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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章九、栄光の重鼎編
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10-(3) 強行軍の開始

 対大気圏師団(アースアタッカー)3個の降下とともに、大和が重鼎じゅうていとは真逆の位置から降下作戦を装った強力な偽装信号を発信。


 星間連合の天明星てんめいせい守備軍は、この偽装信号を目指し迅速じんそくに行動を開始。

 

 つまり重鼎にグランダ軍が襲いかかったことは、星間連合にもう知れている。

 偽装信号だと気づけば天明星守備軍は、重鼎へ引き返してくるだろう。

 

 その引き返してくる守備軍が重鼎につく前に、降下部隊は重鼎のメインタワービル九鼎(きゅうてい)へ達しなければならない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 作戦開始から1時間。天明星の地上に、対大気圏師団(アースアタッカー)3個が降り立った。

 

 いま千宮氷華せんぐうひょうかの目の前には、頭部大の石がゴロゴロころがる草原地帯が広がっている。

 

 文明の片鱗すら感じさせない大自然。

 コンビニなんてないですよね。こりゃあすごい。本当に手付かずの自然です。と、歩卒用の迷彩服に身を包んだ氷華は思う。


 そして時刻は朝5時。

 雲一つない空に日が昇り始め、陽光が氷華の目に眩しい。


「第一ステップは、成功ということころだ」

 

 地上に立った天儀てんぎが、空を見上げながら氷華へ向けていった。

 

 いま氷華の目に映る天儀は、はつらつとしている。


 ――久しぶりの地上で気分がいいというところでしょうか。

 などと氷華が思っていると、天儀がこれからの予定をざっと口にした。


「これから私と氷華は、選抜歩兵せんばつほへい300名とともに山稜さんりょうを越える。明日の昼頃には合流地点に到達し、空輸されてくる車輌しゃりょうへ乗って重鼎へという流れだな」

 

 一度の空輸量に限界があり、かつ夜間に航空機を動かせない。そしてなにより、この降下強襲作戦にあたっては、侵攻の隠蔽率いんぺいりつを極限まで高めるために、第一陣で降ろされる物資を大幅に制限していた。


 輸送機用の特殊飛行機も、車輌と武器弾薬、その他消耗品を運ぶので手一杯。

 

 奇襲を仕掛ける300名だけ歩いて先行し、日が昇ったら空輸の最初の一便に300名が使用する装備や移動車両を満載し飛ばす。


「今は、午前5時ですね」

 

 無表情のジト目で、氷華がそう応じた。

 

 休憩を挟むだろうが、実質36時間歩く。

 ――こんなことは聞いていないんですが。

 という色合いを含めた氷華の言葉を

 

「今から夜通し歩く」

 と、天儀は、あっさり肯定してしまっていた。


 あっさり肯定されしまった氷華は、黙るしかない。そもそも直訴のようにしてついていき行きたいといったのは自分だ。文句はいえない。

 

 氷華が、いまから行くであろう山稜へと方向へジト目を向けた。

 

 緑の山々、ここから見ていて道らしきもは確認できない。思わずごくりと喉が鳴る。

 

 ――ルートは、どう見ても安易なものではないですね

 と、氷華は予感し覚悟を決めた。


 今更無理だなどといえない。歯を食いしばってついていくしかない。

 氷華の参加が決定されると、天儀は重鼎のメインタワービル九鼎システム奪取を氷華に丸投げしてしまう内容に作戦を修正してしまっている。つまり作戦は、氷華ありきだ。

 

 仮に氷華に不測の事態が起これば、強襲隊の電子班がシステム奪取を行うが、そんな事態は最悪中の最悪だ。


 天儀は、当初は氷華を同行させる気はなく、氷華から同行の許可を求められると難色を示しこそしたが、作戦を見つめ直してみれば優秀な電子戦技師は必要だった。

 九鼎のシステム奪取だけでなく、その後におとずれる重鼎防衛戦にも電子戦が重要な役割を果たす。

 

 天明星の守備軍は、重鼎奪還に当然動く。猛攻が予想された。

 なるほど、電子戦能力という点なら氷華なら申し分ない。


 ――強襲部隊の電子班を、氷華の下において使わせる。

 難色から一転、天儀の想像はそこまで進んでいた。

 

 だが

「氷華は強行軍の内容を把握しているのか」

 これが、氷華から自身を降下部隊に随伴するようにとの進言を受けた際の天儀の疑問。


 知って志願しているとも予想できるが、知らないからこそ志願してきている可能性も大きかった。

 

 が、すでに重鼎強襲に氷華は不可欠と考えをあらためた天儀にとって

 ――強行軍の正確な内容を知って、二の足を踏まれても困る。

 と、いうものだった。


 天儀は志願してきたのだから内容も知っていて当然と判断した。いや意図的に氷華へ確認をおこたっていた。


『重鼎攻略作戦』は、大気圏突入だけでなく、山稜越えも含む。


 その後の氷華へ、登山の経験はあるかと念のために確認すると、氷華は何故そんな問をするのかといったふうで応じてきたのだ。


 ――これは知らんな。

 と、天儀は察したが、なるようになると乱暴に片付けていた。

 

