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残夢  作者: はぐれイヌワシ
6/12

映像の中にいた男

三村敦宏、通称アツ。

『染髪、ピアス等一切禁止』が掟のピラッツのファン感謝デーに金髪とピアスで現れて、スタッフとサポーターの度肝を抜いた男。


本人に聞いてみた所

「フォーゲルスではそういう類の制限は一切なかった」

「そういう奴らは『髪を染めないで、ピアスをやめればサッカーが上手くなる』とでも言いたいのかな?」

と返された。


これも『フォーゲルス的な文化の受け入れ』と思って黙っていたら、あっという間に他の選手にも流行し、今やピラッツはJの中でも『チャラい』印象の強いチームらしい。


さて、合併直後の複雑なチームをまとめるキャプテンを仰せつかってしまったのは、俺である。

『新生V・ピラッツ』の強調の為か、2人いる副キャプテンには、義活とアツが就任した。


アツはその年に初めて代表に呼ばれ、そのメンタルの強さを監督に見込まれて(というか、バトル漫画の様な見込まれ方をして)代表に定着した。

翌年、V・ピラッツは1stステージ優勝を果たし、二つの大会で活躍したアツのキャリアは、傍目から見れば順風満帆であっただろう。


だが、その内心はどうであったのだろうか。

V・ピラッツの練習場はフォーゲルスから接収した戸塚区のグラウンドであった。

合併から半年ほど経ったある日の練習後、アツと共にファンサービスを終えた俺は自分の車に乗ろうとして、真紅のフェラーリに乗り込んだアツの呟きを拾ってしまった。


「去年と同じ練習場なのに、去年まで来てくれていた人達の顔が、今年は減っている」


また、別の日にはこう零してもいる。

「三ツ沢ではよく見かけた顔が、横国には殆どいない」


そりゃ、ピラッツに行った選手のファンでも、今までダービーやっていたチームの練習や応援行くのは抵抗ある人の方が多いわ。


元からピラッツを応援していた者も、その全員がフォーゲルスからの選手を素直に応援できていたかどうかまでは分からない。

フォーゲルスからの選手を迎えた為に、ピラッツから放出された選手や移籍を余儀なくされた選手だっている。

中には、そういった選手のファンから恨まれるということもあったのではなかろうか。


ましてや、その怨嗟の元が。

自分がやって来てしまったが為にピラッツを去る羽目になった『自分の高校の先輩』のファンであったとしたら!


一度、アツとそのもう一人の先輩に連れられて、皆で彼等の後輩が開いたという中華屋へ行ったことがある。

今は場所を変えて、半ばスポーツバーの様な形態でサッカーファンに人気の店らしいが、当時は治安のあまり良くない寿町に立地するこじんまりした店であった。


「中華街で修行していた頃はサッカーよく見に行っていたんですが、自分の店を持つと中々そういう訳にはいかないんですよねぇ」

と店主は語っていたが、

思うに彼も三ツ沢への、もっと言えばフォーゲルスへの愛着が強すぎて横国には行けなかった人間だったのではないか。


俺の記憶している三村敦宏は、あまり笑顔を見せない男であった。

もしも、あの店主が横国に来ていたら。


「フォーゲルスにいた頃のアツ先輩は、もっと笑っていた様な気がするんだよなぁ」


とでも評していたのだろうか。


***


ステージ優勝はしたものの、チャンピオンシップで敗れた翌年、新シーズンのユニフォームにまで袖を通していたアツはキャンプインの直前に突如としてベルデと共に東京へ移った。


やっと、『仲間』になれた気がしたのに。


それと同時に『結局、ピラッツの水には馴染むことが出来なかったのか』とも思った。


***


キャンプから戻り、後は横浜で開幕を待つのみだった俺の元へ、組織本部からの召喚命令が下った。

「昨年の大晦日、中華街のホテルで起こった火災。遺されていた監視カメラの映像に、君の元チームメイトと思われる男が映り込んでいた。本人かどうか、君に確認してほしい」


それまで、組織本部の具体的な活動については聞かされていなかった。

精々、

『潜んでいる”飛天”を確認し、敵意が無ければ保護し、そうでなければ全兵力を上げて捕獲もしくは殲滅する』

『捕獲した”飛天”を研究し、共存の道を探る』

『”飛天”が引き起こした事件は、徹底的に”飛天”の影を消す』

ぐらいの認識であった。


『どこそこに”飛天”がいた』

『”飛天”による被害がどこそこであった』

という情報までは、俺の元には入っていなかった。


「そのホテルは、”飛天”によって燃え落ちたのですか?」

「報道発表では、『売店で販売していた爆竹にタバコの火が接触し、飛んだ火花から絨毯に引火してそこから燃え広がった』という事になっている。しかし、それだけではあんな大きなホテルが全焼までいくことはないだろう。

