9-(6) 天童正宗と軍令部
陽光をうけ曲線を輝かせる円錐状の巨大な建造物。
天に突き抜けるようにそびえるその様は、まさに摩天といって相応しいビル。これが星間連合の軍令部本部だ。
その摩天楼の主ともいえる司令長官の天童正宗は、いま会議室をでて廊下を進んでいた。
端正な目と鼻に、形の良い口。ルックスが良いというのは、この男のことをいうのだろう。
だが、快活な印象は受けない。
矯激という感情の色からは程遠く、落ち着いたこの男は、暗いというより影がある。影があるというより明るさがない。
静かに微笑し目容にも感情が走るが、常にどこか一歩引いている。
表情から内面を悟られることを警戒しているというより、我を押し出さないことが、この優秀な男の処世術だからだ。
星間連合指折りの巨大企業の御曹司には、自戒と自重が自然と身についてしまったといってもいい。
そんな正宗が、いまは心中に渦巻く恚憤のうねりを押し殺していた。
感情のうねりの原因は、会議での大勢を占めた感情的な積極攻撃論。
つまるところ一撃決戦派の戦いへの衝動は、しつこいグランダに
――お灸をすえてやりたい。
という幼稚なもの。
そしてグランダ6個艦隊に対し、星間連合軍は9個艦隊。
一撃決戦派の意見は、自軍の数を頼みに揉み潰してしまえという愚かなものだった。
以前正宗が、その根拠を端正な顔に是非の色を一切ださずに淡々と問いかけた結果。
「1.5倍は艦隊決戦における優劣の決定的数、必ず勝てり」
そう臆面もなく宣言していたのが、一撃決戦派の軍高官。
――話にならない。
と、正宗は思うが、この思い出しても呆れる積極攻撃論が、大勢なのがいまの星間連合軍でもある。
静かに憤る正宗の足が
『司令長官室』
と書かれた重厚感のある木製の扉の前で止まった。
扉の前で正宗は一つ深呼吸。
室内には幕僚たちがいる。感情のうねりを抱えたまま室内には入れない。
正宗が扉を開けると室内には数人がいた。
「お兄様、一撃決戦派の方たちは意気軒昂でして」
口元に笑みを浮かべながら、そういったのは天童正宗の妹の天童愛。
「天童愛」
は、兄同様に目鼻立ちの整った端正な顔立ちに、きりりとした眉。その柳腰にとどくか、とどかないかの艷やかな黒髪。美しくも気の強そうな声色。
この天童愛にただよう雰囲気は、冷気。花と雪を同時に連想させる彼女は、六花を連想させるような女性だった。
兄に劣らず優秀な妹で本人の強い希望もあって、一個艦隊の司令官でありながら軍令部の作戦担当室に採用されていた。
――本人の強い希望。
これは天童愛の残念な部分でもあった。
つまり天童愛は極度の
――ブラコンである。
「愛、職務中は公私を混同した呼び方をやめなさいといったろ」
「そういうお兄様こそ」
と、微笑しながら返す天童愛。
正宗はそれに
「上官は名前で呼ぼうと問題ない」
と、やんわり返し、部屋の中央に配置された黒檀色の彫り物が施された机の席についた。
着席とともに、室内にいた黒い軍服2人の若い男女が近づき正宗の前に立った。
軍令部の軍令長六川公平と、軍令副長星守あかりだ。
星間連合軍令部は、星間連合軍の頂点に立つ司令長官を、直接的かつ綿密に補佐するために設置される機関である。軍令部は、司令長官の庶務、作戦立案、総合調整、情報の集積とその調査を行う。
その軍令長が六川公平、軍令副長が星守あかり。
2人の内でまず痩身で黒い天然パーマにメガネの男。つまり六川公平が一歩前に出て敬礼してから
「水明星宙域の交戦データを分析しておきました」
といって資料を正宗のデスクへ転送。確認をうながした。
六川は大学で心理学を専攻、そこから警察キャリア、さらに軍警察へ転出した。元々はネゴシエイター。非常に明晰な頭脳の持ち主で正宗が強く望んで軍令部へ招聘し軍令部長に任命した。
続いて星守あかりが発言する。
「敵は何らかの方法で、我々を挑発して決戦を挑もうとしているのではないでしょうか」
星守あかり。