 氷華が脱落すれば、当初の予定通り強襲部隊の電子班にやらせればいよ。いや、脱落させない。自分が担いでも運ぶ。

 これが氷華の参加を決断したときの天儀の思いだった。


 そう氷華は車両だけを空輸し、徒歩で山稜を越えるなど思ってもいなかった。

 

 重鼎へ航空機で近づけないのはわかりきったことだったが、

「降下地点から車輌で接近する」

 と漠然と思っていたのだ。


 それが地上へおりてみたら、頭部大の石がゴロゴロしている草原の真っ只中。辺りには人工物らしきものは一切ない。山に囲まれている。

 

 氷華は、どう見ても車輌では進めないのでは、と思い。

「降下地点を間違えたのかしら。作戦は、失敗では」

 と、無表情のジト目はいつもどおりでも内心焦りを覚えていたぐらいだ。


 氷華は出発前にあらためて目の前に広がる山々を眺め、

「歩くのね」

 と、ポツリと心の中で思った。

 

 加えて、歩くという事実に、氷華は自分が、随伴を強行主張した折のことを思い出していた。


 あの折に天儀は、まず難色を示し、了承した後に、登山の経験の有無を聞いてきていた。あの問は、はこういった理由からだったのかと合点もいった。

 

 幼いころに父に付き合わされた登山も今役に立つ。


 ――人生、分からないものね。

 とすら氷華は思い。


 手頃な石へ腰を下ろし、靴をえる。

 氷華は地上に降りるなり天儀から、登山靴とザックを手渡されていた。

 

 ザックを地面置き、靴を履いた。サイズはちょうどいい。身体データ計算されたオーダーメイド、艦内工廠で形成したものだろう。

 

 足元を見つめる氷華の目が、ザックをとらえた。靴を履く前に足元においたザックだ。


『自分で荷物は用意する。山で、どこに何が入っているかわからないと危ないぞ。お父さんも手伝ってやる一緒にやろう』

 

 ザックを目にとらえた氷華は、父のそんな言葉を思い出していた。

 

 登山の準備で、ザックを前にジト目でじっと動かない幼い氷華。そんな氷華に父がよくさとしてきたものだ。

 

 そう登山は準備も面倒くさい。好きな人間からすればそれも楽しいらしいが、着替えを入れ行動食を入れ、水筒を入れ、目的の山の紙の地図を入れ、コンパスを入れ、よくやったものだと氷華は思った瞬間

 

 ――何が入っているか知らないと不味いのです。

 と、思い。氷華はザックの中身を確認していた。


 そもそも携帯するザックへは、自分が必要なものを入れなければならないので、他人に準備されたものを手渡されたというこの時点で登山としては失格ではある。

 

 ――ですが、確認しないより、確認したほうがマシというものですよ。


 そんなふうに思いつつ、ザックの中身を確認する最中も氷華の思考は続く。


 それにです。よくよく考えてみれば、降下地点からこのように歩くのも当然かもしれません。

 重鼎への攻撃は、大規模作戦ですけれど、制空権確保、空爆、砲支援を受けての歩兵の侵攻というテンプレートの大攻略ではいですから。

 

 大和から発信された偽装信号に釣られ守備隊が重鼎を出ている隙きに急襲して奪う。


「隠密行動で、奇襲するに近いのです」

 と、氷華は思った。


 降下した対大気圏師団(アースアタッカー)3個の中でも選りすぐりの選抜歩兵、精鋭300名で、先行し徒歩で山稜を越える

 

 宇宙の大和のからの偽装信号だけでなく、降下地点から後から進む対大気圏師団(アースアタッカー)3個も敵への囮となるだろう。

 

 先行する300名は、手付の先遣隊せんけんたいで、偵察部隊と誤認させる。それに重鼎の都市規模からして、まさか300名が本命で、大都市重鼎を奪うとは思わない。


 そんなことを考えながら、ザックの中身を確認し終えた氷華が立ち上がった。

 

 あとからきつくなるのは間違いないが、最初はさほどでもないはず。とも氷華は思う。

 

 それに、きつくなれば、

 ――何も考えず黙々と足を出せばいい。

 幼いころには、そうしているうちに登山は終わっていた。

 

 氷華が、そんなことを考えているうちに出発の時間となっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 千宮氷華せんぐうひょうか山稜さんりょうを見て覚悟を決めたていたが、やはりその認識は甘かった。

 

 道なき山稜を目の前にした氷華の覚悟も、きつい程度のトレッキングの域をでていなかった。


 今回の行軍に使用するのは、すたれた登山道とざんどう利用し進み、一部新たにルートを切り開く。

 

 登山客ですら利用しないルートは、きついトレッキングなどという気軽なものではない。

 

 道がある、ではなく、道があった、場所を進んでいくこととなるからだ。未開のルートも含め道を切り開いていくに近い。

 

 氷華は先行する強襲隊員たちが、踏み固めたあとを行くことにはなるが、当然歩きやすくはできていない。

 

 そんなことも思いもよらない氷華は、天儀の

 

「いくぞ」

 という声に、立ち上がり嬉々として後ろに従ったのだった。


 まだ戦闘の匂いはない。

 

 氷華は、そのうちキツくはなるだろうが、最初ぐらいは天儀との山登りを楽しめるだろうなどと心の隅で思っていた。

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