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プロローグ

2017/10/21 構成を見直しました。

2017/11/24 表現を修正しました。

 女神が封印されし地にそびえ立つ“封印神角ふういんしんかく”の北部に広がる広大な“デーア平原”に現れた邪龍との戦闘――“邪竜討伐戦”。

 邪竜がデーア平原に姿を現した理由は定かではないが、邪竜を討伐したのはたった四人で構成された名も無きパーティであった。


 四人が到着した時には既に多くの犠牲者が出ており、封印神角の近くにあった街“ヴェランテ”は壊滅的な打撃を受けていた。

 邪竜討伐に打って出たヴェランテの自警団はその強大な力の前に敢え無く壊滅。邪竜による蹂躙から免れる術がない住人達は暗く重い絶望感に包まれた。


 この邪竜は人語を話し、魔法を操り、スキルを使いこなし、四人を苦しめる。その一撃は地面を抉り、吐き出す息は炎を纏い大地を焦がした。

 戦いの始まりは邪竜が圧倒的な破壊力を振りかざし優勢であったが、中盤以降は四人が機動力と圧倒的な手数を活かし優位に立った。そして、戦いは四人の中の一人が邪竜を討ち取ったことで終わりを迎えたのである。


 封印神角の側に避難した住人の生き残りは遠目に邪竜討伐を確認し、英雄を称えるために討伐地点に集まった。だが、そこにいたのは空を見上げ微動だにしない、まるで彫刻の像のように動きを止めた一人の男だけだった。

 住人達は他の三人が助からなかったと悟り、感謝と慰めの言葉を男にかける。


 その言葉に応えるように男はゆっくりと顔を水平に戻し、大きく目を開いた。

 男の顔は興奮し火照っているように赤く染まり、目は純白さを喪失したと思わせるほどに血走ってたという。

 その様子に驚き、思わず距離を取った住人達に対し、男は軽やかに言った。


 『さぁて、始めるか。全てはここから始まるのだよ、諸君。絶望の開始地点へ、ようこそ~』


 これより美しく造られた世界――“デノーフ・バ・フィアー”は長い戦乱に見舞われる。

 時を同じくして、遥か遠く隔絶された世界でも再び新しい物語が始まるのであった。


--------------------------------------



 眼前にいた視界を阻害する程の大きな化物――邪竜は耳を塞ぎたくなるような断末魔の悲鳴をあげた。

 そして、邪竜は最後に『お前達では世界を変えることはできない~』と吐き捨てるように言い、その姿を消散させた。

 オレにはそれが捨て台詞とは思えず、言い知れぬ不安を拭えないでいる。


 「はぁはぁ……。こんなに大変な思いをして、漸く一体かよ……」


 乱れる呼吸を整え、肺に溜めこんだ空気を大きく吐き出し、空を見上げて呟く。

 これまで鍛えてきた体、戦闘で得た経験はオレを裏切ることは無かったが、今は肉体的にも精神的にも疲労が極限まで高まっている。

 遂にオレの足は体を支えることを諦め、空を見上げたまま地面に座り込んだ。


 「すぅ……はぁ……」


 ゆっくりと息を吸って深いため息をつき、体を解そうとするが、その動きに合わせて体は軋み、節々が痛みを訴える。

 痛みを堪え柔軟を続けていると心拍も呼吸も落ち着き始め、少し頭が冷静なってきた。

 空に浮かぶ雲は風に身を任せてゆっくりと移動し、太陽はいつもと変わらず燦々と輝いている。


 眩い陽光を遮る物など何もない広大で美しかった緑の草原は見る影も無い。

 渇いた茶色の大地はいくつものクレータで覆われ、それらのクレーターからは焼け焦げた臭いが漂っている。


 「直ぐにでも情報を集めるべきなんだろうけどな……」


 頭では理解していた。行動を開始すべきだと。だが、残酷な現実がオレに与えた精神的なダメージはことの外重く、いつものように気合いで何とかすることはできなかった。

 戦いはまだ終わっていない。ここで立ち止まっていたとしてもわざわざ迎えに来る。


 深く悩んでいたことで気づかずストレスを感じていたのか、頭の奥に鈍い痛みを感じる。

 この状況では正しい判断が出来ている自信はなかった。みんな覚悟はしていた。だから、大事な仲間を失ったとしても、もはや逃げ出すことはできない。ここで立ち止まり、諦め、放り出すとった選択肢は持ち得なかった。

