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わかりあえるはず

作者: 德薙零己

この「わかりあえるはず」という作品は、


http://ameblo.jp/tokunagi-reiki


において、2007年7月から8月にかけて連続公開していた作品を一つにまとめたものです。

    *   *   *


 現在。


 「遅かったね……」

 「時間を合わせたかったから。あの時と。」

 昨日から風雨が荒れ狂っていた。コンクリートであろうと、土のままであろうと、地面という地面は水溜まりよりも小川と呼ぶべき姿に変わっていた。

 その細い身体には不釣合な大きくて黒い傘に守られながら、江本は手を合わせてじっと目を閉じていた。明らかに新品ではないジーンズは跳ね返りで土汚れが目立ってきている。スカートはやめた方がいいという明の言葉は正解だった。

 明が母の墓前に足を運んだのは、江本よりも三〇分ほど後のこと。江本の点した線香の火は雨と時間とで消えていて、明は自分の持ってきた線香に火を点し、その上に乗せた。

 江本がこの場で明の背中を見るのは、今年で一四年目になる。小学生のときまでは、明には父が、江本には母が、それぞれ隣りにいたから、二人きりでここにいるというのは、今年で四年目になる。

 「一人で来たんだ。」江本は立ち上がって言った。

 「誰かと一緒にくれば良かったか?」

 「そんなことないけど、あの人と一緒に来るのかと思ってたから。」

 「二人きりで会いたかったから。だから、逃げてくるようにね。」

 「あの人から逃げてきたの?」

 「了子さんには里帰りだとしか言ってないから、逃げたというより騙したというほうが近いね。」

 「あの人、たぶんわかってると思うよ。」

 「だろうね。」

 群れを成す墓標の前で手を合わせる。ただそれだけで、写真と記憶だけとなった母の姿が明の脳裏に描かれていく。昔はそれだけで泣いた。今はうっすらと涙を浮かべるだけで瞳からこぼれることはないが、泣きたくなる気持ちは変わることはない。

 「私、もう帰るから。」

 「途中まで送ってくよ。」明は立ち上がって、江本の隣りに並んで歩いていった。

 緩やかな階段を降りたところにあった古びたバス停が、去年から屋根のついたベンチつきの真新しいバス停に変わった。自動販売機もそばに置かれ、角にあったはずの八百屋はコンビニに姿を変えていた。

 バスが来るまで、傘をたたんでベンチに座り、コーラを飲みながら、明は江本にあれこれと話しかけた。

 「正直言って、今年は来るなんて思わなかった。」

 「どうして?」

 「杉本と約束があったんじゃないの?」

 「杉本くんが勝手に決めたんだし、私には関係ないよ。」

 「そういう言い方って無いんじゃないか?」

 「じゃあ、私と杉本くんが付き合えばいいっての?」

 「そうまでは言ってないけどさ。」

 「今日のことは絶対に忘れられることじゃないし、杉本君には悪いけど……」そこまで言って、江本は言葉を詰まらせた。

 バスが左折してきたのを目にすると、江本は立ち上がって、傘を明に手渡した。

 「これ返す。ずっと借りたままだったし、こっちに来るついでに返そうと思ってたんだから……」

 「いいから持ってなよ。向こうも雨らしいしさ。」

 「……、うん……」

 少しためらいながら傘を手にした江本は、バスに乗って駅へと向かって行った。

 「それじゃ。」

 「じゃあ、また。」

 明はしばらく江本の乗ったバスを眺めていた。


 バス停から五分ほど歩いたところに明の父が住んでいる。四年前までは祖母がこの家を切り盛りしていたが、祖母が亡くなった今、明の父だけがこの家の住人ということになる。

 雨に濡れた服を洗濯機に入れスイッチを押し、シャワーを浴びて服を着た頃、昼間の雨が嘘のような夕焼けとなった。

 自分達の夕食の前に、明は犬達の夕食を用意した。ドッグフードを持って行くと同時に、八匹の犬は明の手にしていた皿に飛びかかってきた。

 玉城家には、明と入れ替わりに、一匹の本当に小さなメス犬が住むようになった。彼女は当初明を家族として認めず、明の顔を見る度に吠えていた。夏休み中、江本と二人で世話をしたおかげで吠えることはなくなったと思ったら、中二の夏休みには巨大化して登場し、中三の夏休みには子どもが二匹生まれ、今回の夏休みには合計八匹に増えていた。それも、全部違う種類。

 「節操のないやっちゃな。お前の亭主はどいつだ?」帰省する度に体重も家族も増えていく犬を明はどうしても名前で呼べなかった。

 「ちゃんと名前で呼んでやれ。」

 「呼べるわけないだろ。だいたい、もうちょっと気の利いた名前にしたほうがよかったんだ。」

 「ここに来る前からその名前だもんな、なぁ、ミカ。」

 「バゥ!」巨大なメス犬は即座に反応した。

 「……」

 皿に山積みにされたドッグフードを数分で食べ尽くした犬の親子は犬小屋へと帰っていった。

 彼女は元々捨て犬だった。拾ったときにその名は既に付いていたし、他の名前にしようとしても何の反応も示さなかった。父は最初のうちは仕方無くといった感じであったが、今は当然のようにその犬を『ミカ』と呼び続けている。

 明はどうしてもそう呼べない。


 網戸と窓を閉め、二階の自分の部屋へ戻った。テレビやステレオは東京のアパートに持って行ったから、することと言えば寝るぐらいしかない。蛍光灯を灯しても何もせず、ベッドに寝転がって天井を眺めながら、明は二日前に発ったばかりの東京に思いを馳せていた。

 明は東京に帰りたがっていた。了子に対して『家に行く』とは言っても『家に帰る』とは最後まで言わなかったし、変わりゆく故郷の街を目にするたびに、明はこの街から取り残されたとの確信を強めていったから。

 確かに明はこの街で一二歳まで育った。だが、いい思い出などほとんど無かった。

 明の父も、祖母も、東京に生まれ東京に育った人。そして、近所付き合いがとにかく不得手の人。

 近所との接触をほとんど持たずに育った結果、自然と明の話す言葉は標準語のアクセントになった。それが保育園・小学校と明のコンプレックスになった。

 東京のテレビやラジオは自分と同じで、近所のほうが間違っているのだと考えたとき、自分は東京の人間なんだと考えるようになった。

 東京に行くチャンスが来たと同時に明は東京に移り、東京で生まれ育ったかのようにその水に染まった。意外なほど簡単だった。東京はそういう街だし、玉城家もそういう家だから。

 明の父は仕事と言って丸一ヶ月家を空けるなど珍しくもなかった。仕事が忙しいというのは本当だとしても、それよりも、人間関係から逃げ出したくてのことであったのだと今の明は考えている。

 自分という存在があるから祖母と父という関係を形の上だけでも保ち得たが、自分がいなくなれば、妻の母と、娘の夫という関係に戻る。この二人の関係は最悪だった。

 明はまだ「孫」という立場があったからそれなりの居場所はあったが、明の父には居場所など無かった。まる三ヶ月間家を空けたこともあったし、そのときも祖母が危篤状態にならなければもっと家を空けていたかもしれなかった。

 祖母が亡くなった今、父以外に会うべき人もなく、父の家以外に自分を迎え入れてくれる場所などなく、話を弾ませる友人などもないこの街にいるからこそ、家庭以外の全てを満たせる東京に、明はますます親しみを覚えていったのだろう。

 「明日帰ろう……」

 明は蛍光灯の紐を引っ張って、眠りに着いた。

 そして、夢を見た。

 このベッドで眠ると、ほぼ確実に母の夢を見る。いつも若くて、写真の姿と変わらぬ母が出てくる。と同時に、母の最期の瞬間も夢に見る。そのとき明は二歳。幼い明には、血だらけになりながらも自分を守って、そして、静かに死んでいった母の記憶が、他の何よりも強く焼きついていた。

 午前三時、全身に汗をかきながら明は飛び起きた。心臓が激しく鳴り響き、息は荒くなった。

 「いつもそうだ……、母さん……」

 あと八年で、明は母と同じ歳になる。だが、明の母への思いは二歳のときで止まったまま動かない。


 「江本の娘とはうまくやってるのか。」

 「……」父の問いに、明は無言で首を横に振って答えた。

 「何も言えないか。せっかく同じ学校に入れてやったのに。」

 「美香は実力で入ったんだよ。たまたま同じ高校なだけ。」

 「だが、朱雀台を教えてやったのは俺だ。」

 「知ってるよ。でも、美香は父さんを頼ってないんだ。恩着せがましく言ってほしくないね。」

 『3番ホーム、間もなく上り電車が参ります。危ないですから、白線の内側に下がってお待ちください……』駅員のアナウンスが父との時間の終わりを告げる。

 「逃げてばかりじゃ、明も、彼女も救われん。」

 「『救う』って、宗教じゃないんだからさ。」

 「そういう意味で言ったんじゃないがな。」

 傲慢。父の『救ってあげる』というニュアンスに明は反発感を抱いた。確かに今の江本のままでいいとは思えない。でも、他人の考えている“幸せ”を押しつけて、それで江本が幸せになれるなんてのは、もっと思えない。

 「(父さんもわかってないよ。美香は今までマイナスだったんだ。プラスの人間にはゼロなんて耐えられないけど、マイナスにとってゼロは上なんだよ。そりゃぁ、プラスのほうがもっといいに決まってるけど……)」

 電車の中で、ずっと江本のことを考えていた。了子の元に帰れるという安らぎが早めの帰宅を促したのに、了子のことはさほど考えられずにいた。


 利根川を越えたあたりで、出会ったばかりのときの江本の顔がふと思い浮かんだ。江本家は元々ここいらに住んでいたらしい。もっとも、江本本人には本籍と出生地以外何の意味も持っていないが。

 出会ったときから彼女はおとなしかった。一二歳のときまで、江本の泣く以外の“感情”を見たことがなかった。自分に対してだけなのか、誰に対してもそうなのかは明には今でもわからないが、江本には、明るさも、活発さのかけらも見受けられないことは確かだった。

 出会ってから一四年になるが、江本らしからぬ感情を、明に言わせれば江本の真実の感情を見たのは二回しかない。その二回以外は、自分がいない人間であるかのように黙り、用意された時間を無為に過ごしているのが彼女……

 あの母娘には逃げるしか方法がなかった。

 どこに行っても汚名が付き纏う。だから、自分達の正体のわからぬよう、ひっそりと影を潜めて生きるしか方法がなかった。

 見知らぬ土地に移り住んで、正体がわかるとすぐに引っ越す。いつか必ず帰ってくると信じている人の帰りを待ち続けるためには、汚名も、屈辱も、逃げることで耐え続けるしかなかった。

 何回転校したのか江本本人にも覚えていないだろう。あるいは、義務教育なんて場所は江本には何の関係もない制度だったのかもしれない。

 九年間、登校拒否をしなかった学校は一つもなかったし、一ヶ月に三日以上学校に出たこともなかった。ひどいときには、転校の手続きをしたその日に引っ越すこともあった。それでももらえた中学の卒業証書は郡山の中学のだそうだが、それとて何ヶ月か、あるいは何週間かだけの生徒のはず。

 ひょっとしたら、明と一緒に暮らした一ヶ月が、生まれてから事件までの二年、高校入学から現在までの四ヶ月に次ぐ長さの、安住の生活だったかもしれない。だからこそ、奇妙な同居が終わったとき江本はあれだけ怒ったのだろう。

 それが江本の真実の感情なのか、抑圧された感情の破裂だったのかは今となってはわからない。

 わかっているのは、その感情を包み込んでくれるような存在がそのときの江本にはなかったということ。

 ただ一人、その存在足り得た明は当時まだ一二歳。江本を包み込むことなど荷が大きすぎた。どんなに安心できる暮らしでも、所詮はママゴト。

 その一ヶ月は、孤独感を癒すだけじゃない、今まで味わってきたありとあらゆる苦しみから逃れられる生活を手にしたと感じていたのだろう。普通の人なら何でもない、ごくごく当たり前であっても、江本にとっては夢でしかなかった暮らしをやっと手にしたと思っていたのに、たった一人の女性のせいで崩れ去った。

 その女性のもとに、今、明は帰ろうとしている。

 「東京に来たばかりのときは俺もそうだった。江本はずっと……」自らも中一のときに味わった孤独感を、江本は人生のほとんど全てで味わい続けなければならなかったことを考えていた。

 電車の中は、明を含めて、これから東京へと帰る人達で溢れている。

 遊園地にでも行ったのだろうか、見るからにレジャー帰りという家族。

 なぜか制服の女子高生。

 日曜だというのに働いているように見えるいかにも暑そうなスーツ姿のサラリーマン、ただし、持っているのは競馬新聞。

 明は車両の端に座って車窓に映る風景に目をやっていた。見慣れた風景と、覚えてしまった駅名の連続に新たな刺激はない。


 一時間ほど乗り続けて、電車が乗り換えの駅に止まった。MDを鞄にしまってから大勢の人と一緒に明はホームに降り、階段の昇降をくり返してJRの改札へと向かった。車両から出ると蒸し暑さが漂う。

 明は了子に電話を架けた。受話器の向こうの彼女はいつもと変わらなかった。これから帰るという電話に嬉しさの声を少し聞かせてくれたが、感情を大袈裟に表すような喜びではなかった。

 JRから再び私鉄に乗り換えたとき、明は各駅停車に乗った。どこかで了子の元へ向かうことに戸惑いを覚えているのだろう。父の顔と向かい合わせのときはしきりに了子と会いたがっていたのに、いざ会えるとなるとためらいが生じる。

 ポツポツと雨が降り始めてきた。西から迫ってくる雨雲に電車のほうから近づいていったと言うほうが正しいのか。

 改札を出てみると、傘を持っていない人が大勢たむろしていた。墓参りにも使ったビニール傘を広げようとしたとき、了子が明を呼びとめた。

 改札の外で明を待っていた了子は、三〇分近く待ち続けていたせいで、靴やジーンズに跳ね返りの汚れをかなりつけていた。

 「すいません。わざわざ……」

 「いいの、いいの。世話になってんだし。」

 明は傘を畳んで了子の差し出した傘に入っていった。

 アパートまで、水色地に白の模様のついた傘に寄り添って、ゆっくりと歩いて行った。街灯、コンビニの明かり、自動販売機の明かり、正体不明の明かり。たくさんの明かりが道を照らし出す時間になっていた。


 柿崎了子、一八歳。朱雀台学園高等部三年D組、出席番号七番。

 明が了子と知り合ったのは上京してすぐだから、三年四ヶ月前というところか。

 寮生活のときから、明は了子とデートをくり返していた。

 愛の言葉を交わすわけでも、プレゼントを送るわけでもなく、ただ惰性のうちに付き合うようになっていた。高等部に上がって寮を出て、アパートに移ってからも、一緒にいる時間が増えたという以外それは変わっていない。

 明の部屋に入り浸るようになった了子に、心配の言葉をかける人もいなければ、連れ返そうという動きもない。

 恋人同士と言うにはお粗末で、友達と言うには不格好なのに、ただの知り合いと言うにはお互いのことを知り尽くしている。

 良かれと思ってやった、たった一度の了子の暴走が、二人の関係を不鮮明なものにしてしまった。明が喜ぶどころか、明を狭間に立たせ、了子本人も、江本の存在と、明と江本との関係を知ってしまったのだから。

 その瞬間、空想していた少女マンガのような甘い思いが、自分の知らない明がいるという現実の前に叩きのめされたのだと了子は言う。それでも了子はこの関係を続けている。了子を取り巻くどの人間関係よりも、明と一緒にいることのほうがずっと居心地よいものだから。

 了子は、もしかしたら、失いかけていた家庭の姿を、明と一緒にいるということで補おうとしているのかも知れない。

 明にしても、夢でしか見ることのない母の姿を、彼女に投影することで満たそうとしているのかも知れない。了子を見て、江本の母も、明の父でさえも同じ感想を抱いた。明の父いわく「どことなく似ている……」と。

 でも、今となっては最初の理由なんて関係ない。初めのうちは一人で東京に出てきた孤独感と埋めてくれた女性が、今は母のいない寂しさを不充分ながらも埋めてくれる女性がいる。明にはそれだけでよかった。


