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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十一、始動編
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12-(3) 集結グランダ軍

 天童正宗てんどうまさむね率いる星間連合軍が重鼎じゅうていを奪取するのと時を同じくしてグランダ軍も急速に動いた。

 

 第四星系方面へ移動していたエルストン・アキノック率いるグランダ軍本隊は突如転進、第三星系へ猛烈な勢いで戻り、大和特務戦隊(ヤマトレンジャーズ)と合流。

 グランダ艦隊は星間連合軍に先んじて全軍の集結を完了していた。


「いま俺たちは速さの中にある。スピードと一体。いいもんだぜ」

 気分良さげに、そういうのは上軍司令官アキノック。

 

 いまアキノックは補佐官のエレナ・カーゲンを伴い接続艇(ランチ)のなかにいた。


「スピードと一体ですか?」

 と、エレナがけげんに聞き返した。


 エレナからすれば、いまのグランダ艦隊は集結を完了し一点とどまっているような状況。第四星系方面から慌てて折り返してきていた昨日までならともかく、いまはゆったりと時が流れている。


 静止すらしているように思えるこの状況で、

 ――スピートと一体

 とは、よく意味がわからない。


 エレナの困った上官アキノックは、とにかく艦艇を疾駆しっっくさせているときは機嫌がいいが、ダラダラと滞留するような任務には不機嫌そのものになる。

 そしていまエレナの目に映るアキノックには、機関一杯で航行中のような機嫌の良さ。


 アキノックはエレナの不思議顔に、


「あのマグヌス天童を出し抜いたということだ。星間連合軍はグランダ艦隊の出現を知ってから戦力を集結させることになる。つまり俺たちが先で、正宗が後からだ。星間連合軍より俺たちのほうが早い」

 そういって応じた。

 

「ああ、なるほど。概念的な話ですね。敵より一手先を打っているから、速い、というわけですか」


「そうだ。6個艦隊が一堂に会せば、その動きは鈍重どんじゅう。俺は耐えかねるが、天儀てんぎは6個の艦隊を凄まじい速度で動かしている。信じられん。やつは俺の想像を超えた」

 

 絶賛するアキノックに、エレナは黙って微笑することで応じた。

 

 エレナにはアキノックのいった、

 ――天儀は6個の艦隊を凄まじく早く動かしている。

 という言葉の意味を理解できなかった。


 いまは強行軍、つまり、

 ――寝る間を惜しんで移動を繰り返しているというわけでもないのですけれど。

 と、エレナは不可思議に思ったのだ。


 全力で第三星系の天明星てんめいせい方面へ戻ったとはいえ、計画通り移動を繰り返しスケジュールに無理はない。もちろん残業は発生はあるが、不眠不休とは程遠い。そしていまは全軍終結後の作戦会議のために総旗艦大和(やまと)へ移動中。

 

 ――悠長ゆうちょうなものだな。

 と、さえエレナには思える。

 

 急いでいるなら会議は通信で済ませることも可能だ。

 わざわざこうして各艦隊の長や、主要な司令を総旗艦大和に集めるだけで半日はかかる。


 いかに直接顔を合わせての会議が重要とはいえ戦場の最前線に艦隊集結させ、会議の招集とはエレナにはゆとりすら覚え、

 ――この間に敵が動いたら。

 と、不安ですらある。

 

 エレナは、天儀が凄まじい早さで動いているなら何故か。と、その理由を推量。


「天儀大将軍(グラン・ジェネラル)は急いでおられるのでしょうか」

 という納得の行かない結論をアキノックへ向け口にした。


「そりゃあそうだ。6個艦隊、主要艦艇だけで約850隻。天儀が思ったこと指示して、それが現実となるのは早くとも1日後。天儀のやつはいま、俺たちより10日は先から指示を出していると思っていい」


 まるで天儀は未来から指揮しているような物言いのアキノックに、やはりよくわからないといった顔のエレナ。

 

「天儀の動きは、軍が壊乱かいらんしかねない程の速さだ。ギリギリいっぱいのな。やつの動きに付いていくのに必死だよ。俺も、おそらく紫龍の坊っちゃんもな」


 アキノックのこの言葉とともに接続艇(ランチ)は大和に到着。

 2人は大和へ乗艦したのだった。


 大和艦内を進み始めたアキノックとエレナの2人へ、

 

「大将軍のはやきこと、鬼神の凄みがあります。クイック(最速)の異名を持つアキノック将軍はおかれては、このはやさをどう見ますか」

 という爽やかな声が飛んできた。

 

 2人が振り向くと、そこに長身貴公子、黒い長髪が美しい若者。

 声の主は下軍司令官李紫龍(りひりゅう)だった。

 

 下軍司令官李紫龍もアキノックたちと同じ頃に接続艇(ランチ)で、大和入りを果たしていたのだ。


 アキノックは、この年下の男の問いに、


「俺は気分がいい」

 とだけ応じると、進み始めた。


 ――早い。

 ということはアキノックをそれだけ気分よくさせる。

 

