第二十話 乱入者達と未来への不安
2017年11月29日 修正しました。
「どういうことだ、ルーネ!」
真ん中に立つ背の高い優男がルーネに向かって叫ぶ。
「……どういうこと、というのは何がでしょうか?」
ルーネが門番やこの男に対する口調はオレに対するそれとは異なり、非常に丁寧だ。
「くっ。ふざけるな。なぜ、レノと一緒にいる?」
「村に向かうのに護衛を頼んだのです。問題は無いはずですが?」
「そんなことなら、オレ達に頼めば良いだろう!」
一方的に怒鳴りつける大きな声は、不快感を醸成するには効果的だった。
「おい、レノ。いつもの無表情はどうした? 今日はえらく反抗的じゃないか」
(あ、しまった。不快な気持が顔に出ちゃったよ。
しかし、横顔しか見えないはずなのに良く分かったな)
この男からすれば、今のオレの表情に違和感を感じるくらい普段のレノが無表情だということなのだろう。
「……」
「おいっ! 無視すんじゃねーよ!」
男が突然吠えたため実に素直に驚いた。
この場では、族長から発言許可を貰わなければいけない。勝手に答えてはいけないはずだ。
その考えが合っていることを確認するためルーネに視線を送ると、なぜかルーネはがっかりした様子でオレを見つめている。
(えー? どう考えてもオレの責任じゃないよね)
懸命にルーネに対して目で訴えるが取り合えってくれそうにない。きっと状況が良くない方向に転がり始めたことを憂いているに違いない。
先ほど無理矢理連れて行くと言ってしまったことも一因だろう。
(好戦的なタイプだな。正直、面倒くさい。
まずは、無難に接触を図って様子を見てみるか。
まあ、実際に戦闘になったとして、この部屋では魔法とスキルが使えないのは同じ条件だから、ステータスでオレが負けることは無いだろ)
「……発言しても良いのでしょうか?」
族長に発言許可を求めると、族長は困ったような目つきで頷いた。
「ふむ。発言を許すのである」
「ありがとうございます」
そこで説明する内容について思案する。
転移者は“久しぶり“とレノは言っていた。つまり、この世界では“転移者”という存在は認知されている。
情報が漏れるリスクは最小限に抑えるべきだ。だが、全てを隠し通して説明するのは不可能だ。当たり障りの無い範囲の事実だけを伝えればいいだろう。
「ルーネ様より聞いた話ですが、呪いの類の可能性があるようです。レノと呼ばれているこの体の持ち主と私は別人格です」
「はっ!? なんだと?」
想定していた回答ではなかったようで、男は酷く驚き目を見開いた。
「この事象が“呪い“ということなら、ルーネ様に解除してもらえる可能性があると伺いました」
「そ、そうなのである」
突然、族長が会話に入り込む。
「親父殿は確認したのか?」
「ふむ。この者が言っていることは間違いないのである」
その言葉を聴いて納得したのか、男は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「レノの野郎、体を奪われたのか。無様だなっ!」
笑みを浮かべる男につられたのか、取り巻きの一人はにやにやと、もう一人は楽しそうに笑っている。
その様子は不快そのもの。自分の頭がかっと熱くなるのを感じた。
表情こそ変えていないものの、ルーネは拳を握り締め、無言を貫いている。
「それで、こんなところで何をしているんだ?
呪いの解除の相談ならここに来る必要なんてないじゃねーか」
直線的な物言いしかできない者。こいつは今までの人生で避けてきた種類の者だ。
だが、今回は残念ながら避けることはできない。オレは、レノの人生も背負うと覚悟を決めたのだ。
(よし、決めた! こいつはオレとレノに喧嘩を売っている。だから……)
『この喧嘩は買ってしまおう』
そう決意した瞬間、びくっと背中に電気が走った。今までのオレであれば絶対に喧嘩を買うなんてことは考えない。
そのことに激しく違和感を感じたはずなのに、既にそれが常識だと感じ始めている。
間に揺れる不思議な違和感。それでいて何かを失いつつあるような不安感。
(なぜ? なんで、何の違和感もなく、自然にそう考えたんだ?)
