9-(4) 輝星の義士(下)
黄子推は一五〇〇名を三隊に分け、宙間要塞の要塞司令部、馬頭陣、剣山という要地に配置。
宙間要塞は小惑星を核にできている。天然の地形に由来する防御拠点が存在する。
この三つの拠点は、段差のついた三角を形成しており相互に扶助が可能であった。
一五〇〇名はグランダ軍が強襲揚陸を開始するのを静かに待った。
静寂が宙要塞司令部をおおうなか、その静寂を通信兵の声が破った。
「発、グランダ軍旗艦大和・大将軍天儀。宛、宙間要塞司令官・黄子推」
と、通信兵は、ここまで読み上げると、続く細かい内容を読み上げずに
「降伏勧告です」
と、だけ報告した。
グランダ国軍からの降伏勧告。当然だった。
電子戦で負けているのだ。普通ならもう投降していてもおかしくない。
――降伏勧告。
という言葉に、黄子推の体貌から怒りが立った。
いま黄子推は腕を組み怒髪し仁王のようだ。
その仁王が、
「発、宙間要塞司令官・黄子推。宛、グランダ軍旗艦大和・大将軍天儀」
という言葉とともに気を放っていた。
継いで黄子推は返信内容をつげる。
「朝に盟約を誓い、夜にそれを破るような相手にどうして降れようか」
そう講和は一年半前、いま戦いになるということは、どう考えても講話直後から開戦を考えていたとしか考えられない。信義がなく道義にもとる。
黄子推に、降伏すれば苦しまないという言葉は通用しない、グランダ軍が攻めてこなければ、いや皇帝が戦争を、やる、と決意しなければ、そもそもとして水明星住民も黄子推も苦しんでいない。
すべてはグランダ皇帝というたった一人の男の邪が原因だった。
「グランダ皇帝は、まさに悪逆非道。人の道を知らない。そして我々には志しがある。丈夫の志しとは容易く手に入れられるものではなく、また屈するものではない。我らは非道な皇帝と道を同じくしない。要塞が欲しければ奪ってみろ。以上」
黄子推は言葉を終えると、続けて宙間要塞内の兵員たちへ
「我らは輝星の義士。死して故郷の夜空を照らすのだ。無駄死ではない」
と、放った。
これが黄子推の最後の訓示となった。
この拒絶文を送った直後、グランダ軍の猛攻が始まった。内容を全部読んだのか読まないのかという早さだ。
天儀からすれば、もとからして黄子推が降伏するなど一つとして思っていない。
天儀は黄子推からの拒絶を受け取ると同時に指示を飛ばした。
「砲で強襲地点をならせ、続いて二足機による爆撃だ。そのあとに強襲揚陸で歩兵部隊を送り込む」
艦砲射撃が開始され、いま戦況を表示するモニターには、宙間要塞への砲撃がどの程度の効果を上げているかなどの数字やグラフ表示されている。
そのモニターを眺めていた天儀の顔がけげんとなる。
天儀の表情の変化の理由は、指示が正確につたわっていないという違和感。
違和感を感じた天儀が動いた。
「中止だ!やめろ。砲撃を止めろ」
と、いう天儀の声が大和ブリッジに響た。
突然の大将軍の荒げた声。強襲揚陸を指揮していたブリッジ総司令部区画全体が驚き一瞬停止。
大和のブリッジは艦中枢を一箇所に集めた一体型ブリッジ。
総司令部区は天儀の立っている目の前。というよりブリッジ中央の総司令部区画の中に艦長が設置してあるような配置。司令部区画の外側、ブリッジ壁にそって操船関連の各種オペレーター席が設置されている。
天儀の声に中軍の砲戦指揮をしていた大和砲術長が、すぐさま砲撃中止を命令。