 つまりアキノックは、紫龍へ、


「俺は天儀の指揮に満足している」

 といったのだ。

 

 紫龍はアキノックの言葉に、微笑ともない少し頭を下げた。

 

 この紫龍の挨拶ともアキノックの応じへの答礼とも取れる人懐っこい会釈に、エレナが赤面。

 紫龍の挙止には流麗さがあり、頭を傾ける際に、その豊かな黒髪がはらりと一房落ち、あまりに美しかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アキノックが、李紫龍とともに大和の幕僚会議室ばくりょうかいぎしつと名付けられたその広い部屋に入ると、足柄京子などの姿が見え、すでに少なくない数が会議室には集まっていた。


 会議室には正面には大モニター、中央に縦3メートルの立体映像装置、さらに左右に段状の席。

 すでに段状の席には、数名ずつがかたまって座っている。


 足柄は、アキノックをみとめると舌を出して挑発するような態度を取ったが、アキノックは黙殺して席についた。

 

 無視された足柄は、


「つまんない男ね」

 とひとりごち席につく。


 しばらくすると、ざわついていた室内から音が消えた。

 大将軍天儀が電子戦指揮官千宮氷華を従え、姿をあらわしたのだ。


 室内の視線が天儀へ集中。


 大将軍という総軍司令官自ら先陣を切り、敵拠点へ落とす。セオリー外というより完全な悪手だ。全軍の長とは戦場全体どころか、戦争そのものを俯瞰ふかんしなければならない。最前線にいては、目の前のものしか見えない。普通は後方で指揮を執る。

 

 だが、そのあり得ない行為が、重鼎の陥落に繋がったともいえる。

 

 星間連合軍の天童正宗は、一を聞いて十を知るような男。そんな男を出し抜くには、異常と非常を常態としなければ勝てない。

 

 星間連合軍は、天儀が小銃を手にして九鼎きゅうてい入を果たしたと聞いても誰も信じないだろう。


 室内の面々は、天儀を目の当たりにし、みなゴクリと生唾を呑むような感覚にとらわれた。

 

 電撃的に重鼎を落とし、九鼎を消し飛ばしてきた男の姿は、

 ――聳立しょうりつ

 していた。


 その姿はまるで、

 ――手本を見せてやった。次は全艦隊でやる。ぬかるな。

 と、いっているよう。


 同時に誰もが、

 ――九鼎を消してきた男だ。

 と思う。


 あの巨大なメインタワービルを根こそぎにしてきた天儀にとって、自分たち1人の更迭、もしくは処刑してしまうことなどわけもないだろう。大将軍の権能は、戦場にある皇帝に等しいとさせいわれる。


 天童正宗が、

 ――無駄。

 と、慍怒うんどした九鼎の爆破は、グランダ軍を必死にさせるのに大きく役立っていたのだった。


 グランダ軍にとっての天儀は最早、

 ――存在するだけで恐ろしい。

 という畏敬いけいを払う存在。


 そんな畏敬の塊が、席につくと作戦会議が開始されたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 千宮氷華せんぐうひょうかから目下の状況がざっと説明がされると室内に、

 ――ついに艦隊決戦か。

 という緊張をともなった沈黙がおとずれた。

 

 誰から見てももう、彼我の位置関係上、星間連合軍がツクヨミ内へ離脱行動を取るのは不可能。本当に艦隊決戦に、持ち込める状況まできているのだ。


 その実感が、室内に緊張感として広まり、沈黙となってあらわれていた。


 緊張が支配し始めた室内に


「首の皮一枚だったか」

 という声が響いた。アキノックだった。


 室内の緊張を和らげるためか、その声の響きは軽いものだ。


 このアキノックの発言は、重鼎降下前の会議で、天儀が


「自分が首の皮一枚で、重鼎を脱出したら作戦は成功だ」

 と発言したのを指摘しての問いかけだった。


 天儀は、アキノックの重さを払うような発言に、真面目な顔で


「何とか上手く行ったな。勝負はこれからだ」

 と、口にして一旦室内を見渡してから言葉を継ぐ


「やっとここまでこぎ着けた。100年かかったわけだ」

 といって口元に笑みを見せた。


 そう偶発的な開戦100年目にしてグランダ軍と星間連合軍は、やっとぶつかろうとしている。

 

 氷華が正面の立体モニターに、決戦予定地点を表示。

 氷華は表示した図利用して説明を開始。

 

「天明星を含んだこの宙域を一度完全に手中にしたことで、グランダ軍のこの宙域の電子戦的優位はまだ続いています。つまり星間連合軍の集結地点を正確に掴むことに成功しました」