 洗濯機が二人分の洗濯物を洗い、電子レンジが冷めてしまった料理を暖めている。

 「今日も泊まるんですか?」ラップを外しながら明は言った。

 「いけないのか?」

 「いけなくはないですけど……」明は語尾を濁らせた。

 米を研ぐのも、味噌汁を作るのも、そのほかのいろいろな料理を作るのも明なら、冷めた料理を暖めるのも明。祖母に鍛えられたおかげで、食べたいと思うものは、材料さえ揃えば全て作れるようになっていた。そのためか、明が帰省している間中、了子はコンビニ弁当に頼り切っていた。

 「ならいいんだな。」

 「だめだって言っても、居続けるつもりでしょう。」

 「当たり前じゃないか。」

 結局、最後は了子の意志が通される。

 一二時を過ぎるまで、部屋の明かりはついたままだった。

 クーラーに助けられての、ドアも、窓も、カーテンも閉まったままの二人きりの時間が過ぎて行き、朝日が部屋に差しこんだ。

    *  *  *


 四ヶ月前。


 入学式は快晴だった。合格発表や入試当日が大雨に祟られたことを埋め合わすのに充分すぎるほどの陽射しで、真新しい制服姿には心地好い暖かさであった。

 「え〜、皆さんもご存じのように、我が朱雀台学園高校は今年で創立八〇周年を迎え、以前は男子校でありました我が校も、え〜、共学に移行してからちょうど二〇年目を迎えることになりました。新しく入学された皆さんも、え〜、我が朱雀台学園の生徒であることを誇りに思って、え〜……」

 退屈、あるいは苦痛を強制される式典での生徒達の反応はおおよそ決まっていて、それがたとえ入学式であろうと崩されることはなかった。

 「ZZZ……」

 「おい、神崎、起きろ……」

 「ん? ん〜…… ZZZ……」

 明の隣りに座っていた神崎は真っ先にその行動を起こし、校長のも、理事長のも、その言葉を子守歌にしていた。明も初めのうちはそうした神崎を起こそうとしたが、何度起こしても目覚めようとしないのでやめてしまった。明自身にも眠気が押し寄せたのと、入学式といっても明達には中学三年から中学四年に上がるというような意識しかなく、緊張など全くなかったから。

 三〇〇人近い新入生が体育館に並べられた椅子に座っていたが、そのうちの二〇〇人近くがちゃんとした試験を受けた人で、明を含めた残りの面々は朱雀台中等部から朱雀台高等部に、簡単な試験を受けるだけで無条件に上がってきた生徒。駅からここまで同じ道程を歩いて、大型トラックが一台入れば幅が埋まってしまうほどの狭い道を隔てた隣りに“移った”だけ。

 式典が終わって体育館を出ようとしたときまで江本の存在に気づくことはなく、神崎と一緒にのんびりとしていた。

 「ネクタイ着けたら一度これやってみたかったんだ。」神崎はネクタイの先をズボンの中に入れた。

 「楽しいか?」

 「ファッションだよ、ファッション。」

 「何を言って……」突然明は黙りこんだ。

 「どうした?」

 「江本……」神崎と一緒に新しい教室に行こうとした明は、集団の中に紛れていた江本を見つけた。制服に身を包み、春休みに会ったときとは違って肩に届くぐらいで髪を切っていた江本は、明のほうに目を投げかけたものの、言葉を掛けもせずすぐに体育館の出口へと向かっていった。

 「嘘だろ……」明にはどうしても信じられなかった。

 朱雀台というところは、偏差値は中途半端に、学費は必要以上に高い。

 偏差値はともかく、江本家の暮らしぶりを明は良く知っている。江本がどこかの高校に行くらしいことはわかっていたが、それは、公立の、学費の安いところだと勝手に決め付けていた。

 「何やってんだ。さっさと行くぞ。」

 「あ、ああ……。……、ちょっと待った。」体育館を出かかったところで明は後ろへ向かった。体育館の壁には模造紙が貼られ、マジックで、クラス別に男女が入りまざった出席番号順で名前が書かれていた。講堂に入ったときは自分が杉本や神崎と同じくC組だということだけは確認したが、それ以外の人、明にとってはたった一人のことは見落としていた。

 「誰か捜してんのか?」

 「ま……あな……」明はA組から順番に眺めていった。

 一年C組の出席番号四番に、福島の郡山の中学名が付された江本美香の名前があって、明は江本と一年間同じクラスになることを知らされた。便宜上の中学名も付されていても、所詮は卒業証書のためだけの中学。おそらく、校歌がどんなものか、校長が誰なのか、下手をすれば、担任が誰なのかも、中学校までの道筋ですら江本は知らないかもしれない。

 明は、江本が同級生になるとは入学式まで知らなかった。明の父は知っていたようだがそれを匂わせもせずにいた。江本とは春休みにも会ったが、どの高校に行くかなど聞かなかったし、江本のほうからも言ってこなかった。別れ際のちょっとした笑顔に不可解な面持ちを覚えたが、後になって振り返ってみれば、それが江本なりの感情表現だったのだろう。

 「なるほど……。遠くて岐阜ってことは、今のところ俺がいちばん遠いわけか。」神崎も明につきあって模造紙を順番に見ていたが、自分のように遠くから来たのがいるかどうかしか確認していなかった。

 「別にそれ見てるわけじゃないけどな。」

 江本と同じクラスになることに一抹の不安もよぎった。何かの形で江本の過去が知れ渡ってしまったとき、江本を守りぬけるという自身がなかった。一緒にイジメに加わってしまうかも知れないという不安と、それが彼女と決定的な別れを生むかも知れないという不安。

 「(江本が退学するときは、俺も一緒に辞めなきゃならんだろうな……)」明は心でそう呟いていた。


 教室へと向かう階段を上る間、神崎は校舎の中の風景に目を投げかけることも、中学から一緒に上がってきた面々と話をすることもなく、じっと上を見つめていた。黙りこんだ神崎を明は怪訝な面持ちで眺めたが、神崎の視線の先にミニスカートの女子生徒の集団があったことで全てを納得した。

 中学時代からの付き合いで神崎のこうした行動も明にとっては慣れたことだが、それに完全に歩調を合わせるほど明は恥知らずでもない。本音を言えば神崎のこうした性格を明は羨ましく思ってはいるのだが、明のプライドがそれを許しはせずに寸前のところで留めてくれている。

 「何だ。杉本もこのクラスか。」神崎はやはり朱雀台中学から上がってきた杉本の姿を見つけた。

 「CD返せ。」神崎の顔を見るなり杉本は言ってきた。

 「……。すまん、忘れた。」

 「忘れたじゃないだろうが! ありゃ妹のなんだぞ! 明日持ってこい!」

 「ちゃんと取りに行くから、夏休みかゴールデンウィークまで待ってろ。」

 「待ってろって……、実家か?」

 「ああ。」

 「送ってもらえ!」

 二人のやり取りを耳にしながらも、明は教室を見渡した。黒板には出席番号順に配された席が示されていて、窓際の前から四番目の席には確かに江本が座っていた。

 江本は明のほうに一瞬目線を投げかけたが、すぐに窓の外の風景に目を移した。窓際の席でじっと座って誰とも口を利かないでいる今の江本には、風景の何かが話し相手になっているのだろうか。

 いや、江本だけでなく、他の中学から朱雀台に入った生徒の今はほとんどがそうであろう。彼らのほとんどは周囲に知り合いがおらず、半分以上の新入生は一人でいるか周囲に座っている人と話をしているかのどちらか。

 何しろ、北海道から来た神崎でさえ珍しさを受けるものでもないほどに、朱雀台学園という学校には日本全国から小・中学生が集って受験する。それだけ全国に名を馳せた学校だということは学校としては喜ぶべきことでもあるのだが、最近では寮にも入り切れなくなってきつつあるだけに、一月半ばから今まで、授業中であっても春休み中であっても、昼間に寮の改築工事の音の耐えることがなかった。

 窓際では、江本が前の席に座った女子と話をしていた。

 「郡山から! 近くじゃない!」

 「石澤さんはどこから?」

 「会津若松。」

 「近いかなぁ。」

 「隣りじゃない。」

 余計なことかも知れないが、明には江本が友人を作れるかどうかの不安があった。たまたま出席番号が一つ前というだけの出会いであっても、江本と石澤の二人が何と無く気の合う関係のような思いがして、一つ肩の荷が降りたような安心が訪れた。

 二歳のときから江本を知っているが、いつも江本は一人だった。江本の母と一緒にいるときぐらいでしか江本が一人でないときを知らないし、江本が自分以外の同世代の子と一緒にいるのは一度として見たことがなかった。

 時の流れが江本を女の子から少女へと変えるまでは見届けたが、そこから先、大人の女性としてのステップを踏んでいるようには見えなかった。江本の父の犯した現実を受け止めるだけの強さを持っているかのように振舞う、そうした弱々しさしか江本からは掴み取れず、時折見せるささやかな笑顔だけが、江本を一人の少女にさせる瞬間だった。


 その日の夕方、江本から明のアパートへ電話が架けられた。部活帰りでシャワーを浴びていた明は、バスタオルを下半身に巻いて受話器を取った。

 『もしもし……』

 「江本? どうかしたの?」

 『あの、別に黙ってたんじゃなくって……』

 「何が?」

 『朱雀台に入学したこと。言わなきゃって、ずっと思ってたんだけど……。明に嫌われたら、もう、私には……。お願い、怒らないで……』

 「怒ってないよ。驚いたけど。」

 江本は言うべきことを言うとすぐに切ってしまった。明と話す楽しさではなく、話さなければならないことを話すという社交的な意味合いでしかなかった。

 明より少し遅れてバスルームから出てきた了子は、明にカーテンを閉めさせ、バスタオルを身体に巻いただけの格好で、髪を拭きながら電話の一部始終を聞いた。

 「美香からか?」明が受話器を置いたとほぼ同時に、了子は明に聞いてきた。

 「ええ。」

 「そうか……。まだ関係は続けるんだな。」

 「精算なんてできないですよ。永遠に……」明はうつむき加減に言った。

 了子は明に近寄って、明のすぐ隣りに座った。首を包み込むように右手を明の肩に回し、耳元で囁いた。

 「ごめんな。さっき、美香から電話があったんだ。言わなきゃって思ったけど、言えなくて……」

 「了子さん……」

 了子はバスタオルを解き、明に抱きついてベッドに横たわった。

 蛍光灯が消されて窓からの光だけが了子の顔を照らすようになったとき、明は了子の顔に江本の涙ぐむ顔が重なって見えた。江本の父に結論が出されたときの、忘れたくても忘れられない江本の顔が思い浮かんで、了子の裸に見取れていることを忘れさせるほどに明を慌てふためかせた。

 江本は了子とのことが続いていたと知ってもなお、明に電話を架けてきた。自分が了子との関係を深めたように、江本も誰か見知らぬ男と関係を作っているかも知れない。

 関係を作っている同士の電話なのかも知れないという思いが、了子だけを考えることをやめさせた。

 今、自分は了子の裸を見ている。そんな自分を棚に上げて、いるかどうかもわからない相手を想像して、江本にヤキモチを焼いている。

 了子はいつもの明とは全く違うと敏感に感じ取った。それでも明をきつく抱きしめ、明の思うがままに自らの身体を差し出したが、それでも明をいつも明に戻せないとわかって、ベッドを降り、脱ぎ捨てていた制服を着だした。

 「帰る……」

 「そうですか……」

 「……、引き止めないんだな。」

 「すいません、今日はどうしても……」

 「気にするな。怒ってるわけじゃない。ただ、いつも明と違ってたから……」そう言いながら部屋を出た了子であったが、泣きながら走って去っていったことを明は見ていた。了子の言う通り引き止めも追いかけもせず、ベッドに座って呆けていた。

 部屋に一人きりとなってやっと、明は冷静になることができた。

 「最低だ……」

 了子を帰してしまった自分が嫌になった。

    *  *  *


 現在。


 開店前、アルバイトの学生達は一斉にモップを掛けていた。隅のほうで黙々と仕事をしていた江本に、バケツを持った杉本が話しかけてきた。

 「電話したんだけど、つながんなくてね。」

 「それで?」

 「俺、映画館の前でずっと待ってたんだよ。江本っちゃんが来るのをさ。」

 「ごめん。昨日はどうしても行かないといけないとこがあって……」

 元々ここでは杉本の双子の妹がアルバイトをしていた。何人かアルバイトを辞めたので、妹は友人達を招いた。その中の一人に江本がいた。それとほぼ同時に男手が欲しいという店長の申し出があったので、彼女は兄も引き入れた。

 それが杉本にとっての江本との出会いだった。教室という空間では単なるクラスメートであった江本が、ともに働くうちに興味を引かれる少女になり、江本美香が自分の理想と重なって自らの心に描かれていき、杉本の心にある江本が理想の女性と同一人物になっていき、恋心を抱かせる女性になった。

 肝心の江本は戸惑いを感じていた。杉本が江本の心を捉えたからではない。寂しさを埋めていることに戸惑いを感じていた。

 明が自分ではなく母親の面影を持つ人のところに流れていっている今、江本は明との間に距離を感じ出してもいた。これまではどんなに遠くにいても側に来てくれていたのに、今は同じクラスなのにどうしようもない距離感を感じている。その寂しさを埋めるタイミングで杉本が現れた。

 それでも、杉本に対して明と同じ感情を持つことはできなかった。

 明は自分のことを知っているのに抱きしめてくれる。杉本には欲情しか感じない。その違いがあって。

 開店一五分前になると、大きなスポーツバッグを抱えた明が店の前の道を歩いて行く。休みの日に頻繁に見られる光景であるが、明の相手は江本ではなく杉本兄になることが多い。

 この日も明が店の前を歩いていき、駐車場の掃除をしていた杉本と顔を合わせた。

 「相変わらず、オナゴがいっぱいおりますのお。」明は杉本の側を通りすぎ、店の中を覗き込んだ。

 「毎度々々玉城がそうやって手形をつけるから、毎日々々窓を拭かなきゃならなくなったんだ。」

 「俺もここでバイトさせてくんねえか。」

 「誰か目当てでもいるのか? 長岡、石澤、近田……。まさか香じゃないだろうな。」

杉本は女性達の名前を列挙し、妹を心配する兄の素振りまでは見せたが、江本の名を加えるまではしなかった。

 「誰が目当てか当ててみるか?」

 「何かくれるのか?」

 「商品の発送は当選者の発表を以て替えさせていただきます。」

 「名前呼んで終わりか。」

 「気づいたか?」

 この店は駐車場に面した壁の全面がガラスになっていて、店の中が丸見えになっている。

 開店前の慌ただしさが、それを全く無視しているかのようなのんびりとした杉本との対比となって、覗き込んでいる明には否応なく目に入ってくる。

 マジックミラーではないので、当然、店の中からも外の様子がわかる。店長が杉本のほうを睨んで間もなく、明は店長の視線に気づいた。

 「なんだか睨まれとるぞ。いいのか?」

 「いーのいーの。」

 杉本も店長の視線には気づいていたが、自動ドアを開けて出てきた香には気づいていなかった。

 「お兄ちゃ〜ん。な〜にサボってるの〜!」

 「こ、こら! やめんか!」

 香は兄の耳を引っ張って店へと連れていった。

 「うるわしい兄妹愛だ。」

 「落ち着いてないでどうにかしろ!」

 「じゃあな。」

 「おーい……、玉城……」

 明は軽く手を振って、杉本を見捨てて学校へと歩いていった。

 店に連れ戻された杉本は店長に引き渡された。彼女は杉本を叱ることなく、ローテーション通りにそのままレジに立たせた。

 「玉城くんと仲がいいのね。いつも一緒じゃない?」江本は深い意味もなく聞いた。

 「腐れ縁だよ。中等部からのね。」杉本は仕方無いといった感じで、一部始終を江本に話した。彼女は一部始終を眺めていて、杉本の言葉と事実との間の違いにも気づいていたが、あえて指摘しなかった。

 江本のほうから明を話題に取り上げなければ、杉本も明について話することはなかった。

 明と江本との関係を全く知らない杉本には、クラスメートという以外、江本に明を認識させたくなかった。明だけでなく、男という男全てを江本から遠ざけたかった。そして一人占めしたかった。それがいわゆるストーカーの心だというのはわかっているから行動には移せないが。

 この店でのアルバイトを始めて間もない頃、江本は一回だけ、学校の中で明に『明』と呼びかけたことがある。不意に出た言葉で、江本には言い慣れた、明には聞き慣れた声だったので、二人とも気が付かなかったが。

