12-(2) ランス・ノール・セレスティア
天童正宗は艦隊決戦へ向け、天明星宙域に散らばっている全艦隊の集結を開始。
天明宙域に星間連合の9個の艦隊が集結しつつあるなか、総旗艦アマテラスのブリッジには各艦の司令官と幕僚が続々と乗り込んできていた。
天童正宗は艦隊集結の命令と同時に
「決戦会議」
を招集。艦隊司令官たちの集合の理由はこれだった。
会議開始に間に合わない艦隊司令は通信での参加となるが、高度に情報化された時代だからこそ直接顔を合わせての意思の疎通は極めて重要。
司令長官である天童正宗は、
――宇宙空間での艦隊決戦。
という誰もが未経験の事態を前に、極めて常識的な判断を下したといえる。
そしてまた艦隊司令官を乗せた接続艇がアマテラスに接舷。
1人の男が総旗艦アマテラスへと乗艦していた。
「ランス・ノール・セレスティア」
これが新たに接続艇からアマテラスに乗り移った男の名前。
ランス・ノールは第三艦隊司令官。
耳にかかる程度の真っ黒な髪に端正だが少し童顔。目と眉には鋭さがり、口元には人を食ったような笑み。
その自信に満ちた姿貌と、黒地に金糸で装飾された凝ったデザインの軍服を見れば、誰もが彼が特別な存在というのは嫌でも思い知らされる。
だがランス・ノールを外見上特別な存在足らしめているのは、
「金目銀目」
という天賦の特徴。
そうランス・ノールは生まれながらにして特別。
――天賜
を与えられた神に愛された男だった。
なおこの男の身長は171とセンチ。
だが、これは公証すぎない。実際の彼は166センチ。上げ底の軍靴でごまかしている。
そうランス・ノールは、かなり体面を気にする男でもあった。
そしてランス・ノールは、その名の通り星間連合の特権家系である
――セレスティアルの血胤。
セレスティアルは、セレスティアともいうので、傍系のランス・ノールはセレスティアを名乗っている。
士官学校では、天童正宗の盟友東宮寺朱雀と主席の座を争い、天童正宗とも昵懇で性格には自信過剰なものが見え隠れするが、優秀さは疑いがない人物である。
このランス・ノールが、天童正宗へ提言を持ち込んでいた。
タイミングは作戦会議が行われる1時間前。
ランス・ノールの目的は明らか、作戦会議前の根回しである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ランス・ノールがブリッジに入ってまず目に飛び込んできたのが、マグヌスとまで呼ばれる男の険しい顔。
――あの正宗に焦りの色か。
ランス・ノールはブリッジに入って驚いた。
いま正宗は中央の大モニターで艦隊の集結状況を確認中。ただそれだけだが、
――普段より余裕がない。
というのがランス・ノールの印象だった。
ランス・ノールが近づくと、正宗は目容から険しさを解いて彼を出迎えた。
そして敬礼からの定形通りの挨拶。
敬礼の手が下がると同時に正宗が、あごでブリッジの一角を指した。
アマテラスのブリッジは一体式。ちょっとした少人数での会議を行える区画もある。
――要件はなんだ。そこで話を聞こう。
というのが正宗のジェスチャーの意味。
「いや、ここでいい」
ランス・ノールがそう応じた。
宗の周辺には、正宗の側近たち忙しくしているが、彼らに聞かれて困るものでもない。
並んで立つ2人、ランス・ノールの軍服は黒、対して天童正宗は白。
長身の正宗に対してランス・ノールは平均的な身長。ランス・ノールは、立って正宗と対面すると若干見下ろされるようになる。
ランス・ノールは話があるとブリッジにあらわれた割に黙ったまま。
正宗が、
――要件は?