天儀は手近にいた氷華へ向け
「おい、なんで接地点へ重力砲当てている。接地面を穴だらけにして、どこに接舷挺を接地させる気だ」
「いえ、そういうご命令でしたから」
当然のようにいう氷華。
天儀が、
――マジか。
という目で氷華を見た。続いて幕僚たちをも見た。
幕僚たちも氷華と同意見という顔。
――なるほど私の指示が雑だったか。
と、天儀は思い。
「こういう場合は、強襲揚陸を妨害するために配置された着岸地点周辺の構造物を狙うんだ。強襲揚陸地点を穴だらけにしては揚地にも離脱にも手間が増える」
そういって自身の指示の意図を口にした。
途端に総司令部内に、
――ああ、なるほど
という空気がでた。
いや、正確には
「ご命令だから従っていましたが、変な指示だと思っていたんですよ」
という空気だ。
作戦指揮を執るためにいる総司令部区画につめている幕僚たちからして天儀の
「砲で強襲地点をならせ」
という言葉は不思議だった。
天儀が幕僚たちを見渡すと、誰もが跳ねるように敬礼。
幕僚たちも意思疎通の齟齬に気づいていた。敬礼は、今後気をつけるということを態度でしめしていた。
天儀が
「お互い気をつけよう」
といってあらためて砲撃開始の命令を下したのだった。
砲撃が開始され艦長席で、状況を眺める天儀。
そんな天儀の横に氷華が立った。
もう宙間要塞相手の電子戦の勝敗は決している。電子戦の責任者が監視している必要もない。
「あの指示は私からしても解せませんでした。確認すべきでしたすみません」
「訓練は再三繰り返したが、私が戦争再開を上奏して半年だからな。拙速を尊んだ結果だ。これが蟻の一穴にならないよう修正していくしかない。それに、どんなに練度が高くともこういうことはある」
氷華の言葉に、天儀がそう応じるなか、二足機による対地攻撃が開始さていた。
二足機による対地攻撃が終わると、強襲揚陸が開始。
宙間要塞に歩兵部隊が浸透していく
――制圧戦。
となった。
戦いは大詰めとなっていた。
黄子推の守備軍は、驚異的な粘りを見せたが数時間の戦闘後、馬頭陣が陥落。
その後すぐに黄子推の要塞司令部も取り囲まれ再度降伏を促されたが、黄子推は、
――黙殺。
を返答として水明の宇宙に散った。
この期に及んでいうことなどない。という見事な死に様だった。
残った剣山は、総勢50名がまだかろうじて戦闘を継続していたが、要塞司令部の陥落と黄子推戦死の報を受け全員が殉じ、剣山の戦闘も終了。
宙間要塞は陥落。
星間連合の第五星系水明星は開戦たった3日でグランダ軍の手に落ち、グランダ軍は水明星宙域での二度の戦いで勝利を上げたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――電子戦で敗れて死ぬまで戦う。
グランダ軍から見て宇宙要塞は無謀な抵抗をしたように見えた。
宙間要塞と交戦したのは、精鋭の中軍。士気も高く忠誠心も高いが、合理主義者が多い。
大和のブリッジ内には、モニターに映し出される戦果を見ながら、
――どうして、ここまで戦ったのか。
という白けた空気と冷淡さが漂っていた。
この白けた思いを氷華が冷めたジト目で
「電子戦で完全に敗れたのに戦うとは。解せません」
と、ぽつりと口にした。
天儀がムッとした。ムッとした天儀は、
「黄子推は早かったな」
と、感じた不快を外に吐いた。
――なにか気に障ったんでしょうか?