 氷華のこの言葉で、室内に驚きを伴った溜息ためいきのような音が鳴った。

 電子戦は星間連合軍に一日の長がある。電子戦で星間連合軍より優位に立っているというのは驚きだったのだ。


「現在の星間連合軍の位置から、行動を予測するに大規模艦隊を展開しやすく、かつ砲戦も十分に可能な宙域を選定すると」

 そういって一旦言葉を区切りってから図上の一点を指し


「天明星と第一星系の間の星間一号線で、我々を待ち構えるというのが濃厚です。1時間後には、はっきりするでしょう」

 そう、決戦予測地点を明言。


 氷華の説明が終ると、すぐにアキノックから


「艦隊機動で、揺さぶりをかけ相手を分断して叩くのか」

 という質問が出た。


 天儀が、


「と、相手は思っているだろうな。なにせ頭がいい連中だ」

 そういって決戦へ向けての行動の内容と、決戦時の布陣についての説明を開始した。


「ここから星間一号線まで約3時間だ。まず1時間、星間一号線へ向け直進する。1時間後に、全艦隊を第四星系方面へれるように見せる」


「見せるってことは、逸れて移動したように電子戦で情報を偽装するってこと?」

 この足柄の言葉に、天儀が


「そうだ」

 と肯定しつづける。


「逸れるように見せかけて、そのまま直進する。敵が偽装情報に惑わされれば一時的にだが我々を見失うことになる。成功すれば星間連合艦隊には、突如グランダ艦隊が目の前にあらわれたように錯覚し、衝撃をうけるだろう」


 アキノックがあごに手を当てながら


「消えた敵が急に現れて驚くってところか。消えた相手が、まさかバカ正直に直進してきているとは思わないと」

 そう口にすると黙考するように黙った。


 つづいて足柄が


「これそんなに上手くいくの」

 と、単純すぎる内容に疑問を口にした。


「相手がこちらを一時的に見失えばそれで問題ない。そうだな30分も消えていられれば十分だ。どのみち戦うので、偽装が効かなくてもさほど差し障りはない」

 

 天儀がこう答えると、天儀の後ろに控えていた情報部長セシリアが方の高さまで手を上げ進み出た。

 

「情報処理に莫大なリソースを使うメンタルチェック(精神診断)を停止すれば、星間連合軍をだます大規模な電子偽装は可能ですわ」


 セシリアは、そういって氷華を見る。

 視線を向けられた氷華が、受けてうなづいてから


「30分程度なら偽装データに物理的な裏付けも必要ないでしょう。成功の算段は十分にあります」

 と、自信ありと宣言した。


 そして、その氷華から具体的な偽装電子戦のプロセスについて説明がなされたのだった。

 氷華は電子戦作戦の説明が終ると、さらに星間連合軍の情報を付け加える。

 

「あと会議直前に入った情報ですが、集結中の星間連合軍の2個艦隊が第四星系方面へ分離したという報告あります。偽装の可能性もぬぐえませんが、我々の迂回行動を阻止する狙いがあると思われます」

 

 この報告を天儀が

 

「この分離した2個艦隊は、我々への餌だろう。少ない方を叩きに動いたところを背後から星間連合軍の本隊が襲ってくるぞ。こんな見え透いた手に誰が引っかかるか。無視して星間一号線へ向かう」

 と、一蹴。


 天儀の言葉が終ると、氷華が先の天儀の言葉をより丁寧な形で補足する。

 2個艦隊の行方は星間一号線での会戦に向けて、深刻な懸念となりかねない。何故無視していいのか付け加えなければならない。

 

「現状の情報からだと、この分離した2個艦隊は、我々が星間一号線に直進して星間連合艦隊と会戦を行なった場合、戦場に間に合わない可能性が高いです。我々としては非常にありがたい状況ですが、それだけににわかに信じがたくもあります。あと分離した意図をより正確に付け加えると迂回阻止、牽制、そして囮のどれかでしょう」


 そして、この会議直前に入った情報通りなら、グランダ軍6艦隊、星間連合軍7艦隊の戦いとなる。


 次に天儀から出たのは、

 

「会戦での布陣は、かねてからの予定通りだ。左翼アキノックの上軍、中央に李紫龍の下軍、右翼に私の中軍。三軍さんぐんが三列の縦隊で進み目標地点に到着したらさらに横に広く展開し、決戦開始だ」

 という戦場での布陣の再確認。

 

 この布陣は三軍の編成時に、上下軍の司令官のキノックと李紫龍には通達されており、2人を通じて麾下の艦隊にも知らされていた。

 

 この天儀の布陣再確認の発言後、氷華から機関不調などで離脱した艦艇などでの細かい変更点がつげられ会議は終了。


 グランダ艦隊は、約1時間後に星間連合艦隊の移動開始を確認すると、星間一号線へ向けて行動を開始。

 

 後に、

「星間会戦」

 と呼ばれる艦隊決戦へ向けて、グランダ艦隊と星間連合艦隊が動き出していたのだった。

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