオレのスキルだ。
言語が通じる限りという制限はあるが、戦闘でもサトラセは有効だ。
このまま続けると怪しまれるので、検証はこの位にしておこう。
決闘と言えどトクネスは本気で戦っているということは分かったし、それでも相手にならないくらいにオレとの差が開いていることも良く分かった。
だから……もういいだろ。そろそろ終わらせてもらおうか。
「今度はこちらから攻撃を仕掛ける。一応言っておくが、スキルを使う。
避けられるのなら避けてくれ」
「なっ! 馬鹿にするな、こん餓鬼がっ!」
オレはわざと全ての観衆に聞こえるくらいの大声で言った。
それを聞いたルーネが『にーげーてーっ!』と叫んでいる。
口を挟まないでもらいたい、というかどっちの味方なんだ?
それに心配し過ぎだ。事前に殺さないって約束したじゃないか。
トクネスはまんまとオレの挑発に乗り、再び突きの型でオレに向かってきた。
オレにとっての決闘の目的は、完璧に勝利し、実力をはっきりと示すこと。
ぐっと踏み込んで一気に最速まで加速し、正面からトクネスの懐に入る。
トクネスはオレの姿を見失ったのか、大きく目を見開いていた。
「破壊の拳(手加減)」
手加減した破壊の拳――左フックをトクネスの右脇腹に打ち込むと、トクネスは体をくの字にして、結界まで吹き飛ぶ。
「ごぶぅ」
結界にぶつかったトクネスは勢いを失いつつも跳ね返り、石舞台の上に顔から戻ってきた。
闘技場の中は静けさに包まれ、族長を含める全ての観衆は口を開けて呆けている。
ルーネは森でのオレの戦いの結果を見ているので、石舞台に倒れこんでいるトクネスの腹部が凄惨な状況になっていると想像しているのだろう。
この世の終わりを見たかのような驚愕の表情をしている。
オレもこれで終わりかと思っていたが、意外や意外。トクネスは割とタフだったようだ。
ふらふらと立ち上がり、オレの事を睨みながら距離を取るようにゆっくりと歩き始めた。
今にも何かを吐き出しそうな表情をしているが、懸命に耐えているようだ。
「う、うぶ。う、はぁはぁ。き、きさま。何をやった?」
「さっきからそれしか言わないな。ただのパンチだよ」
「い、生きてたよーっ!」
ルーネの叫びが周囲に木霊した。
面倒くさいと思っていても同族だからか、トクネスの身を案じていたようだ。
そして、ルーネの声に反応した観衆はざわつき始め、取り巻き連中は落ち着き無く右往左往している。
「はぁはぁ。ばかな。ばかなばかなばかなっ! 動きが、全く見えなかった」
「オレの方が速いからだろ」
「ぐぅっ」
本人もそのように感じていたようで言い返してこなかった。
一撃をもらい、それなりにダメージを受けたトクネスは、距離を取って剣を前に防御の姿勢を取っている。
それでも、オレには関係ないけどな。
「次の一撃で終わらせるぞ。一応聞いておいてやるが、本命は短剣なんだろ。
出番が無くなってしまうが、使わなくて良いのか?」
「……くそがぁ。舐めやがって」
トクネスは猛ダッシュしているボアと同じくらいの速度で移動できる。
鍛練する前のレノのステータスと比較するとトクネスの方が速いかもしれない。
その速度を活かすのに最適な得物は短剣と予想していたが、トクネスの反応からして間違いないだろう。
だが、トクネスはもはや短剣を使うことはできない。
トクネスはオレよりも戦闘経験が豊富で、意外と優秀な戦士だと思うが、オレよりも遅いのだから同じ土俵で戦えば分が悪い。
「申し訳ないが、結果が全てだ。そうだよな?」
トクネスに終わりが来たことを告げ、トクネスの周りを最速で全方位的に走り回る。
「な、な、なっ!」
トクネスはオレの動きを追うことは出来ていない。
残像は見えているかもしれないが、トクネスが視線を送った先にはオレはいない。
一発、二発、三発とジャブを打ち続けると、トクネスは小さく呻きながら体を固めていた。
「じゃあな」
トクネスの左耳にそっと囁くと、ゆっくりとトクネスが左を向いた。
オレはその様子を確認し、正面からトクネスの顎を左ストレートで打ち抜く。
こつんとした軽い感触だったが、意識を刈り取るには十分な一撃だ。
膝から崩れ落ちたトクネスは、虚ろな目で空中を見つめたまま、石舞台にうつ伏せに倒れた。
立ち上がってくる様子は無いが、息をしているので生きているのは間違いないし、魔法が使えるこの世界であれば大事に至ることはないだろう。
「族長、終わったぞ」
「はうっ。あ、勝負はあったのである。勝者はレノである」
オレの掛け声にびくっとした族長が声を上げると、再び闘技場内は静まり返った。
これは、やってしまった系か?