男は黙りこんだオレに対して喚き散らしているが、それが気にすることもできないほどに思考に潜りこんでいた。
そして、一つの可能性に思い当たる。オレがオレで無くなりつつあるのであるとしたら、その原因は一つしかない。
「あ、あぁ。もしかして、これは魂の融合の影響、なのか……?」
スワンからはメリットばかり聞いていた。そして、それを伸ばすことばかり考えていた。
デメリットの可能性なんて全く考えていなかったのだ。
考えさせてくれる余裕を与えてくれなかった、という状況もあった。
だが、転移に合わせて行われた“魂のレベルで融合するという儀式”にはデメリットが有ってもおかしくないのだ。
「まさか、人格や個性も混ざる、いや、もう混ざったのか?」
スワンとレノの記憶が共有されたのも当たり前のように思っていた。
一般常識や基本情報は個人に依存しない情報だ。だが、個人の記憶が共有されるということは、生きてきた痕跡が共有されたということ。
人格形成のために歩んできた人生の道筋を共有するということだ。
「そ、そんな。それって……」
スーッと背中に冷たい汗が流れるのを感じる。こんなに近くにあった事実は、気づけないほど遠くにある。そんな感覚に頭がおかしくなりそうだった。
(オレ達は混ざり合って“一人の人間に成りつつある”ってことか? 魂の融合をしたからこうなったっていうことか?
だとすると、人から生まれた結晶石を取り込んだら……。いや、そんなことよりも、再び二人の人格に別れることは可能なのか?)
何よりも恐ろしいのは既にそれが当たり前になりつつあり、違和感を感じなくなってきていることだ。
このまま数日、いや数時間もしない内に、オレは違和感を持たなくなるだろう。抗おうにも抗えない。諦めに近い気持ちが心の奥に芽生えた不安感を塗りつぶし、平常心に作り替えていく。
「何をぶつぶつ言ってやがる。緊張して混乱しやがったか?」
返答しないオレに対し、呆れ果てて放った男の一言が部屋に響いた。
考察は一巡していたタイミングであったこともあり、その一言で我に返ることができた。
しかし、それに気がついたとしても解決する手段がなく、歯がゆさを感じる。
「落ち着け、落ち着け。今は、方法はないんだ。旅の中で探すしかない。
それより、混ざるのは避けられないとしても、この気持ちを忘れないようにしないと」
違和感を覚えている間に情報を残しておかなければ、と心の中で繰り返し叫び、記憶に刷り込む。
ようやく落ち着き、交渉の場に戻ろうとしたが、一瞬の間にいろいろな感情が混ざりあったストレスに、少しばかり八つ当たりしたい気持ちになっていた。
「はぁ。やっとかよ。それで、こんなところで何をしているんだ?
呪いの相談はここじゃなくてもできるって言ってんだよ」
「相談事は呪いの解除だけではないので、族長に面会をお願いしたのです。
もう一つの相談事は旅に出ること。ルーネ様は私の旅に同行することを合意されました」
それはまさに爆弾発言に相応しい一言。その一言にルーネは驚き、オレを射抜かんばかりの眼力で睨みつけている。
『何で言ってしまうのよ!』と言いたげな強い念がこもっている気がした。
奥では族長が口を開けて呆然としており、そばにいる男は徐々に顔を赤く変化させていく。
「き、貴様。そんなこと、ルーネが合意しても俺が許すはずがないだろ」
「ですが、呪いを解き、レノの体を元に戻すためには必要なことかと」
「ぞ、族長。私は……」
「ルーネ、黙れっ!」
男の雄叫びが部屋中に木霊し、瞬間的な静寂が辺りを包み込む。
「レノ個人のために、ルーネがわざわざ旅に出て危険を冒す必要はない。
貴様が一人で情報を回収して帰ってくれば良いだけのことだ」
「私には呪いに関する知識はありませんのでルーネ様の助力が必要不可欠です。
レノからは誇り高き一族だと聞いたのですが、窮地に陥った一族の仲間を見捨て、放り出すような一族なのでしょうか? だとしたら、ただただ残念です。
それにもう一点、貴方様は族長の関係者の方だと思いますが、貴方の発言は公の発言であり、決定権があるということで良いのでしょうか?」
ルーネが『やーめーてぇぇ』っと小さな声で叫んでいる。
ルーネには申し訳ない気持ちになった。オレの行動は八つ当たりに間違いないがレノを馬鹿にされたことに腹が立ったのも事実だ。
「ま、待つのである。トクネスの発言には決定権は無いのである」
やはり、この男がトクネスで間違いないようだ。
「それでは、族長。旅の許可をもらえますか」
「そ、それは」
族長が答えようとしたその時、オレの後ろから大きな音と部屋を揺らす程の振動が発生した。
突然の物音に慌てて振り返ると、トクネスが持っていた剣を床に叩きつけた後だった。
小粒な男が挑発に乗った、と思った。だがそれと同時に、結果だけを捉えればオレも挑発に乗ってしまったのだな、と思っていた。
「権限は親父殿しかない。親父殿が良いと言えば、それで良い。
だが、親父殿が納得できるくらいの力を見せてもらわないと、旅に出たルーネのことが不安になるだろ。
貴様じゃお荷物にしかならないだろうからな。だから……」
額に血管を浮かせ、顔を真っ赤にしたトクネスが語り始める。
(これは、あれだろ。俺様と戦え的なイベントだろ?
