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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十、蕩揺の重鼎編
92/126

11-(6) 理由

 翌朝、千宮氷華せんぐうひょかはまた午前5時に起床した。


 ――勲章を絶対に、あの負傷兵へわたしてやる。

 という氷華の意地だった。


 そう一等一星の勲章を、宇宙に戻る前にあの包帯でぐるぐる巻きの男にとどける。これが氷華の早起きの理由。

 宇宙へ向けての移動開始は午前10時。まだ時間がある。


 昨日帰った後の氷華の胸懐きょうかいには、バツの悪さを伴った反省が渦巻うずまいていた。

 

 ――思えば私も悪かったのです。

 これが、氷華が夕食をとりながら思ったこと。


 氷華は自省じせいし、物憂ものうげにトマソソースで味付けされたマカロニをフォークでつつく。

 

 ただ同時に、

 ――ですが、それでも天儀さんのあの激昂はせませんがね。

 と心が、ざらつくが、


 ――それでも

 と、氷華は思い直す。


 そもそもとして、自分が勲章を忘れなければ慰問いもんは無事に終了、何事も起きなかったのだ。


 命をかけて戦った戦友を前に、私は天儀さんと2人きりで昼食を楽しめる、ちょっとした息抜きね、などと浮ついていました。最低です。

 

 時間が氷華の心の熱を冷まし、思考に平静さが戻っていた。


 昨晩の氷華にすでに、

 ――戦友に対し恥ずかしい。

 という慚愧ざんきの念があった。


 ただ、それでも半分は昨日の激昂への天儀へのあてつけなのはいなめない。

 そう氷華の心中には、反省と消化しきれないモヤモヤしたものが同居。

 

 出発前に勲章をとどけると決意した氷華の中には、反省と同時に、

 ――そんなにご不満で、我儘わがままをいうのでしたら叶えてあげましょう。

 というようなムッとした感情があるのは事実。


 私の態度が不誠実だったのはわかります。でも、あんなに怒鳴りつけるだなんて、絶対におかしいのです。

 氷華は、そんなことを思いながら身支度を整えたのだった。


 準備を整えた氷華が宿舎の外に出ると車両が待っていた。

 昨日の業務が終わる前に、車両班に無理をいってお願いしておいたのだ。

 いまから出れば、行って戻ってきても出発までに十分に時間は余る。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 車に揺られること40分。医療施設に到着した。

 

 氷華はベッドが50床も並ぶ広い病室へ入り、真っ直ぐ包帯の男のベッドへ向かうが、

 ――男がいない。


 ベッドは空だ。

 

 氷華は、

 ――トイレだろうか。

 などと思いつつ看護師に声をかける。


「あの、ここの方は今何処に?」

 

 看護師は、


「ああ」

 といって、包帯の男が昨日の夜半に亡くなったことを氷華につたえた。

 

 瞬間、氷華の地面が消失。

 

 ――上下がわからない。

 そんな感覚が氷華を襲い。世界がぐるぐると回った。

 氷華は言葉を失い、口元を抑えていた。


 周りを見て気づいた。包帯の男以外にも昨日人が居たのに空いているベッドがある。

 天儀が特に声をかけていた負傷兵のベッドばかりだ。


 氷華は、昨日の天儀の異常な激昂を理解した。

 男に明日はなかったのだ。天儀はどうしても直接男の胸に勲章を付けたかったと。


 昨日、真っ赤になって怒鳴る天儀を、無表情のジト目で見つめていた氷華。

 

「お前、何をしでかしたか分かっているのか!」


 氷華は特にこの言葉が意味がわからなかったが、いまは理解できる。

 

 あのときの天儀の顔には、怒りの表情ではなく、どうしようもない焦燥感しょうそうかんが出ていたように思える。


 氷華は帰りの車中で、空のベッドを見てトイレへ行っていると思った自分を思い出した。


 左手以外()られている人間が、わざわざトイレでなんて用をたさない。


 ――なんて私は愚かな。

 

 自分の考えの甘さが、情けない。


 しかし、どんなに後悔しても昨日の自分の疎漏そろうを謝るべき相手はいないのだ。

 いまはもうぼんやりと車外の景色を眺めることしか出来ない。

 

 氷華は景色を見ていて、昨日帰りの車中で天儀が優しくかけてくれた、

「忘れろ」

 という言葉を思い出し景色がにじんだ。


 天儀は最大限に自分へ気を使ってくれていたのだ。それに気づかないだなんて、最低だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 後に重鼎じゅうていでの即断論功そくだんろんこうが、

 ――大判振るまいが過ぎたのではないか。

 と、問題となった。

 

 天儀は朝議ちょうぎ糾弾きゅうだんされると、


「死んで功を誇れましょうか問題ないではありませんか」

 そう朝服ちょうふくの中年へ抗弁。


 口ひげが立派な朝服の中年が、いま天儀を責めていた。


「最終階級で年金の問題が発生する。将軍も知らぬ訳ではあるまい。ばら撒けばよいというものではない」


「誰かが死なねば、隊が全滅したのです。自ら死を選んで戦ったものに出し惜しむのですか」


「釣り合いの問題を言っている。」


「論功は、使いどころです。戦時に配らなくていつ配るのです。訓練の成績がいいから受勲すると、滑稽けっけいだ」


「そういうことではない」


 口ひげが立派な中年の廷臣だけでなく、廷臣たちはなんとか天儀を糾弾して、帝の前で恥をかかせたい。それが朝廷で功績となる。

 

「では今度は、質問から質問させていただきます。ならば私の受けた一等一星は、何故問題ないのです」


「将軍は、未曾有の功を立てたではないですか。当然だ。士卒しそつの功とは違う」


「なるほど私が立てた作戦が、成功して功となったわけですからね」


「そうです。だから将軍と士卒の勲功くんこうが同じではおかしいではないか」


「違います。将軍が立てた作戦を実行するのは士卒です」


 この天儀の言葉を、廷臣たちが鼻で笑った。

 天儀は、いらだちを覚えたが無視して言葉を継ぐ。


「作戦が現実に反映される時に、そのきっかけとなった士卒は同じように評されるべきです。どんなに良い作戦を立てようと、行うものがいなければ空論です」


「勲功は、廷内の席次にも影響する。卑賤ひせんのものが、諸侯の上にあるような席次なれば大いに憂うべきではないか」


「ならば勲章と、席次を切り離せば良い」


「なんと朝廷の長い習わしを将軍の一言で、今変えようというのか」


 天儀は弁論が立つわけではない。帝の前で見苦しく泥戦でいせんとなったが廷臣のげんは退けられた。

 

 退廷した天儀は、大将軍府で顔を合わせた李紫龍に向かって


「何が勲章だ。ただの缶バッチの素材が良くなっただけじゃねえか。ケチりやがって」

 と、怒りを吐露した。

 

 天儀に怒りを吐きつけられた紫龍の胸には、

 ――手のひら大の勲章が多数。


 紫龍は誇らしげに、それらをつけている。


 ――缶バッチ。

 といわれて紫龍は、なんと応じていいかわらない。

 

 紫龍はとりあえずといった様子で、引きつった笑顔を返しかないかった。


 人生は生きていてこそだ。死んでしまう者に何を与えてもあがないようがない。勲章の一つや二つで、気持ちよく死ねるなら、あんな缶バッチでも大いに価値がある。


「出し惜しむものではない」

 というのが天儀の考えだった。

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