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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章八、開戦編
71/126

9-(5) 天童正宗と星間連合軍

 星間連合軍司令長官(しれいちょうかん)天童正宗てんどうまさむねは喧騒のなか1人静黙していた。


「天童正宗」

 は、端正な容姿に黒い髪と黒い瞳。歳の頃はまだ若く二十代後半に見える。そんな若者が着ているのは、詰め襟のない、わかりやすくいえばスーツのようなデザインの白を基調とした軍服。

 

 なお場所は防衛省の敷地内にある軍令部本部のビルの会議室。

 この会議室の上座の中央に座しているのが、若くして星間連合軍のトップである司令長官の天童正宗である。

 

 若くして上座中央という最上の席にある正宗が、

 ――これを喧々諤々(けんけんがくがく)というのだろうか。

 など思いながら、薄く目を開いた目で豪華な内装の室内を見渡した。

 

 会議室には、ぐるりと長方形に並べられた机。

 その机に50名前後、頭の薄いものもいれば、でっぷりとしたもの、見るからに屈強そうな男もいる。年頃は若くて四十代から、上は七十代か。

 

 ――女性の数はいまだに少ないな。

 と、正宗は思った。

 会議室内には男性が多数を占め、女性の数は十数名程度だろう。

 

 ――私が変えるべき、状態の一つだな。男だけが寡占かせんするというのは問題がある。


 人類が多惑星間時代ラージリンクプラネットに入って久しくたつが、それでもまだ女性が軍の重要ポストにつくのは難しいのが現実だった。

 軍は能力主義であると同時に、力が物いう男性社会。どんなに平等をきしても、男が有形無形の力に物を言わせて成り上がっていく。


 正宗が眺めるなか室内は沸騰している。

 正宗は、そんな沸騰する面々を見渡し

 ――で、この方々は現状を理解しているのだろうか

 と、思って勝手に上がっている発言に耳を傾けた。


「講和を一方的に破棄するとは正気の沙汰ではない。開戦するにも、やり方というものがあるだろ。」

 

 耳を傾けると同時に入ってきたこの声に、

 ――この意見は彼1人ではない、突然の開戦に誰もが怒り心頭というところか。

 そう正宗が冷静に思った。


 グランダ軍の侵攻の報で、正宗が招集した緊急の参謀統合会議だったが、集まり着席していく面々の表情を見れば、誰もが今回のグランダの一方的な講和条約破棄に怒り心頭というのはすぐにわかった。


「それに1年半。早すぎる。講和の段階で再侵攻を画策していたとしか思えない」


 ――そうだ全く早すぎる。背信に等しい。

 と、正宗も思う。

 思うと同時に別のところから声が上がる。


「それより情報部は何をしていた。寝ていたのか」

 

 ――全くだが、参謀本部が軍令部との内訌ないこうに熱を入れあげていたのが原因だな

 と、正宗が冷たく思った。

 

 若い正宗が議会から指名されて司令長官に就任したのは軍の組織改革を期待されて。

 その正宗の軍改革に、真っ向から対立したのが参謀本部だった。

  

 いまの参謀本部は軍の主導権争いに入れあげ、司令長官の反対勢力と成り下がっている。

 おかげで情報部は、反乱の密謀で行いかねない不穏な空気のある参謀本部のお歴々の監視に手一杯。


 室内を眺めつつ

 ――収集がつかないな

 と、思った正宗が手を打った。


 パンッ――。

 と、空気を割ったような透明な音が室内に響く。

 

 途端に室内が静まり返り、司会進行を務めていた参謀次長さんぼうじちょうも咳払いした。

 

 その咳払いは

 ――では、あらためて説明を開始しますよ。

 という意味がある。

 

 参謀次長は銀髪にメガネの40代のほほのこけた男。いかにも細かい性格で、気難しそうという風貌だ。

 そして参謀次長は、いらついていた。


 参謀次は会議開始で、まず情報を説明し認識を共有しようとした途端、ほうぼうから勝手に発言が続き、黙り込むはめになったからだ。

 

