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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章九、栄光の重鼎編
81/126

10-(4) 強行軍(氷華の受難)

 木漏こもれ日が降りそそぐ、針葉樹林しんようじゅりん

 ただ黙々と歩く強襲隊とされた選抜歩兵300名。


 300名のなかに無表情のジト目の千宮氷華せんぐうひょうかが、紅一点こういってん

 氷華は普段は下ろしているその黒髪を、うっとうしさから途中で束ねていた。

 汗で髪が顔に張り付くのだ。キツイ登山にあって極めて不快だった。

 

 そして表情から感情の所在を把握しにくい氷華にはめずらしく、その顔には

 ――疲労

 と、いう色がありありと見てとれる。

 

 疲労を感じさせる顔の氷華のひたいや、ほほには泥のあと。

 

 氷華が、こめかみ辺りにかゆみを感じ手の甲でぬぐうと、

 ――ザラリ

 とした感触がした。


 疲労を押し殺し、無視しつづけ、無心で進むなかでのしばらくぶりの新たな刺激。

 跳ねた泥を顔で受けたわけではない。と、氷華は思った。

 

 自分が気づかぬうちに地に手をついたのだ。その手で顔をぬぐった。顔に泥がついている理由はこれ。

 証拠に手や、ザックのショルダーストラップにも乾いた泥がついている。

 

 急斜面に張り付くように上へ進む箇所がいくつかあった。そこだろう。と、氷華は思う。


 氷華は心中で、

 ――泥パックにしては中途半端な

 そうフッと笑うも空元気からげんき憔悴しょうすいしきっていた。


 地上での行動は、氷華が想像した以上の物だった。

 300名は、ただ黙って選定されたルートに従い、ときには道を開きながら山中を進んでいく。

 天儀も黙々と足を出し進んでいるだけ、氷華も天儀の後ろに従い黙って進んだ。


 夜半になり休止ポイントに到着。300名に小休止がつげられた。

 

 氷華は疲労でどろどろ。小休止がつげられると崩れるように座り込む。

 ここまで氷華は、意地だけで進んできたようなものだ。


 座り込んだ氷華に対して、天儀は地図を広げ各隊の隊長達と何か話している。

 それが終わると天儀は、氷華の横に座って声をかけてきた。


つらいか」


 氷華は、その言葉に無言で顔を向ける。

 天儀には自分ほど疲れた様子がない。


 ――天儀さんは、疲れないのですか。

 と氷華は疲労のなかで思った。


 氷華から見て普段の天儀は、自分と同じようにデスクワークをしている。

 なのに自分と違い天儀は随分余力があるようにみえる。その余裕は、はったりや、空元気には見えない。

 

 男と女の差かと思うが、すぐにその安直あんちょくな推理を打ち消した。

 

 氷華は天儀との元気の差を、男女の差だけでは説明がつかない、と思い。

 ――どんなズルをしたんですかね。せませんよ。その元気は。

 とジト目で天儀の顔を、いや目を直視した。


 普段は目が合うと、ドキリとして思わずそらしそうになるが、今回ばかりは違う。疲労で一度動かした視線を再度動かすのもおっくう。

 

 それに、

 ――天儀さんの顔でも見れば元気がでるかもしれません。

 などと、氷華は疲労でドロドロの思考のふちに思うも


 ――まったく効果がないです。

 とうんざり。

 

 詐欺さぎです。目を動かした分のエネルギーを返して欲しいというものですよこれは。

 いつもは多少疲労を感じても天儀顔を見れば、元気百倍とはいわずとも、活力がみなぎるのが氷華だった。


 氷華が天儀の顔を見つめながら朦朧もうろうとするなか、他の隊員たちは思い思いに座り込みただ黙って携行食を口に運んでいる。

 

 しばらく天儀の顔を直視していた氷華だったが、疲れからガクリとうつむいてしまう。

 いまの氷華には、水を飲む気すら起きない。


 その様子をみとめた天儀が嘆息。


 天儀は疲労に沈む氷華を見て、

 ――疲れで飢渇きかつすら感じていないな。

 と、思った。


 氷華が疲労に沈むなか、天儀は背負っていたザックからなにか取り出し作り始めた。

 それを横目でそれを眺める氷華。


 天儀はコップの中に携行食けいこうしょく入れて砕き、お湯でいている。

 さらにコップに水溶性すいようせいの高カロリー粉末も加えられる。


 その様子を眺める氷華の顔が少しゆがむ。

 とても不味そうに見えたのだ。


 だが、氷華が顔をゆがめた次の瞬間、天儀が信じられないことを要求してきた。

 天儀が出来たものを氷華へ差し出し

 