我々が現場検証をした結果―――ホテルとそこのオーナーの邸の壁面に、大規模な自爆装置が仕掛けられた形跡があった」

「自爆装置!?」


「思うに、仕掛けたのは邸とホテルの両方を手掛けた、オーナーと懇意であった建築士の男だろう。

そして―――君に今から見せる映像に、君の元チームメイトかも知れない男と、オーナーが映っている。

―――オーナーと建築士は、”飛天”で間違いないだろう」


男は、そういって俺の目の前のTVの電源を入れ、リモコンで何か操作をし始めた。


やがて、ホテルのフロントとロビーが映し出された。

ロビーにいる客は、肌や髪の色も様々で、在りし日のホテルの繁栄を思わせる。

音声はかなり賑やかで、これからパーティーでも始めるのかと思う程だ。

右下には 00/12/31 と日付が表示されていた。


「今からフロントに話しかける二人組の青年。その片方だ」


その言葉の直後、画面外から現れた二人組の男が、フロントに近づいてきた。

二人とも重そうなカバンを担ぎ、大きなコートのボタンをかっちり閉めている。


その片方の髪型に、見覚えがあった。

「もしかして、似ているという私の元チームメイトというのは、三村敦宏のことですか?」

「そうだ」


アツ?とその連れの男―――こちらも見覚えがある―――がフロントの男と何事か話した後、フロントの男が後ろのドアに消えた。

暫くして、先程とは違う―――中性的な細身の男が、フロントに出てきた。


そこで映像は一時停止して、

「これがオーナーだ。男性に見えるが、後で女性だとわかる。

彼女は、恐らく横浜開港当初から不完全な”飛天”として中華コミュニティに潜んでいたのだろう。そして、何時からか不法滞在の同胞を使った人体実験を繰り返すようになった。

その全貌までは解らないが、完全な”飛天”への変態を望んでいたのだろう。

しかし、それは叶わないまま―――灰となった」


“飛天”には二種ある。

“飛天”として地上に生れ落ちたものと、人間として生まれながら、”飛天”に変わってしまったもの。

前者は雌しか存在しないが、後者は雄雌…というか男女ともに存在する。

後者は、人間が前者の血液組織を何らかの形で摂取する事で変化するのだが、体質的に適合しない者は死亡する事もあるし、死ななくても完全な”飛天”にはなれない。


先天的”飛天”は人間としての知性や記憶、姿を持っており、適合した後天的”飛天”もまた人であった頃のそれを引き継げるが不完全に変化してしまったものはそれが出来ない。

そうなってしまった者は人間社会を無差別攻撃して甚大な被害を及ぼすので我が組織が話の通じる人に近い”飛天”たちと組んで秘密裏に駆除しているのだ。


“飛天”を人間が殺すには燃やし尽くすか、神経系統に修復不可能な損傷を与える(手っ取り早いのが斬首)しかない。

また”飛天”は焼死であろうと他の死に方であろうと焼いてしまうと骨は一切残さず、全てが灰になる。


まあ、灰になっても検査すれば”飛天”である事はわかる。


再生が再開される。

オーナーがアツ?と二、三言交わした後にいきなりアツ?をフロントに引っ張り込んだ。

突然の事に驚いたのか、連れが追いかけようとしたら別のスタッフに引き離された。

もみくちゃになりながらも連れはカバンのファスナーを開け、そこから何か取り出して――― その何かが、手をすり抜けて、彼を掴んでいたスタッフの顔に直撃した。


スタッフは何事もなかったかの様にそれを拾い上げ、そのまま連れもフロントに引きずり込む。

二人が揃ったところで、オーナーがドアを開け、彼等と共にドアの向こうへ消えた。

連れをドアへ押し込んだスタッフが、ロビーの客たちに騒ぎを詫びた。


再び映像が止まる。

「ドアの向こうは巨大な地下通路になっていて、オーナーの邸と直通になっていた。移動手段は、かなり高速のエンジンを使用したトロッコ。二人は、邸にいた我等の一員である”飛天”と共にオーナーと何らかの形で交戦したらしい」

「我等の一員?」

「ああ。我等に協力を申し出たのは、三村敦宏が移籍を発表して少し後の事…つまりつい最近だがね。

彼は17世紀生まれの中国人で、世界史の教科書にも名前が載っている人物だ。ただ、本人は教科書に載っている名前で呼ばれる事を嫌うから、彼が望む名の『桂花』と呼ぶようにしている」


