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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十一、始動編
99/126

12-(6) 公女コーネリアの毅然

 いま星間連合軍全体が、ロストしたグランダ艦隊を探し大わらわ。

 

 軍令副長の星守ほしもりあかりも、アマテラスのブリッジでグランダ艦隊の行方を追っていた。


 追うといっても、ブリッジある司令部要員の身では、実際宇宙に出て索敵作業をするわけにもいかない。

 

 星守が上司の六川公平ろくかわこうへいと行っているのは、グランダ艦隊の針路を予測し、

「重点的に索敵するポイントを選定する作業」。

 

 星守が洗い出したポイントを、六川が諸部隊へつたえ索敵させる。


 星守はスタイリッシュなおかっぱ頭。背は小さいが活動的な女子。そんな彼女の脳がフル回転。彼女のチャームポイントの大きな瞳がコンソールのモニターを注視している。

 モニターにはグランダの進路予想のチェックが多数。


 A地点、B地点、D地点の迂回ルートに反応なし、針路Cはとても大艦隊が進めるような場所じゃない。となると、グランダ軍は後退した?いや、それはありえないはず。


 そう思った星守がモニターの時刻を見た。時間は、

「グランダ軍ロストから約1時間半」。

 

 星守はこの事実に

 ――もう目の前にグランダ艦隊が出現してもおかしくない。

 と、ゾッとした。


 ゾッとする星守の横では、ヘッドセットを付けた六川が索敵指揮の真っ最中。

 六川はアマテラスへ配備されている直卒の索敵部隊に、独自の索敵まで展開している。


「一つ一つ、しらみつぶしに探していくだけなのに見つからないなんて」

 そう星守がもらす。


 考えても、考えても正しい答えが見つからない。グランダが見つからない現実。星守の顔には衰容すいようすらある。


 六川はヘッドセットしていても聞こえる星守のうめきを、無視というわけでもないが、相手はしない。

 星守は声にだすと、考えがまとまるタイプで必ずしも応じは必要ない。


「敵がこちらに向かっているのであれば、そろそろアマテラスのレーダーで捉える事が可能な距離です。まずいですこれは、こんな失態をするなんて、何で」

 

 星守に、いや星守だけにではなく星間連合軍全体に、

 ――敵をロストした常態で、極めて近距離まで接近を許してしまっている。

 という嫌な現実が突き付けられつつあった。


 だがブリッジに忙しさの中にも冷静さがある。それは司令長官正宗の揺るぎない存在。

 アマテラスのブリッジには天童正宗という重しが一つ堂々と立っていた。

 

 正宗は、

「見つからなくても問題ない」

 とさえかまえ、

「ここで戦うなら、そのうち敵は姿を見せる」

 というような覚悟さえにじませている。


 星守が胸中で

 ――正宗さんどうにかして下さい。

 そんな悲痛を覚え、すがるように全軍の長へ目を向けた。


 だが、一見平静そうに見える正宗に、

 ――正宗さんにも余裕はないな。

 という感想を星守は持った。


 理由は正宗の身にまとっている空気だ。いつもの天童正宗という男には物事を俯瞰ふかん巨細きょさいを見極めているという余裕がある。

 

 いまの星守の目に映る正宗には、

 ――もう索敵など捨てた。早く姿を見せろ。

 という、目の前を早く見たいという焦燥しょうそうが見えた。


 星守が目撃したすがった対象の余裕のなさ、

 ――誰にも頼れない。

 という現実。

 

 思考のはてに憔悴しょうすいし、乱れかけていた星守の思考に怜悧れいりさが戻った。


 星守が再びモニターへと目を落とす。

 画面には、グランダ軍をロストした座標へ拡大された宙域マップが表示され、ロストした座標からグランダ艦隊の予想進路の矢印が幾つか伸びていた。

 どの矢印も星間一号線へ向けて迂回する進路を取っている。これを眺める星守。


 ――敵はこちらへ向かっている。迂回うかいして。

 でも迂回ルートは全部調べましたけど姿形もない。

 

 ――では、敵は後退したのか?