ルーネを連れてこっそりと去ったほうがいいか?
そんなことを考えていると徐々に拍手が始まり、少し遅れて大声援で迎えられた。
イベント大好きというのは本当みたいだ。
だけど……、なんだか違和感がある。
なんだろう? 大事なことを忘れている気がする。
結界士が張っていた結界が解かれたことを確認し、ルーネのところに戻る。
戻ったついでになんとなくルーネの顔をじっと見ると、呆れたような、諦めたような、何とも言えない表情をしていた。
「貴方。手加減してたわよね?」
「そうだな。手加減しなかったら死ぬからな」
「今ならそれが冗談で言っているのではなく、本当のことだと心底理解できるわ。
レノの姿で同属殺しをするつもりかと思って、冷や冷やしたわ」
そう言うとルーネは大きくため息をついた。
一息ついたところで石舞台を振り返ると、トクネスの周りに取り巻きが集まり治療している。
あの取り巻き連中のことはどうかと思うが、やはりパーティは必須だな。
そういえば、オレが負けて怪我をしていたらどうなってたんだ?
「ルーネは回復魔法は使えるのか?」
「低レベルだけど使えるわよ」
おぉ。
回復魔法をかけてくれそうな人がいた。
「オレが倒されていたら、回復魔法をかけてくれたかな?」
「……何で急に弱気になってるのよ? 貴方が倒されている姿は想像できないけど。
決闘でやられた場合は、通常、結界士が回復するのよ。あれはイレギュラー」
あー、なるほど。あれはイレギュラーなのか。
治療が公平に行われるようで、オレは安心したよ。
それにしても……、リーダーがやられたっていうのに取り巻き連中は楽しそうだな。
取り巻き連中と言えば、こう、
『よくもリーダーを!』とか
『まとめてやっちまえっ!』とか、そんな事を言って盛り上げてくれるんじゃ?
決闘を神聖化しているという雰囲気でもないし、希薄な付き合いでは無い。
「……さっきも違和感があったんだよな。取っ掛かりは何だったっけ?」
「ん? 何?」
「あぁっ。そうだ!」
決闘を楽しんでしまっていて、オレもいつの間にか気にしていなかったけど、トクネスは大声でオレの素性をばらした。
それなのに観客は“転移の事故でレノに入ったオレ”という存在を全く気にしていない。
いくらイベント事が楽しく大好きだと言っても“一族の仲間であるレノの体が奪われた”可能性がある状況で、ここまで無邪気に決闘を楽しむものか?
その前に族長と会話した時の反応が正しいんじゃないか?
取り巻き連中は、リーダーが負けたのに結果を見て楽しんでいるのはなぜだ?
気がついてしまうとすごい違和感のある反応で、なんだか深い気持ちの悪さを感じる。
レノは呪いの影響により記憶が失われると言っていたが、本当に記憶だけなのか?
間違いなくトクネスやルーネ、族長には感情がある。
トクネスなんて意識を取り戻したら、もう一度突っかかってくることが容易に想像できる。
ルーネの反応を見ていると観客の反応は常識と認識しており、違和感に気づいていない可能性がある。
そうすると、レノとルーネに確認するだけでは足りないな。
族長に依頼して、トクネスと会話する機会を設けて情報を引き出そう。
「いや、なんでもないさ。何にせよ文句なしの勝利だったろ。
さあ、族長のところに行って旅の許可をいただくとしよう」
「そ、そうね。じんび、準備しないとね」
なぜどもる? なぜかんだ?
顔を赤らめているルーネはさておき、今後のことを考えよう。
族長にもトクネスにも聞いておきたいことがある。
レノとスワンからこの世界の一般常識や知識を共有してもらったが、生きた情報も手に入れる必要がある。
「今日中に出発するのは無理があるか。野宿の準備もしないといけないだろうし。
明日は一日準備に費やすとすると、明後日の明朝に出発だな」
「明後日! そんなに早く準備できないわよ!」
「分かっているさ。だが、言っただろ。オレ達には時間が無い」
今までのオレがルーネを旅に同行させなかった理由は、オレ自身が強くなかったのもあるだろうが、ルーネを巻き込みたくなかったというのが大きいだろう。
だから、オレはルーネを守りきれるだけの力を身につける必要がある。
街に戻ったらさっそく情報収集と旅に必要なものを確認しよう。
そして生き残るためにオレ自身のスキルの詳細を確認し、自分自身のことを完全に把握するのだ。