 杉本は大勢の一人として不意に出たその一言を聞き、疑いを抱いた。そして、声のほうに目をやったとき、廊下で何気なく話をしている二人の姿が目に入って、その疑いは確信へと近づいていった。そのあと、杉本は自分が江本をどう想っているかを、明に話した。

 明は何も言わなかった。いや、言えなかった。

 何か話をする暇があったのは開店から四・五分後までで、それから昼休みまでは、江本が隣りのレジに立っているのに、杉本は視線を投げかけることすらできなかった。

 昼休みは交替で取る。ローテーションがうまく噛み合ったとき、確率的には一〇日に一度ほどだが、そのときしか江本と二人きりで店の外に食べに行くことはできず、その日が巡ってくるのを杉本は指折り数えて待っていた。


 駅前のパスタ専門店はわりと混んでいた。並ばずにテーブルに着けたが、注文してからしばらく経たなければパスタは運ばれてこなかった。運ばれてくるまでの間あれこれと江本に話しかけたが、江本は気のない返事しか返してこなかった。

 「どうかしたの?」

 「ううん……」フォークを回しながら、杉本のほうに視線を投げかけずに答えた。

 運ばれてきても江本の態度は同じだった。

 ずっと楽しみにしていた時間が、何の進展もないまま終わることを杉本は覚悟していた。一方的な感情になっているかもという思いは抱いていたが、同時に、数を重ねることで、江本の気持ちが自分に傾くだろうと考えてもいた。

 無意味に見えても、いつか訪れるであろう想いの実るときへのステップとして考えていた杉本には、会話の全く弾まなかった時間であっても納得の行く時間であった。

 「江本ーっ。」

 「?」

 「アニキに何かしたのか?」香は兄が満面の笑みを浮かべていることを訝しがって、江本に尋ねた。

 「別に、何もないけど。」

 「またか……」

 アルバイトを辞めたがっていた兄が、いつの間にか率先して店に足を運ぶようになった理由をわかったとき、兄を応援すべきか、友人を助けるべきかという択一に迫られた。

 香には予感があった。江本には男がいると。それも、金とか脅迫とかではなく、誰もが祝福するような関係で、江本がその男との関係に幸せを感じているとも。

 それでも、せめて一回ぐらいは兄にその思いを叶えさせてやろうと、策略に近い形で、兄と江本とのデートを成功させた。それから二人がどうなるかは二人に任せて、香は手を引いていた。

 客観的に見て、杉本の一方的な想いという構図に変化はない。

    *  *  *


 三年前のゴールデンウィーク。


 「ちょっと来てくれないかな。」

 「どうしてですか?」

 「いいからいいから。」

 その日の午前中に行なわれた練習試合を終えて寮へ帰ろうとした明は、その途中で了子に呼び止められ、一緒に駅のほうまで行くことになった。明はこのときの出会いを偶然と思っていたが、了子は後に、明が来るのをずっとそこで待っていたのだと明に語った。

 それまでにも了子を見たことはあった。ただし、それは全校集会のときに演壇に立つ生徒会副会長としての了子であり、チアリーダー姿の了子であり、その当時寮の同室であった永野の机の上に飾られた写真の中の了子であった。

 ちょっとした憧れはあったし、アルバムの中の母に似た面影を持った女性がずっと気になってもいた。

 その了子が自分に声をかけてきたことに、明は少し戸惑った。

 了子はこの日、応援団と行動を供にすることもなく、学校の側に来ても私服であった。

 「デートをすっぽかしてきたのだな。いやあ、うまい具合に来てくれたもんだ。とある男に映画に誘われたのだが全然行く気がしなくてな。アルバイトがあると言ったら『映画観てから行けばいい』とか言われて困ってたところだ。」

 「永野先輩のことでしょ。」

 「まあな。」

 「たぶん、夜まで渋谷で待ってると思いますよ。」

 永野は自分と了子が付き合っていると明に言っていたし、今日も了子と渋谷でデートだと言って張り切って出かけたのであるが、そんな永野を明は全く信用していなかった。

 「永野先輩のこと嫌いなんですか?」

 「大迷惑だね。」

 「ひどい言い方ですね。」

 「キミのほうがひどいと思うよ。」

 「どうしてですか?」

 「今こうして私とデートしてるの、永野じゃなくキミじゃないか。」

 「先輩が呼び止めたんじゃないですか。」

 「ちゃんと理由はある。」

 「どんな理由ですか。」

 「アルバイト、と言うか家の手伝いがあるのは本当なんだが、永野が全然信じなくて、そこで、キミをアリバイを作りに利用させてもらいたいというのが理由だ。まあ、証人というところだな。」

 「ずいぶんと自分勝手な言い分ですね。」

 「バイト代ぐらい出す。どうせ午後は暇なんだろ?」

 「暇は暇ですけど、でも、どうしてわかるんですか。」

 「キミがいくらアメフト部の部員でも、あたしは二年以上アメフト部の応援をしているんだからキャリアが違う。アメフトの日程ぐらい頭に入ってるし、部員の行動パターンもとっくに読めてる。」

 話をしているうち、了子に対する想いは、ほのかな憧れから、当たり前の一人の女性へとだんだんと変わってきた。

 憧れの目で遠くに見ていたのから、隣に実際にいる当たり前の人へと。さらに一歩進んで、なれなれしくずうずうしい人へと。

 明と供に駅へと向かう了子には明が持っている大小二つのバッグが目に入っているが、了子は何の気にも留めていなかった。

 そのときの明は今よりも一二センチ背が低く、了子のほうが明より高いほどであった。単純に身長と力とが比例するとは考えられないし、了子はか細い体つきの女性なのだから、明にしても、了子に荷物を持たせるわけにも行かないが、手荷物一つ持っていない、持っているとすれば定期券だけの了子に、今の自分の両腕の状況を察知してはほしかった。

 明はいったん寮に帰って荷物を置いて、私服に着替えた。


 駅前のロータリーで了子は待っていた。

 「どこまで行くんですか?」

 「六つ先。」

 了子は買っておいた切符を渡したが、それはどう見ても子供料金の切符だった。

 「あのですね……」

 「キミはまだお子ちゃまだよ。」

 「やっぱりひどい言い方。」

 言い方にも腹を立てたが、もっと腹が立ったのは、子供料金で改札を通ってもバレなかったことである。

 ラッシュの過ぎ去ったこの時間帯の各駅停車は空いている。その代わり、各駅停車は一〇分から一五分間隔でしか走らないために一本やり過ごすと次まである程度待たねばならない。ホームに降り立ち、時刻表を目にした二人は、次の電車の来るまでに、特急一本、通勤快速一本が通過するのを待たねばならないことを知らされた。

 電車の来るまでの時間に了子は明にいろいろなことを話した。クラスのこと。どこに住んでいて、どんなアルバイトなのかということ。明と同室の永野の実態や、生徒会室での知られざる秘密など、了子以外の口からは決して聞けはしないことを了子は何の臆面もなく話して、明もそれを興味深げに聞いていた。


 『二番ホーム、電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください。』

 アナウンスがあって、二人はベンチから立ち上がり黄色い線へと向かった。

 電車がホームへと滑り込んでくる。それほど混んではいない。

 電車に乗って空いている席を見つけて座ったが、しばらくして妊娠した女性が乗り込んできたので、了子は立ち上がって、彼女に自分の座っていた席を譲った。

 明はその間何もできなかった。自分も席を立ち上がったが、彼女は了子の座っていた席に座り、明の座っていた場所には誰も座らなかった。車輌中見渡しても、立っているのは明と了子の二人だけ。

 「座ればいいのに。午前中試合だったんだろ。」

 「そういうわけにはいきませんよ。座るんでしたら先輩のほうでしょう。」

 「なんでだ?」

 「レディーファースト。」

 「なるほど。……。そこがキミと永野の違いだな。」

 了子に席を譲られた女性は二人に礼を言ってから次の駅で降りた。彼女だけでなく、この電車に乗っていたほとんどの人は次の駅で降り、向かいのホームに入ってきた急行へと乗り換えていった。

 電車の中はガランとした。

 二人は申し合わせたように並んで座った。


 電車は鉄橋を渡り、東へと向かっている途中。

 「これが多摩川だってこと知ったの、キミはいつ?」了子は後ろを振り返って、たくさんの人が釣りをしている川を指さした。

 「願書出しに来たときですから、一月ですね。」

 「あたしはつい最近まで、全然意識してなかった。そりゃあ多摩川だってのは知ってるけどさ、テレビとかで出てくる多摩川と同じって感覚が無くって。これが多摩川だって意識しだしたのは、そうだね、朱雀台に通うようになってからかな。ほら、ずっとここいらに住んでいると、川と言えば多摩川のことになんのよ。土手でよく遊んだし。生まれてからずっとあたしにとっての川はイコール多摩川だったから、多摩川を特別に考えるなんてことなくて、この電車に乗ってこの鉄橋渡るときに、やっと『ああ、同じ多摩川なんだな』って考えるようになったわけ。キミにだってそういうのあるでしょ。当たり前すぎてわからないの。」

 「さあ……。そういうのあったかな……。」それから明はしばらく考えた。

 小学校も入りたて頃はクラスの友人とそれなりにどこかに行っていたが、次第に進学塾に通うようになり、気がつけば学校が終わるとその足で塾に行って家に帰るのは八時過ぎという日程を送るようになり、ふと振り返ってみると友達づきあいが疎遠になっていた。

思い出を振り返ろうとすると栃木での小学校入学前か、朱雀台に入ってから今まで。その間の小学校の六年間が全く思い出になっていない。

 残された思い出を振り返ってみて、明はやっと幼稚園時代の思い出を口にした。

 「日曜になると父さんが近所の公園に連れて行ってくれたんです。池もあって、ボートもあって、鳩や魚がたくさんいて。ブランコとかすべり台とかじゃなくって、ボートに乗って魚に餌をやるのが好きで。」

 明はそれをいい思い出として覚えているのではない。他の子どもはお母さんもいるのに、明にはお父さんしかいないということをその公園は教えていたのだから。

 それから逃げるようにボートの上という閉ざされた空間に父と一緒にいるという安心感を得て、その上で“たくさんの”魚と戯れるのを幼稚園の頃の明は楽しんでいた。

 自分が餌を与えれば魚が従う。それがボートの上に安らぎを求めた原因の全てではないが、餌を投げこめば魚が寄ってくるという快感はどうしても忘れえぬものだった。

 父はそんな明の行動を『動物に対する思いやりの強さ』と考え、明が喜ぶよう、次の日曜日も、その次の日曜日も、明をボートに乗せていた。

 近所の子ども達や幼稚園の友達と遊んだりしても、どこか自分が浮いているような感じがして、明はいつも自分が一人だと感じていた。幼稚園の中や小学校の中での友達はいたが、親友と呼べる存在は朱雀台に入ってから。明にとっては、神崎や杉本が初めての親友ではないだろうか。

 「公園ってのは池とボートがないとだめだったんです。で、小学校の遠足に中禅寺湖に行ったときに『でっかい公園だな』って思って。」

 「彼女と一緒にボート乗るときなんかもそうなのか?」

 「彼女なんていませんよ?」

 「そっか。ま、中一で彼女がいるってのはマセてるほうだがな。」

 「ボートに一緒に乗ってくれたのは父さんぐらいです。」

 「いいな。そういうちゃんとしたお父さんで。」

 「よくないですよ。ロクに家に帰ってこないんですから。」

 「仕事が忙しいんだろ。」

 「そうは言ってますけど、家に帰るぐらいはできると思うんですよね。」

 「何やってる人なんだ?」

 「弁護士です。」

 「!」

 了子の表情は明らかにそれまでと違うものとなった。

 自分の父親の職業を話すと、これまで何の関心も示さなかった人が急に関心を示すようになる。玉の輿を狙ってとまではいかないにしても、それに近いエリート意識が見え隠れする。それが明には苦痛だった。

 「ごめんな。弁護士の子供って見られるのが嫌なんだろ。」

 了子は申しわけなさそうに言った。それまで自分の方を向いていたのに、窓の外に視線を移した明を見て、自分の態度が明を傷つけたのだと感じて。

 「そんなところです。」

 明は了子のその言葉を聞いて江本を思い浮かべた。彼女は何もやっていないのに、彼女の父親のせいで、彼女は虐げられている。

 自分は弁護士の子と扱われる。江本は父親のせいで虐げられる。

 なぜ?


 それから了子はあれこれと話しかけてきて、明も合いの手を打ってはいたが、明の心の中にはずっと江本が浮かび続けていた。

 駅に着いて南口の改札を出て、了子は一階が喫茶店になっている家へ連れていった。

そこが了子の家で、二階のベランダには了子のものと思われる三年生用の体操服が干されていた。

 喫茶店のシャッターは休日だと言うのに下りていて、了子は仕方無いという感じで裏に回り、この家の玄関から明を店の中に案内した。

 明をカウンター席に座らせて、了子はカウンターの向こうに立った。サイフォンでコーヒーを煎れるのはさすがに手慣れている。

 「開店、何時ですか?」

 「一〇時開店だ。」

 「閉まってるじゃないですか。」

 「どうせ、まだ寝てんだろう。」カップにコーヒーを煎れて、皿とともに明に差し出してから、了子は奥に父を起こしに行ったが、それは無意味に終わった。

 両親の寝室のドアに病院に行ってくるとの手紙が貼ってあったからである。了子はその手紙を明に見せた。

 「糖尿なんだ。」

 「だいじょうぶなんですか?」

 「親父の身体はだいじょうぶだろうが、店は危ないな。客は来ないし、陰気臭いし、汚いし。」

 「掃除すればいいじゃないですか。」

 「そうなのよね……」

 了子の怪しさを漂わせた笑顔が何を意味するものか、了子らしからぬ女口調が何を言おうとしているのか、そして、明に何気なく手渡された雑巾とバケツが何のためのものか、最後まで口にするまでもなく明にもわかった。

 「あの、先輩のお母さんはどうしたんですか?」窓を拭いている了子に問いかけたが、明の視線は床に向いている。

 「さあな。パチンコにでも行ったんじゃないのか。」

 明はそこに血筋を見た。よく見ると了子は掃除をしているふりだけで、実際は明だけが掃除をしている。床掃除だけのはずが、客の吸うタバコのヤニで茶色に汚れた壁も拭き、回る度にきしむ音がする椅子に油も差し、ガタがきているテーブルの脚の長さの調節もした。

 「マメだな。」ネジを回してテーブルを水平にしている明の耳に、明らかにテレビのそれとわかる音と同時に了子の声が飛びこんできた。

 テーブルを水平に合わせ終わった明は了子のほうに顔を向けた。了子は明の予想通り、カウンターの椅子に座ってアイスコーヒーを飲みながら、テレビを観ていた。

 「言っておきますけど、これでも信じられないほど汚い部類なんですよ。」

 「そうなのか?」

 「暮らしてて、何とも思わないんですか?」

 「上に比べりゃ、ここなんかきれいなほうだ。」

 「ホントですか?」

 それを信じようとしない明の手を引いて階段を駆け上がり、了子の部屋のドアを明けるとその通りの光景が広がっていた。

 「うわ……」

 数少ない空間はベッドの上のみであり、了子は当然のようにベッドに座った。

 「キミも座ったらどうだ。」

 「すぐに帰りますからいいです。」

 「せめて、晩飯ぐらいは食っていけ。」

 「食べたら食べたで、そのぶん働かされるわけでしょう。」

 「あたしを何だと思ってんだ?」

 「え〜っと……」明は何も言えなかった。

 明はこのとき帰りたがっていた。母に似た面影を持つ了子に心を揺り動かされはしたが、基本的に、了子に対する気持ちは好意よりも迷惑に近かった。

 了子の両親が、いや、父親でも母親でも、どちらか一方でもいいから帰ってきてくれるのを、明は内心願っていた。だが、帰ってくる気配は全く見られなかった。

 「アメフトは明日オフだろ?」

 「いやです。」

 「まだ何も言ってないだろ。」

 「おおかた、この部屋の掃除をしろってことでしょ。」

 「あらやだ。あたしたちって気が合うのかしら。」

 「トボけないでください。自分の部屋ぐらい自分で掃除すればいいじゃないですか。」

 「とにかく、明日は暇なんだろ。」

 「練習はないですけど、友達と遊びに行く用がありますから。」

 「そんなのキャンセルしちまえ。」

 「いやです。絶対に。」

 「そうか。」

 そう言うと、了子は立ち上がって窓の外に目を移した。

 「また来たか……」

 「?」

 明は同じ方向を眺めた。

 「見慣れた顔だろ。」

 了子は半ば諦めの表情で明に語りかけた。

 窓の外にはこちらをじっと眺めている永野がいた。

 完全にストーカーだった。

 「なんでこんなところにいるんですか?」

 「渋谷に行かなかったからだ。」

 「そうではなくて……」

 「あいつの誘いに乗るか、乗らないで見張られるかのどっちかだ。アイツに目をつけられてからずっとな。」

 明はこれまで永野の口から了子の事を聞いてはいた。でも、今日一日了子と接していて永野の口とはぜんぜん違う了子を目の当たりにした。

 明は確信した。今の了子のほうが真の了子で、永野の語る了子は永野の空想が作り出した了子だと。

 「やりたくもなかった生徒会の役員なんてやったし、休みもろくにないチアリーダーなんてやった。忙しくするためにな。何でもいいからオフィシャルな理由で休みをつぶさないとあいつに付きまとわられる。でも、あと数ヶ月でそのオフィシャルも終わりだ。うちら三年は引退だから。部活は夏休みには終わるし、生徒会も九月になったら。」