 気難しや参謀次長は、そもそも司令長官殿も、もっと早く場をおさめるべきだ。などと思いつつ途中だった説明を再度開始。最後に、


「昨日の未明に、水明星がグランダ軍の手に落ち、宙間要塞に篭った黄子推こうしすい以下一五〇〇名は全滅」

 といって水明星と宙間要塞状況を説明し、最後に現在のグランダ艦隊のおおよその位置をつげ、説明を終えたのだった。


「ずいぶん早い。開戦は3日前だ。そして水明星には改造艦とは言え8隻の軍艦が残してあったのに」


 参謀次長の言葉が終と同時に声が上がっていた。

 次に誰となく、

 

「国境まで兵を進めておき宣戦布告したのでは」

 という意見が出た。


 この発言を機に、室内に沈黙がおとずれ、その様子を正宗が見渡すように確認する。

 

 正宗の目に映る面々の顔は期待に満ちている。

「一五〇〇名が全滅したのだ。次こそは出撃するだろう」

 という期待だ。ただ、この期待は半ば強要に近い。

 

 何故なら司令長官の正宗の意向が、

 ――第一星系内の堅守。

 と、ここにいる誰もが知っているからだ。


 我々の思いとは逆に、天童正宗はツクヨミ内からでるつもりはない。だが、今回、それは納得が行かない。宙間要塞で殲滅をやられたのだ。これを放置すれば星間連合軍の沽券こけんにかかわる。

 

 室内の思いは、出撃、という色が濃厚にある。


 そんな熱さをもって室内が沈黙する中、参謀次長が再び口を開く、軍の方針をつげるためだ。

 

「最外の水明星がすでに敵の手にある以上、第一星系から出て戦う意味はもうありません。今回も第一星系内に、防衛線を張りグランダ軍を待ちます」


 言及しておくと、星間連合の第一星系には強力な電子防御網、通称ツクヨミシステムと呼ばれるものが存在する。

 第一星系の3つの入植惑星と、星系内の衛星やコロニーを利用して構築した電子的防御、これがツクヨミシステムだ。


 この中に入ってくるあらゆる敵性因子てきせいいんしは、たちどころに排除される。

 ツクヨミシステムを前にしては、グランダ軍が全艦艇で突入を仕掛けても、なすすべなくコントロールは奪われ、一発の重力砲も撃たずに敗北するしかない。


 この参謀次長は、この無敵の電子防御陣であるツクヨミを利用して今回も戦うことを提案。

 これが参謀長を兼ねる天童正宗殿から出た指示だったから、内心反対でも参謀次長としては従うしかない。

 つまり言葉は、ほとんど追認要求だが、今回はこれに異論が出た。

 

「また消極策ですか。確かに勝てるでしょうが、我々が出て行って叩かないから、グランダは度々戦争を仕掛けてくるのではないですかね」


 そう苦々しく発言したのは、9個の内の一つの艦隊司令の1人で、

『一撃決戦派』

 と呼ばれる派閥に属している男だった。


『一撃決戦派』

 とは、もともと積極攻勢派の派閥の一つで、「決戦派」と呼ばれた人々の意見がさらに昇華され、戦うなら一度でケリをつけたほうが良いということで形成された派閥。短期決戦で戦争を終わらすことを念頭に置いた上で、一撃でグランダ軍を倒すという部分が、強調された派閥名だった。

 

 第三次星間戦争後の正宗の仕事の一つに、この手の強硬論を抑えることが主となっていた。

 

 一撃決戦派の艦隊司令に続いて次々と声が上がる。

 

