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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十一、始動編
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12-(5) 大規模電子偽装

 グランダ艦隊を待ちかまえる形となった星間連合軍。

 

 総旗艦アマテラスのブリッジに、

 ――グランダ艦隊動く。

 の報せが入ったのは30分ほど前。


 いま、アマテラスのブリッジでは、軍令長の六川公平ろくかわこうへいと軍令副長の星守ほしもりあかりが、天童正宗へ報告を行っていた。

 

 まずは星守が、状況の概要報告を開始。


 その星守の横で六川がコンソールを操作中。六川は図上を示しながらの説明の準備をしているのだ。星守に基本情報の説明をさせ、問題への対応と対策を六川からする。いつものやり方だった。


「星間連合軍の9艦隊の内、星間一号線に集結したのは7艦隊です。不在の2個艦隊は、予定通りグランダ艦隊の迂回行動を牽制けんせいするために第四星系方面へ進行中です。星間第一号線の本隊との距離はおよそ8時間」


 星守はたんたんと状況をつたえたが、胸中には疑念が生じていた。


「一大会戦を前に、軍を分離してよかったのか」

 これが星守に生じ始めていた迷い。

 

 今更に過ぎるが、

 ――自分たちは敵の動きをあまりに深読みしすぎているのではないか。

 とすら思う。


 当初、星間連合艦隊が集結した時点では、星間連合艦隊が星間第一号線へ移動して待ち構えても、グランダ艦隊が直進してくるとは考えにくかった。

 

『グランダ軍は、何か小細工を仕掛けてくる』


 これが星間連合軍内で無言の内に生まれた共通の認識だったといっていい。


 そんな折に出されたのが、2個艦隊をおとりも兼ねて第四星系方面の進路遮断へ送り出すという作戦だった。


 この2個艦隊の分離は、第三艦隊を率いるランス・ノール・セレスティアからの提言を採用したもので、この提案には魅力的なものがあった。


 グランダ艦隊の迂回行動も牽制できる上に、仮に囮の2個艦隊へグランダ艦隊が食いつけば背後を襲える。


 囮と進路遮断を兼ねた分離は、あの時点では魅力的な提案に思われたのだ。証拠に星間連合軍内では、この分離に誰かからも異論が出なかった。


 軍を分離したことに疑問を持ち始めた星守の現状確認の報告が続くなか、モニターに星間一号線の宙域マップが表示される。

 

 六川が、星守の言葉が終わると同時に入れ違う形で喋り出す。


「グランダ艦隊は、三列の縦隊で動き始めました。おそらくこの隊形のまま星間第一号線に突入してくるでしょう」


 この六川の言葉とともに、図上に表示されているグランダ艦隊の進路が矢印で表示され、星間連合艦隊へと伸びていく。

 

 グランダ艦隊から伸びた矢印が、星間連合艦隊の前で止まると六川が再び口を開き


「グランダ艦隊が、このままの速度で進行してきた場合、会敵するのは約2時間20分後と考えられます」

 と、いってさらにモニターを操作し、グランダ艦隊の隊列状況が拡大されて表示される。


「グランダ艦隊の三つの縦列の配分は、左翼が2個艦隊、中央に3個艦隊、右翼が1個艦隊です」


 右翼の1個艦隊には、総旗艦大和(やまと)という情報が表示され、左翼と中央の軍にも艦隊司令官や編成内容が表示されている。


 提示された情報を黙ってしばらく見つめていた正宗。

 次の瞬間に正宗の目元に明朗さが走り、


「中央が厚いのか。そして右翼の旗艦の大和で1個艦隊。なるほど右翼に我らの兵力を集中させて中央を突破するのが敵の狙いか」

 そう断言した。


 いま正宗には、

 ――敵の意図が読めた!

 というひらめきがある。

 

 いままで姿の見えない敵へ苦慮していたのに、いまは敵の実像をつかんだという感触。

 

 正宗は口元に笑みさえ浮かべ、

 

「なるほど考えたようだが甘い。我々は、左右に1個艦隊ずつ、中央に4個艦隊、中央の後方に予備として私の第一艦隊を配置する」

 そう力強く星間連合軍の艦隊配置を決定。


 正宗の決断に、六川と星守が問いたげな視線を向け、まず六川が


「グランダ艦隊の総旗艦大和がいる敵右翼を粉砕するのではないのですか」

 と確認。


 ――常識的に考えれば、それが一番手っ取り早いな。

 そう正宗は思うも、

 

 ――たが、違う

 ともう思う。


「右翼の大和は餌だ。あえて敵の主力である中央を粉砕する」

 

 六川と星守が、図を穴を開くほどに見つめる。

 正宗は図を見て沈思してから陣形を決定していた。

 答えは図上にある、と2人とも思ったのだ。


 いま星守の目に映るのは、

 ――簡単に撃破できそうな大和の艦隊。

 