 「……」

 「キミを巻き込んだのは申し訳ないと思ってる。ただ、助けてほしいんだ。アイツを食い止めてくれそうなの、キミしかいないから。」

 「弁護士の子だからですか?」

 「そうじゃない。あいつの同室だからだ。だいたい、弁護士の子どもだって知ったのついさっきじゃないか。」

 「で、その、同室なだけの僕がどうやって助ければいいんですか?」

 「それは……、そのうち考える。」

 「ずいぶんといい加減ですね。」

 「時間かけてじっくり考えればいいさ。ムシのいい願いだってのもわかるし、ものすごく迷惑掛けてることだもわかるけど、キミと一緒にいると楽しいしさ。」


 翌日、明は再び了子の家にやってきた。

 何時頃から明を待っていたのかはわからないが、了子はかなり早くから一八〇円の切符を持って駅前のロータリーで明を待っていた。

 明はそれが当たり前かのように前日と同様に電車に乗り、了子と一緒に喫茶店へ向かい、裏口から了子の部屋へ向かった。了子は両親に『喫茶店の掃除を手伝ってくれたお友達が来る』と説明はしたが、それが男だとは一言も言っていなかった。

 せめてもの救いは、模試で永野が午前中から出かけていて、明が了子の元に行くことは悟られないだろうということぐらいである。

 それにしても、明の記憶が確かならば、元々了子が受けると言った模試だから申し込んだはずである。なのに、なぜ了子が自分のすぐ隣にいるのだろうか?

 「何で模試なんか受けんの? 高等部なんて自動で上がれるのに。」

 「でも、他の高校受けるって言ってましたけど。」

 「だれが?」

 「永野先輩が。『柿崎も受けるし』って。」

 「あたしが?」

 「はい。」

 「冗談でしょ。」 

 中等部から高等部へはエスカレーターになっているとは言え、毎年三〇名ほどの生徒は上に上がらず他の高校に行く。

 永野はおそらく、了子が他の高校に行くらしいという噂を聞いたのだろう。了子と一緒にいたいという、切なる、あるいはストーカー的想いで、今、模試を受けている。


 喫茶店が開いていて了子の両親がいたことは昨日と違っていたが、その二つが重なっていたことが、結果として昨日と同じ状況を作りだした。

 「多少は片付いただろ。」

 「そうですね。」

 「ワイドテレビが届くからね。」

 「狭くなりませんか?」

 「そこなのよね……」

そう言う了子の視線は、はじめは明に、ついで本棚に向けられた。それだけでわかった。

 「労働力ですか……」

 「いや、労働力なんかじゃ……」そこまで言って了子は言葉を止めた。

 「何ですか。言ってください。」

 「届いたみたいだな。」窓の外を眺めた了子の目に、喫茶店の前の道を運送会社のトラックがゆっくりと走り去ったのが映った。トラックは一旦左へ通りすぎてからバックしだし、九〇度回って喫茶店の敷地に後ろから入って、裏口のすぐ前に停車した。

 了子は続きを話さないまま、明を労働力にさせた。とは言うものの、荷物そのものを二階に運んだのも、梱包を解いたのも、キャスターのついたテレビ台の上に乗せたのも運送会社の人であり、明には力仕事らしい力仕事はなかった。

 だが、明は必要だった。ビデオの配線も、アンテナの接続も了子にはできない作業だったから。

 「AVケーブルはありませんか?」

 「何だそれ?」

 「赤と白と黄色の線です。テレビとビデオをつないだり、ゲームとつないだりするやつですよ。」

 「?」

 今まで自分が使っていたものですら全く理解していない了子には、どんな説明しても無駄であった。それでも何とかうまく配線できたが、今度は機能の説明が了子に通じなかった。

 「ですから、ステレオの電源も入れないとスピーカーの音は出ないんです。」

 「ビデオとつないだんだろう。」

 「スピーカーはステレオの本体から電源を取っていますから、本体の電源を入れなければスピーカーの電源もつきません。それに、ビデオからのケーブルは本体とつないでいますから……」

 「? わからん!」

 「この部屋は先輩の部屋なんですし、先輩が使えなかったらどうにもならないじゃないですか。」

 「わからんものはわからん。」了子はテレビの前から移動して、ベッドに座り込んだ。

 「あのですね……」明は立ち上がって了子のほうを見た。

 了子はじっと明を見つめていて、何かを考えているようだった。

 「そうだ!」

 「いやです。」

 「まだ何も言ってない。」

 「どうせロクでもないことでしょう。」

 「キミが寮を出て、あたしとここで一緒に暮らせばいいんだ! これであたしも幸せ、キミも幸せ。永野もあきらめてくれる。」

 「いいわけないでしょう。」

 「どうしてだ?」

 「そうやって、これからずっと、僕をいいように利用するつもりでしょう。それのどこが幸せですか?」

 「あたしにとって、キミは利用だけの人じゃないよ。キミを利用してることは否定できないけど、君と一緒にいたいとも思ってる。もちろん、損得勘定抜きでね。」

 「永野先輩のことがあるからここに来たんです。それじゃなけりゃあなたのところになんか……」

 そこまで聞くと、了子は何も言わずにベッドから立ち上がって、明の真正面に立った。

 明の言葉は途中で止まった。

 自分の目をじっと見つめ、息が感じられるほどに近づいてきた了子に一瞬たじろいだが、ひるまずに後ろに下がることはなかった。

 「キミと一緒にいると楽しいし、永野のこと忘れられる。」

 「それでは答えになっていません。先輩の言い分ばかりじゃないですか。」

 「あくまで明は損得勘定にこだわるわけだな。」

 了子はこのとき初めて、代名詞を使わずに明の名を呼んだ。このときまで明も了子もお互いの問い掛けを統一させておらず、了子は明のことをキミとかアナタとか呼んだりして、タマキクンと呼んだことすらなかった。それをいきなりファーストネーム呼び捨てとしたのには理由があった。

 「ん……」

 「……」

 一瞬だった。明と了子との間の初めてのキスを生むために要した時間は。

 「これで気が済んだか?」

 「……」

 何も言えなかった。あまりに突然なのと、予想すらしていなかった人が相手なのとで。

 一度だけではなく、二度、三度とくり返されて、回を重ねるに連れ力強く抱きしめられていった。

 自分でも信じられなかった。了子とキスしていることではなく、自分も了子を強く抱きしめていることが。

 唇を離し、抱きしめた腕を解き放ってから二人ともしばらく黙っていた。

 やはり何も言えない。

 明はそのまま立っていたが、了子は力なくベッドに座り込んだ。そっと唇に手を当て、頬を赤らめながら明から視線を外して、無意味な一点を見つめていた。

 このときの了子は自分の心臓の鼓動を聞くのに精一杯だった。キスに対する幻想と、それが現実のものとなったことへの戸惑いとが、キスの相手の方に目を投げかけることすらためらわせていた。

 「これで損得ゼロになったか?」やっと了子が口を開いたが、その口調はいつもの堂々としたものではなく、落ち着きのないものであった。

 「今更そんな問題じゃないでしょ。」明もやっと口を開いた。

 キスの直前の時間からそんなに時間も経っていないし、黙って何も言えなかった時間もそんなに長くはない。でも、静まり返った部屋の風景が強いインパクトと一緒に脳裏に焼きついている。

 「ファーストキスでもまだ損か?」

 「それだけで、それだけのことでキスしたんですか。僕なんかと……」

 「信じても信じなくても明の勝手だけど、今のキスがファーストキスだし、義理とか埋め合わせとかでキスできるほど、あたしはいい加減な人間じゃない。」

 「それじゃ何でキスしたんですか?」

 「明としたかったから。それでいいじゃないか。キスで子どもはできないし、できたとしても妊娠するのは私だ。……。抱いてくれと言ったら、明はあたしを抱いてくれるか?」そう言いながら了子はそっと明の手を取り、明を引っ張った。

 了子は自分を明とベッドの間に挟み、上に乗った明を強く抱きしめた。

 「(恋愛……、この人と……)」明は了子と恋愛をし始めているという思いが浮かび上がってきた。

 了子が、安らぎを与えてくれる女性へと変わりつつあった。

    *  *  *


 三年前の三月。


 明にとってのファーストキスは突然訪れた。

 「受かったんだって。おめでとう。」

 「心にもないこと言うなよ。」

 三月、中学受験に合格したことを母の墓前に伝えたとき、明のすぐ隣には江本がいた。

 座って、目を閉じ、手を合わせていた明は、立ち上がったとき、足がふらついて倒れそうになった。

 「あぶなっ……」

 「きゃっ……」

 思わず江本にもたれかかり、そのまま明の唇が江本の唇を捕らえていた。

 それは事故であり、二人きりになっていたとは言え、明は意識してキスしたわけではなかったし、江本も全く予期していなかった事態であったが、今までの二人の間を変えるに相応しい出来事でもあった。

 そのときは明の父も江本の母も本堂のほうに行っており、そこには明と江本の二人しかいなかった。そして、そのときもまた、明が手を合わせているのを江本が見つめるという形だった。

 「……」

 「……」

 慌てて江本の元から離れた明は、江本が今にも涙をこぼしそうになりながらも、まだ目を閉じて唇を差し出しているのを目にした。

 「ごめん……」それが明の生まれて初めて口にした、江本に対しての本心からの謝りの言葉だった。

 「謝られても……」江本は明の言葉を耳にして、瞳を開いて、唇に軽く指を充てた。

 避けようと思えば横を見るなりして避けられたのに、このときの江本は避けようとはしなかった。それどころが近づきつつあった明の顔に自分のほうからも近づいていっていた。

 「とにかくごめん!」

 「謝らなければいけないの?」

 「だって……」

 「キスって、悲しいこと?」

 「普通は嬉しいことだろうけど、今のは……」

 「私には嬉しいこと……」

 そうして二人が互いの目を見つめあっているところに、江本の母親がきて、江本は母に連れられてどこかへと帰っていった。その後を聞くことはなく……

    *  *  *


 再び、三年前のゴールデンウィーク。


 明は了子とを唇を重ねながらも、江本とのその時のことに思いを馳せていた。意識して了子のことを考えないようにしていたから。自分が雰囲気に流されやすいタイプの人間だと考えようとしなかった。雰囲気で流されているのではなく、了子に対する自分の気持ちが今の二人の状況を作っているのだと信じていた。

 それが覆されたのは了子の頬を伝わる涙に気づいたとき。明は唇を離し、了子の顔をじっと見つめた。

 そして気がついた。

 昨日の今頃、窓の外に永野がいたはず。

 だとすれば、今までのは自分に対してではなく、窓の外の永野に見せ付けるために……

 「(……)」

 我に帰った明は、自分の手で半裸にまでさせた了子を見つめ、このままでは取り返しのつかないことになると考えて、了子を振り切ってベッドから立ち上がった。

 「どうしたの?」

 「もう、帰ります。」

 「どうして?」

 「今日はどうかしていたんです。先輩に対する気持ちもはっきりしないのにこのままズルズル行ったら、僕は先輩の身体が欲しかっただけの、どうしようもないバカになって……」

 「あたしはそれでもいいけど。」

 「僕はそんなの嫌いです。」

 「一時の気の迷いなんかで抱かれるなんてこと、あたしは絶対にしない。だから……」

 そう言いながら、了子は自問自答していた。これでいいのだろうかと。

 永野から逃れたい。最初はその思いだったはず。

 でも、それだけではない何かがある。

 レンアイ?……。

 「好き……」

 そう小さくつぶやいた。

 明はその小さなつぶやきを聞き逃さなかったが、応えもしなかった。その代わり、了子を見つめながらもドアへ向かい、ドアノブに手をかけた。

 「待って。」

 了子は明の右手の上に自分の右手を重ねた。このまま明を引き止めるのはできないとわかっていた。でも、このまま帰したくはなかった。

 「駅まで送ってくよ。」

 了子のせめてもの抵抗だった。


 玄関まで出迎えた了子と、玄関を開けた明は、同じタイミングで永野に目が向かった。おそらく唇を重ねて倒れこんだところも見ていたのであろう、二人が揃って並んでいるところを見ても驚きもしなかった。

 「見ていたんでしょ。私たちのこと。」

 「……」

 了子の言葉に、永野は何も答えなかった。

 「明、行こう。」

 見せ付ける意味もあったのだろう。了子は明の手をとって、永野の前を横切って駅のほうへと向かっていった。


 何も知らない人は気にも留めなかっただろう。永野は寮を出て行っただけで退学したわけでもないし、高等部に進まなかったのも他の進学校へ行くという理由があったから。

    *   *   *


 現在。


 午前中、グラウンドでは野球部が、第二グラウンドではアメリカンフットボール部が練習をしていた。

 横倒しになっているサッカーゴール付近で、明はパスキャッチの練習をずっとしていた。ヘルメット以外の防具を全て着け、QBからのパスに合わせたディフェンス陣をかわしてのランと、無理な体勢に頼らないキャッチ。

 飛びぬけた駿足ではないが、防具をつけたときのダッシュ力は群を抜いていた。パスキャッチの精確性も高く、中等部のヘッドコーチは明に早くから目を着け、上級生達を押し退けて、どんなミスをしても明を試合に使い続けた。

 気がつけば、ジュニアの東京代表を経験し、関東選抜に選ばれ、アメフトで他の高校から推薦入学の申し込みまで受けるようになっていた。中には朱雀台よりもはるかに恵まれた環境の高校もあったが、明は高等部にそのまま上がった。

 高等部での練習は毎日ではなかった。練習場所を満足に確保できず、グラウンドでの練習は多くて週三回、ウェイトトレーニングが週一回できるかどうかという状況。それはフットボール部に限ったことではなかった。生徒達には部活で縛られる時間が少なくなって好評であり、例えば了子は明と一緒にいる時間が増えると喜んでいたが、学校に対する強い不満を持つ生徒はわりといた。


 「陸上、野球、ソフト、ラグビー、アメフト……、それと、サッカー、ハンドボール、バドミントンが男女あって、テニスが硬式と軟式。これだけのクラブがグラウンドを使うってのに、グラウンドは狭いのが二つ。」明は左手で数を数えながら、右手ではコップに水を注いでいた。

 「おい、こぼれるぞ。」

 「へーきへーき。で、バドミントンとテニスは専用のスペース持っているから除くとして、一度に練習できるのはどんなに詰めこんでも五つ。」

 「で、午前中だけの練習か。いいよな、アメフトは。」

 「そういう問題じゃなくってな……」

 江本が杉本と一緒にパスタを食べていた頃、明は水泳部の神崎とカレーうどんをすすっていた。本来は二三〇円のかけうどんであり、男子寮の食堂から掠めてきたカレーをかけて本来なら三〇〇円のカレーうどんに仕立てあげていた。

 「水泳部は休みなしだ。おかげで、向こうに帰るに帰れず、遊びにも行けず、この夏休みはずっと寮とプールの往復だけだ。」

 「他の部員はわりと時間を上手く使ってるように見えるぞ。こっちに来る前に杉本のバイト先に寄ったんだが、石澤とか、杉本の妹とかはバイトしてたしな。」

 「その代わり、部活に全然顔を出してない。」

 「さよけ。」

 「まあ、あの二人はハナっからユーレイ部員だし、水着姿が拝めない悲しさはあるが、それ以外の問題はない。」

 食べ終わり、返却口にトレイを運んでから、神崎はプールへ、明は校門へと向かった。

 校門には了子が待っていた。三年生は部活もなく、学校に来るべき用事はこれといってない。了子は明に合わせて、フットボール部の練習が終わるまで図書館で涼んでいた。

 東棟五階の図書館からは、第二グラウンドでのフットボール部の様子も、練習が終わってから学食へと向かって行く様子も、練習が終わったら一緒に帰ろうという約束が守られなかったことも、手に取るようにわかった。

