12-(1) 星間連合軍立つ
九鼎は重鼎市の海側よりに建つメインタワービル。この九鼎には午後に1時間程度、海からの強風が吹き付ける。
いま天童愛が、その柳腰までのびた艶やかな黒髪を抑えつつメインタワービル九鼎を目の前にしていた。
いや九鼎があった場所といったほうが正確だろう。
天童愛の目の前には広大な敷地に瓦礫の山。
メインタワービル九鼎は、グランダ軍により根こそぎ吹き飛ばされていた。
――出し抜かれましたね
と、いう寒々とした思いが天童愛の胸懐を抜けていった。
星間連合軍の第一星系からの出撃。星間戦争で初の出来事である。
向かった先は、第三星系天明星の重鼎。
だが司令長官天童正宗が重鼎へ至ると、そこはもぬけのから。
グランダ軍は、すでに重鼎を放棄していたのだった。
天童愛が、横に立つ兄正宗をちらりと見て慄然とした。
お兄様の表情に、ありありと、
――不快。
という色が見て取れたからだ。
微笑みぐらいはするが
――喜怒をめったに表にださない。
というのが天童愛の知るお兄様。
そして果たして兄の不快の理由はどこあるのか。というのが天童愛の疑問。
メインシステムのあった九鼎は根こそぎ吹き飛ばされ瓦礫の山。
お兄様は、この蛮行に慍色が隠しきれないといったところなのでしょうか、もしくはグランダ軍に出し抜かれたことが不快なのか。どちらにせよ、ここまでお兄様に感情の色をださせるとは驚きです。
天童愛は兄の心中をはかりかね
「惑星守備隊で捕虜となっていた者たちはすべて開放されていますね」
と、無難な話題を兄へ向けた。
だが、正宗は瓦礫の山を見つめたまま動かない。
「私たちはグランダ軍が重鼎を起点に戦略を展開すると思っていましたが」
この天童愛の二言目に正宗はやっと
「肩透かしをくらう形となった」
と、感情を押し殺したようなこえで応じたのだった。
天童愛がはかりかねた天童正宗の心中だったが、
――意味不明。
とうのが正宗の感情の所在だった。
現実主義者にして極めて論理的な思考を持つ男には、状況で行動を繋いでいくような男の思考は理解しがたい。
――そもそも戦争する意味がない。
というのが正宗の根底にはある。
「多惑星間時代は融合拡大」
国家の統合に戦争は時代遅れな選択肢。
武力に訴え多惑星間国家を合一しようなど
――ナンセンスにもほどがある。
というのが天童正宗。
そして重鼎を放棄するにしても九鼎を潰していく意味はさほどない。
――グランダ軍は第四星系での艦隊決戦を志向している。
これが天童正宗と、星間連合軍の一致した認識。
いかいに九鼎のシステムが強力でも星系を跨いでは効力を発揮しようがない。
第四星系で戦うのに、巨大な九鼎とう建造物を破壊していくのは、単なる爆薬のむだづかいだ。
理解しがたいというのは、認知し難いということもでもあり、理解不能というのは知の巨人にとっては、
「大いなる不快」
と、なりえた。
人間にとって存在とは、
――現実に、物質的に存在するかしないか。
ではなく、
――認知できるか、認知できないか。
による。人にとって知覚できないものは存在しない等しい。
物資的に存在しない神が、存在しうるのはこれが理由である。空想上でも、あると思えば、あるのである。
これを逆説的に言えば、物資的に存在しうるものでも、認識できなければ存在しないと同じだ。
そして現実、正宗の目の前には九鼎の瓦礫の山が広がっている。
正宗は瓦礫の山を前に、
――いままで知らないものが自身へ迫ってきている。
と、直感。
自身へと迫る実体不明の現実。この不気味が、天童正宗を不快の底へと落としていた。 いままで正宗の周囲に、天儀のようなタイプの人間は存在していない。
そんな不快に沈む天童正宗が、重鼎市の始末をおこなうさなか、