歴史上の人物が”飛天”らしい。これは結構よくある話だ。

ただ、組織に協力している”飛天”では初めて聞いた話だ。

「都内某所に在住の彼等の子孫が既に我等の協力者だったから、子孫が紹介してくれたよ。君もその内会うことになるだろう」


都内某所。じゃ、アツの方が先に顔を合わせている可能性もあるな。

「ああ、話を戻そうか。今、もう一人の男がスタッフの顔に当てたモノ。あれは多分、ピーチネクターの缶だろう。燃え落ちた邸には二人のカバンが残されていたのだが、その中にはピーチネクターの缶、パックの切り餅、鏡餅、爆竹が大量に詰まっていた」

「なんでまた、そんなものを」


「――― そこが、彼等の身元特定を急いでいる理由の一つなんだ。彼等は恐らく”飛天”の正体と弱点を彼らなりに推理し、“飛天”との交戦を想定してそれらを大量にホテルに持ち込んだ

――― どうやら彼等はこれより以前にここのオーナー絡みで”飛天”と交戦した事があるらしい」


組織外の人物が”飛天”と複数回接触し、交戦している。

これは組織にとって由々しき事態である。


死んだら”飛天”による被害が明るみになる可能性があるし、いつどこで”飛天”の存在を他者に示唆してしまうかわからない。


こうなると彼等に出来るアプローチは三つ。

組織への強制編入、抹殺、監視のいずれかだ。


社会的な地位が低い者なら組織への強制編入、抵抗するようなら口封じしても大した影響がないが、映像の人物がアツであるとしたら相手はサッカー日本代表である。

例え遠い未来に現役を引退した後でも影響は大きい。


一生涯をかけて監視し続ける他にないだろう。

無論、本人は監視されているなどと、生涯を終えるまで気付かない形で。


「で、何で弱点を推理した結果が爆竹以外兵器になりようがない物ばっかなんですか」

「この組織の源流が中国の清朝にある事は君も知っている筈だ。当然その時代でも”飛天”は人を喰らっていた。清朝政府と組織は”飛天”の存在を隠していたから、一般民衆は”飛天”を何と呼んでいたか解るか?」


「…キョンシー?」

「その通りだ。殺した人の姿を借りた”飛天”が血を喰らう姿を『死んだ人間が蘇って生者の血を喰らう』と理解したらしい。そしてキョンシーを題材にした映画では、桃やもち米がキョンシーに有効とされている。また、キョンシーは太陽にも弱いし、火葬すれば復活しない。年末の中華街で簡単に手に入り、扱いやすい火を使う武器として、爆竹も説明がつく。彼等も”飛天”をキョンシーの一種と解釈したらしい」


再び映像が動き出す。

「さて、ここからは暫く早送りだ。彼らが消えた奥の扉に、注目してもらおう」

ロビーの前で、相変わらず肌や髪の色が様々な者達がせわしなく行き来する。


「そろそろだな」

早送りから、通常再生に戻る。


映像の端のドアが膨らみ、そして破裂した。と同時に複数人を乗せたトロッコがドアの向こうから飛び込んできた。

悲鳴が上がり、それを見たトロッコ内の人物の一人が、こちらにもはっきりとわかる、聞き覚えのある声で、


「火事だーっ!皆逃げろ!!」


と絶叫した。

その人物は、見覚えのある白い服を身に着けていた。


俺はある閃きを持って、「一時停止して下さい!」と叫んだ。

直ぐに映像は止まり、俺はその人物を精査することが出来た。


そして確信を得て、断定した。


「この白い服を着ている人物は、紛れもなく三村敦宏本人です」


以前、TV番組で三村氏(のモデルとなった人)が代表に定着した経緯を話していたのですが、かなり斜め上でした。

はっきり言って、監督がハ〇ルでは絶対あり得ない様な展開です。


タオの店は、『広寒宮』と『Pascha』では別の場所にある設定です。

開店当初から店の隅の小さなブラウン管TVでよくサッカーの中継を映していたのですが、

日韓W杯を機に奮発して最新の大型TVを導入(に伴って店内を改装)

&世界各国の試合中継&サッカー経験者の店主による解説をやったのが受けて客が増え、

その資金でもっと条件のいい場所に移転、従業員増員。


『一般的中華料理屋』と『サッカー系のスポーツバー』を足して2で割った様な路線で大成功し、

全国的に有名な店になったそうです。


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