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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十、蕩揺の重鼎編
90/126

(閑話) セシリアと天儀

 天儀は、唐公誅殺とうこうちゅさつを決行するにあたって、第二戦隊旗艦陸奥(むつ)の主要な乗員を自ら軍内を歩きまわって集めたが、その第一号が

 ――セシリア・フィッツジェラルド

 だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 セシリアと天儀の出会いは、外庭がいていの敷地のすぐ脇に作られた庭園での園遊会えんゆうかい

 

 この日の庭園に飲食の模擬店もぎてんが並び、招かれた客たちが歓談中。

 そんな小洒落こじゃれた社交の場で、この日のセシリアはしつこく男に付きまとまれていた。


 小太りの嫌味な風貌のメガネを掛けた青年。唐大公の三男だった。

 

 ボンボンで、ボンクラで親の七光りの三男。

三光児さんこうじ

 と呼ばれている。


 は、もちろんガキ臭いという意味である。字面だけ見ればさほど悪い意味でもないので、本人はこう呼ばれてもさして気にしていない。


 三光児は家の権勢と皇族という血筋を鼻にかけ、目をつけた女に手を付けては回っていて非常に評判の悪い男だ。

 

 セシリアは会場に入ってからというもの、この男に付きまとわれ内心苦慮(くりょ)していた。知人や声をかけたい著名人がいても三光児がぴったりついてくるので挨拶にすらいけない。

 

 そんなセシリアの気持ちを知ってか知らずか、三光児は図々しくしゃべり続けていた。

 

「セシリーにも星間戦争での私の勇姿を見せたかったよ。それに、この前は重力砲じゅうりょくほうでテロリストを撃沈した」


「あらそうですの。情報部の身分では最前線など知れませんので、お目にかかれなくてざんねんですわ」


 セシリアの言葉に、三光児はまんざらでもなさそうに気分を良くしている。

 この三光児の態度に、セシリアは内心呆れた。


 三光児は、第三次星間戦争だいさんじせいかんせんそうでは星系防衛が担当、しかも重力砲を撃ったのも操作を誤っての誤射ごしゃ。始末書をくらっているだけだ。

 

 それを言うに事欠いて、戦闘に参加したとか、重力砲でテロリストを沈めたなどと、自己顕示欲もここまでくると感心すらする。


 しかもセシリアは『情報部』と、つけて暗に真実を知れるのよと匂わせてやったのに、このボンクラ三男はまったく気付いたふうはない。

 

 さらに、自分を『セシリー』と馴れ馴れしく愛称で呼んでくるのも身の毛がよだつ思いで寒気がする。


 セシリアが、そんなふうに三光児をどうあしらうか困り果てていると、

 

「実戦なんてそんなに良いものではありませんよ」

 そう2人に声がかかった。


 セシリアと、三光児の視線が声の主へと向く。

 そこには背の小さい若い男の笑顔があった。


 セシリアはこの男を知っていた。みかどの指名で、星系軍第一艦隊第二戦隊の司令に抜擢ばってきされた男。

 元々は惑星秋津(あきつ)の内戦で戦っていて、そう名前は、

 ――天儀てんぎとったはずだ。


 育ちのいいセシリアには、この手の曲がりなりにも本物の実戦を経験した人間に興味があったので記憶に残っていた。

 

「あら、天儀さん。お久しぶりです」

 と、セシリアは天儀の登場を助けと受け取って、さも既知きちの仲のような応じ方をした。

 

 続いてセシリアは、声をかけてきた天儀を驚いた目で見ている三光児に天儀を紹介する。

 

「天儀司令は、帝の抜擢で第二戦隊司令をなさっている方ですわ。とても優秀なお方なですのよ」


「なんですと、帝とは。それよりお2人はお知り合いなのですか」


 思わぬ男の登場に、三光児のとりあえず様子をうかがうような発言。


 いまの帝は、小さな権利を拾い集め大権を作り上げ絶大な権力を握っているが、その権勢をも凌ごうというのが今の唐家。それでも帝といえば、唯一ゆいつこの宇宙で唐家より偉いといっていい存在である。

 

 血筋と血縁を誇る三光児は、帝と聞いて一応は気後れを感じた。


 だが、三光児は気後れを感じたことと、セシリアとの会話に水を差されたことで、天儀へいちじるしい不快も覚えた。


 ――何だこの下郎は。

 と、三光児の視線が天儀へ鋭く向く。

 セシリアとの関係を答えろという脅しだった。

 

 三光児からすれば、自分が口説いている最中に割って入ってくる人間など今までいなかったのだ。プライドを傷つけられた気すらする。

 

「いえ、初対面です。セシリア・フィッツジェラルドさんに私の名が知っていてもらえたなんて光栄ですね」

 

 三光児の脅しのにらみがきいたわけでもないだろうが、セシリアの思いも虚しく、天儀があっさり否定を口にしてしまっていた。

 

 天儀の空気の読めない対応、これにセシリアが内心苛立いらだちを覚えた。

 