「第三星系にグランダ軍本隊あらわる」
の急報がもたらされた。
この報に正宗は、
――グランダ軍の狙いはこれか。
と、目を見開いた。
司令長官天童正宗は、妹とともに急ぎ星間連合軍旗艦アマテラスへ戻ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
星間連合艦隊、総旗艦
「アマテラス」
は、神世級と呼ばれる次世代型宇宙戦艦。
真っ白な縦長の楕円形のボディに、上とされる部分にブリッジ。この面に重力砲も配置されている。
そしてブリッジと重力砲が配列された上とは逆の下とされる部分に飛行甲板。発着艦機能が備えられている。
グランダ軍の大和がWW2戦艦をそのまま彷彿とせる外観と比べると、星間連合軍のアマテラスは随分と洗練されたイメージを抱く。
ただ両国ともに一面に主砲塔を配列、主砲塔の裏側に飛行甲板という設計思想は変わらない。
アマテラスのブリッジに戻った天童正宗は、出現したグランダ軍との位置関係を確認。
彼我の状況について、細かく報告を受けていた。
重鼎を失ったということは、天明星を奪われたということであり、天明星が喪失したということは、天明星周辺の宙域の情報網を一時的にだが、完全に喪失していたことを意味する。
星間連合から見て、グランダ軍本隊が突如出現したように見えたのはこのためだった。
軍令副長の星守あかりの
「天明星宙域の索敵網の喪失の虚を突かれました。敵の狙いは我々の誘引でしたが」
という言葉から報告は開始されていた。
ここで言葉を切った星守に、正宗がその続きを自ら口にするように喋り出す
「想定通りとは言い難い状況だ。我々は第四星系で決戦を行うつもりだったし、グランダ軍の虚を突いた位置から出現して決戦を仕掛けるつもりだったが、これがご破産となった」
正宗の言葉が終ると、軍令長の六川公平が図面をモニターに表示。モニターの宙域図に、敵味方の艦艇の位置が浮かび上がった。
六川は浮かび上がった図を正宗が見たのを確認してから口を開いた。
「目下の状況は、彼我の本隊の位置関係が近すぎて、今からツクヨミシステムの有効範囲内、つまり第一星系に戻るのは難しい。これが軍令部長として意見です」
この芳しくない報告を聞く、正宗の態度は冷静そのもの。
だが、正宗の胸懐には、
――敵に全軍を率いてきたことを上手く利用された。
という痛烈な苦味がある。
そして正宗としては、読み違えたというより、
――敵の想定通りに動かされた。
そんな嫌な感触があった。
そう星間連合軍は、全軍を率いてきたことがあだとなっていた。規模が大きすぎて一朝一夕には艦隊を動かせない。
さらにグランダ軍は、第四星系へ向かっているという大前提で艦隊を、非常に広く展開してしまっていた。
正宗がまずさを覚えるなか、六川の口からでた、
「第四星系方面へ先遣させた二艦隊に加え、天明星の周辺広くに七個の艦隊が展開しており、現在これを集結させるのだけでも手一杯です」
という現状は過酷だった。
つまり、この状況から仕切り直しをするためにツクヨミ内へ戻ればとどうなるかだ。
正宗がツクヨミ内への撤収という行動の先にあるものを想像すれば、
「離脱となれば殿軍の艦隊は、ほぼ間違いなく壊滅。そして下がるなら状況的に、先遣隊となっている二艦隊が殿軍とするしかないが、この二艦隊は星間連合軍の主力。喪失レベルの消耗を被るのは不味い」
ということで、軍令部の六川と星守の報告から、正宗が見た未来は暗かった。
では、
――この状況での最善の選択肢は何か。
正宗からして、それは口にしたくはないが、すでに答えは出ているようなものだ。
正宗が決心した表情となり顔を上げる。
が、星守が正宗の機先を制するように
「このまま戦うのは危険です。準備不足です」
