9-(7) 天童正宗と公女コーネリア
ところは引き続き星間連合の軍令部本部のビル。
いま、そこにある司令長官室の扉がノックされ、室内の人間の視線が一瞬だけ扉に集まり、天童愛が立ち上がった。
執務に忙しい六川公平と星守あかりに変わり扉を開けるためだ。
お兄様べったりの天道愛。司令長官室に入り浸ることも多く、彼女はこの部屋の出迎え役のようなものだった。
軍内で攻勢最強といわれる天童愛が出迎えれば、さしずめそれは、
――門前の虎。
くだらない理由では扉を叩けない。
この部屋の扉を叩くものは、扉の前で緊張感と覚悟もって、というのが常。
なお天童愛からすれば、
「敬愛するお兄様に変なものが近づかないように、私がしっかり監視しているだけなのですよ」
という極めて合理的で、かつ不純な動機もある。
扉が開かれると腰まで伸びた髪が美しい、およそ軍事には似つかわしくない線の細い若い女性が姿をあらわした。
女性は、
「コーネリア・アルバーン・セレスティアル」。
形式的ではあるが、星間連合の盟主のような位置づけにあるセレスティアル家の公女。
特徴は魅力ある大きな瞳に、二つ作られたシニヨン。
シニヨンとはいわゆる「お団子あたま」と呼ばれる髪型だが、そのシニヨンを作ってもなお余りある毛量で、襟足から流れる髪が背中を通り越し、その形の良いヒップを完全におおってしまっている。
その長い髪の毛を見ただけで、誰もがこの女性は『特別』ということを思ってしまうだろう。
長い髪の毛は維持も手入れも大変。ここにコーネリアの品の良い雰囲気が加味され、彼女を一目見れば、よほど生まれが良い、と誰もが思い当たる。
このコーネリアは、セレスティアル家が軍に送り込んでいる一族の一人で、司令長官直属の機関である軍令部の情報課長を務めている。
そしてこの女性、参謀軍本部の一員であり、さきの攻勢論でゆれにゆれた参謀統合会議のメンバーの一人でもある。
コーネリアは扉を開けてくれた天童愛に会釈をすると、部屋の中央のデスクに座る天童正宗へ目を向けた。
天童愛が、これでコーネリアの要件を察して、彼女を正宗の前までいざなうようにして先導。
正宗はデスクの前に、あらわれたコーネリアへ笑顔を一つ。対してコーネリアは思いつめた顔をしている。
天童愛は2人が挨拶を交わす間に、丸座の折りたたみ椅子をコーネリアの近くにおいて、自身は兄とコーネリアの間に立った。
天童愛からしてコーネリアは油断できない。
なぜ油断できないかといえば、彼女は正宗と激しく対立する参謀本部の一員。
つまり、
――参謀本部のスパイ。
……などではない。
そもそもコーネリアの参謀本部入は天童正宗の口利きだ。
天童愛のお兄様への思いが敬愛なら、コーネリアが正宗へ向ける視線は、
――敬慕。
ようはコーネリアは正宗に対し眷恋のような感情があり、お兄様第一の天童愛にとっては捨ててはおけない相手だった。
天童愛の心遣いにコーネリアが会釈をすると、正宗が
「どうぞお座り下さい」
と着席を促した。
正宗の気遣いの一言に、椅子に腰を下ろすコーネリアの表情にホッとしたものがでたが、まだ目は伏せがちだ。
何故ならコーネリアには 私は正宗司令長官支持なのに
――会議では下を向いて逼塞しているしかなかった。
という後ろめたさがあった。
「会議では、お力になれず申し訳ありません」
と、コーネリアが申し訳なさそうに言葉を口にすると、正宗ではなく天童愛が応じた。
「あらコーネリア様が、気に病むことはないのでなくて。ねえお兄様」
「そうだね」
と正宗が妹へ応じてからコーネリアのへ言葉を向ける
「軍内での一撃決戦派は、私が統制しようと思った時にはすでに力を持ちすぎていました」
「無能ほど、徒党を組んで集を頼むものですわ」
天童愛が、コーネリアを励ますように言葉をかけたがコーネリアは物憂げ。
「正宗様の優秀さを、私が補えていないような気が致します。私はセレスティアル家の出身というだけで」
というコーネリアの言葉を、正宗が手で制すようにして遮った。
コーネリアからつづく言葉は、実力不相応の参謀本部入りと嘆くものだ。正宗は、それを彼女に口にさせるには忍びなかった。
責任感の強いコーネリアは、参謀部内の強硬論台頭という状況悪化に気を病んでいた。
正宗は、コーネリアの発言を手で制しながら
「あまり自分を卑下なさることは、口にしてはいけない。私はコーネリアさんに随分助けられています」
といった。
声色は優しいが、有無を言わせない圧力が込められた声。
これにコーネリアが、敏感に反応し恐れの色がでる。
正宗は以前電子戦司令部にあってウィザード級と呼ばれただけの人物。
――ウィザード級。