 ――わたくし、いま不快が、表情に出ているかもしれませんわね。

 と、セシリアは思う。

 

 セシリアは天儀の登場に期待を覚えただけに、落胆も大きく心を激しくした。


 使えない男ですわね。ここは自分と知り合いとか、適当な理由をつけて私を救い出せばいいのですよ。なんだったらフィアンセをかたって頂いてよろしかったのに。それをこの男は、初対面だと安々と口にしてしまうとは。

 

 この天儀という男は、自分を救うために言葉を掛けてきたのではないのか。と、ここまで考えたセシリアが、ハッとなる。

 

 天儀は、このボンクラ三男に取り入るために近づいてきた。つまりセシリアの助けに入ったのではない。


 唐大公と恒星衛社こうせいえいしゃに取り入るために自分はだしに使われる。大をつけて崇められている唐公の権勢は絶大だった。ありうることだった。

 

 三光児が少しうつむき加減のセシリアと、特に害のなさそう顔をしている天儀を目の端で確認してから

 

「では、セシリー、我々は行きましょうか」

 と、いってセシリアの腕を掴んで邪魔者である天儀の前から去ろうとする。


 三光児の強引さに、セシリアがおもわず顔をしかめる。何より握られた腕が痛い。


 この様子では、どうせ声を掛けてきた天儀という男も自分を助けてはくれないだろう。セシリアが自身で何とかするしかないと思った時だった。


「およしなさい、嫌がっている」

 と、天儀がセシリアと三光児の間に割って入った。

 

 セシリアが驚いた表情で天儀を見る。

 天儀の顔は落ち着いている。

 対して三光児は、いら立ちを隠せないといった表情だ。


「私は、唐大公の子息で皇族であるぞ。さらに恒星衛社の駆逐艦くちくかんの艦長。誰だか知らんが帝の覚えがめでたいからといって勘違いするな」


「なるほど立場をかさるのですね。では私もそうします。私は戦隊司令だ。貴方は駆逐艦長くちくかんちょう。私のほうが上だ。わきまえられたらどうか」


 この天儀の強気の態度に、割ってはいられるなどとは思っても見なかった三光児があせる。


 この男は自分を、唐大公の息子で皇族であると知って、あえて遮ってきたのだ。いままでこんな面倒くさい者はいなかった。

 その焦りが、

 

「私は重力砲を撃ったことがあるのだぞ。試射ではない。実戦だ。テロリスト相手にだ」

 という無様な台詞となって外へでた。


「それはすごい。私が、実戦で使ったことがあるのはせいぜい小銃や携帯式のランチャーですね」


 天儀が、そう賞賛するように返すと、三光児がその言葉にすがるようにつづける。


「重力砲に撃ちぬかれたくなければ、私の前から消えろ」

 

 この三光児の言葉に、天儀が、

 

「それはどうでしょうか。私は拳銃けんじゅうで反撃しますよ」

 と、力強く口にすると同時に体貌たいぼうから気を発した。


 この天儀の思わぬ言葉と、威圧感に三光児の顔が困惑するが、天儀が繰り返す。

 

「だから重力砲をお撃ちになって頂いて構いません」


 困惑する三光児に、さらに天儀はお構いなしにつづける


「だから早く、今撃てと言っている。私は撃てるぞ。拳銃の携帯を許可されているからな」

 

 天儀の気の急迫に驚き焦る三光児に、天儀が詰め寄るように繰り返す。


「貴方は今重力砲が撃てると言ったろ。早く撃て。私は拳銃を撃つ」


「何を言っているのだお前は……」

 

 天儀は特に拳銃を引き出すような動作は見せていないが、三光児は威圧感に気圧され狼狽。情けない言葉しかでない。

 

「簡単な話です。私も貴方も共に意見をゆずる気はない。だからお互い得意なもので勝負しようとう話だ。貴方は言ったではないか重力砲を撃って私を排除すると」


 これに、ここまで状況を見守っていたセシリアが、苦笑しながら


「あら決闘ですのね。殿方の勇姿が見れるだなんて感激ですわ。でも重力砲と拳銃では勝負は決まったようなものですわね」


 そういって三光児へ笑みを向けた。

 

 三光児が、この言葉と笑みに状況を察した。状況は自分と天儀が、今ここで決闘をすることになっているのだ。

 

 武器は、自分が重力砲、天儀が拳銃。セシリアは重力砲の方が強いので勝負にならないと、自分へ笑みを向けたのだと三光児は思った。

 

「そうだ。重力砲の方が強いぞ。拳銃などでは」


 この三光児の発言を最後までいわせず天儀が遮り、


「そうか。じゃあ早く撃て。先に撃たせてやる」

 と放った。


 三光児も流石に気づいた。ない物では撃てない。

 先の条件で今すぐ決闘になれば、拳銃で一方的に撃たれて終わる。その焦りが、

 

「人殺しをするのか。不味いぞ、こんな場所で。それに、お前は人殺しになるぞ!」

 と、いう狼狽となって表へでた。

 