 だが、今後も同じ事が起こる可能性があるのだと考えると、自然と体は緊張して強張り、震える体からには汗が噴き出していた。


 「少しだけ、楽になった」


 一言呟き、再び深く深呼吸をする。


 「三人になった。でもやるしかない。さぁ、二人を探そう」


 座り込んでいたのは僅か数分だったが、長い戦闘行為に於ける緊張から解放されたこともあり、歩けるくらいに気持ちは回復していた。

 一息ついたところで、一歩を踏み出そうと気合いを入れて立ち上がり、二人の仲間の探索を開始する。

 邪竜との最後の攻防の間に二人と離れてしまったが、それほど遠くではないはずだった。


 落ち着いて周りを見ると張り詰めていた空気は晴れ、穏やかな風が吹いていた。

 そのまま暫く遠くを見つめながら歩き続けていると、いくつか先のクレーターの傍で二人の生存を確認した。

 少しだけ軽くなった足取りで、クレーターの間を横切り、ゆっくりとした速度で彼らの元を目指し歩き続けた。



--------------------------------------


 その場の空気は一人でいた時よりも重く、口を開くのも憚られる雰囲気が漂っている。

 この旅の目的を完遂するためには、犠牲も止む無し。オレ達はそれを理解した上で旅をしていたはずだった。だが、想像と現実は異なった。心が抉られたかのように苦しい。

 それでも、二人が生き残っていてくれたことが純粋に嬉しかった。


 美しく深い青色の髪をした女性。黒い武道着に白いフード付きのローブを羽織った彼女は大地に座り、無骨なグローブに覆われた手を大地につきふるふると震わせ、胸の前で右手を握りしめている。

 小さな唇はきつく閉じられ、愛嬌のある大きな目には涙を浮かべている。



 (思い詰めている表情をしているな……。

 後悔すべきなのは君ではなく、守られてしまったオレなんだよ。

 お願いだから……、そんな目で見ないで)



 その視線に耐えられず、オレは視線を逸らした。

 紅の軽装鎧を身にまとった金髪の男は両手を地面につき、肩を震わせ、大柄な体を揺らしている。彼の傍には身の丈ほどもある大剣が無造作に置かれている。

 俯いているため表情は確認できないが、衝撃は大きかったのだろう。



 (こんな状況だけど、二人が無事で良かったよ)



 黙っていても辛くなるだけだ。そう思い、二人に話しかけようとした時だった。

 腕が泡立つ感覚。全身の血の気が引くほどの激しい殺気。その気配を感じた瞬間、今までの経験が体を自然に動かし、咄嗟に剣を盾のように構え、受けの姿勢を取る。


 息つく暇もなく大地を蹴った鈍い音が聞こえ、金属同士がぶつかり合う甲高い音が辺りに響いた。



 (つっ! 何だっ? 何が起こった!)



 目の前には大剣を薙ぎ終わった金髪の男が仁王立ちし、ニヒルな笑みを浮かべオレを睨んでいる。その後ろで彼女は目を大きく見開き、驚愕の表情をしていた。


 「……おい。何のつもりだ。説明してくれるんだろうな?」


 男への警戒を維持したまま、オレは左手に持った“虹色の結晶”を手の内で転がし、問題がないことを確認する。


 「けっ。悪運の強い奴だよ~。まあ、いいさ。それで、どうするつもり~?

