2-(7) 氷華とセシリア
ここは陸奥艦内の士官用の食堂。
注文用のタッチパネルつきのテーブルが並び、室内にはBGMが流れている。
そのテーブルの一つに、無表情のジト目の氷華が一人。
もちろん昼食のためだ。
いま氷華はチキン・マスタードのサンドウィッチの最後のかけらを口の中に収めていた。
最後のひとかけらを口に入れた氷華は、
「しかし秘書官ですか。まあ、天儀さんの近くに常にいれるという意味ではいいですけれど」
そんなことをひとりごちると、紅茶のパック手に取りゴクゴクと飲み干す。
飲み干したと同時に
「あら、秘書官はご不満?」
という声がかかった。
突然の声に驚く氷華、声の主はすぐにわかった。
声の主が、ここいいかしら?とことわってから氷華の向かいへ座ったからだ。
氷華は目の前の据わった女の名前を頭のなかで
――フルネームは、セシリア・フィッツジェラルド
と思い出し、
――愛称はセシリー。
だったわね。と、思いつつセシリアへジト目を向けた。
氷華は向かいに座ってきたセシリアの様子をうかがいつつ、心の中で
「このサモトラケのニケのようなブロンドの美人が、私になに用?」
と思い。
さらに
「というか首のない彫像といわれたら怒りそうね。首無女。これは不味いですね。うっかり口を滑らせないように、せねばなりませんよこれは」
などと思ってセシリアの出方を待った。
セシリアは、微笑とともに、携帯端末を取り出すと
「この中に、秘書課の中でも優秀で、氷華さんと合いそうな方をリストアップしておきました。ご自分で選んで、天儀司令へお願いするといいと思いますわ」
そう口にして氷華の携帯端末へ向けてデータを転送してきていた。
セシリアは陸奥へ転任可能で、氷華の部下に向いた人材の情報を用意してくれたというのだ。
このセシリアの厚意に、氷華は複雑。
これは大きな厚意であるのは確かだが、セシリアが事前に天儀から氷華を秘書官にするとうい意向を伝えられていた、ということもうかがえる。
氷華を秘書官とする決定は、午前中決まったこと。
そしていまは昼食時。
氷華が、秘書官に決まってから一時間程度しかたっていない。
この間に、ゼロからリストを用意できるとはとても思えない。
つまり
――やはりセシリアと天儀は、特別な関係なのか。
と、氷華は感じた。
加えて、氷華は、セシリアへ能力的な高さも感じていた。
情報部といっても、情報を読み取る能力に長けていなければ、こんなことは出来ない。
ただの情報部員なら命じられた仕事を粛々とこなし、集めたり整理しているデータが内容すらわからないということも往々にしてある。
それに情報部高官でなければ、目にできる情報も限られる。
秘書課の人材をリストアップするなどという行為は、人事情報という機密へのアクセス権限を有した上で、情報を集めるすべを知り、集めた情報の価値を知らなければ出来ない、かなりの離れ業といえた。
データを転送され氷華は、
――何故、知り合ったばかりの自分へそこまでしてくれるのか
とは考えず、セシリアの厚意を素直に受け会釈して、データも受けとった。
何故なら氷華からして、セシリアの熱の入れどころはわかる。
セシリアの熱の入れどころとは、当然氷華ではない。
――天儀だ。
わざわざ秘書官のリストを作り、氷華をこうして扶助することは、回り回って司令天儀を助けることになる。
戦争を終わらすという天儀の勧誘文句は、おそらくこの目の前のサモトラケのニケのような女性にも向けられたのだろうということは容易に想像がつく。
だが、わからないこともある。
「フィッツジェラルド家のご令嬢が何故」
と、氷華が、根源的な疑問を口にしていた。
氷華は軍内でも将来を期待されているとはいえ、自身が変人という自覚は少なからずある。
他の陸奥の未完成のブリッジへと集められた他の面々も癖のある人材だった。
そう集められた30名のなかで、人格的に一番まともなのはセシリア。
加えて30名の中で、経歴、能力共に別格といえるのが、セシリアと氷華。