というようにランス・ノールを見ると、ランス・ノールがまんざらでもなさげに含笑。
乞われて応じるというのは、尊大な面があるランス・ノールの好むところだ。
「正宗、我々は艦隊集結後に、星間一号線へ向かうな」
そうランス・ノールが確認するように言葉を口にした。
――星間一号線。
とは、天明星と第一星系の間にある宙域で、正宗と軍令部が考えている決戦宙域。
いまの正宗は星間一号線へグランダ軍を誘い艦隊決戦を行う。という準備を進めている。
「君にはお見通しか」
と、正宗が柔らかい表情で受けると、ランス・ノールも微笑して
「この辺りで大規模艦隊の会戦に適した場所は、あそこぐらいだからな。艦隊決戦を行うならあそこだよ」
そう返したが、次の瞬間険しい表情になって
「だが、グランダ艦隊が、くると思うか」
問詰するように言葉を出した。
「必ずくると思うよ。何より敵が戦いを望んでいる。会戦は我々以上にグランダ軍が望んだことだ」
「はたしてそうかな」
もったいぶるランス・ノールへ、正宗が目配せして話の続きを促す。
正宗からすれば、友人ランス・ノールは何か提案があって、ここへ顔をだしたのは明らか。
この男は少々回りくどいわりに、自分の論を披露したがる癖があるので素直に聞くのが手っ取り早かった。
そして正宗の思惑通り、
「こちらは9艦隊、敵は7艦隊。星間連合軍の数の有利は明らか。敵は何か小細工をしてくるだろう」
と、ランス・ノールが自信ありげに口を開いた。
「なるほど、でも君もそれが何かわかったというわけでもなさそうだね」
「そうだ。グランダの馬鹿どもの考えることなどわからん」
ランス・ノールが意味ありげに口元に笑みを浮かべた。少し歪んだ小馬鹿にしたような笑みだ。
「だが、小細工を封じる方法は知っている。その馬鹿どもが小細工を行う前に、こちらから動けばいい」
この言葉に正宗があごに手をやり、視線を外し考え込む。
確かにランス・ノールの言葉どおりだった。
正宗からして、敵が素直に会戦に乗ってくるとは考え難い。理由はランス・ノールの言葉どおり数の差だ。グランダは決戦前に、数字上の不利を埋める何か必ず仕掛けてくる。
これは、
――別働隊による側面行動。
などが考えられたが、現段階では敵が何をしてくるかはまったくの不明。
現在、軍令部と電子戦司令部が合同で、その
『何か――』
を探っていた。
正宗が黙ってランス・ノールへ視線を戻し見つめた。
――どうする。
という問が込められた視線。
「そこで私の提案だ。星間連合軍の数の有利を最大限に活かす。私の第三艦隊と、適当な一艦隊とを合わせて2個艦隊で陽動を行う」
さらに、ランス・ノールはほほを上気させて興奮気味に継ぐ。
「グランダ軍が、仮に何か小細工をするなら、つまり迂回行動や側面行動を起こすなら第四星系方面の宙域だろう。機先を制して2艦隊でそこへ向かう。この一挙には三つ効果がある。一つ会戦へ向けての敵の陽動作戦の封殺、一つグランダ軍の第四星系方面への逃亡の阻止、そして最後に囮の役割」
興奮して演説をぶつようになるランス・ノールが、
「そして俺は、いや、失礼。私は、この陽動艦隊の最大の目的と役割は囮と考えている」
そう締めくくった。
いい切ったという満足感ただようランス・ノール。
ランス・ノールは正宗へ、どうだというばかりの視線をむけた。
正宗は、ランス・ノールの一連の言葉を、
「別働隊か」
と驚きの一言。
正宗から、
――それは盲点だった。
というような態度がわずかにもれた。
それを見逃すランス・ノールではない。
「そうだ。私が餌になろう。グランダ軍が食いついたらやつらの背後から刺せ。悪くても8時間ぐらいは粘る。急いできてくれ」
ランス・ノールは、そうたたみかけるようにいい、自信をみなぎらせた。
正宗が横目で軍令部の2人、つまり六川と星守を確認する。
正宗の近くにいた2人にもランス・ノールの声は聞こえていた。
正宗の視線を受け、六川がうなづいた。軍令部としてもランス・ノールの提案に賛成という意味だ。
