11-(3) マグヌスの出陣(正宗の苦渋と軍令部)
円錐状の曲線美を輝かせる軍令部ビルの廊下。
天童正宗と天童愛の2人は、公女コーネリアと別れ司令長官室へ向かっていた。
進む正宗が、妹の愛へ
「ツクヨミシステムから出るのは馬鹿げている。だが、もう止めようがない」
と、静かにもらした。
コーネリアの前では隠していた感情が、妹の前では思わずでていた。
正宗が思いつめたような声でさらに継ぐ。
「重鼎をとにかく素早く奪い返してしまう。これだけだ。そして再び奪う価値をなくす。私は重鼎が焦土に、いや地図上から消えてしまっても構わないと覚悟を決めているよ」
重鼎の防御は十分な守備隊を配置さえすれば堅い。グランダ軍の残留部隊が、決死の覚悟で防衛に当たるなら2、3週間ぐらいの遅滞が考えられた。
状況はそれを許さない。一気呵成に重鼎を奪い返してしまう必要がある。
天童愛が、兄の言葉に応じ
「やるなら徹底する。無駄なことはしない。というわけですね」
つづけて
「お兄様、流石ですわ」
と兄へ笑顔を向けた。
沈痛な色を出す兄正宗に対して、天童愛の表情は少し明るい。
天童愛は、兄がコーネリアには見せなかった感情の色を自分には見せたのが嬉しかった。
いま正宗は表情にこそ出さないが、かなり重い気持ちで廊下を歩いていることが妹の愛にはよくわかる。
これは公女コーネリアには、わからないことだろう。そう思うと、天童愛はやはり兄には自分しかいないと強く思ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天童正宗が、妹を伴って司令長官室へ入ると、室内では軍令部長の六川公平と軍令副長の星守あかりが立って待っていた。
会議が終わったことを、軍内のネットワークで知ってわざわざ起立していたのだろう。
六川と星守は、天童正宗が部屋に入るなり敬礼で出迎えていた。
正宗は厳しい顔で立つ六川と星守へ
「重鼎を全軍で奪還する」
と、短くいい、重厚な彫り物がされた執務机についた。
重鼎を取り返すだけでは、言葉が足りない。
六川と星守は、正宗の次の言葉を待った。
だがデスクについた正宗が、それ以上何もいわないので星守が
「ここまで来て戦うのは愚かです」
と、一方的につげられた決定に不服を口にした。
まっすぐ意見する星守に、六川が
「星守君」
と、掣肘するように声をかけた。
六川から見て、今の星守は感情的になっているようにみえた。
感情的になっている星守のアプローチでは、正宗の考えを変えることは難しいと予想できる
星守と同じ考えの自分が、代弁する形を取るのがいいだろうと判断してのことだ。
「確かに今更出て行くのでは、水明星の黄子推を見捨てた意味もありません。今出て行くぐらいなら先に第一星系に肉薄された時に戦うべきでした」
――水明星の黄子推を見捨てた
六川の口からサラリと恐ろしいことを口にしていた。
六川はリアリストだ。
そんな男らして、開戦からいままで、星間連合軍側から見て戦うべきポイントは2回も存在していた。
1回目のタイミングは、水明星が落ちた時。
2回目のタイミングは、水明星を落としたグランダ軍が星間連合第一星系に直進肉薄したとき、重鼎が落ちる前の段階だ。
この2回が、星間連合側がグランダ軍に対して確実にイニシアティブを取れる交戦機会だった。
いま出て行くのはでは、どんな形を選択するのであれ、
――敵にツクヨミから引きずり出される
という体の悪さが否めない。
「我らが重鼎を奪還しに来るというのは、敵は百も承知です。このタイミングで出て行くのは敵の思う壺でしょう」
仮にツクヨミから出るにしてもいまではない。と、はっきりという六川。
そんな六川へ反応したのは、正宗ではなく
「あら、それは今更おっしゃっても仕方のないことでは」
天童愛だった。
天童愛は、
「状況はもう変わってしまっていますね。いまから過去に戻って戦闘はできない。こんなことは当たり前。あの時どうすればよかったではなく、今どうするかが重要ですよ」
と、さらにピシャリといった。
天童愛からすれば、お兄様は六川がいったことは十分承知の上で、全軍出撃を決定した。という確証がある。
天童愛の言葉に黙る六川。
六川が問を向けた正宗は黙ったままだが、妹の愛が正宗の意向を代弁したのは明らかだったからだ。
こんどは星守が
「でもあくまで全軍を統括して、意思決定をするのは司令長官です。そして司令長官も軍令部も望んでいないのに」
と、翻意を促した。
このまま周囲に引きずられる形で、出撃すれば司令長官の下で全軍を統括している軍令部の存在意義が形骸化しかねない。
「軍令部の存在が形骸化すれば、有事の防衛省、参謀本部、各艦隊司令官の意思統一が上手く行かなくなります。参謀本部は、全体の総合調整を行う機能は有していません。防衛省もあくまで部隊管理などを行う軍政機関です」
必死に食い下がる星守。
星守は単純にいま出撃する無駄を説いても不毛と悟り、戦後のことも含めて反対することにしたのだ。
現状で出撃すれば勝っても負けても軍令部の存在意義が疑われるだろう。そうなると結果的に司令長官も権限も弱まってしまう。
「司令長官の影響力低下は、最悪軍の空中分解へつながりかねず、当然星間連合全体へも良い影響は与えません。今からでも出撃を取りやめるべきです」
星守の必死の言葉に、天童愛が応じ
「軍令部が形骸化すれば、司令長官の軍内での指導力も弱まり、存在が宙に浮いてしまいますわね」
天童愛はさらに
「ま、勝てばお兄様は、持ち上げられるでしょうけれど」
と付け加え締めくくった。
星守の意見を肯定するような天童愛の言葉。
思わぬ味方を得た。と星守の表情に明るみが走る。
――何のかんの言っても、愛さんはお兄のことを真剣に考えている。
とすら星守は思ったが、天童愛から継いででた言葉は違った。
「けれど倒してしまえばいいのです。敵をね。戦勝した勢いで軍政改革を行なって参謀本部を骨抜きにしてしまえば問題ない。私は、そう思いますよ」
言葉を口にする天童愛の表情にあるのは、凶暴で攻撃的な笑み。
天童愛の口にした
「敵をね」
には、味方の参謀本部や一撃決戦派をも含んだように強調されていたのだ。
彼女と対面している六川と星守がぞっとする。背筋に寒いものが走るような笑みだった。
「愚かなのは一撃決戦に感情的に与する参謀本部の面々です。戦後参謀本部は解体してしまえばいいんですわ」
さらに凶暴なことを口にする天童愛に、ついに正宗が口を開いた。
「いや愛、いい。六川君の言うことは最も至極だ」
天童愛が、
「でも」
と食い下がろうとすると、正宗はそれを手で制し
「ただ六川君、もう戦うしかないのだ。全軍と世論がそれを望んでいる」
この正宗の言葉に、六川と星守は交戦回避はもう難しいと悟って黙ってうなずいた。
2人が食い下がったのは、天童正宗ならまだ一撃決戦派を、抑えきれる可能性があると思い、その芽を確かめたかったのだ。
もう正宗を以ってしても無理なようだ。なら戦うしかない。
決まったなら軍令部は、早急に重鼎奪還へ向け星間連合軍の行動プラン作成と、重鼎攻略作戦の立案をする必要ある。
明後日までには参謀統合会議で配布できるものを仕上げなければならない。
六川と星守が、正宗に敬礼してから各々のデスクに戻り作業を開始したのだった。