その片割れの氷華からみて情報部のエリートで常識的なセシリアが、天儀の誘い文句へ本心から従っているのだろうか、という疑問がある。
氷華から見れば戦争を終わらすという、こんな冒険的な行為にセシリアのような女性が情熱を燃やす理由がない。
セシリアは、情報部で、安穏としていてもそれなりの出世はできるだろう。
フィッツジェラルド家は、貴族ではないが、血筋もよく財力も並外れている。
実家は、豊かでお嬢様のセシリアは暮らしにも困らない。
そもそも天儀は、戦争を終わらすといっているが、全く見通しがないのだ。
集められた者たちは、天儀の熱に浮かされて、従っているだけと見ることも出来る。
氷華とて、自分もその例にもれないという苦さは、多少はある。
「あら、氷華さんからみると、私が天儀司令に従っているのが不思議なのんですのね?」
氷華の疑念を問で受けたセシリア。
氷華は、これにジト目を向けることで肯定とした。
「星間戦争の勝利。つまり戦争再開は、帝の悲願ですのよ。帝のご意思を尊重してというのは理由としては駄目なのかしら」
ジト目を向けられたセシリアが、困り顔でそう口にした。
なるほど、軍は帝のもとにあるという考え方もある。
グランダ軍が、国民軍なのか皇軍なのか曖昧なところだった。
意図して明確化を避けているともいえる。
曖昧なままのほうが士気と規律を操作しやすい。皇軍だといって、特別な意識をもたせれば士気は高めやすいし、規律も守らせやすい。
だが、氷華は、セシリアの言葉に、
――何を白々しい
とばかりにやはりジト目を向けた。
セシリアが、帝への忠誠心から戦争に勝とうなどと思っているようにはさらさら見えない。
セシリアは、そんな意味の篭ったジト目を察し苦笑した。
「あら、私って忠臣には見えないのかしら」
「全然見えませんが」
無表情のジト目に、にべもなく返され
「そうね」
と、セシリアはやはり苦笑するしかない。
軍人としてのセシリアの帝への忠誠心は、氷華の指摘通り並程度だ。
セシリアのような生まれのいい人間が、天儀へ肩入れする理由が納得できないと迫る氷華。
セシリアは、そんな氷華へ、口元に指を当て、少し考える仕草をしてから、思いついたように
「先日、天儀司令が執務南光へ召されたというのはご存でして」
と、別の話題を口にしていた。
氷華が、うなづいて応じた。
いまセシリアが口にしたことは、この3日間、陸奥内も噂になっていたことだった。
「帝が、天儀司令を直々にお召になっている」
これが陸奥に集められた30名の士気の高さの理由でもある。
これは、天儀の口にする「戦争を終わらす」という言葉が、虚言や妄想ではなく、帝のお墨付きがあるということを意味していた。
天儀の堂々した態度、30名を特別に集めた事実、陸奥ブリッジの一体式への変更。
さらにブリッジが完成次第、任務がくだされるという噂もある。
定期点検と改修工事を終えた陸奥が、試運転も兼ねた簡単な任務が与えられるのは、当たり前といえば当たり前だが、この怒涛の三日間の直後に与えられる任務となれば、その内容に期待せずにはいられないといったところだ。
中には
「天儀司令の功績づくりのために、大きな任務が立て続けに与えられるのではないか」
という見通しすら出るぐらいだった。
ま、氷華からいわせれば、
「そんな特別な任務はそうそうない」
というもので
「皆さん変に期待していますけれど、今の時代、短期間で戦功立て、軍内で頭角をあらわすなどというのは妄想に近いのでは」
と、思いつつジト目に耳をそばだてて噂話を聞いていた。
そんなふうにして氷華が聞き耳を立てるなか、噂はつきない。
「国境警備を命じられ、侵犯してきた星間連合軍を叩く」
とか
「いや、星間連合軍はそんな国境侵犯などという愚は犯さないわよ。むしろこちらが星間連合内へ侵入して威力偵察するかもしれない」
という意見すら上がっていた。
氷華は、そんな噂話を耳にしながら気が気でない。
もし送られてくる任務が、平凡で単調なものなら、この期待は一気に失望と転じ、陸奥の士気は一気に下がる。
天儀は
「口だけやろう」
という無言の侮蔑を受けかねない。