こちらもアジア系の容姿でショートカット。黒い軍令部の軍服がよく似合う背の小さい22歳。
彼女は惑星ソーラスの出身。ソーラスは巨大な人工知能が、立法から法律運用する特殊惑星。言わば人工知能が、政府であり、法である惑星。
そのソーラス人工知能が、彼女を
「何事にも無欠の適正」
と推薦してきたのだ。
星守は六川のような発想はないが、その明晰な思考は一貫性を持っており正しさがあるのが特徴だった。
そんな星守の言葉に六川が反応し
「星守君、そのやり方だ。我々はまだまったくわからない。グランダ軍を任された天儀と言う男についてもほとんど情報がない」
星守がうなづいた。
――四度目の星間戦争。
という事実が星守に、
「今回の敵は何かツクヨミに対する対策を考えて開戦してきた。これは間違いないんです」
という強い懸念をいだかせ、彼女に曖昧な言葉を口にさせていた。
答が見えそうで見えないもどかしさ、わからないが口にしてしまうという若さゆえの発言だった。
そんな中、正宗は提出された資料に細かく目を通している。
さらに星守が、誰ともなく言葉を口にする。
「あと気になるのは水明星の喪失が早すぎます。8隻の巡洋艦クラスの防衛艦が残っていたのに」
やはり頭に浮かんだことが声に出てしまったという感じだ。
それに正宗が、資料から目を離さずに
「皇族を暗殺した男だ。不意打ちは得意だろうね」
そう淡々と応じると、近くで3人の様子を眺めていた天童愛が
「それに星守さん、防衛艦など付け焼き刃にすぎません。本格的なグランダ艦隊が押し寄せたらひとたまりもないでしょう。むしろよく戦いました」
と、星守へ言葉を向けた。
天童愛の気遣いだった。もちろん兄へのだ。
資料に目を通している最中に一々話しかけられてはお兄様の気が散る。というわけではない。
お兄様の天童正宗は、豊聡耳。話しかけられたぐらいで気は散らない。
本能的に他の女性が、
――兄へ言葉をかけているのが面白くない。
これが理由だった。
星守は思考を始めると頭の中身を口走る癖がある。これに一々正宗律儀に応じるのだ。
なお六川は、それが星守という同僚だ、ぐらいに思っているようで黙っているだけである。2人は上司と部下の関係だが、六川の頓着しない性格と、それぞれが正宗へ直接従っているため同僚という感覚が強い。
場は星守と天童愛の会話となっていた。
「それに天儀という男の情報が少なすぎます」
そういう星守。
この星守の言葉には多少の批難が含まれている。
唐公誅殺事件が起きるまで星間連合の情報機関は、戦隊司令だった天儀という男をまったくマークしていなかったのだ。
情報不足は、そのせいもある。
「皇帝からの信任は厚いのでしょうね。密命を受けて皇族を誅殺するぐらいですから」
グランダ内で突如発生した唐公誅殺事件は、星間連合ではもっぱら皇帝の密命というのが常識である。
そして星間連合軍では、天儀は秘密警察のエージェント、皇帝の隠し玉だろうといわれている。情報の少なさもそれで説明がつき、有力説だった。
軍情報部の出遅れた調査でも、戦争再開がその天儀の提案によってされたというところまではわかっていた。
資料に目を通し終えた正宗が顔を上げていた。
天童愛と星守が話を止め、六川も含めた3人の視線が正宗へと向く。
「一撃決戦派の勢いはもう止めがたい。でもツクヨミから出て戦うのも得策ではない」
「つまり敵の出方を待つのですね。お兄様」
兄を賞賛するようにいう天童愛。
これに六川が異論を呈する。
「水明星は落ちています。ツクヨミを出る理由がありません」
はっきりとした強い口調。
六川からして、兄妹2人のやり取りの先にあるのは、ツクヨミから出ての一撃決戦。
敵の出方を待つということは、結局そういうことだ。そして長期戦は誰も望んでいない。出れば早期決戦を志向することになる。
六川も司令長官である正宗の置かれた立場は理解できる。だが
「正宗さんは攻勢に沸く軍内の状況からそれもやむなしと、考え始めているのだろうが、それは危うい」