 星守が先に動いた。

 

「なるほど簡単に撃破できそうな大和が罠ですね。合理的には考えれば、全力で総旗艦大和の艦隊を撃破し勝ちです。ですが決死なら数時間はねばれますからね。敵は、その間に中央突破を狙っていると……」

 

 言葉はすでに正宗のいったことの繰り返しではあるが、星守と六川の2人が正宗の意図を理解した瞬間だった。

 

 星守がさらに言葉を継ぐ。


「それにです。両国の間で結ばれている条約上、考えにくいですが、旗艦が降伏しても中央の艦隊が戦闘を継続する可能性はあります。なにせ中央が一番多いのですから」


 星守からすれば敵の総司令官天儀は、星系軍にあって殲滅戦せんめつせんとう蛮行を実行した野獣のような男。勝ったと油断させたところを、戦闘を継続して逆転を狙ってくる可能性はある。とんでもない逸脱行為だが有り得る話だ。


「そういうことだ。敵は大和を餌に我々の多数を拘束し、その間に中を突破する計画だろう。なら、その敵中央を撃破し反撃の芽をつんんでから、旗艦が直率する艦隊を包囲する」


 政宗のこの言葉に


「なるほど、この方法なら旗艦が撃破されたのに、戦闘を継続するというルール外の行為も未然に防げる」

 そう応じたのは六川だ。

 

 こう考えると、

 ――先ず敵中央の粉砕。

 というのは、正宗らしい一歩先を読む疎漏そろうのない判断といえる。


 六川と星守に納得の色がでた。


 そんなやり取りを交わす3人の背後から明るい声がかかった。ブリッチの入り口の方からだ。


「あえて中央の主力を粉砕、力技にみえて、一歩先を読んだお考え。お兄様らしい素晴らしい判断だと思います」

 

 正宗の妹天童愛(てんどうあい)だった。

 正宗は突然の妹の登場に驚いたふうもなく


「そうだ愛、頼んだぞ。敵中央を愛が粉砕、左翼の朱雀すざくと敵の旗艦を包囲だ。敵の左翼はその時点で潰走かいそうする」


 正宗は敵の布陣を見た瞬間に、中央の4個艦隊として責任者に天童愛、さらに左翼の責任者に朱雀を決めていた。


 さらに正宗がつづける


「左翼の朱雀には、二足機の凶星きょうせい部隊を配備する。これで実質二個艦隊強のようなものだ」

 

 正宗の口にした、

 ――凶星部隊。

 は、星間連合軍の主力二足機部隊。


 200機で一隊を形成する星間連合軍最強、いや両国の間で最も優秀な二足機隊と認識されていた。


 これに伴い第一艦隊に編組へんそされていた凶星を運用する母艦2隻も朱雀へ回される。

 

 正宗が、ランス・ノールへ二個艦隊を預けて分離したのは、この凶星部隊の存在が大きい。凶星部隊の戦力評価は一個艦隊以上。極めて強力だ。


「あら、それだとわたくしが中央突破する前に左翼の勝負が決まりそうです」


「そうだ。手は抜かない。愛と朱雀、どちらが敵を撃破するのが早いか、といったところだろう。競争だ」

 

 正宗は競争といったが、

 ――愛のほうが早いだろう。やってくれ。

 という雰囲気を言外ににおわせている。


 天童愛が、兄言葉に自信ありげにうなづくと、アマテラスから星間連合艦隊へ隊形変更の指示が出されたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 星間連合艦隊の艦艇が、指示された手順で移動を開始。

 

 元々隊形変更のしやすい第一艦隊を中心としたホイール(車輪隊形)だったので、隊形移動は特に問題なく進んでく。


 最後に天童愛が率いる中央の4個艦隊の移動も完了。あとは船首をランダ艦隊が出現する方向へ向けるだけとなった。


 モニターを眺めていた天童愛が、

 ――布陣完了、会敵まであと2時間未満といったとこですわね。

 そんなことを思い。そろそろ自身のヤマトオグナに戻ろうと考え始めた時だった。


「グランダ艦隊、第四星系方向へ回頭し移動を開始。グランダ軍動き始めました!」

 という報告がブリッジを駆け抜けていた。

 

 報告をしたのはグランダ艦隊の監視を行っている索敵オペレーターだ。

 正宗がさっと顔を上げた。横にいた天童愛も兄の顔を確認しつつ


「やはり何かしてきましたわね。お兄様」

 と、いうと


「ランス・ノールへ釣られたか、もしくはここへの侵入口を変えるかだろう」

 と、正宗も自身の考えを口にした。


 星間連合艦隊から分離したランス・ノールの囮部隊の存在はすでに敵にも知れているはずだ。

 むしろ敵が釣られて動くように、敢えてわかりやすく行動している。

 

「陣形の向きを変更する。第四星系の方面へ向く。アマテラスを基準に、縦軸プラス40度、横軸プラス30度へ変更」

 そう正宗が、六川へ向かって指示を飛ばした。

 