 どんなに足掻いても、それは元になんて戻りはしないよ~!」


 そう言い放つと金髪の髪をなびかせ、大剣を軽々と振り回し追撃を加えてくる。

 次々と襲いかかる苛烈な攻撃をなんとか凌ぎ続けてはいたが、徐々に限界が近づいていることを察し始めていた。


 「俺が有効活用してやるからさ~、それを俺によこしな!

 その方がそいつも本望だろ~。根っからのお人好しだったからな~」

 「確かにお人好しなのは認めるけど、お前には渡さない!」


 このままではジリ貧だ。いずれにしても、間もなく決断の時が訪れる。



 (彼女の命だけは、絶対に守らなくてはっ!)



 オレ一人であれば逃げ切れる自信があるが、逃げた瞬間に彼女の命運は決定される。オレは思惑を悟られないように攻撃を避け続け、男を彼女の場所から引き離す。


 邪竜が奪ったのは仲間の命。置いていったのは“呪い”。彼女はその呪いの影響により魔法が使えなくなった。

 魔法のエキスパートはすでにいない。魔法以外で呪いを解除する方法はたった一つ。オレか彼女のどちらかが“死ぬ”ことだ。しかし、その解除方法は“呪いをかけた邪竜”が言っていたことであり、信憑性に欠ける。



 (彼女を助ける方法は……、それ以外の方法はないのか?

 本当かどうか分からない方法に運命を委ねろっていうのかよ、くそっ!

 いつからなんだよ。いったい、いつからお前はそうなっていたんだ?)



 既に体力は限界。もはやこの男を仕留めるだけの力は残っていない。

 ぎりぎりの綱渡りの攻防を繰り広げている中で、オレは彼女と最初に会った時の言葉を思い出した。

 そして、先ほど終わった戦闘の“戦利品”が得られていないこと、金髪の男が別人みたいに語り始めたこと。その事実に今更ながら気がついた。



 (しまった。オレは、なんてミスを……。

 あっ、こ、このこと、なのか、彼女が言っていたのは。

 まさか、オレはこれに気づかず、ずっと繰り返し続けている?)



 疲れ、そして精神的ダメージ。累積された脳への負荷は、普段なら気づくことを取りこぼさせた。

 だが、後悔しても時間は戻らない。だとすれば、次に繋げるしかない。

 

 「そういうことか。ちくしょ、悔しいな。今回が最後だと思っていたのに。

 ……あの時、お前は解放されたはずだった。

 オレ達はそう思い込んでいたが、既に“お前は残っていなかった”んだな」


 結果的にオレ達は邪竜の能力を理解したつもりで勝ち誇り、侮り、踊らされていたということ。その能力と武器の特性を正確に理解し、完全に排除する必要があったのに、それができなかった。

 だから。今までと何も変わらない。いつも結果は同じなのだ。


 この事実を彼女に伝えなければ、未来は今までと同じ軌跡を描き続け、彼女が切望するような未来に変化することは有り得ない。

 オレは男の上段からの切り下げを横から弾き飛ばし、その間に彼女の位置を確認する。かなり距離は開いた。だが、まだ十分ではない。



 (呪いの解除だけでは足りない。彼女の魔法が間に合わなければ意味なしだ。

 ちっ。格好をつけるつもりはないけど……、すまない。

 だけど、彼女がここから退避するための時間は稼ぐっ!)