 「昼飯作ってあるって言っただろーっ!」

 「わ、わかってま……、痛いですってばー。」

 「お姉さんは怒ると怖いのだよ。」

 「わかりましたから離してください。」

 「よーし。」

 了子の悪意なき暴力から解放されても、約束を破ったことから逃れることはできなかった。

 映画館も、喫茶店も、レストランも、明の財布が負担した。

 明の場合、父からの仕送りは、学費と家賃と光熱費で終わってしまう。そこで、生活費はアルバイトに頼ることになる。校則ではアルバイトが禁止されているはずだが、それを『はい、そうですか』と軽く受け入れるような生徒達ではないと教師のほうもわかっている。

 実際、アルバイトをしているところを見つかって注意された生徒がいたらしいという噂が立つぐらいで、校則違反を理由に停学や退学になった生徒はいない。

 夕方からのアルバイトを終え、レストランでの夕食を明に負担させた後、了子はいつものように明と一緒に明のアパートへ帰った。日に日に壊れかけていく了子の家庭は、もはや了子にとって安息の場所ではなくなっていた。明と一緒に暮らしているほうがずっと安らかになったとき、了子は実家を捨てた。

 明の左腕が了子の枕になる毎日が当たり前のように過ぎていた。それが、了子には帰るべき家があることを忘れさせてくれた。

 「悪いけど、あと二・三日泊めてくれないか。」

 「二・三日って言ってもう二ヶ月になりますよ。」

 「本当に二・三日でいいんだ。」

 「何かあったんですか?」

 「結局、離婚になるそうだ。」

 「そうですか……」

 「まあ、とっくに決まっていたようなものだし、今の世の中、親がいなくても何とかやっていける。」

 「了子さんの御両親は今いくつなんですか?」

 「言ってなかったか?」

 「ええ。」

 「二人とも三九だ。」

 了子の両親と自分の両親とが同じ学年だと、明はこのとき初めて知った。それには何の意味もないが。

 「あたし達……、歳の差なんて関係ないよな。」

 「ええ……」

 了子は再び明の腕に抱かれ、一夜を供に過ごした


 奨学金と母からのささやかな仕送り。

 それらだけでは、江本がクラスメートと同じ生活水準を作り出すことは到底不可能である。だからアルバイトをしているのであるが、それでもアパートを借りるまでにはいかない。半ば必然的に、江本は女子寮に入った。

 そして、同室ではなかったが、同じ寮内には石澤もいた。門限と入場者のチェックは厳しいが、生活費はほとんどいらないということで、親には好評である。

 男子禁制というこの場が、杉本のしつこさから逃れる手立てとしても機能していることは間違いではない。杉本が知っているのは女子寮の住所と女子寮の電話番号であって、一旦管理人を通じてから内線で呼び出してもらうしか江本との連絡はできない。江本は携帯電話もPHSも持っていないので、江本と、架けた本人の二人以外誰にも知られることなく電話を架けることは不可能である。おまけに、忍びこもうにも、なかなか成功しないのがこの女子寮。

 ここには朝から香と石澤が江本の部屋を訪れていた。目当ては夏休みの課題である。香は二人が女子寮にいることは知っていて、何度か石澤の部屋に行ったことはあったが、江本の部屋を訪れたのはこれが初めてだった。

 「男子寮とはエラい違いだな。」玄関に入った瞬間、香は言った。

 「行ったことあるの?」

 「アニキを利用してね。中等部のときのアニキは寮に入ってたから……」

 朱雀台学園は、一応、名門進学校ということになっている。特に中高一貫の六年間のコースはいわゆる有名大学に進学できるだけの学力を身につけることは確かだが、その代わり、中学受験の競争率はかなり高く、数多くの小学生が涙を飲まなければならない。

 香は、兄と一緒に中学受験をし、兄だけが合格したという過去を持っている。朱雀台学園の高校受験は中学受験以上に厳しく、中等部の生徒は無条件で進学できるのに対し、他の中学の生徒はなかなか入学できない。そんな状況にあって、杉本香の存在は特殊なものがあった。より厳しいほうに合格したのであるから。

 良く言えば初志貫徹、悪く言えば執念を越えた怨念。

 そんな香の性格を知っていたからこそ、杉本家は久に三年間の寮暮らしをさせた。

 「二段ベッド? 買ったの?」部屋を明けると同時に、あまりいい趣味ではない古びた二段ベッドが香の目に飛びこんできて、それに違和感を抱いた。

 「最初から付いてた。」

 「石澤の部屋には付いてなかったけど。」

 「私のは改築後のだから。」

 増築によって、女子寮は三階建てから五階建てへと生まれ変わった。一・二階は以前の古い部屋がほとんど残っているが、三階は部分改築の、四・五階は新築の部屋となった。当然のことながら生徒達は新しいほうを希望し、その結果、人気のなかった一・二階は個室に、三階から上は相部屋になった。

 石澤はベッドの上の段に上がってみた。何ということのない普通の布団が敷かれているだけで、これといって面白いものはない。

 二段ベッドの下の段は物置になっていた。CDラジカセが置かれている他は、冬物の衣類の入ったダンボールが雑然とあるだけ。

 机には江本の英語と数学のワークブックが置かれていた。香はその二冊を手にして広げてみた。一ページ目から最後のページまで、全ての空欄に答えが書かれていて、まさに自分の求めていたものがそこにあるという充足感を得た。これを全部写さなければならないという苦労はまだ思い浮かんでいない。

 「どこでコピーすんの?」

 「学校でいいんじゃない? 図書室にコピーあったよ。」

 「でも、混んでんじゃないの?」

 「へーきへーき。」

 香の意見が採用され、三人は学校に向かった。

 寮は男女供に中等部と高等部の共用であり、高等部の生徒と中等部の生徒との同室は珍しくない。

 女子寮は学校の敷地から少し離れた場所にあり、駅にも学校にも、歩いて行くのに遠いと感じないぎりぎりの距離であり、騒音を感じず、夜でも適度の明るさがあり、忍びこむのも難しい。

 このように女子寮はわりと考えられた立地条件に位置しているが、男子寮は学校のすぐ側にあり、四六時中教師に見張られているような圧迫感を受けるのみならず、選挙の度に休みを壊される騒音公害の際たる地点に面している。おまけに、明らかに税金の無駄使いの、誰も利用しない意味不明の文化施設によって、西日以外の陽射しが消されている。

 女子寮に住んでいる者を含め、朱雀台の生徒の大多数はこの男子寮の前の道を通るのが最も近道である。男子寮を過ぎたあたりにくると学校からの音も聞こえ、T字路を一回右に曲がるだけで、高等部の校門が目に入ってくる。

 校門の真正面には高等部の校舎が二つ並んでいて、右に第一グラウンドと温水プールが、左に体育館があり、道を一本挟んだ隣りに中等部がある。中庭をまっすぐ歩いていくと、中等部のグラウンドともつながっている第二グラウンドがあり、第二グラウンドの様子は端の教室や昇降口からよく見えるようになっている。

 三人は上履きに履き換えて階段を登っていった。第二グラウンドでのフットボール部の練習試合の風景が目に入り、香は足を止めて試合を見入った。

 「う〜ん……、いないのかな。」香が誰かを捜し始めた。

 「知り合いでもいるの?」

 「6番捜してんの。アニキの友達だから。ほら、よくバイト先に現れる、玉城……だよね、あいつ。」

 香は江本に聞いたが、江本は何も答えず五階へと上がって行き、香も江本について図書館へと向かっていった。


 少し前の話しになるが、NFLは衛星放送ではなく日曜の昼間に、普通のテレビで観ることができた。明がアメリカンフットボールを知ったのは、小学校のときに観たそうした番組でのことである。

 明は中等部時代から一貫して6番のユニフォームを身に着けているが、それは明の意志ではない。たまたま空いていたのが6番だっただけのこと。憧れは80番だった。取り替えられるものならば80に取り替えてもらいたいとも思っているし、要求してもいる。だが、6番のジャージには6の上にTAMAKIと印刷されている。本人が望む望まないに関わらず、朱雀台の6番と玉城明はイコールで結ばれている

 図書館に入ると、受験を控えた三年生ばかりが目についた。一人だけ、窓の外で繰り広げられているフットボールの試合に目を運んでいる人もいるが、彼女のことなど気にもせずに、参考書や問題集を広げて、ノートに何やら書き込んでいた。本棚の本も、雑誌も、新聞もほとんど利用されず、コピー機もあまり使われないのか「余熱」中になっていた。

 香がコピーを撮っている間、江本は石澤と一緒に窓の外に目をやって試合を観ていたが、気持ちはガラス四枚を挟んだ隣りにいる了子に向いていた。

 『GO!』

 ボールをスナップされたQB浅井が七歩下がり、ミドルパスを投げた。パスの標的は守備の選手を一人二人と交わすよう小刻みに動きながら前へ走る明。

 「(ランは……無理だな)」明は咄嗟にそう判断した。ディフェンスの選手を避けるべく投げられたパスは明の頭上を越えるような軌道を描き、明はボールに飛びついてそのまま倒れこんだ。

 観ているほうには何の苦もなくパスを受け取ったように見えたが、標的が普通の選手ならば地面に落とすか相手に取られるようなパス。はっきり言って投げそこないであるにも関わらず、明は狙っていた。飛び上がってパスを受けて着地するだけではファーストダウンにならない。そして、キャッチしてから走れるほどのスペースを相手は与えてくれていない。だが、着地した勢いで前に二・三歩進んでから倒れ込めばファーストダウンがとれる可能性がある。

 予定通り倒れこんだ明は審判を見つめた.

 『ファーストダウン!』審判の宣告とともに、四回の攻撃が追加された。

 パスキャッチを専門とするワイドレシーバー。飛びぬけた駿足でもなく、身長も体重も目立ったものはない、体育の授業でも目立った働きを見せるわけでもない。それでもこのポジションを務めるとき、明を知る人間には信じられない大活躍を確実に見せる。

 練習試合だとは言え、秋の新人戦が既に標準に入っている今、朱雀台と公式戦で戦うことになるであろう相手の高校にとって、玉城明という経験豊富でティームプレイを熟知した新戦力は脅威以外の何物でもない。

 『ハッハッ!』

 ガン!

 ヘルメットとヘルメットがぶつかり合い、四方八方に選手が散らばって、一個のボールと残り二〇ヤードとを巡る攻防が始まった。夏休みの最中とあって朱雀台は帰省していない者だけでメンバーを組んでいるが、それでもレギュラーのほとんどが残っているだけに実力通りの試合を展開している。

 江本は初めてアメリカンフットボールというものを観た。観たはいいが、勝っているかどうかも、何対何なのか、ボールがどこにあるのか、6番の明がどこにいるのか、そして肝心のルールそのものが全くわからなかった。

 「観に行こ。」コピーを終えた香はワークブックを持ち主に返し、かなりの枚数のコピーを石澤に渡した。

 すぐに帰る必要もなかった三人は図書館を出て階段を降り、靴に履き換えてグラウンドに出た。他のクラブの生徒や、寮でくすぶっていて暇を持て余していた男子生徒など、意外と観客が多かった。グラウンドの片隅の斜面に植えられた桜の木々の木陰に座り込んで、試合の観戦と決め込んだ。周囲には二〇名ほどいたが、彼女たちは最前列に座った。

 最前列からだとフィールドと一〇メートルも離れていない。

 「どこ見てるの?」なかなか座らず、図書館の窓のほうを眺めている江本に石澤が言った。

 江本の視線を感じた了子は一瞬江本のほうに視線を向けたが、すぐに明のほうに視線を向け、江本は二人に合わせて、グラウンドを向いて座った。

 朱雀台のユニフォームは赤を基調としていて、ナンバーは銀色で縁取りがされている。番号の上には選手の名前が『TAMAKI』とローマ字で付され、ヘルメットには『FIREBIRD』となぜか単数形のニックネームと、不死鳥をモティーフにしたシンボルマークが付いている。

 他にも知っている人が出ているのではと、香や石澤は朱雀台のユニフォームの選手を見渡したが、自分達の知っている人で試合に出ているのは明一人しかおらず、二人の視線は自然と、江本と同じく明に投げかけられるようになった。

 「ルールわかる?」江本は石澤に小声で聞いた。

 「だいたいはね。それに、わからなくても、自分の知ってる人が一生懸命に何かやってるの観るっての……、ん!」石澤が突然声を挙げた。

 『タッチダウン!』

 審判の両手が上に掲げられる。

 「すごい……」

 「?」

 朱雀台の選手が騒いでいる。よってたかって一人の選手を取り囲んで祝福の暴力を加えている。その中央には右手を高々と掲げる明がいて、ティームエリア内に帰ってきた明をティームメイトが歓迎していた。フィールド内でのトライフォーポイントの最中も騒ぎは続き、フットボールの最高の瞬間を満喫している。

 「あんなのよく取れんな。」騒ぎがひとまず収まってから石澤が言った。

 「何が?」江本は何だかわからないといった様子で、石澤のほうを見た。

 「観てなかったの?」

 「うん……」

 自分の全く知らない明がそこにいた。憎しみに満ちた目で睨つけていた明も、自分のために泣いて、そして優しく抱きしめてくれた明も知っているのに、それらの全てが虚像に見えるほど、ヘルメットを外したばかりの明は輝いていた。


 第二クォーターが終わってハーフタイムとなったとき、コピーのお礼のための買い出しという名目で香は石澤を連れてコンビニに行った。

 江本は一人取り残され、明は一人で木陰に座っている江本を見つけ、走ってきた。

 「来たんだ。」

 「うん、……。」

 「ん?」

 「重そう……、その格好。」

 「中学んときからやってるし、三年以上この格好していればいやでも慣れるよ。」

 「面倒じゃない? ヨロイでしょ。」

 「これぐらい身に着けてないと守れないんだよね。これでも肋骨折ったり、鼻の骨を骨折したりする人だっている。俺もタックル食らって左手痛めたことあるし、ね。」

 江本は三年前を思い出した。

    *   *   *


 三年前。


 「一人で来たんだ。」

 「……」明の声を無視するかのように、江本は手を合わせたまま無言でいた。

 明と会うのは四ヶ月ぶりだったが、二人きりで会う約束をしていたのはその日が初めてだった。蝉がけたたましく鳴いたその日は、その年一番の暑さだったことはよく覚えている。

 「その手……」立ち上がって明のほうを見た江本は、三角巾で左手を首に吊っているのに驚きを見せた。

 「タックル食らってね。で、コケてボキッっと……」ギブスで固められた左手を平気で振りながら、平然とした顔で言った。

 「あまり、危険なことしないで……」

 「だいじょぶだよ。もうほとんど固まってんだしね。」

 明は江本の横を通りすぎて、さっきまで江本がいた場所にしゃがみこんで目を閉じた。明の祈りを江本が見つめるというのはここに来る度にくり返される儀式であったが、このときはいくぶんか長いように感じた。

 この日がちょうど十年目だから、そのぶん長く時を掛けているのだろうと江本は考えていたが、明にはそうした区切りに対する特別な感情を持っていなかった。東京に出て行ったことで頻繁に墓前に来ることができなくなっていたために、明はここで四ヶ月分の祈りを捧げようとしていただけ。

 脳裏を駆け巡る母の面影が明に語り掛けていた。その声がだんだんと小さくなってきて完全に沈黙したときに、明は瞳を開き、立ち上がろうとした。

 「待って。」江本は明を制した。

 「あ、ああ。そうだね。」江本の言葉に従うように、明はゆっくりと、ふらつかないように立ち上がった。

 二人の視線は自然と互いの唇へと向かっていた。ファーストキスを思い出して。

 「キス……、わざとじゃないからな。」

 「そう……。言いたいことはそれだけ?」

 「他に何か言わなきゃいけないことでもあんのか?」

 「それもそうね。」

 江本は後ろを振り返って、明を置き去りにするようにこの場から去っていった。その歩みはひじょうにゆっくりとしたもので、後ろから来るであろう明に追いかけてきてほしいかのようであった。