 いや、そうじゃないです。間違いなくこちらへ向かってきている。


 消えた理由は私たちの想定外のポイントから出現し驚かすこと。でしたら迂回。周り込みです。


 ――では、どのルートで?

 え、いや、本当に果たして迂回なのか?ここへくるのに何も迂回しなくてもいい。


 星守の目が見開かれ、ハッとした表情になった。


「敵は、直進してきているのではありませんか!」

 叫び声のような星守の声。


 六川が顔を向けるが、判然としない表情だ。ヘッドセットをしているのでよく聞こえなかったのだ。

 星守が、声量を上げて言葉をつづける。


「我々は可能性のあるあらゆる方向を策敵しましたが、見つからないとなれば後退したか、直進したかです」

 この星守の言葉に六川でなく、正宗が反応し、


「それだ。敵は我々が探していない場所にいる。直進だ。やられた!」

 と思わずというように吐いていた。


 正宗が声を上げたと同時に、索敵オペレーターから叫ぶようにして上がる。


「グランダ艦隊を捉えました。星間連合艦隊に対して左後方から出現。グランダ艦隊です」

 

 アマテラスのブリッジが騒然そうぜんとする。

 索敵オペレーターが、続いて読み上げたグランダ艦隊の座標は、数十分で砲戦距離に入りかねない位置。


 六川がアマテラス直卒の偵察機部隊に帰投を命じ、ヘッドセットをかなぐり捨て、すぐさま艦隊へ布陣方向変更の指示を開始。

 

 このまま敵軍を受ければ、左側から一方的に不利な戦いを強いられてしまう。


 焦りを見せた六川へ、

「大丈夫です六川さん。不幸中の幸いですよ。最初の配置座標に戻すだけなので、座標計算の必要もないです。すぐに終わります」

 星守が少し笑っていった。

 

 ただ移動に手順には手間がかかる。

 同時にバラバラと動かせば、接触事故や衝突事故が発生する。注意は必要だ。


 六川が驚いて、星守を見た。

 六川がいま目にするのは、年下の若い女性感じられる余裕。星守はテキパキと艦隊移動の指示を次々と出している。

 

 ――星守さんは、この中で一番冷静だな。

 と六川は思い。対して僕はどうか、と取り乱しかけた自分を冷笑し冷静さを取り戻した。


 突然の報告に動揺したのは、六川だけではない。

 アマテラスのブリッジ内が揺れに揺れていた。


 正宗は動揺の底に沈み込むようなブリッジを目の当たりにし、嘆息一つ。そして息を吸った。

 一喝するためだ。取り乱したところで状況は変わらない。

 

 が、正宗が声をだす前に、


「落ち着きなさい。敵は見えているのです。目の前の敵と戦う事に集中なさい!」

 というブリッジには女性の声が響いた。


 腰まで伸びた髪が美しい公女コーネリア・アルバーン・セレスティアルだった。


 ブリッジ内の視線がコーネリアに集中する。正宗もコーネリアを驚きの表情で思わず見た。そんな視線にさらされるなか、公女コーネリアは毅然として立っている。

 

 公女コーネリアは軍人という立場と、セレスティアル家の公女という微妙な立場が混在したような乗艦で、アマテラス艦内では彼女の存在が浮いていた。

 

 そんな公女コーネリアが、

 ――私はお客さんではなく、れっきとした軍人ですよ。

 というように、アマテラスのブリッジにあらわれ一喝を浴びせたのだった。

 

 コーネリアは、さらにつづける。


「みっともない。それでも星間連合旗艦アマテラスのクルーなのですか。見えないものを恐れるのは人の心理ですが、見えるものまで恐れるのは臆病者です。私は星間連合軍が臆病とは聞いていませんよ」

 