 この三光児の言葉に、天儀がまったく感情のない表情と声で、


「お前は何を眠たいことを言っている。今更一人増えたところで変わらんのだが」

 と、いった。


 声は静かだが心に重さを感じる響きで、耳底じていによく残った。


 言葉と同時に、天儀の体貌からは青く燃え上がるような青炎せいえんとした気迫が出ており不気味。


 この天儀の様子に、三光児だけでなく、セシリアも息を呑んだ。


 狼狽を隠せない三光児が思う。この男は実戦で小銃やランチャーを撃ったといったのだ。戦場で鳥獣ちょうじゅうを撃ったわけではあるまい、対象は人だ。

 そして目の前の男は、相手の顔がよく見える距離でも撃ち合いをしたと何故か直感した。自ら放った弾丸で、相手が崩れ込む様子を間違いなく知っている。

 

 いま、セシリアと三光児の2人が目の前にしているのは狂気だったが、三光児と違いセシリアはその青い炎にかれた。


 三光児は、用事を思い出したといって逃げるようにその場を立ち去っていった。


 天儀が、そんな三光児の後ろ姿へ向け、

 

「馬鹿め。戦場は状況がすべてだ。持っていない重力砲でどう俺を殺す気だった」

 と、ひとりごちる。


 そんな天儀へセシリアが微笑とともに


「あら、お怖い」

 と、声をかけた。


 天儀が振り向き


「失礼しました。第一艦隊第二戦隊司令の天儀です。まあ、これだけ騒いだ後に今更で恐縮ですが」

 と、会釈をした。


「セシリア・フィッツジェラルドですわ。ありがとうございましたと言えばいいのかしらね」


 そういってセシリアはクスクスと笑った。


「すみません。ことを荒立てるつもりはなかったんですが。結局これです」


 3人が揉めていることは、周囲にはつたわっていたが、皆、見て見ぬふりをして静観していたのだ。

 証拠に先程まで天儀とセシリアの周りには、広く空間ができていた。3人が揉めているのは周囲に知れ渡っており遠巻きにされていたのだ。

 

「実は困っていましたの。助かりましたわ」

 

 このセシリアに言葉に、天儀の表情に安堵したものが出る。

 

 天儀としては、善意から出た行動も、最終的にはかなり強引な結果となっており、セシリアへ不快感をいだかせていないか気兼ねしていた。


「で、ご用件は何かしら。私とお話がしたいとお見受けしましたが、これは私の自意識過剰でしょうか」


「いえ、そんなことはありません。お声をかけたかったのですが、あの男がいてなかなかね」


「あら、さっさと声をかけてくださればよかったに」


「邪魔しては悪いかと」


 セシリアが苦笑する。天儀はどうやら自分と三光児がいい関係にあると遠慮していたようだ。

 

「で、天儀さんも私を、口説きに来てくださったのかしら」


「そうですね。私も目的があって貴女に近づきました。あの男と違いがあるかといえばそうでもない」


 この言葉にセシリアは、あらといった感じで少し驚く素振りを見せる。

 だがセシリアには、天儀が三光児のように自分に下心があるといったふうには見えなかった。


「星間戦争を終わらせます。手伝って頂きたい。セシリアさんの力がぜひとも必要です」

 

 天儀は、セシリアに肉薄して手を握らんばかりの勢いで、そういった。

 熱烈に迫られるセシリアは驚いた。内容もそうだが、天儀の発言は

 ――セシリアを軍人として見ている。

 

 セシリアはいままで、こういう会に軍服で出席しても火徳星の名家のご令嬢としか見てもらえなかった。

 

 特に気にすることでもなかったが、やはり心の何処かでは引っかかっていたのだろう。

 目の前の男は、自分を軍人として必要だと断言したのだ。それがセシリアにとっては重大だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 情報部のセシリアは、天儀の申し出を受けた。天儀の要望する人材をリストアップして渡した。

 情報部の身分と、セシリアに激甘のお父様にお力を利用した。セシリアには、見苦しさはないが手段を選ばない面がある。


 そして、その先の結果が、唐公誅殺で、星間戦争の再開で、重鼎の記者会見だと思うと、セシリアは妙なおかしみを覚えた。

 

 それにあんなふうに熱烈に誘ったのに、天儀は2人きりで打ち合わせするときも自分に指一本触れてこなかった。

 

 そして自分と同じように、陸奥のブリッジに集められたあの30名と、あの千宮氷華せんぐうひょうかも天儀にだまされたらしい。

 あの30名なかでは一番仲がいい千宮氷華は、いまでもその熱が冷めていないようなので、セシリアはそれが少しおかしかった。

 

 自分も天儀にあてられてここにいるが、氷華は対大気圏師団(アースアタッカー)にくっついていき重鼎の降下作戦にまで参加してしまったのだ。

 

 ――恋は盲目ですわね。

 と、セシリアはひとりごち、内心くすりとしたのだった。

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