絶対に間違いない。よし。そうだと信じて、先に言ってやる)
「オレと……」
「トクネス様と勝負して、オレの実力を族長に認めてもらえれば、ルーネ様との旅も承認してもらえる、ということで良いでしょうか?」
オレが言葉を横取りすると、トクネスの顔が見る見る赤黒く変色してきた。
本当に扱いやすい男である。
「貴様、良い度胸だ。良いだろう。北の湖の畔に闘技場がある。
そこで俺と決闘し、実力を見せてみろ」
決闘という言葉も良い響きだが、何より湖という響きに心が躍る。
この街も幻想的だったので、期待していいのだろう。
「準備をする時間をくれてやる。一時間後だ。少しでも遅れてきたら負けとみなすぞ」
「分かりました。一時間以内に湖畔にある闘技場に赴きます」
オレの回答を聞くと、トクネスは二人の取り巻きの者を連れて部屋を出て行った。
部屋を出てドアを閉ざす前に
『ぼこぼこにして、惨めな姿を晒させてやる!』
と叫んでいた。
そういう振る舞いや行いが、自身の品の無さを知らしめていることに気づいていないようだ。
(闘技場で決闘か。もやもやした気分が晴れそうだ。
いつまでも、悩んでいても仕方ないし、な)
決闘と言っても、スキルや魔法の使用が許可された戦闘訓練と考え、対策を考えるのが良いだろう。
トクネス達の情報はルーネとレノから仕入れるとして、装備を整えたい。
ルーネにそのことを依頼しようと振り返った先には、般若の如く怒れるルーネがいた。
「あの……、ルーネさん?」
「貴方ねっ! 一体どういうつもりなのよーっ!」
「いや。その。へへへ」
「へへへ、じゃないっ!」
ルーネは顔を真っ赤にして怒っている。
「ルーネの気持ちも分かるけど、レノを馬鹿にされては黙っていられないよ。
オレとレノは運命を共有し、未来を変えると誓った仲間なんだ。
それに、あのままトクネスの言うことを聞いていたら、旅に出るという目的は達成できないしさ。
良く考えてみてよ。今の状況はどちらかというとオレ達の方が有利だって。
オレがトクネスと勝負して勝利すれば“ルーネと旅に出るのを認める”ってトクネスが宣言したんだから。良いですよね、族長」
「も、もちろんなのである」
トクネスが現れたことで、決定権があるはずの族長がおまけみたいになっていた。
しかし、族長はすごいオーラを放っている気はするのだが、実は強くないのかもしれない。族長の持っている何かしらのスキルの存在を彷彿とさせる。
「……それは、分からないでもないわ」
「ん? それってどっちのこと?」
「きーっ! レノを馬鹿にされたことに決まっているでしょっ!」
(いや、“それ”じゃどっちか分からないと思うんだけど)
それにしても、他の影人族に見せる表情と違い、オレと話をしている時のルーネの表情は豊かで自由。
レノがオレにルーネを旅に連れて行くようにお願いした理由は、これを守りたかったからじゃないだろうか。