 コーネリアが端正な顔、細い眉を吊り上げてそう言い放った。

 正宗をふくめブリッジの乗員たちは、冷水を浴びせられたようになり静寂。

 ブリッジに冷静さが戻っていた。


 もうブリッジは、つい先程まで動揺して熱を帯びていた雰囲気は消え去り、乗員たちは冷静にやるべき仕事をこなしている。


 だが、正宗が目にするコーネリアにあるのは、

 ――毅然きぜんの中にある不安。


 正宗が立ち上がり彼女に近づき微笑みかけ、


「ありがとうございます。どうにも私も冷静さを欠いていたようです」


 コーネリアは正宗の言葉に口を開こうとしたが出来なかった。唇がこわばっていて喉もカラカラで声が出せない。


 言葉が出ないコーネリアは表情も堅い。コーネリアは言葉の代わりに、とっさに微笑み返そうとしたが、微笑みとは程遠いいくしゃくしゃな表情が出ただけだった。

 

 正宗が、そんなコーネリアの表情を見とめた。


 一見すると毅然として見えたコーネリアの顔は、近くで見ると真っ青で唇も紫、血の気が引いたようになっている。戦闘直前という緊張感を敏感に感じ取って恐怖していると一目でわかった。

 

 コーネリアはそんな心境あるなかセレスティアル家の人間として毅然として振る舞い士気を鼓舞し規律を取り戻させたのだ。


「仰ってくれた通り、目の前の敵と戦うだけです。予定通りですよ」

 正宗が優しくいう。

 

 正宗は恐怖するコーネリアに、惰弱ではなく愛おしさを感じていた。

 コーネリアの恐怖を見てこの人を守らなければならないと純粋に思った。

 コーネリアは顔を上げ、ただその大きな瞳で正宗を見つめ返している。

 

「情報室へお戻りになりますか」

 そう正宗が問うと、コーネリアは首を横に振った。

 

 正宗は微笑み、コーネリアの肩を抱き寄せながら自身の席の横へ誘った。

 

 正宗がブリッジ中央の艦長席の前に立つ。コーネリアはその横の座席へ控えるようにして収まった。

 

 司令長官正宗の横。

 そこは戦況が最もよくわかる特等席。


 ――これが司令長官の視界ですか。

 座席についたコーネリアが息を呑んだ。


 アマテラス艦長席は、総司令部・司令長官座も兼ねる。

 

 その座席はコーネリアの想像以上、

「全知の機能」

 に、つつまれていた。


 先ず何より情報が見やすい。例えばモニターの配置一つとってもそうだ。ブリッジ内の高い位置にあるモニターはすべて正宗へと集中している。これはコーネリアにとって驚きだった。


 コーネリアは情報共有用の大サイズのモニターは、ブリッジ全乗員のために設置されていると漠然と思っていたのだ。それが違う、ということが初めてわかった。


 もちろんこれらの大サイズモニターはブリッジ全体へ知らせるという役割もあるが、正宗に一番見やすく設置されていた。


 思えば――、

 六川さんや星守さんが、ときおりこの席の近くに立って、なにかお考えになっているのはこういう理由があったのですね。

 などと、コーネリアは得心がいっていた。


 軍令部の責任者である2人は、全体の戦況をつぶさに知る必要がる。

 

 正宗を囲むように艦隊のあらゆる情報が集められ見やすく表示され、いまコーネリアには艦隊の状況がよく見える。加えて総指揮を取る正宗まで観察でき、コーネリアがいるのは会戦全体の観測者のような席。


 そう、いまコーネリアのいる場所は、歴史家や軍事史学者からすれば羨ましいかぎりのロイヤルシート(超特別席)だ。


 艦長席についた正宗が鋭い口調で一言。


「公女が勝ちをご覧になられる。不首尾を見せるな。普段通りやればおのずと勝つ」

 

 これでブリッジは緊張感に包まれると同時に、士気が燃え上がった。


 ――公女が勝ちをご覧になられる。

 正宗はブリッジ乗員の士気をくすぐる上手い言い方をした。総旗艦アマテラスのブリッジには生まれの良い子弟が多く、彼らは権威に弱い。


 正宗の言葉は、そんな彼らに美しく可憐な、

 ――憧れの公女様。

 を、強く意識させた。正宗は巧妙だった。


 星間連合艦隊は、グランダ軍との艦隊決戦に向けて最後の準備に入ったのだった。

 両国初の宇宙での大規模会戦。この会戦内容で、戦争の勝敗も決まる。

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