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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章十、蕩揺の重鼎編
89/126

11-(4) 挑発

 星間連合軍が第一星系の電子防御システムツクヨミから出て戦う決意をした頃、重鼎じゅうていではグランダ軍による記者会見がおこなわれていた。


 記者会見の場は、重鼎で指折りのホテルの広間。

 結婚式や様々な会が模様される本格的なイベントホールだ。


 その広い会場の段上に立つのは、セシリア・フィッツジェラルド。

 情報部長セシリアは大将軍府報道官だいしょうぐんふほうどうかんでもある。


 セシリアは、

 ――重鼎では報道官としてやることがありますわ。

 という確固たる決意で、重鼎占領後にすぐさま重鼎へ入りしていた。


 容姿抜群のセシリアが、占領軍責任者の大将軍天儀(てんぎ)に続き姿を見せると会場内がざわついたほどで、セシリアの存在だけで会場が惹きつけられていた。


 その美貌のセシリアの目の前には100人規模の記者たち。

 

 セシリアは、

 ――カメラや照明、そして人々の視線が自分に集まっている。

 と思うと悪い気はしないどころか、愉悦ゆえつすら覚え、浮き上がる自分の心を必死で押さえつけた。


 短時間だが激しい地上戦が展開された重鼎攻防戦。

 この大規模な惑星降下作戦を伴った地上戦に、戦闘後続々とメディアが集まり現地では取材合戦となっていた。

 それに水明星すいめいせい以外の惑星が陥落するのは、星間戦争始まっていらいの出来事。スクープだった。


 ――この会見は重要ですわ。

 と、セシリアは思う。


 セシリアから見て、この記者会見が惑星の実効支配という空前の事態の印象を決定づける。できるだけ世間の心象を良くし、住民の中立的態度を獲得する。

 そう戦争であろうと星間連合内でのグランダへの反感をなるべく抑えたい。というのがセシリアの考え。


 例えばです。とセシリアは思う。天明星てんめいせい随所ずいしょで住民蜂起という事態になればどうでしょか。重鼎に降ろした戦力では天明星保持は難しいのはちょっと軍事に明るければわかりきったこと。

 

 それにわたくしたちは数日で重鼎を去るつもりですが、その間に大規模な住民蜂起など起これば

「住民蜂起に手を焼き追い出された」

 という非常にかんばしくない印象を与えかねませんわ。


 元から決まっていた撤収でも蜂起が起きてからでは

 ――逃げるように去った

 と思われてしまいますわね。これは絶対に避けなければなりません。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 記者会見は、占領軍責任者である天儀の無難な挨拶の言葉から開始。

 

 続いて大将軍府報道官セシリアによる

「重鼎と天明星宙域の住民の生命財産の保証の約束」。


 その後に質問に移りセシリアは、そつなく報道陣の質問に応答。


 天儀も記者会見に同席してはいるが、最初の挨拶以外はセシリアの対応を見守っているという状況だ。


 天儀は会見前にセシリアから

 ――いいですか。絶対に余計なことを口走らないように。

 と厳命され


 ――練習通りやってくださいましね。

 とさえいわれていた。


 天儀は指を立てて口を酸っぱくして言うセシリアに、苦笑し従うしかなかった。


 そつなく質問を裁くセシリアに、黙って椅子に座っているだけの天儀。

 

 各メディア質問は、ほとんどが今後の戦争の成り行きについてだが、最後に質問した重鼎新聞じゅうていしんぶんが口を滑らせた。


「グランダ軍は、いつ重鼎から逃げるのですか」


 世間のもっぱらの予想は、グランダ軍は天明星を維持できないので、この大成功がふいになる前に、講和の材料にして早々に戦争は終わるというものだった。

 

 この質問に会見席で黙って座っていただけの天儀が体貌から気を発した。

 

 天儀の様態の変化に、セシリアが青くなり、セシリアの緊張が会場につたわたり、会場全体が緊張した空気に包まれた。


 だが質問者は、一瞬委すくんだようだが、悪びれた様子もない。確信犯だったのだろう。


 天儀が立ち上がり、目の前のマイクを取って記者たちを睥睨へいげい


 天儀の記者たちを威圧するような態度、これに

 ――な、なんですか、その態度は!不味いですわ。

 セシリアが心中で悲鳴を上げていた。


 セシリアは、天儀が何を口走るか気が気でない。記者からの質問で天儀が発言する予定なかったのだ。


 セシリアは、

 ――いますぐ天儀さんへ走り寄って、マイクを奪い退場させたい。

 と思うが、そんなことをすれば大恥。


 セシリアが発言を止めさせようと天儀へ駆け寄れば、天儀はマイクを渡さないと抵抗するだろう。こうなるとはたから見れば、グランダ軍の長と、その報道官のマイクの奪い合い。グランダ軍の醜態しゅうたいを宇宙規模でさらすだけだ。


 セシリアは、天儀が何をするか青くなって見守るしかない。


 ここまで上手く対応してきたのだ。失言でもしてメディアの攻撃対象にされると極めて面倒。と、気が気でないセシリア。

 

 天儀は、そんなセシリアの心配をよそに、


「なるほど逃げる。確かにそうかもしれない」

 と、微笑しながら冗談を口にした。


 会場には、失笑とも取れる笑いがおこった。緊張きんちょうで固くなっていたセシリアの表情も少し和らぐ。

 