 破られることのない絶対の約束事。

 そうだ、彼女だけは絶対に生還させる。


 オレは男が剣を振り上げたところに踏み込み、剣劇を振るった。何度も何度も激しく大剣と剣が交錯し甲高い金属音を響かせる。


 「何だ? 急にやる気になったのか~?」

 「うるさいっ!」

 「減らず口だ。お前は。俺は~、お前が嫌いだった。

 さぁ、その球を庇ったままで、この一撃が受けられるか~!」


 男はぐにゃりと体を捻り、凄まじい速さで大剣を切り上げた。

 鋭い一撃は一瞬でオレの体の正面に迫る。それは避けることも弾くこともできない必殺の一撃。もはや回避を試みる余裕はなく、受けるしか選択肢がなかった。


 刃と刃が触れ合った瞬間激しい火花を散らし、今までで最も大きく鈍い金属音を打ち鳴らす。刹那、オレの剣は中心から砕け散った。

 剣の欠片は太陽の光を反射してキラキラと宙を舞い、その欠片を追うように赤い雫がキラキラと舞った。


 視覚だけが研ぎ澄まされ、スローモーションで景色は流れる。オレの目には青い空と雲だけがはっきりと見えていた。

 そのまま仰向けに倒れた体はオレの意思に抗い、ぴくりとも動かない。

 オレが動けない事を確認すると、男はゆっくりとオレに近づき、笑みを浮かべて言い放った。


 「おそいよ~。気がついただけえらいと思うけど。残念だったね~」


 男は迷うことなくオレの胸に剣を突き立てた。

 焼きついたような痛みは一瞬。限界を迎えたオレの体はそれ以上の痛覚を感じることはなかった。

 オレは彼女に“伝えなくてはならない言葉”を捻り出そうと試みるが、口からは止め処なく血が溢れだし、言葉を発することができない。


 徐々に徐々に視界の外側は黒く染まり、薄っぺらい光が中心に集まり始め、意識を手放しそうになる。

 狭まる視界の中心にいる彼女はオレの方を凝視しながら体を震わせ、涙を流し何かを叫んでいる。


 「さて~。次は」


 男はオレから剣を無造作に引き抜くと丸い虹色の結晶を奪い取った。

 結晶をコロコロと転がして状態を確認すると、グニャッとした笑みを浮かべ彼女の方を振り返る。


 その行動はオレにとっての最後のチャンスだった。

 オレが確実な死をむかえることは分かっていた。だから、もう問題ないと思ったのだろう。そのため、男は一瞬慢心し、止めを刺すことを怠った。

 オレは気力を振り絞り、下腹に全ての力を込め、ありったけの声で叫んだ。


 「ぐっ。そう、りん。そうりんをこわせーっ!」


 これがこの世界でのオレの最後の言葉だ。言い終わると同時に口から血反吐をまき散らす。それでも“伝えなくてはならなかった最後の言葉”だった。



 (もう、限界だ。頼むから、伝わってくれ。

 そして、無事に、逃げ……)



 彼女はその言葉を受け取ったことを示すかのように、力強い眼差しでオレを見つめていた。

 反対に忌々しい生き物でも見るかのような表情で男が振り返る。冷静を欠いた男は、その行動ですら時間稼ぎになっていることに気づいていない。


 そうだとしても、もうこれ以上、オレにできることは何も無い。ただただ、その時を待つだけであった。

 オレの体から急速に力が失われていくのと同時に、力が戻ってきたかのように彼女の体が光り始めた。


 「ぐぅ」


 急激に戻った力の反動で彼女は勢い良く顔から倒れたが、少し呻いただけで直ぐに起き上がる。そして、顔に付いた土も拭わず何かを取り出し飲み干した。


 ようやくその気配に気づいたのか、男は慌てて彼女の方を向いた。



 (……手遅れだ……)



 「テレポート!」


 彼女が空中に手をかざし移動魔法を詠唱したのと同時に彼女の体は光に包まれる


 「次こそは変えてみせるわ!」


 移動魔法が発動し、この場にある彼女の体は存在感を失い始める。

 その様子を見て男は何か喚き散らしているようだが、この状態に入ると彼女に手を出すことも、魔法を止めることもできない。


 この世界――『デノーフ・バ・フィアー』における最低限の役割は果たしたはずだ。心残りはあるけど、次に託すことが出来た。

 オレはそこまで確認したところで、無理矢理繋ぎ止めていた意識を手放した。


 視界の中心に向かって侵食する闇の勢いは、徐々に徐々に中央に光を追い詰める。

 そして、視界の全てが闇に飲み込まれ、全てを失った。


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