ランス・ノールは、正宗の視線が自身へ戻ったのを認めると、
「グランダ軍6艦隊に対し、星間連合は9艦隊。敵は、まず分離された少数の戦力を殲滅しようと動くだろう」
そう見通しの一つを口にした。
「餌に食いついたら、そこを星間連合本隊で襲うか」
「そうだ。それに両軍の位置関係上もこの作戦を行うのには都合がいい」
「確かに、本隊と別働隊は、相互扶助の位置関係なり、仮に敵が本隊へ動いても別働隊が側面陣地の役割果たす」
この正宗の言葉に、ランス・ノールが力強くうなずいてから言葉を継ぐ。
「敵からすれば危険な位置関係ではあるが、我々より戦力の劣る敵に、分離された2個艦隊がどう映るかだ。私の考えでは別働隊は、敵にとって垂涎の的と映るように思うが。敵は目の前の我々の安易な行動に我慢できない。それに重鼎を急襲したようなやつだ。即戦には自信があるだろう。そう、この場合一度成功しているというのも大きい」
「なるほど。成功体験を繰り返したがる。そう考えると、敵が罠にかかる根拠はある」
「そういうことだ。敵は、私の2個艦隊にほぼ確実に食いつく。そこを叩いてくれ」
正宗が、なるほど、と応じ沈思する。
第四星系方面への分派なら、その動きに特段の不自然さはない。敵も第四星系方面へ行動で、星間連合を釣りだしたのだ。星間連合軍が第四星系方面へ気を回す行動を見せても自然だろう。それにこの作戦自体は、星間一号線での決戦行動に差し障りはない。いまから行われる決戦会議でも、決戦回避に向けた消極的な行動とは取られない。
――いや、むしろ積極攻勢作だ。
とすら正宗は思った。
そう思った正宗が、ランス・ノールへ顔を真っ直ぐ向けた。
「わかった。作戦会議では、それを提案してくれ」
「よかった。正宗、君なら理解してくれると思ったよ」
「資料は作ってきてあると見た。軍令部へ提出してくれ。君が会議で提案したら軍令部からその作戦資料を配布する」
「もちろんだ。私は司令長官と軍令部に忠実だ」
ランス・ノールは、そういって少し笑った。歪んだ感情が入り混じった笑みだったが、正宗の目には止まらなかった。
予め司令長官の許可をもらい。軍令部から作戦資料を配布する形を取れば、司令長官から軍令部を通じるという統制が守られる。
ランス・ノールは、司令長官である天童正宗の顔を立てたのだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ランス・ノールは、陽動艦隊の作戦データを軍令長六川へ提出し、アマテラスのブリッジを出た。
ブリッジを出てきたランス・ノールに女性が近づく。
ランス・ノールへ近づいてきた女性の姿は軍艦内にあって特徴的だ。白い軍服に似通ったデザインで、くるぶしまであろうかという丈の長いマキシスカート。
女性の背丈はさほど高くなくい、ランス・ノールより小さい。
そして二重のまぶたに瞳が大きく、カーキ色の巻き毛を持った少女のような、およそ軍隊には似つかわしくない容姿。
ランス・ノールは、近づいてきた少女のような女性へ優しげな笑みを向けた。
「シャンテル、待たせたね。45分後には会議が始まる。それまでアマテラスの艦内を案内してあげよう」
女性は、
――シャンテル・ノール・セレスティア。
ランス・ノールの妹だった。
「はい、兄さま。でも私は正宗さまに挨拶しなくてよろしかったのでしょうか」
シャンテルが、兄へ向けて上目遣いでそうたずねた。シャンテルは、見た目だけでなくその声も幼さを残している。
「正宗は、忙しいからな。要らぬ気を使わせて悪い」
「そうですよね。何と言っても司令長官です。そして兄さまは艦隊司令」
シャンテルが微笑んだ。
ランス・ノールは、その妹の言葉に曖昧に返事を返し歩き出す。シャンテルがそれに続く。
はっきり言葉にこそ出さないが、正宗はシャンテルが、戦場にいることをあまり良く思っていない。ランス・ノールはこれを察していた。
ランス・ノールは、艦隊司令に任命され権限が大幅に拡大されると、セレスティアル家の家名に物を言わせて自身の専属秘書として妹を呼び寄せた。