つまり
『魔法使いのような』
という意味の形容。
正宗の電子戦と同時に突入部隊を率いるその姿は、杖を片手に剣を振る様を彷彿とさせ、さしずめ
――魔法戦士。
といったところだった。
コーネリアからして、正宗に自分を脅す気などないというのはわかるが、ウィザード級と呼ばれた男から出た強い語調に肝が冷えた思いだった。
「あら、お兄様そんなにふうに強く言って。コーネリア様を脅してはいけませんわ」
2人を眺めていた天童愛が、コーネリアの心の恐れを洞察していった。
天童愛のから見てコーネリアの性質は、
――健気。
つまりコーネリアには、育ちの良さからくる気の弱さがある。
お兄様の気遣からくる強い言葉はコーネリアには逆効果。と、思った天童愛が
「コーネリア様、失礼しました。兄はコーネリア様のためを思っての言葉。兄に代わって私が謝罪します」
そう発言すると、正宗も頭を掻いて謝罪した。
「これは失礼しました。まだメタル・エポーレットにいたときの気質が抜けないのかもしれませんね」
若くして星間連合軍の頂点に立った天童正宗の出身は、電子戦司令部のメタル・エポーレットだった。
「メタル・エポーレット」
とは、電子戦司令部の直属の特殊部隊で、対テロ、暗殺、情報戦、工作活動、人身売買、臓器密売の摘発を任務としている。通常の電子戦部隊と違うのは、対象に電子戦を仕掛けながら、物理的な突入作戦を平行して行う点である。
メタル・エポーレットは、電子戦の知識・技能だけでなく、個人的な戦闘能力も求められる文武両道のエリート部隊。天童正宗は、この部隊の隊長だった。
この電子戦司令部の実戦部隊にいた男から強い言葉を向けられて、動じない女性などいない。コーネリアの反応も仕方ないとものいえた。
兄妹2人の言葉に、コーネリアが少しはにかんだ。
コーネリアとしては、動揺を見透かされた恥ずかしさはあるが、気を使われたのだ。敬慕する正宗からの思いやり悪いものではない。
コーネリアが気を取り直したように言葉を継ぐ
「完璧というのも良くなかったのでしょうか。前回の第三次星間戦争でグランダ軍に完封したことで軍内に不満が溜まったような気がします」
コーネリアは参謀部内の将校たちへ
――自分なりの手法
で根回しを行なっていた。
その手法とは、食事会などの社交の場で声をかける手法。社交の場での微妙な駆け引きと会話は、コーネリアの得意とするところだった。
それにセレスティアル家の公女から声をかけられて悪い気がするものはほとんどいない。喜んで会話に乗ってくる。
セレスティアル家のとのコネクションを持ちたがるものも多い。コーネリアは、そうやって会話するとこで、参謀部内で一撃決戦へ傾こうとしている将校たちを手懐けようと試みていたが結果は芳しくない。
正宗が、コーネリアの言葉に応じいう。
「結果論ですが、多少は戦わせるべきだったと、今思えばそうなりますね。戦わずして勝ってしまうという状況は軍内に大きなストレスとして蓄積してしまった。満つれば則ち欠く、十全とはいかないものです」
「無謀な戦争を仕掛けるグランダ軍と、自軍の強硬派。海賊討伐の時とまた違った難しさがありますわ。進んで叩き潰せば良いなら、どちらの問題も簡単なのですけれどね」
天童愛がそういって、口元に握った手を当てながら苦笑した。
この言葉にコーネリアが目を輝かせた。
――海賊討伐
の部分にだ。その表情は、部屋に入ってきた折の暗いものとは随分違う。
「海賊の討伐、今でも覚えていますわ。私、あれに憧れて士官学校の後に艦艇の艦長に志願したのですのよ」
つづけてコーネリアは苦笑しつつ
「家長の伯父様には聞き遂げて頂けませんでしたけれどね」
と付け加えた。
――マグヌス天童。
と呼ばれる天道正宗の両国間での有名は、ウィザード級という電子戦司令部の活躍によるものではない。
天童正宗が星間連合内でその名を知られるようになったのは、第四星系での海賊行為の根絶による。
ことは8年ほど前、星間連合の第四星系内で民間商船を襲う海賊行為が横行。
第四星系は、季明星(季の明け星)、ファル、バンと3つの入植惑星をもつ宇宙航行が活発な星系。その活発な惑星間の商取引船を狙って海賊行為が頻発した。
正宗は、この海賊掃討作戦を電子戦司令部に提出して却下されると、官を辞して天童家が代表を務める六節グループの所有する高速商船4隻に、商船が自衛用に許される武装を最大限艤装。
頻出地域と販路をから海賊の根城となっているコロニーや小規模ドックを割り出し、武装高速商船率いて、海賊を次々と叩き潰し第四星系内の海賊行為は根絶。