 だが、天儀が緩んだ会場の雰囲気を一喝するように言葉を放った。


「ただ星間連合軍が来ればだがな。星間連合軍は100年間、第一星系から出てきたことがない。今回だけは例外といえるかな」


 天儀のいった、

 ――100年間。

 とは、グランダと星間連合が境界を接して、両国の警備部隊の行き違いから偶発的に宣戦布告がなされた100年前の事件を指している。


 天儀の言葉に会場が冷水を浴びせられたように沈黙。


「最初、宙間要塞ちゅうかんようさい黄子推こうしすいが敗死し、水明星が落ちた時、君たちはまた水明星が見捨てられたと筆を激しくし、見出しを厳しくしたではないか。同じように重鼎も星間連合軍から見捨てられたのだよ」


 天儀が一旦言葉を切り会場を見回す。

 会場は水を打ったように静かだ。それを確認した天儀が言葉を継ぎ、

 

「君らは水明星と重鼎では、重要さが違うと思っているようだが、素晴らしきことかなマグヌス天童は平等主義者だ。司令長官殿の中で重鼎の軽重は、水明星とさして変わらないぞ。重鼎の諸君は、グランダ皇帝に拝礼するやり方を学んだほうが良い。セレスティアル家とはしきたりが違う。帝の前でまごつくと恥をかく」

 と、静かに気を放った。


 天儀のこの言葉に会場がどよめく。

 グランダ軍の最高責任者が、このままグランダ軍が重鼎を実効支配し続けると宣言したのだ。

 

 天儀が騒がしくなった会場向けさらに一言、


「星間連合軍を統べる天童正宗てんどうまさむねは腰抜けだな。惑星一つ守れない」

 そう言い放った。


 天儀の言葉が終ると青い顔のセシリアが、会見の終了をつげ記者会見は終了。

 

 即日各メディアは、グランダの天明星支配の可能性と合わせて、星間連合軍は、

「腰抜け連合軍」

 と書き立てたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 セシリアは会見場を後にする天儀に小走りで近づき

 

「将軍は、ここを実効支配される選択肢もお考えなのですか」

 と、小声だが真剣な顔で問いただした。


 会見の最後の言葉は寝耳ねみみみずだった。本当にやるならセシリアは情報部長としてもやることがある。

 

 統治をするには、重鼎市の市庁舎をおさえて書類などを手に入れなければならない。

 

 だが天儀は、詰め寄ってくるようなセシリアへ


「まさか、予定通りとっととずらかる。ここは死地だ。星間連合軍は真っ赤になってここへ来るぞ。と言うか来てもらわねば困るがな」

 と、応じていった。

 

「驚きました。あれほど打ち合わせにないことは仰らないようにと再三申し上げましたのに」


「はは、ついな」

 そう頭をかきながら言う天儀に、セシリアが嘆息たんそくする。


「もう、本当に驚きましたのよ。メディアは思念と無意識の集合体のような化物です。扱いを間違えれば大衆を敵にしますわ。今後は軽々しいことはご自重下さい」

 

 これに天儀は、分かったのか分かっていないのかといった軽い返事で応じ、セシリアは再度嘆息。


 嘆息したセシリアは、天儀に従うよう続き廊下を進む。

 

 会見場が設置されたのは、メインタワービル九鼎(きゅてい)近くのホテルの12階。

 いま2人は会見場としたホテルを後にするためエレベーターへ向かっていた。

 

 そして天儀とセシリアが歩く廊下の窓からは重鼎市が見渡せ、窓の外にはビル群、その先には左手に山、右手に海と美しい風景が広がっている。

 

 いま2人は天空から風景を望むように歩くことになっている。

 が、セシリアの先を歩いていた天儀が突然歩あゆみを止めた。

 唐突の停止、セシリアは天儀の背中にぶつかりそうになり、セシリアも慌てて歩みを止めた。

 

 ――なんですの急に、お止まりになって。

 と、セシリアはけげんに顔を向けるが、天儀の顔を見たセシリアは思わず息を呑んだ。

 

 天儀の顔が、中天の太陽に照らされ逆光になり表情に微妙な陰影いんえいが付き美しかった。

 

 セシリアからすれば、さえない風貌ふうぼうという印象を受ける天儀だが、実は顔の作りは整っていて鼻筋は通り精悍せいかんな眉と目をしている。


 ――背は高くないけれど、顔は悪くないのですわ。

 と、セシリアは思う。


 ただ同時に、男女の微妙な機微きびを一切忖度(そんたく)しない言動を取るので、この男を男性として見る女性は皆無と思われた。

 

 セシリアが、そんなことを考えていると窓の外を眩しそうに眺めていた天儀が


「重鼎は我々が死ぬにははながなさすぎる。明後日には、ここを後にする」

 と、特に気負ったふうもなく口にすると再び歩き出した。

 

 対してセシリアも


「そうしていらしたら、それなりに素敵なのですが、残念な方ですわ」

 そういうと、ため息をついてから歩きだした。


 廊下を進むセシリアは、天儀の背中を見つめながら、天儀との出会いを思い出していた。

 あのときセシリアは、不覚にも天儀に魅力的なものを感じていたのだ……。

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