これに友人の東宮寺朱雀などは、顔をしかめながら、
「君の重度のシスコンは知っていたが、そこまでするのか」
と、はばからず批難を口にしたぐらいだった。
この時に居合わせていた正宗も、普段朱雀が見せないあけすけな態度に苦笑しつつ、
「妹を大事に思うのはわかるが、乗艦までさせて同伴させるのは逆にどうなのだろうね」
と、やんわりと釘を差してきた。
ランス・ノールが、正宗の忠告へ意味ありげな視線を向けると、朱雀がこれに気づき苦言を呈す。
「ランス、正宗を自分と同じだというような目で見るな。君と正宗とは全く違う。愛さんとシャンテルとでは立場が違うだろう」
正宗の妹の愛は、士官学校を卒業し軍籍にある。ランス・ノールの妹のシャンテルとは全く違った。
「それに君の場合は、君がシャンテルを溺愛しているだけだ」
「なるほど、正宗の場合は、逆で妹のほうが兄へ入れあげていると、なかなか言うな朱雀は」
皮肉でやり返すランス・ノールに、朱雀が、
「そういうことはいっていない。話をすり替えるな」
と慌てる。
正宗は2人のやり取りに珍しく笑声を上げ、ランス・ノールも笑ったのだった。1人、朱雀だけが真っ赤になって不満げだった。
そんなことを思い出しながら進むランス・ノールに、妹のシャンテルが、
「お兄さま、提言は上手くいきましたの?」
と、問いかけた。
「問題なくな。正宗は先の先、さらにその先を読む割に、施す手法が単純すぎる。もっと策をもうけたほうがいい」
自信ありげに言う兄に、シャンテルがくすりと笑う。シャンテルは、逆に兄のランス・ノールは策を弄し過ぎるのではないかと思ったのだ。
そんなおかしみを覚えたシャンテルの心が次の瞬間には暗転していく。
――策を弄しすぎる。
これは今回にしてもそうだった。専属秘書をしているシャンテルは、兄がただ2個艦隊を分離しただけではないと直感していた。
ここ1年、兄は自分に事ある毎に艦隊管理のノウハウを教えこむように勤務をこなしていたし、加えて頻繁に第二星系の二つの入植惑星のファリガとミアンノバの議会の議員とも連絡をとっている。
シャンテルは、兄が何かとんでもないことを考えている気がしてならない。
このことを考えるとシャンテルの心は、時折不安で押しつぶされそうになる。
軍での生活も待遇は、特例で過ごしやすいものとはいえ、楽しいかと言えばそうではなかった。兄と一緒にいられるのは嬉しいが、軍隊の荒々しさはシャンテルには辛かった。
それに兄がやたらとセレスティアルの家名にこだわるのも、シャンテルには暗い未来しか予感させない。
そんな重たく沈んだ気持ちが、シャンテルの心を支配していく、シャンテルは表情に出る前に顔を伏せた。
兄に自分の不安がつたわり、いらぬ心配をかけてはいけないと懸命に隠しているのだ。
ランス・ノールが、顔を伏せて黙りこむ妹の様態にけげんな顔を向け、声をかけようとすると
「お兄さま、ご無理はなさらないでくださいね。シャンテルは、お兄さまといられるだけで十分なんですから」
兄の視線に気づいたシャンテルがそう微笑みかけた。
いまのランス・ノールには、この妹の微妙な様態の変化に気づけなかった。
ランス・ノールは妹の微笑みを確認すると安心したように
「まあ会議でいきなり提案しても採用されただろうが、正宗の顔をつぶす意味はないからな。気を使って前もっての提案だよ」
と、暗に妹に自分と正宗の関係は良好だとつたえた。
第一星系を出た星間連合艦隊は、非常に士気旺盛だった。
――正宗は、そんな士気旺盛の星間連合軍を御しかねている
と、ランス・ノールは見ていた。
こちから積極的に動く囮作戦は、会議参加者の大半から迎合され会議でいきなり提案しても採用されただろう。
「今の俺には選択肢が多い。星間連合軍もグランダ軍も俺の手のひらの上にいるようなものだ」
ランス・ノールは、そう謎めいたことをひとりごちると、歪んだ感情が篭った笑みを浮かべたのだった。
シャンテルは、その兄の顔を不安げに見つめていた。