氷華は、何故か天儀が失望を買うと思うと焦りを覚え、心労のようなものを感じざるを得ない。
セシリアは、そんな氷華へ
「執務南光とは、陛下の執務室ですわよ。朝議の間である集光殿ではなく、執務室である執務南光呼ばれた。この意味は大きいですわね」
と、自身の見解を述べていた。
勤皇の志しが低い氷華でも執務南光には、かなり親しいものしか呼ばれない、というのはわかる。
だが氷華が気になったのは、セシリアが体貌からにじませている自信だった。
セシリアの天儀へ全幅の信頼を置くような態度。
このサモトラケのニケは、何か情報を握っているが、それを口にしない。
しかも情報部のエリートで、能力は極めて優秀。
これらことが頭のなかで一つに合わせれば、
――今後、天儀が飛躍するような大きな事変でも起きるのか。
と、いうことだった。
セシリアの見せる余裕に、氷華の思考が勢いを得て先へと進み、クーデタまがいの政変まで想像させた。
氷華が進みすぎた想像を深呼吸してかき消す。
軍の実権を握りたいからと行って、クーデタなど逆効果だし、大事件など起こしては戦争を再開することができるかすら怪しくなる。
氷華は、天儀が今後考えていることが全く見えない、という自分を冷静に見つめるしかない。
考えが煮詰まったような色を出す氷華に
「あえて、私は氷華さんが、天儀司令へ何故ご協力するかは聞きませんわ。だって、私が天儀司令へ協力する理由は、私の中に確たる理由がりますもの」
と、セシリアが話題を変えていた。
「なるほど、私へ何故天儀司令へ協力するか言わせて、それと同じだなどと安いことをいうきはないと」
内容だけ見れば、角のある言葉だが、氷華は特に感情の色無く、淡々と口にしている。
セシリアへ害意があるという印象はいだかせない。
「ええ、ですので私の心中を正直に言わせていただきますわ」
セシリアが、そう前置いて氷華を鋭く見た。これまで見せていた如才なさとは違った様子。いま、セシリアから一人の兵士として感情がもれでている。
そして、これは
――赤心を晒す。
という決意を伴った視線。
自分の真心を晒すのだから、無下に応じるなという防衛線でもある。
「天儀司令は、本物ですから」
そうフィッツジェラルド家のご令嬢は開口した。
「本物ですか」
「ええ、本物の軍人です」
セシリアが、これまでと違い若干頬を上気させ力強く継いでいた。
「どういったらいいんでしょうか。ついこの前お亡くなりなった衛世大将軍に通じる同じ種の臭いを感じるといえばいいのでしょうか。天儀さんは、衛世大将軍と同じなんです。将校クラブやサロンでゴシップにまみれ、シャンパンに溺れているような軍高官たちとは違います」
興奮が伴い、セシリアの天儀の呼び方が天儀司令ではなく、天儀さんへと変わっていた。この変化を、氷華は、それほどセシリアは天儀へ入れ込んでいるとも感じつつも、このセシリアの言葉に、氷華は余計わからなくなった。
『本物の軍人』
という言葉の指すところは、漠然としているが、普通考えれば軍の最前線、実戦に近いところにいる人々を指すのではないのだろうか。
そう考えると、亡くなった前の大将軍の衛世は、実戦という場所からは程遠いい。衛世の仕事は、軍の組織の再編。国家領域が広がるとともにいびつに膨れ上がった軍を、効率のいい形に作り直したのが衛世。
つまり、衛世は実戦などからは程遠く、部屋で事務仕事ばかりしているといえばいい過ぎだが、セシリアのいう本物の軍人というイメージには程遠いい。
そのジト目に、わからないといった疑問の色を出す氷華。
セシリアは、そんな氷華へ言葉を続ける。
「例えばです。会戦目の前にしたらどうでしょう。最前線の兵士たちは、まだ始まらないのかとじれたったく思いっていますけれど、司令部や総司令官からすればもう刀を抜きあって、いつ剣撃を交えるかといったような緊張感にあるでしょう」
なるほど、現場と司令部の感覚や認識の差をいっているのかと、氷華は思った。
同時に、セシリアからしても天儀へ感じ入っているものを外へ説明しにくいのだろう。とも思う。