「食え」

 と一言。


 氷華は黙って顔を背けた。

 ――とても食べる気がしない。

 差し出されたものが不味そうとか以前に、そもそも食欲がない。

 

 氷華の様子に、天儀はまた見かねた顔をしたかと思ったら天儀の手がヌッと伸びた。

 天儀の伸びた手の先には氷華の顔。

 いま天儀の左手が、ガッチリと氷華のアゴをとらえていた。

 

 天儀の思いがけない行動、氷華は振り払おうとしたが無理。

 ――フガッ

 と、鼻から情けない空気がもれただけ。

 

 氷華の顔をとらえた天儀の指に力が入り、ほほごしに歯と歯の間に指が押し入れられ、氷華の口がこじ開けられた。

 

 天儀の乱暴に氷華が、

 ――痛い。

 と思う間もなく、開かれた口にお湯で溶かれた携行食が流し込まれる。


 全く食べる気がなかったのに、不思議とのどを通っていた。

 

 体は欲していたのか。と、氷華は驚きのなかでも冷静に分析。

 いま氷華は掴まれた顔の痛さなど、どこかへ吹き飛び、ただ喉を食事が通る快感が総身を支配していた。

 

 天儀はゴク、ゴクと喉を動かす氷華を見て、氷華を開放。

 天儀が、あらためて氷華へコップを差し出す。


 氷華が、それを受け取る。自分で食べる。コップの縁に口をつけスプーンでんだ。


 その様子を見守っていた天儀が

「どうだ美味いだろ」

 と笑った。


 いま氷華の視界には、天儀の笑貌しょうぼうだけがある。

 氷華は、それをしばらくジト目で見つめ少しうなづくと、天儀が拳を口に当てまた笑った。

 

 氷華が天儀へヌッとコップを差し出す。

 コップは空だった。

 おかわりの要求をしたのだ。

 

 天儀が、じゃああと少しだな。食べ過ぎると戻すだけだ。といって受け取っていた。


 天儀がおかわりを作るなか、氷華はついさっきのが、壁ドン的なシュチュエーションのものだったらどんなに良かったかと思う。

 強引にアゴを掴まれた時にドキリとしたのだ。

 

 ――強引なのは、いいんです。

 と、疲労からわずかに浮上した氷華は思う。

 

 甘いささやき一つでもオマケでくれれば、元気百倍というものだったのです。

 そんなことを思う氷華だったが、いまはただ天儀の強引さが、どんなに甘いささやきより心に響いていた。


 ……だが残念ながらここは山の中で、いまは作戦行動中。そんなときめきを感じているような場合でもない。

 

 草上そうじょうさんばかりの氷華の疲労に、天儀は心中真っ青。


 ――氷華は合流地点まで持つのか。

 と思い、あえて笑ってその寒々(さむざむ)した心中を表に出さなかった。


 剣刃けんじんが天儀の喉元のどもとかすめていた。

 千宮氷華なしに、重鼎じゅうていの保持は極めて厳しい。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 氷華が疲労から浮上するなか、休憩が終わり出発の時間となった。

 

 天儀が立ち上がりながら


「夜明け頃に山稜さんりょうを越える。朝日は綺麗だ」

 と氷華へ声をかけてきた。


 ――なるほどそれを楽しみに頑張れということですか。

 氷華には全く興味のないことだ。


 言葉をかけてもジト目で返してくる氷華に、天儀はつづけて


「俺は、お前と朝日を見るのが楽しみだよ」

 と優しくいった。

 

 辺りは暗い。月明かりだけだ。


 氷華は、天儀がどんな顔をしてその言葉をいったのかわからなかったが、それなら頑張ってもいいかなと思い腰を上げたのだった。

 

 その後、屈強な強襲隊員もただ黙って黙々と歩いていた。

 

 氷華は泥と汗と疲れで、体中がドロドロ。

 そんな不快感もすぐに感じなくなり、ひたすら足を前に出し続けたのだった。

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