11-(1) マグヌスの出陣(天童正宗の決断)
重鼎陥落。
この報に星間連合全体に激震が走った。
軍内は騒然《そうぜんn》したが、さらに動揺したのは星間連合政府。
第一星系に隣接する星系の重要惑星が、敵の手に落ちたのだ。
星間連合軍司令長官の天童正宗は、ただちに参謀統合会議を招集。
――もう出撃は、まぬがれない。
正宗は覚悟を決めて会議室へと向かったのだった。
会議では一撃決戦派を中心に意気軒昂なものたちの統制を図り、足並みをそろえる必要がある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
正宗が会議室内に入ると、むせ返るような熱さ。
室内では、すでに奪還方法が激しく議論され、熱弁を振るっているものが何名かいる。
そんな熱い室内が、正宗の登場で一瞬静寂。全員が敬礼。だが、すぐに喧騒に包まれる。
正宗は喧々諤々とする室内を、進みながら
――やはりもう一撃決戦派は、もう制しようがない。
という苦い思いで胸懐が満たされた。
それに世論の動向を危惧した政府からも重鼎奪還の要求が内々にきている。
重鼎は第一星系の目と鼻の先の最重要都市だ。確かに世論をかんがみても重鼎放置は得策ではない。
仮に軍の意思が一致してれば、政府の要求を突っぱね、ツクヨミ内から静観することができるが。正宗は、そんなことを思いながら着席。
正宗の席は、長方形に配置された机の上座中央。
着席した正宗の眼前には目の勝手に議論する軍高官たち。
――無理だな。
と、正宗は怜悧に思った。
心中でツクヨミ堅守を断念していた正宗。そんな正宗でもまだどこかでツクヨミ内死守の可能性を探っていた。だが室内のこの様子では、そんな可能性は一分なさそうだ。
出撃一色に染まる室内へ、仮にツクヨミ堅守を申し渡せばどうなるか。
勝手に出撃しかねないとか、反乱が起きかねないとか、そんな稚拙な事態にはならない。
それぐらいの覚悟あるならもっと利口な方法があった。
司令長官の職権停止の発議だ。
――不信任の理由は無気力、戦意喪失あたりだろか。
と、正宗は自嘲気味に思う。
そして賛成多数で自分はお払い箱、そのまま司令長官の推薦及び自薦を取り、新しい司令長官を選出。
そして出撃を決定し、バラバラと烏合の衆のようにでていくさまが、正宗にはありありと思い浮かぶ。
そんな事態を想像した正宗は、
――実に無謀で勇敢なことだ。
と、苦さをもって思う。
――これでは勝てない。出撃ならやはり自分が統制し、指揮したほうがいい。
というのが正宗の決意だった。
正宗が着席すると、参謀次長が遅れて入ってきた。
この痩身でメガネ、気難しそうな参謀次長が遅れるのは初めてだ。
ぎりぎりまで情報を集め整理していたのだろ。
そして、いまの星間連合軍では、参謀長を天童正宗が兼ねるので、この参謀次長が参謀本部の実質的な最高責任者。
つまり、この参謀次長は、正宗とその下の軍令部と対立軸にある。
そう若くして偉大な男天童正宗も、参謀統合会議にあっては
「敵だらけ」
という厳しい状況にさらされていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議では、遅れて入ってきた参謀次長が会議の進行も務めている。
参謀次長の登場とともに、会議が開始された。
参謀次長が室内の面々へ
「我々は、グランダ軍が第四星系へ向かったと思っていたわけですが、一部の部隊が残り、重鼎が落とされました。重鼎へ投入された敵の数は、約三個師団。敵は、この兵力で重鼎が守備も行なっています」
という重鼎の状況がざっと説明された。
――敵が三個師団程度の兵力なら十分に奪還できる。
そんな安堵の雰囲気が室内にただよう。
