12-(4) フォーメーション・ホイール
いま天童正宗は、
「東宮寺朱雀司令の第二艦隊も合流完了です」
とう報告を受けていた。
ここはアマテラスのブリッジにある『総司令部』と呼ばれる一画。
少し薄暗い室内に、縦2メートル、横1.5メートルの宙域図が投影できる装置が設置されているこの場所で、司令長官の正宗は布陣の指揮の最中。
正宗は星間一号線から最も遠かった朱雀の第二艦隊の到着に、何事もなく朱雀も到着したか、という驚きを持ちつつも、すぐさま
「朱雀司令の第二艦隊は、予定通りホイールフォーメーション(車輪隊形)の上部へ配置。これでグランダ艦隊を迎え撃つ」
と、命令の変更がないことを明言。艦隊配置の指示を終えた。
いまの正宗には、
――グランダ軍があらわれる前に配置を完了した。
という安堵感がある。
正宗は、もぬけの殻だった重鼎を見て、
「不味い、敵にいいように操られた」
という嫌な感触をもっていた。
つまり、敵の思う様動かされ、艦隊決戦へと誘導された。ということから正宗が警戒したことは、星間連合軍が艦隊陣形を完成させる前に戦端が開かれるという
――不意打ち。
思えば天儀という男は不意打ちばかりだ。唐公誅殺の折もそうだし、黄子推が篭もる宙間要塞の攻撃の初手も越境侵犯行為ギリギリ。重鼎攻撃も少数での奇襲。
「卑怯とは思わないが、彼には手段を選ばない狡悪さがあるな」
というのが正宗の天儀への印象。
指示を終え沈思する正宗の胸懐を不思議な感覚が襲う。
――思えば自分は天儀という男の像を掴みかねているな。
いや
――本当に、そんな男が存在するのかとすら思う。
実は天儀という男は架空の存在で、AIや表に名前が出てこないような組織が指揮を行っているのではないのか。というような下らない妄想すら浮かぶ。
いや、妄想ついでだ。もしかしたら肥え太った醜い化け物かもしれない。と、正宗は想像たくましくした。
――醜いドラクル。
まるまるとした胴に乗る太く短い首に、四肢も同様に短く太い。そのはち切れんばかりの胴から垂れる醜い尻尾。背にある翼は申し訳程度に生えているだけ、とても飛べそうには見えない。
それが唐突に怒りとともに黒炎を吐き、人々を焼き殺す。とまで正宗は想像し、
――悪意に過ぎるか。
と、内心苦笑した。
正宗は物心ついたときから、物事の中心に関与するような生き方をしてきた。そんな男にとって天儀の出現は想定外の事態ともいえる。
正宗は、
――いまだに天儀という男の実像がよく想像できない。
これが正宗の嫌な感触という不快さの理由であり、
――相手がよくわからないので、どう対処していいかわからない。
という迷いの理由でもあった。
そんな正宗へ
「ホイールですか。宇宙ならではの隊形ですね」
という声がかかった。
声は優しさしい明るさを伴った女性のもの。
声の主は腰まであろうその髪が美しいコーネリア・アルバーン・セレスティアル。
セレスティアル家から派遣され、天童正宗を敬慕するコーネリアも軍令部のメンバーとしてアマテラスへ乗艦していた。
いま星間一号線に集結した7個の艦隊は、正宗の座乗する総旗艦アマテラスを中心に星系軍用語でいう
――車輪方円隊形。
を取っている。
軍内では車輪方円隊形は、単にホイールと呼ばれることが多い。
そしてフォーメーションホイールは、サークルが前後左右という横軸で展開するのに対し、ホイールは左右上下で展開する、ようは縦軸での方円陣だ。
このホイールフォーメーションは、隊形変化に富む。
正宗は、コーネリアの声に微笑を一つ。
「敵が何をしてくるかわからないのでね。迷いのある隊形です」
そう応じた。
「謙遜ですね。会戦は待ち構える側が有利です。私にもそれぐらいはわかりますよ」
みくびらないで下さい、というようなコーネリアの顔には朗らかさがある。
コーネリアは、ブリッジに入るなり正宗に硬さを見て、それをほぐしにかかったのだ。
「これは失礼しました」
正宗も愁眉を開き爽やかさを出して応じた。
正宗は、この女性と話していると自分は少しホッとするなと思い。その感情を素直に受け入れていた。妹や部下の前では、気取っているというか、堅さを崩せない。それがコーネリアを前にすると少し違うのだ。