出された言葉が唐突で、言葉がまとまっていない。
セシリアからすれば
「天儀司令は、お亡くなりになった衛世大将軍と同じ」
この一言で済む話だが、これだけでは他人へつたわらない。
そもそもセシリアが、衛世へ入れ込む理由が他人からは不明だからだ。
二人の間に、様々ないわれが存在するのかもしれないが、そんなセシリアと衛世の思い出は、今はセシリアが衛世や天儀を軍人のかたちとして至上としているという強い思いに埋没して浮き上がってこない。
「会戦が始まってしまえば、現場は火の車。けれど司令部や総司令官からすれば、もう少し右翼が押せば、勝ち切るのにといったようなじれったさにさいなまれます。対して最前線の将兵からすればもうこれが限界で精一杯。この認識の差が、私は勝敗に大きく影響していると考えているのです」
なるほど、やはりセシリアから出た言葉は、やはり軍中枢と末端との認識の差のような話だった。
見えにくい話だったが、
『中央と末端の認識の差』
という話題自体は理解できる話。
つまり
――大局と細部を同時に見れる力。
それが天儀にはあると、セシリアはいいたいのだろうと、氷華は思った。
だが、これが何故、セシリアが天儀へ肩入れすることへつながるのか、その辺りが見えてこない。
氷華の無表情のジト目に、理解に遠いいという色が出た。
「川べりで陣地を構えて待っていても平和、前線兵士は暇を持て余す。でも司令部からすればいつ敵が攻めてくるかわからない緊張状態。こいう二つの視点を同時に持てるのが天儀司令だと思います」
だが、やはりセシリアから出た言葉は、要領を得ないものだった。
サモトラケのニケに、感情という熱が入り、舌が回らなくなっているなと氷華は感じた。
まるで優美に空を舞っていた女神が、地に落ちてきたような感覚。
氷華は、セシリアも同じ人間なんだなと、淡い愁いを覚えた。セシリアへ対する親近感ともいえる。
いま頬を紅潮すらさせ要領を得ないことを必死に説明するセシリアは、完璧な彫像でも女神ニケでもない。人間だった。
そして氷華は、そんなセシリアを見て、強い思い入れはあるが、その思いを口にするのは難しいといったところだろうと結論づけた。
――ようは衝動である。それもかなり熱い。
とも氷華は思う。
「なるほど、現場と、司令部の感覚の違いですか」
言葉ばかり長く、要領を得ないセシリアを、氷華が制する形で結論を口にしていた。
「そうです。天儀司令は、おそらくその感覚の差をよく認識していらっしゃる方だと思ったんですの。司令部にいて最前線の感覚を持ち、前線にいて司令部感覚を知る。兵士として至高です」
そういい切ってから
「もちろんこれは、私の兵士として至高のかたちをいっているのですよ。個人的な考えですわ」
と、付け加えるセシリアに、氷華が
「そのかたちが、先の大将軍衛世様も同じと」
というと、セシリアがうなづいた。肯定だった。
「天儀さんをひと目見て、いえ話してみて直感しました。この人は本物だと」
それが理由です、とセシリアは、話を終えていた。
氷華は、セシリアの強い思いはよく理解できた。
思いは理解できたが、話された内容は理解しがたいという色がジト目に浮かび上がる。
「軍中央にいた氷華さんにはわかりにくいかしら」
このセシリアの苦笑に
――確かに。
と、氷華は思う。
『現場の感覚を知れ』
軍には、士官学校卒業間際に必ず行う行軍体験というものがある。
ようは、将来軍幹部となるキャリア組も、軍衣を泥で汚す最前線の兵士の有り様を知れという行為だ。
士官学校の卒業が確定となると、卒業間際に兵科の別なく必ず士卒と分類される人々の部隊に混ぜられ三昼夜の行軍訓練に参加させられる。
ここで気概ある士官候補生は
「三日間、寝ない」
という気骨を見せるが、当然、現場の兵士からすれば馬鹿にされる。
士官候補生からすれば必死なのだろうが、士卒と将校の違いを見せつけるために寝ないという行為は末端から見れば無駄だった。
部下を前に、いい格好をするために寝ないなど、人物の底が透けて見える。