「衛星が敵の手に落ち、詳細な情報はわかりませんが、メディアや民間の通信ネットワークを通じて惑星内の情報は伝わってきています。これらの情報を分析した結果、敵は重鼎に強固な防御陣を敷いていることが判明しました。少数で出来る限り時間稼ぎをしようという狙いでしょう」
ここまで一息に説明した参謀次長が、一旦言葉を切り呼吸を一つ。その間隙を突くように会議室内から声が上がる。
「なるほど敵は重鼎を囮に、第四星系へ攻撃を加える心づもりか。そうなると重鼎に篭っている部隊は強固に抵抗してくるぞ」
この発言を受けて、さらに別の男が発言を差し挟む。
「重鼎の守備隊は、時間稼ぎが役割だからな。我らを手間取らせて、その隙に第四星系でひと暴れか」
参謀次長が、この隙あらばと続いた発言に、渋い顔をしながら咳払。
参謀次長からすれば、この会議を開戦前のように軍内の主導権争いの場としてもらっては困る。
敵は重鼎を落としたのだ。全軍で歩調を合わせ直ちに対処を決定する必要がある。
咳払いをした参謀次長が
「お二方のご推察どおりです。敵の狙いが判明しました。重鼎に攻略に我々を引きつけて、その隙に第四星系で作戦を展開する心づもりでしょう」
と、参謀本部の考えを会議室内へつげた。
発言を終えた参謀次長が、正宗を見る。今までの自分の発言に、何か訂正する点はないかという確認だ。認識を異にしている場合もある。
視線を向けられた正宗は、
「だが、敵の狙いはその先にある」
と、静かに応じた。
これに参謀次長が、意を得たりという顔になった。
そう参謀本部の結論としては、グランダ軍本隊の第四星系行きの目的は、第四星系の攻略にはない。星間連合軍をツクヨミから引き出すための陽動。
いま、まさにこれをにおわせる発言が、司令長官の正宗から出たのだ。
星間連合軍参謀本部は、艦隊決戦を望んでいる。そして相手も、つまりグランダ軍も決戦を望んでいる。
そしてここに、
『重鼎が落とされた状態で』
という目下の状況が加わる。
――もう天童正宗は、軍を押さえきれない。出撃するしかない。
とまで参謀次長は想像を膨らませていた。
現状は参謀次長としは、好機ですらあった。
「司令長官殿が、言われたとおりです。敵の狙いは第四星系ではありません。我々との決戦にあります」
この参謀次長の発言で、室内の空気が、喜び半ば驚き半ばといったものになる。
星間連合9艦隊、グランダ6艦隊。
星間連合軍の方が艦隊の数が多い。敵が決戦を望んでいるのかは、一撃決戦派の中でも確証はなかった。
ゆえに第三次星間戦争が開始されてからの一撃決戦派の議論の一つは、いかに逃げるグランダ軍を補足して決戦に持ち込むか、だった。
こんないきり立つ空気の中、参謀次長は発言を続ける。
「我々が、重鼎を攻略し第四星系へ敵を追撃した折に、敵は反転してきて決戦へ持ち込むと考えられます」
再び参謀次長が、正宗を目で見て確認する。
参謀次長は、ここから慎重になる必要があった。
だが参謀次長の目に映る正宗はただ黙って静かに居住まいを正しているだけだ。その心中は読み取り難い。
参謀次長からみた正宗は、第一星系ツクヨミ内の絶対防衛を主張している堅守派。アプローチを間違えれば正宗は重鼎奪還を行わないだろう。
重鼎放置の理由は、重鼎に手間取れば、星間連合艦隊は敵に後背を襲われる。
正宗は、これを嫌うはずだ。
それにグランダ艦隊を叩けば重鼎はおのずと開放される。ならば正宗は、第四星系に被害が出ないことを優先するはずだ。だが堅守派の正宗は、その第四星系防衛すら行うか怪しい。というのが参謀次長の予想だった。
――ですが、それでは困る。
というのが参謀次長。
星間連合の重要都市が落とされて放置では、軍の面子がまったく立たない。