「国家の規模が惑星間に及ぶ時代に、いまだに大将軍だの主力部隊を中軍だのと言ってるおめでたい連中だ」


「それだな。おめでたいから無謀な戦争を仕掛けてくる」


「講和は2年前、いや約1年半前か?どちらにせよ短期間での一方的な破棄は異常だ」


「彼らは我々が大した報復をしないから、簡単に開戦するではないでしょうか」

 

 室内の様相は積極攻勢を取るべきではないか、というこれまで押しとどめていた鬱積うっせきが噴出。

 これにメガネの参謀次長が、嘆息。


「結局のところ、グランダ艦隊を撃滅せねば戦争は繰り返されるのでは」

 と、司令長官正宗へ向き直り意見を呈した。


 天童正宗の下で消極策を推し進めてきた参謀次長ですら内心は積極攻勢に傾いているのが現状。

 

 これに司令長官正宗が、右手をかかげて応じた。

 積極攻撃論で燃える室内の喧騒を制するような仕草。

 室内が静まり正宗へ視線が集まる。


「ツクヨミから出て戦う意味はないと言っていい。それにグランダ艦隊を撃滅したら二度と攻めてこないという保証もないのですから」


 瞬間、室内の雰囲気に、苛立いらだちともとれるようなものが走る。

 正宗の言葉には、承服しかねるという空気。

 

 だが、不満の感情を向けられる正宗の顔は涼しいまま。

 若く優秀な男は、周囲から理解されないという事象に慣れっこだった。

 対立意見に一々反発していては、何も進まない。


「ですが、確かにグランダ艦隊を放置するというのもいかがなものか。今回、グランダ軍は星間連合内の惑星やコロニーなどを攻撃して回る可能性が高い、これが軍令部の分析。彼らは成果を望んでいる。現状、星間連合で一番手薄なのは第四星系。つまりグランダ艦隊は、次はここを攻撃する可能性が高いというわけです」

 

 力強くいう正宗。

 この発言で室内の空気に変化が生じていた。

 いま出ている正宗の言葉は、ツクヨミから出ないのなら、わざわざあげつらいたい内容ではない。

 

 正宗は集まる視線に、期待の色が混ざり始めたと同時に、

 

「グランダ艦隊が、我が第四星系を攻撃にするには星間連合宙域に深く入り込む必要がある。連絡線を断って後ろか襲う」

 と、大きく宣言。場を圧倒した。

 

 室内にどよめきが起きる。

 室内の人々は、攻勢という強い思いを持つと同時に、正宗はツクヨミ内での堅守を貫くという失望も覚悟していたからだ。


「だが、戦うのはあくまで敵が長駆ちょうくした時のみ。今はグランダ軍の出方を見る。自重して下さい」

 

 この正宗の言葉で会議は終了。

 同時に、室内は会議が終わった開放感と、司令長官の口からついに出た積極攻勢に明るい雰囲気が漂った。

 会議におとずれた面々は戦いを予感し、興奮の余韻よいんを胸に残しながら部屋を後にしていた。


 会議が終了した部屋に天童正宗が1人、興奮に包まれる室内の様子を冷淡な目で眺めながら席を立った。

 正宗の考えでは、第一星系から出て戦うのは得策ではない。正宗は内心苦渋の思いを抱いて会議室出たった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 星間連合軍の頂点に立つ天童正宗の階級は、

 ――元帥げんすい

 これは星間連合軍の最高階級である。


 第三次星間戦争の勝利に導いた天童正宗には、現役元帥という破格の栄誉に浴していた。


 法令外の特例を許さない星間連合にあって、異例中の異例、特例中の特例というのが天童正宗。

 

 若くして星間連合軍の頂点に立ったこの男は、元々電子戦司令部に属しその中でも特殊な実戦強襲隊の出身。

 進歩した科学は魔法のようにしか見えないとはいうが、その卓越たえつした電子戦技術は最早魔法。

 

 そんな彼を形容した言葉は、

「ウィザード級」。


 それが星間連合軍の頂点に立つ天童正宗だった。

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