コーネリアはそんな正宗の胸中を知ってか知らずか、少し厳しくし、しかも胸の前で人差し指を立てつつ
「通常の方円は防御に優れた陣形だが、これを縦にすることで隊形変更の柔軟さも加えられる」
と教官のようにいうと、
「と、教本にはありますね」
そういってまた微笑んだ。
「そうですね。グランダ軍がここへ向かっていると補足した瞬間に適宜な隊形へ変更可能。そしてグランダ軍が逃げたとなれば、追撃に適した隊形へ変更しすぐさま追撃です」
「私は逃げちゃう方に、一票です」
どうでしょうか、というようなコーネリアの表情。
正宗が、このコーネリアの可愛らしげに、応じにつまった。
正宗は心底に面影が残り続けるコーネリアが振りまいた愛嬌へ、愛らしさを感じ、ほだされたのではない。
――わからない。
という地に足がついていない感覚が正宗を襲っていた。
そう正宗には相手が何をしてくるのか、わからない。
敵は第四星系方面へ逃亡を図る可能性もあるし、艦隊決戦を志向し星間一号線へあらわれるのか。現状そのどちらにでも対応できる隊形を取り、さらにランス・ノールに2個艦隊を預けて第四星系方面封鎖へ向かわせた。
指示を出しているようで、わからないがゆえの主体性のない命令ばかり、正宗はコーネリアの無邪気に、足元の揺らぎを感じたのだ。
コーネリアの無邪気が、無意識に核心をついていたともいえる。
敵は、これだ。と、確信を持って一手を打ってくるのに対し自分はどうか。迷い、よくわからないから、とりあえず決断しているに過ぎない。
だが、コーネリアからすれば目の前には、自分の冗談に真剣に押し黙る想い人の正宗。
コーネリアは、さっと青くなり、
「あ、その、すみません。私ったら、こんな時に冗談が過ぎました」
と、うつむき不謹慎でしたというように謝罪。
正宗がハッとして慌てる。
「いえ、違いますよ。コーネリアは私に重要なことを気づかせてくれたかもしれない。敵は侮れない」
正宗の言葉は硬いものだったが、表情には暗がりを抜けたような明るさがあり、コーネリアへ向けられた声色は優しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なお天儀は、天童正宗の選択した|ホイールフォーメーション《車輪隊形》をひと目見て
「この隊形には怯怠がある」
と、一刀両断した。
「きょうたい、ですか?」
そう千宮氷華が問う。あまりに耳慣れない言葉だ。
「迷いがあり、動かすことに怯えがあるから、決断に怠りの色がありありと出ている。ホイールなどという中途半端な陣形がまさにそれだな」
「ホイールが悪い陣形でしょうか。隊形変化に富み、不意の変更にも強い陣形です」
フッと天儀が鼻哂した。
天儀の、そんなこともわからんのかという態度。
氷華はムッとしたが、天儀さんがこんな露骨な感情を見せるのは自分だけ、私は天儀さんが感情を露わにしても大丈夫な相手、特別なんです。と、いい聞かせ、もたげた不快をかき消した。
「正宗は我々に対し確信がないから、防御と隊形変化に優れる不測の事態に強い陣形を選んだのだよ。我々の企図を読んだのならば、もっと明確な意思が陣形に出る。何をしていいかわからないから、ホイールだ」
氷華は、なるほど。とは思えなかった。何故わかるのか、とすら思う。天儀の戦術論は感覚的で氷華には理解しにくい。
天儀は、そんな氷華に構いもせず、
「幸か不幸か、情理に優れる天童正宗の視野の外にある。俺はな、ヤツにとっては存在しないも同じだ」
と、寂しげにいった。
天儀はホイールを見て、
――天童正宗には俺が見えていないな。
と確信を持った。
いや天童正宗は、天儀という存在を認知できないに近い。そういうことだろう。
あのマグヌスとまでいわれる男が、見えない敵と戦い、雲をつかむようにもがいている。
戦況は、
――良し。
といったところだろう。だが、命をかけて戦っている相手に理解されていないとうのは寂しいことでもあるのかもしれない。上手くいったという良い感触と同時に、天儀の胸間を淡愁が抜けていった。