と、声を上げた。
もっともな意見だったが、状況はそれを許さない。
正宗が止めた口で息を吸った。結論を出すために。
「元々戦うために出てきた。それが繰り上がったと考えて仕切り直せばいい」
「確かに、この状況では決戦に乗るのが最も被害が少ないですが」
この六川の言葉が終るのに続いて、天道愛がかなり強硬な意見を述べる。
「お兄様引きましょう。最悪全軍の三分の一を消失するでしょうが、ツクヨミ内に戻るべきです。いい機会ですわ。戦いたいと言った輩を残して、戦わせてやればいいのです」
天童愛の言葉が終ると、再び六川が発言するが、
「確かに星間連合は、軍の三分の一どころか、三分の二を失ってもツクヨミシステムがあれば負けませんが」
と、歯切れ悪く言葉を切った。
これは天童愛から出された行動を取った場合のおおよその想定だったが、そんなことが許されるわけがない。
こちらはグランダ軍より数が多いのだ。
――大損害を出しながらの撤収。
そんなものが通るなら、そもそも正宗はいま宇宙にいない。ツクヨミシステムから軍を出さずに、グランダ軍が講和を願ってくるか致命的なミスを犯すのを待てたのだ。
軍内の強硬派の意見と、世論の傾きに押される形で出撃してきた以上、それに背く行動は下策だった。
正宗は、愛、と優しく名前を呼んで妹を直視、
「君の策を取ると、殿軍は少なくとも二個軍は必要。その一軍は朱雀の艦隊になる。この状況だと殿軍はグランダ軍に包囲されて全滅する。今、朱雀の艦隊と、朱雀を失うのは得策ではない。わかるだろ」
そう、さとすように、だが強くいった。
東宮寺朱雀
は、時の首相東宮寺鉄太郎の長男で、正宗の盟友だった。人格的にも能力的にも軍内でも最も信用している人間といっていい。
もちろん東宮寺朱雀は、天童愛とも顔見知りだった。
そして東宮寺朱雀麾下の第二艦隊は、星間連合軍が艦隊決戦を行う際に戦いの先鞭をつけるために編成されている精鋭艦隊。
兄の強い言葉に、天童愛が押し黙る。
強硬論を主張した天童愛からして、
――有力な艦隊司令と、主戦力の同時喪失。
どう考えても最低の打ち手だった。
正宗が黙り込んだ妹を見た。
正宗からして、妹は超攻撃的な内面がある。ツクヨミ後退の論も過激な内容だった。そんな過激さからでる強硬論が、ツクヨミ撤収の不味さを如実に物語っていた。
正宗は黙り込む妹から視線を外し
「星間連合軍は、もう戦わずして戻れない。残念だが、これだけは確実だ。第三星系に入れた全軍で決戦を挑むしかない」
と、結論を口にした。
正宗の表情から天童愛や六川、星守もツクヨミ内への後退はないと悟った。
決意の篭った兄の強い言葉。
天童愛が表情を一転させ、声に明るさを響かせながら
「数はこちらのほうが多いのです。相手が決戦を挑んでくるとは限りませんわお兄様」
そう口にすると、六川と星守もつづく
「確かに戦いたいと言う意図は間違いないでしょうが、なにか小細工をしてくるでしょう」
「我々を多方面に分断させる何かですね。わかりました早急に予想される事態と対策を提出します」
この星守の言葉に、正宗が強くうなづき
「被害の位置関係から決戦地点は、天明星と第一星系の間。まずは全軍を集結させる。合流地点を選定し、早急に艦隊移動の予定表を作成。艦隊決戦についてはそれからだ」
という結論を口にしたのだった。
星間連合軍が艦隊決戦に向け明確に動き出した瞬間だった。
――予定を繰り上げて艦隊決戦を仕掛ける
こうなればグランダ軍の今後の動きの予想しつつ、なるべく有利な位置へ艦隊を移動させる。
いまグランダ軍は星間連合軍をツクヨミシステム内へ離脱させないために、急速に距離を詰めてきているだろう。
司令長官天童正宗は、会敵する前に布陣をすませる必要がある。




