9-(8) 『重鼎攻略作戦』
どこまでも黒い宇宙に星々の輝き。
その黒さという無為の空間と星の光を比べれば、黒い空間のほうがはるかに多い。
だが宇宙は広大で、目にとまるのは星々の光輝。この時代でも宇宙は星の海だった。
その星の海をいま約八〇〇隻の艦艇が進んでいた。
海上では大小一〇〇隻の船が集まれば海が覆いつくされているように見えるが、それは宇宙でも同じだ。宇宙でも海上でも人間の視覚の機能は変わらない。
八〇〇隻が一堂に会して進めば、艦隊陣形は数十キロをゆうに超える。
だが、この超巨といっていい大艦隊も広大な宇宙のなかでは針の先ほどもない小さな点でもあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先行した主力の大将軍天儀の中軍で、宙間要塞を攻略し水明星を押さえたグランダ軍。
グランダの三軍は、この水明星を越え第三星系手前で集結。
まいまは総旗艦大和にアキノックや李紫龍などの三軍の将を中有心に艦隊高官たちが集められ作戦会議が行われていた。
幕僚会議室と名付けられたその広い部屋は、正面には大モニター、中央に縦3メートルの立体映像装置、さらに左右に段状の席。
が、段状の席や正面のモニターは利用されず。
この部屋に集まったものたちは中央の立体映像装置に群がっている。
集団の中にはアキノックや紫龍の姿はもちろん、足柄京子や千宮氷華、情報部長セシリアの姿もある。
「重鼎攻略作戦」
と、その集団の中心にいる天儀がつげた。
これを受けて上軍司令官エルンスト・アキノックは、つまり
――天明星(天の明け星)を奪取するのか。
と、驚きをもって天儀が指し示している図を眺めていた。
このアキノックの驚きには理由がある。
星間連合は5個の星系に11の有人惑星有しているが、その5個星系の並びはグランダから見て、
「第一、第二、第三、第四……」
といったように縦に並んでいるわけではない。
水明星のある第五星系を抑えてしまえば、星間連合の首都惑星のある第一星系まで遮るものはない。
つまりグランダから見て星間連合の星系の並びを単純化すれば、
「第五星系、第一星系――」
これだけである。
ただ第五星系あら第一星系へ進んだ場合、斜め前に第三星系を見ることとなる。
この第三星系が、第一星系に極めて近く、近侍するような形で位置するため、仮に
第一星系を攻撃するなら第三星系を抑えることは重要だった。
つまり、この第三星系にあって重要な惑星が、
――天明星。
その天明星の主要都市が、天儀の口にした
――重鼎。
である。
重鼎は天明星においてあらゆる機能が集まる重要都市。ここを確保すればすなわち天明星の確保を意味する。この天明星を確保する意味は第三星系の抑え、そして第三星系を抑える意味は
「星間連合第一星系への攻撃」。
そして第一星系への攻撃は、無敵の電子防御陣といわれるツクヨミシステムへのアプローチ……。
アキノックは、天儀はツクヨミシステムを攻撃する気なのか、とまで想像を飛ばしゾッとしたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
天儀から幕僚会議室集まった一同を前につげられた
『重鼎攻略作戦』
という何のひねりもない。わかりやすい言葉。
この重鼎とは、天明星の行政府が置かれている都市である。
天儀は立体映像装置に映し出されている星間マップを利用しながら説明をつづける。
「次の目標は天明星だ。この星の最大都市重鼎を落とす。天明星はあらゆる主要機関を重鼎に集中させている。得られれば天明星は手に入れたようなものだ。首都惑星がある星系の真隣の惑星が、敵の手に落ちたとなれば星間連合軍は衝撃を受ける」
天儀の言葉が終ると、なるほど、という空気が室内に満ちた。
天儀は重鼎攻略の目的は、ツクヨミ攻撃ではなく、ツクヨミ内へ篭もる星間連合軍へのゆさぶり、これなら誰もが合点のいくことだった。
だが、これには問題もあった。
面々に合点がいくと同時に
「天明星は、星間連合軍の行動圏内にあります。これを落とすのは難しいと思われますが」
という質問があがった。
当然の問いだった。
天明星は、第一星系に集結しているであろう星間連合艦隊の行動圏内に位置している。