この手腕が評価され、当時星間連合軍の活性化を目論んでいたセレスティアル家の働きかけがあり、政府が正宗軍復帰の特措法を提出。
古代の英雄になぞらえてマグヌスと、正宗を持て囃した世論の支持も受け、例外中の例外として軍復帰、そして年齢的に異例中の異例として大将の階級が与えられ、第三次星間戦争では司令長官に任命され星間連合を守り切っていた。
天童正宗は軍内ではウィザード級の名で知られていたが、世間では天童か正宗にこのマグヌスを冠して呼ばれることのほうが一般的だ。
因みに、このとき武装した高速商船団の戦闘指揮を実際に行なったのが妹の天童愛である。
天童愛は当時士官学校に在学していたが、休学して兄に従っていた。海賊討伐が終ると復学して卒業。これも特例措置だった。
そんな天童正宗の英雄譚を思い出したコーネリアが、顔を若干伏せて上目遣いで正宗を見ながら
「天童・マグヌス・正宗。当時ニュースではそう呼ばれていましたね」
と、いって悪戯っけに微笑むと、正宗はよして下さいといったふうに苦笑。
場が和み2人だけの空間となっていた。
だが、この場には3人いる。
3人目は天童愛
場に、
ドンッ――。
という音が響いた。
驚く正宗とコーネリアの2人が音の源へ目をやると、そこには天道愛のにこやかな顔。
天童愛が2人の間に割って入るように正宗の座るデスクに手をついていた。
にこやかな天童愛から発せられるのは
――お二人とも私をお忘れでなくて。
という無言の圧力。
その圧力が口から解放される。
「私は今回の戦争の難しさは、グランダ軍だけを考えていればいいという話ではない。そこにあると見ています」
天童愛は兄正宗とコーネリアの仲の良い雰囲気が面白くない。
一瞬あっけにとられたコーネリアだったが、天童愛の兄への偏愛は軍内ではかなり有名。
――愛さんは相変わらず重症ね。
とコーネリアは内心苦笑しつつ
「あら、ごめんなさい」
と、立ち上がった。
不満の天童愛から見て、立ち上がるコーネリアの仕草に感じたのは大きな余裕。
天童愛は気の弱いコーネリアには考えられない圧倒的な自信に
――何ですの、この余裕は。
と腑に落ちないものを抱えつつ、ただ微笑んで返した。
コーネリアは正宗と愛へ2人に会釈。黙々と執務をしている六川と星守のほうこうへ歩いていった。
コーネリアは参謀本部に所属しているが、司令長官に直属する軍令部の情報課長でもある。コーネリアは自身の執務用のデスクにつくと業務を開始したのだった。
グランダ軍は星間連合宇宙域内に侵入している。
まだ正宗からしても敵の出方がわからず、状況は予断を許さない。
――そもそも戦争を再開しようと言うだけで、自分には理解しがたい。
と、天童正宗が思うなか、グランダ軍の新たな作戦が開始されようとしていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「公女コーネリア・アルバーン・セレスティアル」
を説明する前に、まずは彼女の血筋を語ったほうがその実像に迫りやすい。
「セレスティアル家」
とは、星間連合がまだ単なる緩やかな惑星連合だったころの盟主の家系。
セレスティアル家は、その緩やかな共同体がエンブトイニカ星間連合という一つの超領域国家となったいまでも星間連合内で有形無形の力を握っていた。
優秀無比、例外中の例外、異例中の異例。イレギュラーヒューマン天童正宗は、まだ二十代。司令長官としては若すぎた。
つまり、軍内で改革を行い、かつ強硬論で揺れる軍内を統制にするには、正宗の優秀さ一つでは不足した。
正宗は、その若さからくる威厳の不足を、セレスティアル家の威光を借りることで解決を試みたのだ。
これは軍内への影響力を保持したいセレスティアル家としても歓迎される打診だった。
セレスティアル家は正宗の意向を受け、公女コーネリア・アルバーン・セレスティアルを正宗のもとへ送り込む。
この線の細い美しい公女は、本人の強い希望もあり士官学校(砲雷科)に進んで軍籍にあった。最初の配属先は参謀本部の教育課。
この公女コーネリアを、司令長官権限で軍令部に採用した後に、セレスティアル家の威力で参謀本部入りさせたのだった。
つまり公女コーネリアの肩書を列挙すると
参謀本部教育課庶務官
軍令部通信課長
参謀統合会議メンバー
軍広報部三課の課長
軍広報部の三課は、軍のイメージ向上のための部署だ。メディアを中心に外向きの活動に向いたものが集められている。
いわば軍制のアイドル集団といってもいい。
なお正宗を敬慕するコーネリアの中のメインは「軍令部通信課長」だ。
――知ってまして、兄妹は結婚できないんですよ
これが去り際にコーネリアから天童愛へ向けられた余裕だった。