 敵が星間一号線への侵入口を変えるのであるなら、敵が侵入してくる方向に隊形の向きをなるべく早く変えたほうがいい。

 

 この指示に、各艦艇の移動座標が慌ただしく算出されていく、いま正宗が口にした方向に全艦艇の艦首を向けても梯形ていけいの隊形なるだけだ。


 陣形中央で軸となる旗艦アマテラスは、回頭するだけでいいが他の艦艇は、大きく移動する必要があり時間を要する。

 

 だが、直後に索敵オペレーターから叫び声。


「第四星系方面へ向かっていたグランダ艦隊が消失」

 

 正宗の眉間にしわが寄った。報告の意味が解しかねたのだ。


 オペレーターの報告をそのまま取ると、

 ――敵を見失ったことになる。

 

 だが、この距離ではありえないことだった。


 いぶかしむ正宗に代わって、オペレーターへむけて鋭く声を向けたのは天童愛。

 

「それでは何をおっしゃっているのかわかりませんよ。報告は簡潔にして明瞭になさい」


 天童愛が叱りつけるようにいうと、索敵オペレーターが再度言い直す。

 ただ叱責を受けた索敵オペレーターからして、先ほどの報告も短くわかりやすいものだったはずだが、さらに簡潔にして声を張り上げるように


「グランダ艦隊をロストしました!」

 と、叫んだ。最早やけくそ気味だ。


 ――敵艦隊ロスト。

 という事態が、そもそもあり得ない。とんでもないミスだった。


 再度の報告に、天童愛が思わず押し黙った。

 叱りつけまでしたのに、索敵オペレーターの報告の内容は最初と変わらない。

 

 報告のやり直し要求したのは、

 ――わたくしの自身の動揺をさらけだしたようなものですね。

 と、天童愛はしぶさを覚えたのだ。


 対して正宗は冷静だった。


「電子戦偽装だな。物理的に接触して位置を確認するしかない。敵艦隊が消えた座標を中心に、第四星系方面へ有人の索敵機を展開する」

 

 この目視確認の指示に、ブリッジ内が再び慌ただしく動き出す。


「まさか。星間連合軍が電子偽装をうけるだなんて、電子戦司令部(フィフスフォース)の方々は、おさぼりになっていたのかしらね」

 

 うめくように苦々しげにいう天童愛。

 グランダ艦隊ロストの報告に、彼女は感情的なり、思わずこんな皮肉が口から漏れていた。


 ――敵艦隊のロスト。


 正宗もこの事態に、少なからず動揺を覚えていた。いつもなら必ず妹の感情的な発言をたしなめる正宗が、今回はそれに気が回っていない。

 

 電子戦技術(サイバーウォー)は星間連合軍の方がグランダ軍より一日の長がある。その十八番おはこの電子戦で先手をとられる形となっているのだ。アマテラスのブリッジだけでなく艦隊全体に、この動揺は広がっているだろう。

 

 正宗は動揺するブリッジへ向け静かに、だが重く継ぐ。


「めくらましするだけなら可能だ。グランダ艦隊は宙域一つをおおいかねない巨大さがあるとはいえ、広い宇宙から見れば針の先ほどもない。それにコントロールを乗っ取られ、幻の艦隊を見せられているわけでもないし。騒ぐようなことではない」

 

 正宗のこの言葉には、暗にどんな電子攻撃を受けたか具体的に報告しろという催促する意味もある。


 正宗の言葉で落ち着きを取り戻したブリッジ。


 最初に報告に動いたのは軍令部の星守。

 電装系のオペレーターより早いとは、やはり星守は優秀だった。

 星守は、六川とともに状況を独自に素早く確認。現状把握に至ったのだ。

 

「無人索敵ポットのカメラは暗転、索敵関連の装置も擬似座標が入力さているわけではありません。単純に索敵範囲を最小まで絞られているだけですね。復旧次第グランダ艦隊は見つかるでしょう」


「なるほど考えたな。だが、やはり慌てる必要はない。短期間消えて我々の動揺を誘うつもりだろう。が、こちらは動かないのだからさほど意味はない。敵はこちらへ向かっているということがはっきりしただけだ」


 ただ単純な電子攻撃の割に、対象が限定され攻勢が強力だったため復旧には15分程度の時間を要した。

 

 その間に星間連合軍は、完全にグランダ艦隊を見失いっていた。


 復旧作業をしながら無人の索敵機や衛星、ポットなどの索敵機を第四星系方面へ移動させたのがあだとなったのだ。合わせて有人の索敵機も第四星系方面の宙域に集中させてしまっていた。

 

 いない場所を探しても、敵の姿などあろうはずもない。

 

 天童正宗以下、星間連合軍の予想とは違い、

 ――グランダ艦隊は直進していた。

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