 「なに期待してんだろ……」

 だが、どんなに振り返ってみても明は自分を追いかけもせず、見渡す限り自分一人しかいなかった。

 江本の中にいる明が、江本本人の意識によって少しずつ変えられている。責任感、罪の意識、玉城父子を哀れむ気持ちと、その裏返しの玉城父子への憎悪。それらの全てを以てしても隠すことはできなかった複雑な思いの正体が、たった一瞬の出来事で好意なんだと気づかせてしまった。

 キスをしたことではなく、自分のほうからキスを求めたという事実が。

 「あんなヤツ、あんなヤツなんかどうでもいいのに……」

 バス停に着くとバスが過ぎ去った直後だった。次のバスまで時間があると考えた江本は、バス停を通りすぎて駅のほうへと歩いていった。バスに乗ればわりとすぐに着く駅であるが、歩いて行くにはかなりの距離になるとは気づいていなかった。

 どこまで歩けば駅へ着くのかも全くわからず、アスファルトを焼きつけるような陽射しも手伝って、江本を疲れさせていた。


 江本と離れてから一時間ほどして、明は再び江本を見かけた。バスに乗らずにどこかへと歩いていった江本を見た明は、自転車に乗ってその後を追いかけていこうとした。何度も見落としながら、江本の向かったほうを人に聞きながら自転車を走らせ、やっと江本を見かけたそのとき、人目の着かぬ公園の脇に停められた目立たぬ車の中で、見知らぬ男に押し倒され、服を脱がされようとしていた。

 このまま抵抗しなければ何をされるのか江本にはわかっていた。だが、抵抗はできなかった。ずっと逃げ続けなければならない人生を送ってきた江本にとって、自らにふりかかる苦痛とは、撥ね除けるものではなく、黙って耐えるか、逃げるかするべきものだったのだから。

 必死の車のドアを開けようとし、ギブスを巻いている左手でガラス窓を叩き壊そうとしている明を見て、はじめて、江本は悲鳴を挙げ、男に抵抗をした。

 明は左手を守るはずのギブスを凶器にした。相手の男に殺意さえ抱き、何もかもを壊さなければ気がすまないほどに気が高ぶった。そして実際、男にケガを負わせていた。

 男はあわててエンジンをかけ、江本を捨てて逃走した。

 力なく座り込んだ江本を明は直視できず、バラバラに壊れたギブスを見つめていた。何と言って声を掛ければいいのかわからず、かと言って江本を見捨てておくこともできず、しばらく黙ってその場に立ちつくしていた。

 「明……」

 江本の涙声となった声を聞いて、やっと江本のほうに気持ちを向けることができた。膝をついて江本を見つめると、スカートは破かれ、ブラウスのボタンは引きちぎられて、手で押さえていなければはだけてしまうようになっていた。

 「抵抗ぐらいしろよ!」

 「明が……」

 「俺が?」

 「明が来てくれるって、信じてたから。」

 「俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ!」

 「絶対に来るって信じてた。でも、でも……」

 大粒の涙をこぼしながら江本は明の胸に飛びこんできた。

 「すごくいやだった……、怖くて、悔しくて……」

 明は江本に好きなだけ泣かせた。そっと江本の背に手を回して、軽く抱きしめた。

 このまま帰すわけにはいかないと考えた明は、江本に自分に家に来るかどうかを聞いた。江本が軽く頷いたのを確認して、自転車を押しながら、自分の身体で周囲の人の目から江本を隠すようにして自宅までの二〇分ほどを歩いていった。

 父はその日不在だった。そのため明は一人で江本と会うこととなったのだが、自分の家で江本と二人きりということを意識させられることにもなった。

 明は江本にシャワーを浴びさせ、その間、明は近所で江本の着れるような服を買ってきた。一つのフロアで食べ物も着るものも売っている店なのであまりより好みはできず、江本のサイズもわからず、時間もないという状況であったわりには、江本にピッタリの服だった。

 「ちょっと大きいかな。」

 「ううん。そんなことない。」明の買ってきた服を着て出てきた江本から、微かな湯気がたっていた。

 洗濯機は江本の着ていた服を洗っていた。

 下着類は洗われずにバスタオルと一緒に置かれていたが、江本はできれば洗濯機に放りこみたかった。自らの手で一枚一枚服を脱いで行くとき、あの男にさわられた服を全て洗いたいという思いがこみあげてきたが、洗剤で洗ったところで全てをふっきれるだろうかという思いが、ブラウスとスカートと靴下だけを入れて洗濯機の蓋を閉じさせ、その他をバスタオルの上に置いて風呂へ入らせた。

 「何か飲むか……って言っても、麦茶しかないや。」

 「いいよ。気を使わなくても。」

 江本を来客用のソファに座らせ、江本を一人の客として扱った。

 今までなら家に連れてこようなどという気すら起きてこなかった、それどころか、江本を追いかけることも、車の中で押し倒されていた江本を助けることさえもしなかったはず。

 「……」

 「ん?」

 「ううん……」

 アイスコーヒーに差されたストローに口を付けた江本のほうを見て、江本が明のほうを見ると顔を背ける。目の前のグラスに目を向けたり、意味もなくついているテレビに目を向けたり、窓の外の見慣れた風景に目を向けたりしても、しばらくたてば江本のほうを向いていた。

 「了子さんと一緒にいるときと全然違う……。でも、了子さんより安心する……」

 「何か言った?」

 「何も。」

 「……」

 「……」

 「……、すごく、嬉しかった。明が私のために……」

 「当然だよ。ああいうときは俺でなくても助ける。」

 「でも、もっと早く来てほしかった。もっと早く来てくれれば、明の左手も……」

 「それより自分のことをもっと大切に考えろよ。犯されそうになったのは江本なんだしさ。俺の左手なんてそのうち治るけど。」

 「気休めは聞きたくない。」

 「自分をもっと大切にしないと、今度は未遂じゃすまないよ。いつも俺が側にいるわけじゃないんだから。」

 「明なんか、私なんかどうなったっていいと思ってるくせに。」

 「そんなふうに考えるなよ。」

 「私なんか、いないほうがいいって思ってるくせに!」

 「そんなこと言うな。」

 「もうやめて!」

 「……」

 「いつだってそうじゃない。いつもいつも被害者ぶって、何かあるとすぐ『お母さんを返せ』って言って……、明だって、明だって人殺しの子じゃない……。何で私だけ差別されなきゃ……」

 「?」

 「お父さん死刑にしたの、あんたの父親でしょ! いつもいつも被害者ぶってるけど、お父さん殺すことに決めたの……明のお父さんじゃないか……」

 「……」明は何も言い返せなかった。直接の判決を下したわけではない。だが、明の父の証言が、江本貞夫の中学時代からの友人ではなく、被害者の夫としての証言がまさに決め手となって判決は下された。

 「明に罪はないのわかるけど、私は、一生あの人を許さない。一人の人間を堂々と殺させて、それで正義だって胸張ってるあの人が許せない……、でも、でも、一番許せないのは、私と、お母さんと、暮らせていけるのも、あの人が、お金送ってくれるからだって……こと……。私には幸せを感じる資格なんてない……。だから、相手の気の済むまで我慢するしか……。」

 「そんなことない……」

 「私の顔を見るたびに殴りかかってきたじゃない。お母さんに石を投げつけてきてたじゃない。謝ってすむことじゃないってのはわかってるから、だからずっと我慢してきたんじゃないか……。いまさら優しくされたって……」

 明は黙っていた。江本の言葉が江本美香という女性の本心だとすぐにわかったし、自分が今まで江本にしていたことが江本を苦しめていたことだとも理解した。江本の言葉ではないが、謝ってすむことじゃない。

 「……でも、嬉しかったのは本当……。自分のこと考えてないわけじゃないけど、本当に明の左手が心配だったから……」

 自分の感情を赤裸々に打ち明けることもなく、どんなに一緒にいてもどこか本心を隠している。それが明のイメージの江本だったのに、このときの江本の言葉は、彼女の本心を打ち明けているかのように思えた。

 「明……、あんまり危ないことしないで……」江本は囁くような小声と同時に、痛みの消えぬ明の左手に右手を重ねてきた。

 「ムチャしすぎたかな。」

 「……」

 「ん?」

 「すごく、すごく悔しかった……。明が来てくれなかったら、今頃……」

 江本は明の胸元に飛びこんでいった。明はそっと江本を抱きしめて、江本も両手を明の背中に回した。

 ヤケになっていたところもなくはない。犯罪の末に奪われるくらいなら、自分の心を許せる人にくれてやったほうがいいと江本が考えたのは事実。だが、そういった打算だけで明に身を委ねたのではなかった。ソファに横になっている間中、江本はずっと心の底から微笑んでいた。瞳を潤わせていても、それは嬉しさの呼んだ涙だった。

 了子とは寸前までたどり着いていても最後の一線を越えることがなかった。それなのに、江本とは簡単に一線を越えた。

 好きあっている二人なのだと、二人ともこのとき知った。


 それから一ヶ月間、明の家での二人暮らしが続いた。新婚生活のような初々しさもあれば、何もかも知り尽くしているという慣れもある。何とも奇妙な同居だった。

    *   *   *


 現在。


 「今でも痛むことある?」

 「普段は忘れてられるけど、思い出すと途端に痛くなる。条件反射なのかもな。」

 「思い出してくれるんだ。」

 「そりゃあね。で、江本は?」

 「すごく、嬉しかったから。もちろん……」二人が打ち解けた過去を思い出して、江本は少し微笑んだ。

 しばらくの沈黙のあと、江本は明のヘルメットを見た。

 「これ? かぶってみる?」

 「ううん。いい。」

 「やっぱり汗臭いかな。」

 「そうじゃなくて……。やっぱり、明には危険なことしてほしくないんだ……」

 「危なくないスポーツなんてないよ。でも、面白いからやってんだし、やめようなんて気はないな。」

 「どうして?」

 「好きだからね、アメフトが。それだけ。」

 「私にはわからないな。その気持ちも、アメフトも。」

 「6番見ててよ。それだけでいいから。」

 「うん。」

 「じゃ、後半が始まっから。」明は小走りでティームエリアへと帰っていった。


 ふと校舎のほうを見上げると、図書館の窓から見下ろしている了子の顔が見えた。明の視線に気づくと、了子は図書館の中に引き籠もり、窓を閉めた。

 「何か言われるだろうな……」

 アパートに帰ってから了子を考えると、前途が暗くなる。それから逃げるように明は意識して江本のことを考えようとしていた。

 江本と話をしていたときでも了子の顔が浮かび上がってきて、了子と一緒にいるときの安堵に逃げようとする気持ちが沸き上がってきていた。だけど、了子と一緒にいるときは逆に江本のことが思い浮かぶ。

 「やな奴だ……。俺って……」

 明には江本のことを誰よりも知っているという自負がある。彼女の過去も、彼女の孤独も、閉ざされたままの心も知っている。

 「(了子さんのことを考えるのは、了子さんと一緒のときだけにしよう。江本は、了子さん以上に寂しい人だから。俺が考えなかったら、誰も、江本のことを考えてくれる人なんていないから……)」後半の作戦指示も聞かず、明は二人のことを考えていた。

 まずディフェンスの選手達がフィールドに出て、明達オフェンスの選手はティームエリアに残った。

 「玉城、玉城!」

 「……、ん? 何ですか?」

 「さっき話してたの彼女か?」先輩の一人が近寄ってきて、江本のほうを指さしながら言った。

 「同じクラスなんですよ。」

 「だったら紹介してくん……」

 「いやです。」

 「まだ何も言ってない。」


 「ほい。」

 「どうも。」

 試合が再開されてしばらくしてから、二人がコンビニの袋を持って江本の元にやってきた。香は江本に袋を渡し、スカートを両足の間にはさむようにしてから座り、石澤はわりと無頓着に座った。袋にはウーロン茶のペットボトルとサンドイッチが入っていた。

 「さっき、彼と何か話してたでしょ。」石澤はティームエリアにいるナンバー6を指差しながら言った。

 「まあね……」明のことを聞かれても驚きもせず、何を話したかを一切答えなかった。

 「私も残ってればよかったかな?」

 「話したいなら、アルバイト先でいいじゃない。毎日来るよ。」

 「それじゃ意味ないって。やっぱあの格好してっときじゃなきゃ。」

 「そういうもんなの?」江本には、自分の知っている明と、選手の明との区別ができなかった。明と一緒にいることの当たり前さが、時間を割いて自分のところに来てくれたことの意味をわからせずにいた。

 「江本にはどうせ香のお兄ちゃんがいるからね。」

 「はいはい。」

 杉本の江本に対する思いを認めたがっていないのは江本本人ぐらいなもの。石澤にとってはせいぜいからかいのネタぐらいの意味しか持ってないが、本人達にとっては真剣な問題になっている。

 「下手すりゃ江本を取られるかもな。アニキもたいへんだ。」

 「ムリムリ。あいつはアメフトやってっときだけ。神崎とか、玉城とか、C組の男どもは部活しか張り切らん。」

 石澤は江本を羨ましく思ってもいた。杉本に言い寄られていることをどんなにからかっても、自分には言い寄ってくるような男がいない。急ぐ必要は感じないと頭で考えても、友達に現在進行形がいればどうしても急いでしまう。

 「もし玉城に言い寄られたらどうする? アニキはさっさと捨てて玉城に乗り換えるのか?」香は江本に聞いた。

 「根本が違うよ。杉本君も玉城君も、誰とつき合うかなんてのも私には関係ないことだし、その逆だってそう。」

 「そういうこと言ってて虚しくならない? 自分に自分で嘘ついてさ。」

 「何で嘘つくことになるわけ?」

 「……、さよけ。」

 そう言う石澤自身も誰か心に抱いている人がいるかどうかなんてわかっていない。会津若松にいた頃にバレンタインのチョコレートを渡した人がいるぐらいで、好きか嫌いかのレベル以前に、好奇心を感じる人すらいない。

 できることならこの二人に自分のしていない恋愛を果たして欲しいと思っているが、それが江本にはおせっかいに感じる。

 「意外とかっこいいよ、アイツ。教室の中じゃわりとバカやってるけど。」朱雀台の攻撃の場面を迎え、フィールドへと戻った6番を見て石澤が言った。

 「昔はそうじゃなかったんだけどね。」中等部の頃の明を知る香は言い放った。

 「どっちが? かっこいいのと、バカやってるのと。」

 「両方。以外とバカなんてやるヤツじゃなかったし、格好いいなんて微塵もないヤツだった。それに……」

 「キャア!」香が続きを言いかけたとき、江本は悲鳴を挙げた。

 QB浅見から投げられた山なりのボールが、三人の座っているほうに向かって飛んできた。エンドラインのパイロンから並木まで一〇メートルもない。明らかに浅見の失敗のパス。

 「あきらーーー!」

 江本とボールとの間に割りこんで、一人また一人とディフェンスの選手を抜いて走ってきた明が立ちふさがった。ボールとタイミングを合わせて高く飛び上がり、両手を伸ばしてボールを掴み、両足を静かに地面に着けた。

 「タッチダウン!」

 何人もの選手が明の元に詰め寄ってきた。

 江本はヘルメット越しに明が自分のほうをじっと見つめていたのがわかった。が、それに応える前に手荒な祝福に明が包み込まれた。

 江本は明が自分の側から離れていくような感じを受けた。スターダムにのし上がっていくような予感もして、過去の想い出が永遠に想い出だけで終わってしまうような気がした。

 その気持ちを元に戻してくれたのが、二人の新しい形のからかいだった。

 「アキラ?」

 「え……」

 江本が咄嗟に明の名を呼んだことを、二人は聞き逃さなかった。江本はそれを指摘されるまで自分がその名を口にしたと気づかず、何の事かわからなかった。

 「もう、どうだっていいじゃない!」

 「あきらあきらあきらあきら!……」

 「これはアニキにもぜひ伝えなければなりませんのぉ。」

 「私らのいない間にデキたな。」

 「やめて!」

 江本は立ち上がって二人から離れようとしたが、石澤に止められて再び座った。

 明とのことをあれこれ言われるほうが、杉本とのことでからかわれるよりマシと考えたから。

 杉本には悪いが、明との噂があれこれ立てば、杉本は自分に言い寄ってくるのを諦めるのではないかと江本は思った。

 杉本のことをふるのはいつでもできる。だが、それで杉本のことを傷つけるのはいやだった。

 最高の形は杉本のほうが自分以外の人に熱を上げての自然消滅、次が杉本が勝手に諦めること、三番目が杉本に諦めさせることで、それ以外を江本は考えたくもなかった。

 「で、石澤から見て、6番の選手はどうなんだ?」明のほうを見ながら香は聞いた。

 「神崎や杉本兄とバカやってることを知らないで、江本とデキてなかったら、ラブレターの一枚でも出してる。」

 「ってことは……、江本とアキラくんとのことを知らない人がこの試合を観てれば、ラブレター出すようになるわけね。」『玉城』ではなく『アキラ』と呼んだが、江本に矛先を向けてのことである。