つまり、グランダ軍が天明星を攻撃するには、星間連合の目を盗んで一瞬で事を成功させる必要があった。
「そうだ。だからこそだ。逆に考えてみろ。まさか攻撃してくるとは思っていないだろう。証拠に敵は天明星の付近に哨戒をまったく置いていない」
天儀がそう応じると、さらに質問が出た
「もう一つ問題が、保持するのですか」
天明星を保持するとなると、それなりの規模の地上軍を展開する必要が出てくる。
天明星を抱えがなら、星間連合軍と戦うのは今のグランダ軍には難しかった。それ故の質問である。
「いや、最大7日程度駐留して、引き上げる。それで十分だ」
この天儀の答に質問者も納得した様子で黙った。
「重鼎を落とす目的は、敵への挑発だ。我々は確かに重鼎を保持しながら戦うことは難しいが、星間連合軍からすれば絶対防衛圏の目と鼻の先の惑星を落とされて黙っているわけには行かなくなる。必ず奪還に来るだろう。それが狙いだ。出てきた星間連合艦隊に決戦を強要する」
そんな単純に行くのだろうか、という疑問が含まれた視線が天儀に集まる。
会議室内にいる者には、いまいわれた方法だけでは天明星の重鼎を落とすことすら難しいように思えた。
この雰囲気に天儀が応じていう。
「当然、下準備が必要だし、単に重鼎を落とすだけでは敵がツクヨミから出てくるにはあと一押し足りない。今からその下準備と、一押しを説明する」
そして天儀は、重鼎を攻略する前の行動として、全軍でこのまま真っ直ぐ星間連合第一星系まで直進することを図上で説明。
「一度、星間連合第一星系まで急進することで、重鼎攻略での作戦予定の区間内にある敵艦艇を第一星系へ全部押し込む」
天儀が説明を付け加えると、とアキノックが応じて
「確かに敵の本隊は、第一星系内にある。我々の6個艦隊がまとまって直進して来れば敵の先遣隊は下がるしかない。第一星系への肉薄はうまくいく」
と、星系マップを眺めながらいった。
天儀指す図上には、グランダ軍が今の位置から真っ直ぐ第一星系首都惑星まで進んだ場合、第三星系の天明星を横にするぐらいで遮るものは何もない。
再び室内を無言の問が支配する。自国の第一星系まで近づかれて、星間連合軍が出てこないのかという沈黙だった。
そんな雰囲気を察しながら天儀は
「これで星間連合が出てこれば戦うが」
と、断ってから言葉を継ぐ。
「だが残念だが、我々がとどまる位置では出てこない。この位置関係で彼らが出てくると、我々は完璧な布陣をして星間連合軍を迎え撃てる。つまり敵からすれば不利だ。出てこないだろう。したがって我々は一旦この付近にとどまり周辺のコロニーを奪取したり、施設を破壊して回る」
天儀はいい終わると図上の集合地点で指示棒をクルクルした。その辺りの敵施設を攻略および破壊するという意味だ。
「挑発行為か。まあ妥当だな」
と、アキノックが口にする。他の面々も納得げだ。
一方、これまで黙って聞いていた李紫龍は
――なるほど、大将軍は人が悪い
と好感をもって思った。
つまり天儀は、艦隊機動で敵を焦らして、引きずり出すのが狙い。進退の合間を縫って一つ一つ敵の気に障る行動をおこなう。動いて攻撃、攻撃したら即移動。これを繰り返す。紫龍はこう解釈した。
こちらが敵の目と鼻の先で移動を繰り返せば、敵はどこかで隙き見出してツクヨミから出て来る可能性が高くなる。それにすでに水明星を落とされている。第一星系周辺を荒らして回られれば、何かしら行動せざるを得ないだろう。
紫龍が、そんな考えを持つなか
「それで出てこなければ隙を見て、天明星の重鼎を落とすのか」
と、アキノックから質問が出た。
「確かに星間連合をその気にさせるには、すでに言った通りそいつが一番だ。だが落とさない」
アキノックが、天儀の言葉の真意をうかがうように見ると、天儀は
「この時はな」
と、付け加えてから説明を続ける。
「さらに前段階として第三星系迂回し、その奥にある第四星系を目指すように見せかける。大和と、いま下軍が率いて予備軍にいる地上戦用の対大気圏(アースアタッカー)師団3個を残して、他は全力で第三星系の奥にある第四星系を目指す」
室内に静かにだが、どよめきが走った。天儀がやっと作戦の核心部分を口にしたからだ。
そうこの作戦は、帝の意向をうけた大将軍府と参謀本部の合同で、朝廷の内の一室で計画された作戦。今回集められた面々は、初めて内容を知るものがほとんどだった。