世論は、すでに重鼎が落とされたことで、軍を批判しはじめている。
重鼎を取り戻し、天明星を奪還。欲張るならその後に第四星系にいるグランダ軍への攻撃へ向かう。この順序をどうしても守る必要があった。
そう参謀本部のいまの望みは、
「重鼎の奪還」。
この出撃は、以前とは違い必ずしも艦隊決戦を志向しない。先ずは重鼎を取り戻すことだった。
「参謀本部としては、艦隊決戦はひとまず横へおき、重鼎へ三個艦隊を送り奪還を提案します。計画案もすでに作成ずみです」
慎重にことを考えた参謀次長の結論はこれだった。
三個艦隊での奪還なら拒否できない。正宗がリスク有りと嫌っている艦隊決戦もしないからだ。そして全軍での出撃を提案すれば正宗は、重鼎を無視する可能性がある。
三個艦隊なら、出撃拒否も重鼎の無視のどちらも防げる。
この参謀次長からの提案に、静黙を保っていた正宗が立ち上がった。
立ち上がった正宗へ衆目が集まるなか
「ダメですね。その作戦は許可できません」
という拒絶が正宗からでていた。
参謀次長の顔色が変わり、食い下がろうとするが、正宗はそれを手で制しながら
「重鼎は取り戻しますよ」
と、断言した。
「ではや、はり三個艦隊を差し向けますか」
参謀次長は、三個艦隊にこだわった。正宗が、重鼎奪還に全軍で出るとは思えなかったからだ。
「いや全軍で、です。一息で奪還して第一星系へ戻ります」
正宗の全軍出撃の発言に一瞬刮目したような面々だったが、続けて出た言葉から参謀次長も含め会議室内の空気が微妙なものになる。奪還はいいが、またそのまま篭もるのかという空気だ。
だが室内の空気を押して払うように、正宗が継いだ。
「戻ったと見せかけて、再出撃して急追し、グランダ軍の後背を襲う。これでどうでしょう」
室内が再び驚きに包まれるが、これに参謀次長がすかさず
「戻る意味は」
と鋭く問う。
一度戻る意味が不明瞭だった。戦うならそのまま第四星系へ向かえばいい。
「出撃口を変更です。我らが重鼎を奪還して、そのままグランダ軍を追えば、おのずとルートは限定される。敵は我々待ち構えやすいですよ。その点ツクヨミ内へ下がれば我らの足取りを一旦完全に遮断できる」
正宗は、ここで一旦言葉を切ってから力強く、
「敵の思わぬ場所から出現して襲い、グランダ軍に痛撃を加える。我々はアルプスを越え、グランダ艦隊を撃滅することになる」
と、会議室内へ放った。
天童正宗は、ツクヨミからの再出撃を
『アルプス越え』
と形容した。
――敵の思わぬ地点のから出現し、撃破する。
まさにアルプス越えだった。
会議室内が無言の内に沸いた。
室内が会議開始されたときとはまったく別の熱気に満ちている。
司令長官正宗が決戦を明言したのだ。
「やつらを第四星系から一人も返さない。二度と戦争を仕掛ける気をなくさせます。心をへし折る」
この正宗の力強い言葉に、全員が立ち上がって万歳三唱。
感激のあまりの行動だった。
面々の顔に心の熱さが浮き出て、いま室内は沸き立っている。
あのマグヌスと尊称される男が戦いを決意したのだ。これほど心強いことはない。
この賞賛の渦を、天童正宗は口元に笑みを浮かべながら見守っていたが、目の色には険しさが滲んでいた。
重鼎を奪還しないわけにはいかないが、決戦を行うのはリスクが大きすぎる。
――状況に流された。
という苦さが正宗の胸間を抜けていた。
敵の果敢な攻勢と、戦いを望む会議の空気という二重の意味で流された。と、正宗は思う。
そうグランダ軍との決戦は、正宗の本意ではなかった。
この参謀統合会議で、星間連合軍は全艦隊で出撃することが決定された。
ただちにこの旨は、政府や各機関へ通達され、星間連合9艦隊は、出撃の準備に入った。