 自分のことをからかいに入れながら話しをしている二人を無視して、江本は再びフィールドに立った明に目をやった。

 「(助けてくれる。無意識……。『明』って呼ぶことが当たり前……。呼べばいつでも来てくれたから、いつでも側に来てくれるから、当たり前……)」江本は黙りこんで心の中で呟いた。

 明は江本のほうに目をやった。

 ヘルメット越しのその視線に、江本は気づいた。


 練習試合が終わったと同時に、この日のフットボール部の練習は終わった。

 いつもなら校門に了子が待っているはずだが、この日は誰も待っておらず、せいぜい水泳部の練習の終わった神崎と顔を合わせたぐらいだった。

 「珍しいな。いつもはもっと遅いんだろ。」

 「3時からは使えねえんだ。地元のボランティアに貸すからな。」

 「あの脱税がか?」

 「それもタダでな。」

 朱雀台の生徒には、『脱税』というフレーズが特別な意味を持っている。すなわち、朱雀台学園の三代目理事長で、贈賄と脱税の噂の絶えない(そして、それらは真実であると言われている)人物を指し示す名詞。

 「新聞あたりに点数稼いでおこうってとこだろ。朱雀台くんだりまで来るんなら、ついでにさっきの練習試合も取材してくれりゃいいのに。」

 「そりゃ無意味だ。玉城には悪いが、新聞には俺が先に載る。」

 「自首するのか?」

 「真面目に言ってんだ! いいか、俺らが新聞に載るとしたら、新人戦でがんばって新聞に載るというのが最も近い。俺は神崎って個人名で出れるが、アメフト部は学校名と点数だけだ。そこに玉城の名前はまずないだろ。」

 「なるほど。」

 男子寮の前まで来て、明は神崎と分かれ駅へと向かった。それと同時に、まだ昼食を取っていないことも思い出した。冷蔵庫にいろいろあったはずとの確信を持って、電車に乗ってアパートへと帰っていった。


 男子寮を出た明の選んだアパートは、了子の実家のある駅の一つ手前の駅から乗り換えて二つ先の駅にある。

 と聞くと複雑に感じるが、実際は自転車でせいぜい五分ほどの距離である。

 了子は実家と明のアパートの往復に自転車を利用していたが、後にスクーターにとって替わった。

 アパートに着くと、見慣れた了子のスクーターが停まっているのが目に入った。

 いつものように階段を上がり、いつものように二〇一号室のドアの鍵が開いているのを確認してからドアを開けると、いつものように了子がいた。横になって買ったばかりの雑誌を読んでいたのだが、爪先がドアのほうに向いており、ドアを開けたと同時に了子のミニスカートの間から見える白い下着が目に飛び込んできた。

 「あの……、見えてますよ。」

 「言うことはそれだけか?」

 雑誌に目を向けて自分のほうを見ないことに、明は了子の怒りを感じた。江本と一緒にいるところを見られたときから覚悟はしていたが、いざそのときが訪れると、やはり恐怖を感じる。

 「いいわけはしません。江本と一緒にいました。」

 「今度はそう来たか。」

 「下手ないいわけは見苦しいですから。」

 「できることならグラウンドまで出て行って、頬の一つでもひっぱたいてやりたいところだったんだ。もしそんなことをしたら、彼女があたしを払いのけて、あたしの代わりにここに住むようになるだろうから思い止まったけど。」

 「江本はそんなことできる娘じゃないですよ。」

 「その美香と同棲してたのはどこのどいつだ。」

 「あれは同棲じゃなくってただの二人暮らしです。」

 「明が美香のことをかばう気持ちはわかるが、美香は今でもあのときの暮らしを再現したいって考えてるだろうし、あたしを追い出す口実を見逃すとも思えん。明だって、暴力を振るう女より、優しく慰めてくれる女のほうがいいだろうし。」

 「はい。」明は即答した。

 「お前な……」

 「だいたい、無意味に暴力を振るう人がいるはずありません。みんな理由があるんですから。」

 「親父さんがそう言ったのか?」

 「悟ったんです。」

    *   *   *


 三年前。


 明の家には、明と、江本と、その当時はまだ小さかったミカの、二人と一匹が住んでいた。明はそれが夏休みだけの特別な暮らしだと割り切っていたが、江本はその生活が永遠に続くと信じていた。

 二人はどこに行くにもずっと一緒だった。たった一日を除いて。


 江本との奇妙な同居が始まってから三日後、明は警察に呼ばれ、身元引受人として明の父が呼ばれた。

 「理由はどうあれ、人を一人傷つけた。」

 「……」

 警察署から帰る車の中で、父はこう言って明を突き放した。

 全てが明らかになったとき、明には車の窓を壊し、男を殴りつけてケガを負わせたという事実が残った。

 男は江本を犯そうとしたことだけが問われていたわけではない。江本は男の被害者の七番目に過ぎず、八件に及ぶ強姦と強制ワイセツの中でたった一件の『未遂』だったのはむしろ幸運とも呼べた。

 一都三県を渡り歩き、八件目となった宇都宮での犯行で逮捕されたとき、男の手元には七人の少女の写真があった。

 犯したあと無抵抗でいる少女達の全裸の写真は男の罪を逃れえぬものとさせたが、それでも、男は自らを正当化させる理由を延々と述べ続けていた。

 誰が聞いてもそれが正しい理由だとは思えない。だが、男にはそれが正当な理由となっていた。

 父は男が語ったその理由を明に言った。明に理解できるような内容でなく、理解したのは男の言っていることが理由にはならないことだというぐらい。

 「だが、明が口にする理由だって理由になってないぞ。」

 「?」

 「江本の娘を助け出すだけなら殴りかかる必要はなかったんじゃないか?」

 「なんで。」

 「状況だけでいうなら車のドアをどうにかして開けるだけでよかったんだし、男のほうも明に見られたところですぐに、江本の娘を解放しようとしたと言っている。」

 「そんなのウソだよ。」

 「ウソだという証拠はどこにもない。」

 「……」

 「それに、男の理由はどうあれ、明がその男に殴りかかってもいいという理由はどこにも見当たらないな。」

 「犯そうとした、だから、許せなかった。」

 「それだけか? 明が怒っているのはあの男に対してなんかじゃない。無論、全くないとは言い切れないが、明の怒りの際たるものは明自身に対してのものじゃないのか?」

 そのときよりは冷静になったと考えている今でも、そのときのことを思い出すだけで怒りがこみ上げてきた。

 自分がカッとしやすいタチだというだけでは説明がつかないほど、そのときの自分は冷静さを失っていて、今でも表面だけの冷静さでしかないことに気づいていた。

 「怒りには理由がある。だが、それは本人にしか通用しない理由だ。自分を正当づける理由を立てることは誰もがするが、自分が正しいと考えることも、他人からすれば許されないことだというのは珍しくもない。明が殴りつけている間誰かがそれを見たなら、それは強姦犯と恋人を助けようという一中学生ではなく、不良中学生と善良のサラリーマンと映ったんじゃないのか? もしあの男が『タチの悪い美人局』に引っかかったと言ってしまえば、第三者が脱がされそうになっていた江本の娘を見たところで、『不良中学生の片割れ』ぐらいに見るだろう。」

 さすがにその男はそこまで考えもせず、動かせぬ証拠も突きつけられていたこともあって、明の暴力には何の咎めもなかった。

 だがもし、明の暴力がその男の命を奪うことになったら……

 「殺してやる。そう考えたんだ……」

 明はそのときの自分に恐ろしささえ感じていた。


 家に帰ると江本が明を出迎えてくれた。

 彼女は明の父の顔を見た途端、明の手を引っ張って家の中に入れ、ドアを閉め、鍵を掛けてしまった。

 明は靴を履いたまましばらく玄関に佇んでいた。

 江本の自分の父に対する気持ちは知っているつもりであったが、ここまで露骨に示すとは思わなかった。

 「だめ。」

 「何が?」

 「あの人と一緒にいちゃだめ。明は私と一緒にいなきゃいけないの。」

 そう聞いて明は何も答えられなかった。

 江本はやっと幸せをつかんだと感じていた。普通の人から見れば当たり前のことかもしれないが、自分を包み込んでくれる人と一緒に暮らせることが何よりも幸せだった。

 このときの江本には自分と明しか見えていなかった。犬がこの家にいることはわかっていたが、全く認識していなかった。それ以外の人は全く見えていないか、あるいは、明の父に対したように拒絶反応を示すかのどちらか。

 起きてから寝るまで、いや、ベッドに入ってからも江本はずっと明にぴったりと寄り添っていた。

 夏休みだからできること。平日ではとてもではないができない。

 本来なら夏休み中はほとんどアメフト部の練習に明け暮れるはずだったが、腕の骨折で部活は休めた。だから、里帰りして夏休みに家にずっといても、学校から何かくることはないはずであった。

 事件を起こしたことで学校から問い合わせはあるのではないかと思っていたが、学校からは何もなかった。

 そのことについてはすべて父が片付けてくれたのであるから。


 明の事を聞いた学校は、最初、明を誇りに感じたらしい。何しろ事件を解決するきっかけを作ったのである。

 だが、息子に代わって学校にやってきた明の父は違った。

 「どんな理由であろうとも、明は一人の人間に対して暴力を振るったのです。退学させるなら遠慮なく退学させてください。」

 「そんなことできるわけないじゃないですか。」

 「息子は暴力を振るったんです。子どもだからとか、正当防衛だとかといって甘やかさないでいただきたい。」

 「あまり厳しすぎるのも考えものですが。」

 明の父はそうして一時間以上も息子への厳罰を求め続けていた。だが、学校側も折れなかった。明の父への反発なのか、何一つ罰を与えないと決定もした。

 「そうですか。まぁ、学校が明に対してどのような処分を下すにせよ、息子をその処分に従わせます。それといま、私は明を、罰の意味でずっと家に閉じ込めてます。無論、比喩的な意味でですが。」

 明が家に閉じ込められているのは本当だが、父が加えた刑罰によってではなく、江本と一緒にいるからだとは当然のことながら一言も言っていない。

 それに、家に閉じ込めたとしても、夏休み中なのだから出席日数に関係はしない。おまけに明は腕を骨折しているのであるから、静養させなければならない。

 父が狙っていたのは、明に対して学校から何の処罰も下されないことである。そのために厳しい父を演じ、しかも、自分が明に罰を与えていることを示し、どんな処罰でも受けさせると明言して、学校側の動きを封じ込めたのである。

 「すでに充分どころか必要以上の処罰を受けた明君に、我々がこれ以上苦痛を与えるつもりはありません。」

 「では、処罰は行わないと。」

 「はい。」

 「そうですか。それでは、失礼します。」

 真実の全てを語ったわけではないが、嘘をついたわけでもない。それでいて、明の父は求めているとおりの結果を得た。

 職員室にいる誰もが明の父の手のひらで踊らされる形となった。ただ一人を除いて。

 「玉城くん。」

 職員室を出ようとしたとき、それまでずっと黙っていた教頭先生が声を掛けた。

 彼女は二五年前、明の父の担任であった。そして、江本の父の担任でもあった。

 「今の、あなたの本心ではないでしょう。」

 「(先生……)」

 明の父は、二五年前の彼女を思い浮かべながら心の中でつぶやいた。

 そして、彼女の問いに答えた。

 だが、彼女のほうを振り返ることはなかった。

 「心配することはありません。このことで、あなたの子を罰しようなんて考えていませんから。明君は正しいことをしたのですから。」

 「(私は、あなたの教え子を一人、殺したんです。同じ人殺しでも、江本は裁かれ、私はほめられる。同じ暴力でも、明は許され、明に殴られた男は裁かれようとしている。正義だなんて言葉、私は嫌いです。)」

 心の中でそう言って、職員室を出た。


 職員室を出た明の父は、職員室での話の一部始終を聞いていたと思われる女性に声を掛けられた。

 了子を見たときの明の父の思いは、明が初めに抱いた思いと同じだった。

 「(似ているな……)」

 亡き妻の面影を抱かせる女性に興味は抱いた。興味は抱いたが、それ以上の感情はなかった。

 「わたし、明くんの……」

 「クラスメートですか?」

 「いえ、学年も違いますし。」

 「で、明に何か用ですか?」

 「あまり明くんを責めないでいただきたいと。もちろん、盗み聞きしていたことは謝ります。」

 二人は歩きながら職員室の前を去り、学校の外へと出て行った。傍から見れば援助交際の現場に見えなくもない。

 「アイツのためを考えるのなら、退学のほうが幸せかもしれないんです。対外的には大きなマイナスでしょうけど、明のこれまでの人生を考えるなら、この学校にいることは決して幸せとは言えないのではないかと、思いますね。」

 「どうしてですか?」

 「あなたは息子から、息子の過去をどれだけ聞いていますか?」

 「どれだけと言われましても、明くんはあまり過去を語りませんから。明くんのお母さんに似ているって言われたことありますけど。」

 「それは認めますね。僕も妻に似ているって思いましたから。」

 「そんなに似ているんですか?」

 「生きていたら会わせてみたかったですね。」

 「知ってます。亡くなられたのですよね。明くんが言ってました。」

 「亡くなったというか、死んでしまったと言うか……」

 「何か事情でもあるのですか?」

 「殺されました。もう一〇年前になります。」

 「……」

 明の父はそこまで言って了子の元を離れ、駐車場へと向かっていった。


 その日の午後、了子は明の実家に向かった。向かっている間中、明の話と、明の父の話が脳裏から離れなかった。

 「(死んだとは言ったけど、殺されたなんて言ってなかった。私と会ってるの、私じゃなくって、亡くなったお母さんの面影求めて? だとしたら、私あのコに悪いことしてるんじゃ……)」

 そのときの了子の頭の中には自分と明との関係しかなかった。

 それだけに、明の実家に着いたときの衝撃は大きなものとなった。

 了子を出迎えたのは明だけではなかったのだから。

 その二人の関係に自分が入り込めるなど、少しも思えなかった。自分だけでなく、他のどんな人だろうと入り込めない関係がそこにはあった。

 被害者の息子。

 加害者の娘。

 この二人の関係に、いったいどうやって入り込めるというのか。

   *    *    *


 現在。


 雑誌を閉じて起き上がった了子は、二・三歩明の元に近づいて言った。

 「忘れろなんてのは言わないけど、あまり仲良くするなよ。」

 「そういうわけにはいきませんよ。」

 「だめだ。」

 了子は、友情に対して極度にドライな態度を取っているというより、友人を作りにくいタイプというほうが近い。受験一辺倒の生徒には同級生全てをライバルに考えて孤高の態度を取っているのがいるが、それとはまた違った一人きり。

 明の知る限りでは、了子に友人と呼べるべき人が見当たらない。話し相手ぐらいはいるが、ひょっとしたら明だけが了子の友人と呼べる相手なのではないかと明は考えた。自分は数少ない例外であって、本当は人が嫌いなのかもしれないと。

 RRRRR…RRRRR…

 そのとき電話が鳴った。

 「はい、玉城です。え! ……、わかった……」

 受話器の向こうは明の父。珍しいことがあるものだと最初は軽く考えたが、すぐに軽い話ではなくなってきていた。

 明は受話器を置き、テレビをつけた。

 選挙や為替相場といったニュースの後、それは簡単に伝えられた。

 『江本貞夫死刑囚に死刑執行……』


 「とにかく明はここにいて。美香は私が連れてくるから。」了子はすぐにヘルメットとスクーターの鍵を持って立ち上がった。

 了子は何とかして江本と連絡を取ろうとしていた。江本のアルバイト先は店自体が休みでつながらず、女子寮に電話を入れてもナンバーディスプレイで拒否されるのかベルは鳴っても誰も出なかったが、それでも諦めずに外に探しに行った了子を、このときほど頼りに感じたことはなかった。

 その逆に、明は二時間ほど何もできなかった。

 久しぶりの一人はやけに静かだった。テレビの音ぐらいが賑やかさを醸し出しているだけで、明自身は黙っていた。一人暮らしとは言え、了子とほとんど一緒に過ごしていたのだから。