なお天儀が口にした
――対大気圏師団
とは、大気圏突入と脱出能力を兼ね備えた諸兵科連合だ。イメージとしては、再び飛び上がることが出来る落下傘部隊のようなものだ。
紫龍が手元の資料を眺めながら、
「全軍で第四星系を目指すように見せかけ、大和と3個師団だけ残り天明星の最重要拠点の重鼎を落のですね」
と、さきほど天儀が口にした核心部分を復唱するように声に出した。
紫龍は、いい終わると、なるほど。と、さらにつぶやいて納得げだ。
そんな紫龍を横目に足柄京子が発言する。
「これって、天明星の重鼎を占領された星間連合が、ツクヨミから全軍で出てきてくれるのを狙うのよね」
「そうだ」
「出てこなかったら。ほら例えば軍の一部だけ回して重鼎を奪い返すとか」
「重鼎の演算システムの規模上、最低でも奪い返すには星間連合は3個艦隊の投入が必要だ。分派した軍を叩かれる危険性を考えると、軍を分けずにそのまま来ると思う」
「『思う』なのね」
と、足柄が確認すると、天儀がはっきりと
「そうだ。確証はない」
と、応じた。
足柄と天儀のやり取りが終ると、紫龍が意見を部屋全体に聞こえるようにいう。
「でも敵はグランダ軍の本隊が、第四星系へ向かっていると思っていますから、敵はその隙に全力で天明星を奪還してツクヨミに戻ることを選択すると思います」
この言葉に天儀がつづく
「そうだ。その瞬間が狙いだ。陽動の本隊は一気に取って返してもらう」
これにアキノックの脳漿が反応した。
アキノックは
――なるほどおっかけっこか。
と、ひらめきを受け、作戦への具体的な想像が持てた。
宇宙最速と呼ばれるアキノックからすれば、艦隊機動による駆け引きは望むところだ。
「なるほど。敵が出てきたところに距離を一気に詰め、無理にツクヨミへ下がろうとすれば大損害が出る位置につけてしまうわけか」
そうアキノックはひらめきを口にしていた。
このアキノックの言葉の後に、室内に微妙な空気が流れる。これで星間連合軍が出てくる可能性は半々といったところだった。
ただ降下作戦が、成功する見込みは高い。手元の資料には、天儀が冒頭で口にしたように天明星の防備は隙きだらけ、ザルそのものだ。
星間連合の
――惑星守備の間隙。
これは十分な規模の星系軍を維持していれば、個々の惑星に大規模な防衛費を割く必要もないというのが大きな理由。この点はグランダ側でも同じだった。ただ星間連合軍は、第一星系のツクヨミシステム内での防衛にこだわりすぎて、天明星の防備に極めて大きな隙ができている。
重鼎を落として逃げるだけなら、全軍で第四星系へ向かうように装う必要もないだろう。
会議室内の面々は、このようなことを念頭に置きながら資料に目を落とし黙考していた。
そんな中、天儀が室内の面々に言葉を向ける
「本隊とも言える陽動部隊は、重鼎陥落の知らせがあったらとにかく早く天明星まで戻ってきてくれ。重鼎に星間連合本隊でなだれ込んできて、降下組がぎりぎり脱出して本隊と合流。俺が首の皮一枚と言うような状況になっていたら半ば成功だな」
天儀が自身の首に手刀を当てながらそういうと、紫龍が応じて
「グランダ軍が、第四星系へ向かう中、重鼎が落ちれば確かに最大の挑発にはなる。第三星系に我軍が集結した状態で、星間連合が第星系にあればもうやつらは戻れないか」
紫龍はやる気のようだ。
アキノックも顔を上げて覚悟を決めたように
「すべては早さで勝負がつく」
と口にした。
足柄も納得のようだが、苦笑しながら
「ダメだったらどうするの」
と天儀へ質問した。
この『ダメだったら』とは、つまりツ連合艦隊が、重鼎を一切無視してクヨミから動かず、釣り出されなかったらの場合の選択肢だ。
天儀がすぐさま応じ
「気長に星間連合内を荒らしまくる。やつらが戦いたくなるように徹底的に荒らす」
と、宣言し、そして力強く
「荒らして、荒らして。荒らす。それだけだ」
と繰り返した。
天儀の言葉で、この室内で一番若いであろう紫龍が破顔一笑した。
「なるほど騎行戦術ですね。宇宙でやるなんて面白いや」
と、紫龍がいうと、天儀が
「その場合、俺の名は悪魔の代名詞なるがな」
そう放って笑声を上げたのだった。
これで会議は解散。
グランダ艦隊は、『重鼎攻略作戦』へ向けて動き出したのだった。