それに現実の任務は、3日間などでは終わらないものも多い。
仮に作戦となり、指揮官として前線部隊に着任した場合はその間寝ないのか。無理な話だ。
卒業間際の若者の必死の悪あがきも現場から見れば、偽善的で無駄な行為。
「あいつ寝ないで、二日目にひっくり返ったぜ」
と、良い嘲笑の材料ですらあった。
この意味では、気概ある士官候補生は現、場の兵士たちを楽しませてくれる材料でもあるといえるかもしれない。
なお、氷華は、グーグー寝ていた。
これはこれで上官としての能力を疑義され、呆れられる。
やはり上に立つものも、常に下から試さているのだ。そして下からの問いかけに、これが正解という一つの答えはない。
場面、場面に合わせた適宜の行動が取れてこそ真の指揮官たる。
なるほど、こう考えると、セシリアは、天儀へ真の兵士たる何かを見たのだろうと、氷華は思った。
『三昼夜の行軍訓練』
氷華も電子戦司令部に配属される前に、これに参加したが、それで現場がわかったかといえば否だ。
小銃を持って戦う現場のことは、氷華にはわからない。
つまりこれを言葉にすれば
「司令部にいて現場の感覚を持つ。司令部で、前線の危機を知っても直ちに部隊を動かしても間に合わないことが多い。天儀司令は、そいうタイムラグに上手く対応できる資質を持っているとお感じになったと」
と、いうことだった。
氷華からして、上手くまとめられてはいないが、セシリアにはよくつたわったようで、セシリアは弾むようにしてうなづいたのだった。
「それに戦争再開は、フィッツジェラルド家はさほど関係ないことでしてよ」
と、セシリアがいたずらっ気に笑った。
幼さを出すような笑い方だったが、もう表情も口調も兵士のセシリアではなく、サモトラケのニケに戻っていた。
戦争となればエネルギー事業を握るフィッツジェラルド家は大儲けできるが、それとセシリアが戦争に終わらすということに積極的なのは別といいたいのだろう。
生まれが良いと、こんなことまで気を回さねばならないのかと、氷華はセシリアの気苦労を垣間見た。
いくらセシリアが、個人的に戦争に加担しているといっても、世間は自家が儲かるからだろうと見る。
「戦争したいといっているのは帝ですからね。つまり世界を統べる男が、戦争を欲している。星間戦争を再開というのは国是にして大正義です。誰の意向もはばかりません。それにセシリアさんは、セシリアさんです。どこのセシリアとかは知りません。私にとって目の前にいるセシリアさん。それだけです」
氷華が、セシリアによせていた。
――このセシリアとは上手くやれそう。
氷華は、なんとなくそう感じ、フィッツジェラルド家の意向など関係なく戦争は再開されると口にし、かつセシリアをフィッツジェラルド家のご令嬢としてでなく、セシリア個人として見ると宣言したのだ。
厚かましいかもしれないが、セシリアは氷華へ赤心を晒して、天儀へ肩入れする理由、つまり戦争へ覚悟を口にしたのだ。その思いに感じるところがあったのなら、相応に大きく応じるべきだった。
氷華の温かみのある言葉。
これにセシリアが、ぐっと眉を寄せるような表情をしてから、目を伏せた。
最後に付け加えられるように氷華からでた
「ただのセシリア」
という思いがセシリアの総身にしみていた。
「セシリーって、そうお呼びになってください。私の愛称ですわ」
セシリアが破顔していった。
氷華もジト目を和らげ、笑った。
「戦争は帝のご意向で、大正義ですか。面白いいかたですわね」
セシリアの柔らかさを伴った言葉。氷華も柔らかく応じる。
「セシリーが、いえ私たちがどう思おうと、戦争は再開されます」
「そうですね。でも天儀司令は、その帝のお墨付きですよ」
意図して口を滑らすように、一歩踏み込んだことを出したセシリア。
セシリアは、言葉を口にすると同時に氷華へ微笑みかけた。
――なるほど、やはり天儀司令は、帝の意向を受けて動いている。
氷華は、そう確信し、それ以上はセシリアへ問いかけなかった。
短い時間ではあったが、二人の関係が、大きく深く進んでいたのであった。