と危機感をいだき、強く提言したのだ。
六川に続いて星守も難しい顔をしながら反対を口にする。
「今の星間連合艦隊の運用機構は、ツクヨミの支援ありきという弱点もあります。出ていって戦えるのでしょうか。それにグランダ側の狙いがまだ明瞭ではありません」
星守は意見を口にしている内に考えがまとまったのか、さらに言葉を継ぐ。
「敵が我々との艦隊決戦を望んでいるのか、連合宙域を荒らし回りたいだけなのか、これが判然としない上に、水明星の宙間要塞では殲滅戦が行われています。これを挑発と見るなら、敵の狙いは星間連合艦隊の誘引です。誘引が狙いなら何か罠を仕掛けてきているはずです。私としては今の段階で動くと決めるのは反対です」
「何を考えていようと、叩き潰してしまえばいいだけのことです。ねえお兄様」
天童愛が一撃決戦派のようなことを口走ったので驚く六川と星守。
天童愛のこの自信に満ちた言葉には理由があった。天童愛は星間連合軍にあって最も攻撃を得意とする。
「攻勢最強のアイスウォッチ」
それが天童愛だった。
兄がウィザード級と畏怖される男なら、妹は『雪女』と軍内で恐れられていた
いままでシミュレーターを使った模擬戦演習や図上演習で、攻勢作戦を取らせて天童愛以上の成績を出した者はい。
――話にならない。
と、六川が静かに思った。
愛さんは、お兄さんの決断を忖度、尊重しているのだろう。そして本来ツクヨミ堅守を貫きたい正宗の苦渋の決断を重く見るのは六川とて同じだが
「仮に戦うにしても、敵がツクヨミ周辺に接近し、何らかのミスを犯してからがベストです。今の段階での決断は危険です」
と、再度強く意見を具申した。
これに面白くなさそうに鼻を鳴らす天童愛。
硬くなる室内の空気。兄の決断を支持する天童愛に、反対する軍令部の2人。
正宗が、フッと微笑した。
その瞬間に硬直していた空気を爽やかな颯が押し流した。
沈着としたなかに明朗さがあり、それが周囲を引きつける。それが天童正宗。
「まだ、出ていって戦うと決まったわけではないよ。ただポーズは見せないと軍内の収集がつかないのも事実だ。六川君と星守君は、引き続き情報収集と分析を頼む。動くにせよ守るにせよ。情報だ」
正宗の言葉に敬礼して応じる六川と星守。
「お兄様、私は」
と、物欲しげな天童愛。
2人に指示がでたのだから、自分にも欲しいとはやる天童愛。
その顔は嬉々として、
――さあ、何でも言ってください。お兄様のいう事ならなんだって。
そんな様子がありありと見て取れる。
だが正宗は、
「愛は大人しくしていてくれ」
そういって笑った。
途端に真っ赤になりむくれる天童愛。
見せつけられた兄妹のじゃれあい。
六川は平静としているが、星守はほほを引きつらせていた。
この部屋での天童兄妹のじゃれ合いは、ままあることだった。
もう、と不満をあらわに腕組みして離れていく天童愛。
正宗はすねる妹を見て、星間連合軍において、攻勢作戦を妹以上に上手くやれる人間はいない。出撃となれば妹の出番だ。と、思いつつが再度苦笑し、デスクへ向かった。
六川と星守も、天童愛さんらしいという小さな嘆息してから自身のデスクへ戻っていく。
一人になった正宗が、戦力情報の表示されたモニターを見た。
水明星を確保したグランダ艦隊は、いまのところ第一星系へ直進する動きは見せている。
が、まさかツクヨミシステムに守られる第一星系へ突入してくることはない。というのは感がないでもわかる。
そして現状はグランダ6艦隊に対し、星間連合9艦隊。
仮に敵が艦隊決戦を望んでいたところで、9艦隊の星間連合優位には変わらない。
そう、いまのところグランダ軍に、星間連合への勝ち目は万に一つもない。
正宗からしても戦うというなら何か方策をもうけているのは間違いない。
――何が目的だ。
と、正宗は潜思。
その姿は、まるで徳の高い高僧が瞑想するような孤高とした様があった。