 RRRRR…RRRRR…

 了子からか、あるいは、父からの電話と思って受話器を取った明の耳に届いてきたのは、教室でもさほど話したことのない石澤の声だった。

 『あなたと江本ってどういう関係なの?』

 最初、石澤は江本と自分との関係を知ったのだと思った。でも、その石澤の声はあまりにも軽く、一方的に話しかけ得てくる内容からしても、江本のことを知ってのことではないことは確信できた。明は何と答えるべきかという以前に、この女は何を聞いているんだという疑問が沸いた。

 どうやら石澤はカラオケボックスから電話しているらしく、ブースの外で電話を架けているが、壁やドアをつき抜ける騒音が電話に割りこんで石澤の声を聞きとりづらくさせている。

 受話器の向こうには、石澤の声だけでなく微かに江本の声も聞こえていた。自分の電話番号を知っている女性のうち、石澤と関連があるのは江本の他にはいない。

 「何でそんなこと聞くんだ?」

 『江本のため。江本のアドレスに書いてあんのは、私らの他には玉城明の住所と電話番号だけで、あれだけ言い寄ってる杉本のお兄ちゃんのはどこにもない。もし江本とあなたとの間に何か関係があるんなら、そのことを杉本のお兄ちゃんに悟らせて江本を諦めさせれば、江本は気楽になるんじゃないかって思ってね。』

 「たかが電話番号のやり取りだけだろ。」

 『重要な問題だよ。あなたのだけあって杉本のお兄ちゃんのはないんだから。』

 「携帯のメモリかなんかに書いてあんじゃないの。」

 『江本って携帯持ってないよ。』

 「ってことは、やりとりなんか全部電話使ってるってことだろ。杉本に電話したかったら妹の電話番号見りゃいいだけじゃないか。」

 『……。それはいいとして、江本が玉城くん家の電話番号を知っているのはどういうわけ?』

 「教えたから。」

 『そうじゃなくて……、それじゃ、昼間の二人の仲はどう?』

 「ん?」

 『昼間の試合のときの……』

 「ああ、あのときね。話しするだけで関係云々が言われるなら、俺がこうやって石澤と話しをしているのだって、何かあるんじゃないかって勘ぐられるんじゃないのか?」

 『それとこれは別だよ。江本はあなたのことを『明』って呼んでんだし。』

 明は受話器の向こうにいる江本の声が気にかかった。『やめて』と言っているようであり、逆に楽しんでいるかのようである。どうやらまだ江本は知らないようだ。

 何にせよ、石澤の言葉に合わせて、自分と江本との過去をベラベラ喋る必要はない。石澤がどういう人であるかは江本の口から断片的に語られたことと、神崎の水泳部という枠での石澤と、杉本のアルバイトという枠での情報だけ。それら全ての石澤に関する言葉よりも、今こうして電話で話ししていることのほうが、石澤舞という女性の姿をより多く伝えてくれる。

 『江本にかわるね?』

 受話器の向こうで石澤の江本を呼ぶ声が聞こえ、しばらくカラオケボックス特有の音が聞こえた後、江本が受話器を取った。

 『もしもし。』

 「これ、盗聴されてる?」

 『?』

 「石澤あたりが耳をそばだててるとか、怪しげな機械を使って盗み聞きしてるとか。」

 『ないけど。』

 「でも、側にはいるんだろ。声が聞こえるし。」

 『うん。でもぜんぜんこっちのほう向いてないし、聞いてもないからだいじょうぶ。』

 「大事な話だから。あまり聞かれないほうがいいし。」

 明の「大事な話」に、江本は愛の言葉とか告白とかといった淡い期待を抱いた。

 その淡い期待は、直後に崩れ去った。

 『うそ……』

 電話が切れてから五分ほど経っても、江本は呆然としたまま立ちすくんでいた。

 三度行なわれた裁判の全てが、江本貞夫を有罪とする結論を下した。判決を下す裁判官の重い声はセレモニーの幕引きでしかなかった。それでも江本は最後の温情を信じていた。

 信じていたのに結果は変わらず、結果は実行された。


 テレビを消して、明は横になった。了子には既に電話で江本の居場所を伝えてある。後は了子が江本を連れてきてくれるのを待つだけ。

 その間、明は三年前の江本を思いだしていた。

 最期の判決が出たとき、江本はどうしたかを。

 奇妙な同居が終わってから一ヶ月後のとある日曜日、とある駅で、江本は駅員に捕まっていた。キセルである。

 迎えに来たのは明だった。親でも、教師でもない。ロクに学校にも通っていない江本では、どんなに熱意あふれる教師であっても頼る相手には当たらないであろうが。

 明はとりあえず江本を連れて駅前の喫茶店に入った。

 『もう帰れよ。』

 『いや。』

 『江本が学校に行かないってのは勝手だけど、俺はちゃんと学校通ってる身だし、明日も学校がある。住んでるとこも江本と住んでた家じゃないし、夏休みのときみたいな二人暮らしは今はできないんだよ。』

 『本当のこと言ったらどうなの。あの人がいるからでしょ。』

 『あのね、俺達の現実を考えろよ。芸能人にでもなってれば今の俺でも江本を養えるだろうけど、寮と学校の往復しか知らない俺がどうやって江本を養えるんだよ。』

 『アルバイトしてるって言ってたじゃない。』

 『アルバイトと言ったって、了子さん家の喫茶店たまに手伝ってるだけだし、親父からの仕送りだけじゃ足んないから。それで生活できるわけじゃ……』

 『……、つまんない。』

 『つまんないって、じゃあ、どうならばいいわけ。』

 『前の明に戻って。』

 『あれは夏休みだったからできたんだ。今は二学期の真っ只中。』

 『私と一緒に逃げて。』

 『はぁ?』

 『二人きりで逃げようよ! あの人も学校なんてのも無いところに連れていってよ! そうじゃないと、私、わたし……』

 『ミカ……』明はその時、江本の下の名前を呼んだ。一ヶ月の同居の間は使っていた江本への呼び名である。

 江本の求めているのは一ヶ月の同居と同じものだった。ろくに学校に通っていない江本は、それが夏休みの極々限られた状況であったからできた事だという考えは浮かんでいなかった。そのときの幸せがどうしてもほしかった。だからキセルまでして明に会いに来た。

 喫茶店を出てから、江本を連れて江本の住まいへと向かった。

 そのとき、江本がなぜ自分を訪ねてきたのか、正確にはなぜ自分の元へと逃げてきたのかを知った。

 江本の母は家に鍵を掛け、黙り続けていた。ドアの前にまでマスコミが詰めかけ、彼らは江本の母を標的にしての心ないインタビューを試みていた。

 この日、一審・二審と何も変わらない最後の判決が出た。

 マスコミがいなくなった隙を見て、江本を母の元に渡した。江本の母は、涙を流して江本を抱きしめた。家出した娘が帰ってきたというのがそのときのもっとも簡素な説明である。だが、明の脳裏に強く焼きついたのは、抱きしめられている間中、助けを求めるかのように明に投げかけていた江本の視線だった。

 「俺が、守らないと……」

 学校で明と江本との関係を知っているのは、本人と、了子だけ。杉本兄妹も、石澤もそのことは知らない。


 窓の外から聞き慣れたスクーターの音が聞こえてきた。

 階段を上がる音は二人分聞こえる。

 「ただいま。」そう言って了子はドアを開けたが、明の目にまず飛び込んできたのは、呆然としている江本の姿だった。

 了子は江本を残して部屋を出て、ドアを閉め、階段を下り、部屋の明かりを外から見つめた。


 カーテンの向こうには二つの影。寄り添い、徐々に近づき、二つの影は横に倒れ、部屋の明かりは消された。

 「ずるいよ……」スクーターに乗って、了子はアパートを後にした。

   *    *    *


 向こうの駅に着くまではそれなりの足取りであったが、駅を出てからの江本の足は実家へと向かっていなかった。日は暮れたが、もうバスがなくなったわけではない。それなのに、江本は明の腕にしがみついたまま人の少ないほうへと向かっていた。

 「どこに行くんだ?」

 「ホテル。」江本は即答した。

 「!」

 「それとも、野宿するつもり?」

 「俺一人だったら野宿でもいいだろうけど。でもな……」

 「私はいや。」

 江本はどこでもいいから建物の中に入りたがっていた。街を歩いているところをあまり見られたくないという程度ではなく、人目という人目を全て避けたいという感じで、明と歩いていても、明の影に隠れているような感じであった。

 ここは確かに江本の実家のある街。だが、それは単に母がここに住んでいるというだけで、他に想い出があるわけではない。強いて想い出を上げるとすれば、高校に入るまでずっと家に引き籠もり続けていたことぐらい。

 「いいの?」ラブホテルらしき建物が見えたとき、明は明言せずにささやいた。

 「うん……」


 バスローブを身にまとい、二人ともベッドに座ってじっとしていた。明の右腕と江本の左手だけが絡みあっている。

 「何もかも忘れたい……」

 明は江本の手をゆっくりと下ろして、江本を抱きしめた。唇を重ね、バスローブを解き、ベッドに横たわらせる。この一連の動きの中で、江本の口からは何度も『好き』の一言がこぼれた。

 江本の閉じられた瞼から涙がこぼれ、明は指先でそっとその涙を拭った。

 肉体関係は三年近くになるが、初めのうちはママゴトのお医者さんごっこの延長みたいなものだった。自分達のこれからすることが何であるかを頭で考え、乏しい知識でお互いの裸を確認しあう程度のものであったのが、年齢に比例して二人の身体が大人へと近づいていくにつれ、二人は身体を合わせることに対してより多くを求めるようになった。悪く言えば性欲に従ってのものであり、良く言えば大人になってきたということか。

 「どうして! どうして……」

 「……」

 「帰るって言ったのに、お父さん、絶対に帰ってくるって……」

 「美香……」


 どんな人物と評されようと、江本貞夫は江本にとって掛け替えのない父親であり、自分を迎えいれてくれる優しさを持つ人であるが、そんな感情を持ちえるのはごく一部の人しかいない。世間にとっての江本貞夫は、社会からの逸脱者であり、許されざる誘拐犯であり、この世から抹殺すべき殺人犯である。

 その社会が下した判断は、死をもっての罪の償い、

 社会はそれを喝采した。そのことによって、罪なくして社会から抹殺される人がいることに気づかずに。


 カーテンの隙間から差す朝日が江本の寝顔を照らす。明は眠ることもできずじっと江本を見つめていた。目には涙の跡が残っている。

 「父さんはどうして、江本を朱雀台に入れたがったんだろう? 俺がいるから? それとも自分が出たところだから? もしかしたら、江本にとって父さんの手紙はただの口実なだけで、初めから朱雀台にくるつもりだったのかも……。江本ぐらいの頭があればもっといいとこ入れたんだし……」

 江本は特待生として朱雀台に入った。中等部時代一位の成績だった生徒と、入試で一位の成績になった生徒は、特待生として卒業まで授業料が免除になる。江本自身それがあるから朱雀台に入ったのだと言うし、決して裕福ではない江本家を考えれば、それは正しい選択であった。もっとも、特待でなかったら明の父が江本の分の学費を出すことになっており、特待であるかいなかに関わらず、合格すれば江本は明の同級生になったはず。

 一位の成績となる保証などどこにもなかった。全国で一・二を争うというわけでもないが、朱雀台はそれなりに名門である。そんな中、内申書はほぼ絶望的とも言うべき江本が特待生になれたのは、江本自身の意地があったから。

 どんなに自分を追いかけ、家出までして頼ってきても、江本は自分の父を嫌って、恐れて、遠ざけようとしている。だいいち、自分の父を死刑囚にさせた元々の原因となった男の援助など到底受け入れられない。それが江本の意地なのだろうと明は考えているし、江本もそうだと認めている。

 「ん、んん? ? や、やだ……」目覚めたとき、江本は明が自分のことをずっと見つめているのに気づき、軽く頬を赤らめた。

 「おはよ。」

 「お、おはよう。」

 明は江本が眠っている間自分が考えていたことを江本に話した。目覚めたばかりで江本はあまり頭が働いておらず、答えるのにしばらく時間がかかった。

 「違う。特待生になったの、貧乏だからっておまけで……。あの人を見返したかったし……」

 「なれなかったら、朱雀台に入らなかった?」

 「明のお父さんからの手紙が来るまで、高校なんて考えてなかった。就職は少し考えたけど。」

 「どこに就職するはずだったの?」

 「決まってなかった。これから就職先捜そうかってところに手紙が来て、それから受験勉強始めたから。」

 「それでよく受かったね。三年間ずっと塾通いで落ちたのもいっぱいいるのに。」

 「私みたいな人間が人を見返せるの、偏差値が一番楽で大きいから。犯罪者の子でも、平等に計ってくれる。見返したいって気持ちで、ずっと……」

 高等部に移っての一回目の中間テストで、明達は江本の隠された一面を知らされた。中等部出身と他の中学出身とでは、中等部出身のほうがいい成績となる。これが朱雀台の伝統とも言うべき形であったのに、この年のテストでは中等部出身の生徒を押し退け、江本が学年トップの座に着いた。

 その座は期末テストでも奪われず、大学受験だけを考えて入学した面々にとって、江本は羨望と怨恨の眼差しを向けられる対象になった。

 怨恨はともかく、羨望は江本にとって初めての眼差しだった。忌み嫌うように遠ざけるか、迫害するか、もしくはいないかのように無視するかが、明を除く同い歳の人間のこれまでの眼差しであったのだから。


 そこには何も刻まれていなかった。

 墓石とはそこに誰が眠っているのかを記すものであるはずなのに。

 「あなたは幸せになりなさい。」母はそう言って、なかなか墓の前から立ち去ろうとしない娘を送り出した。

 「幸せ……」

 「明クンが待ってるよ。」母にとっての精一杯の笑顔だった。

 少し歩いて振り返ると、母は墓石にしがみついて声を挙げて泣いていた。それを見てから江本は早足で門まで向かった。

 明は前のバス停までは一緒に来たが、門の中までは行かず、バス停の前の古ぼけたベンチに座って、江本が戻ってくるのを待っていた。

 二時間ぐらい経って、江本が戻ってきた。

 「次のバス、あと一〇分ぐらいだよ。」

 「……」明の元に返ってきた江本は何も言わず明の隣に座った。

 それからしばらく江本は黙っていた。

 バスがやってきて、二人は一番奥の席に座った。

 「今頃みんな、私たちのこと知ったんだろうね。」江本はかなり無理して話し出した。たぶん帰っても黙り続けているだろうと考えていただけに、江本のほうから話しかけてきたのは明には少し意外だった。

 「だろうね。」

 「だったら、学校辞めないといけないかな……」

 「どうして?」

 「恐いから……、壊したくないから……」

 「壊すって言ったって……」

 「何もかも捨てる覚悟、私はあるよ。でも、明にそれはないでしょ。」

 「……」こう言われて明は少々戸惑った。江本が『壊したくない』と言う対象が自分なのだと聞かされて。

 「私たちのこと言ったら壊れるよ。何もかも……」

 「そうとは思わないけど。」

 「じゃあ言うよ。」

 「……、いいよ。」

 「壊れるんだよ。」

 「壊れたっていいよ。美香と一緒なら。」

 「……」

 「美香と一緒なら、構わない。」

 「ありがとう……」

 それからずっと、手を握り続けていた。

 「わかりあえるはず」という小説は


  母を殺された少年


  その犯人の娘


  その事実を知る女性


 の三人の関係を描いた小説です。

 小説としてはありふれた設定かもしれませんし、現実離れしている設定かもしれません。


 それでも、この小説を描いたことに後悔はありませんし、描ききったという充足感もあります。

 そして、この二人の物語をこれ以上描くつもりはありません。


 まるで、彼らが、「これ以上自分たちにつきまとわないでくれ」と語りかけているような感じさえしています。


 このほかにも作品を公開してまいります。よろしければそちらもお楽しみください。

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[一言] 海の上を静かに漂うような感覚。何と言ったらいいのか。
[一言] 感動しました。ラストの後で心に流れる感情は何と言っていいかわかりません。
[一言] のぞみの兄です。妹に勧められて通勤車中で読ませていただきましたところ、大変面白く、一気に読み終えてしまいました。妹が虜になるのもわかった気がします。 まだまだ他に作品があるとのこと。そちらも…
2008/05/12 07:48 のぞみの兄
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