氷華がけげんに天儀を見た。
明らかにいまの天儀の声には不快の色がある。
「私は、要塞は空かと思っていたよ。よもや防衛戦が展開されるとは。この黄子推の行動を生かせないのが星間戦争での星間連合のドクトリンだ。こう考えれば100年前から黄子推の敗死は決まっていた」
天儀は戦争には非情しかないと思っている。戦争に美しい死などない。これが天儀の見た現実だった。
そんな天儀からして、
――玉砕。
とは軽々しく口にしていいものでもないし、口にしたくもないが、黄子推と宙間要塞はまさにそれだ。黄子推は天儀の人生の確証の一つを越えたともいえる。
天儀は、黄子推と宙間要塞の全滅を受けて、
――無駄な戦いでは。
というブリッジ内の白けた雰囲気を察していた。
天儀が思うに、この白けた空気は大和ブリッジ内の乗員だけでなく、中軍全体が同じような感想を持っているのだろう。
だが氷華は、天儀の言葉に疑義の色をジト目に浮かべ天儀を見た。
氷華からしていまの天儀は、
――熱い。
この熱さの理由は、間違いなく艦内の雰囲気への不満。
ようは天儀さんは、ブリッジ内に漂う、
「黄子推と宙間要塞は無駄な戦いをしたのでは……」
という空気が気に入らないのだろう。
氷華は、そう天儀の心中を推量し、
「大将軍は黄子推が立派だといいたいんですね。でも死ぬとわかっていて戦うことが立派でしょうか」
といった。
そして氷華は最後の出したかった否定言葉をジト目に乗せて、
――違うでしょう?
と、天儀を見た。
正論だった。
正論なだけに、
――そうじゃない。
という感情が高ぶり天儀がいらだった。
「そうだ。立派だ。星間連合はグランダの度重なる侵攻で水明星破棄を検討していたというではないか。だが黄子推からすれば、水明星の破棄は受け付けがたい一事。そう考えれば黄子推は星間戦争が開始された時点でおのれの死を知っていたと言っても過言ではない。死を知ってなおそれに臨むとは。しかもそれに少なくない人数が従った。黄子推はまことの士である」
天儀は玉砕という言葉を避けてそういった。
呆れる氷華に、天儀が一人納得したように言葉を継ぐ。
「そうだ。あれこそまことの士だ。それ以外にない」
天儀が憤然とし、ブリッジ内を見渡した。
大和ブリッジは戦闘の後の喧騒もすでに去り始め、次の作戦行動へ向け動き始めていた。
宙間要塞のことは、もう終わったこと。
天儀がブリッジ内を見渡し終わると、ばつが悪そうに頭を掻いた。
そして長嘆息を一つ。
天儀の胸間を、
――独善か。
という感情が駆け抜け、駆け抜けると同時に天儀の心身から熱が去っていた。
天儀は氷華の態度のおかげで、黄子推の死に感傷なようなものを抱いているのは自分一人だけと気付かされたのだった。
「次の作戦行動の準備に入る。ここから進んで、アキノックの上軍と紫龍の下軍と合流だ。六個艦隊が一堂に会する。大変だぞ」
天儀が横で戦闘記録の確認を始めていた氷華へ言葉をかけた。
氷華がジト目で、天儀を見上げる。
天儀から先程までの熱さが完全に消えていた。
氷華は、直前まで黄子推の死に感慨無量といった感じだったのですが、切り替えが早いですね。と思いつつ
「セシリア情報部長が大変そうです。六個艦隊の情報管理の責任者ですから」
そう応じた。
天儀の大将軍任命で、氷華が第二戦隊電子戦指揮官から六個艦隊の電子戦責任者へと昇格したように、セシリア・フィッツジェラルドも陸奥情報室長から六個艦隊の情報を統括する
「情報部長」
へと昇格していた。
天儀が、他人事のよう氷華を見て苦笑しいう。
「君も六個艦隊の電子戦を統括するんだぞ。内部の情報管理、外からのアクセスへの対処。安全管理は煩雑で、戦うより大変そうだ」
「ま、大丈夫です」
気負いなくいう氷華。
そんな氷華は、
――それより。
というジト目を天儀へ向けた。
たしかに私は六個艦隊の電子戦の責任者ですが、天儀さんはご自分が全軍の長ということをお忘れでは。そのほうが遥かに大変という話なんですが。
氷華は、そんなことを思いながら天儀を見ていると、天儀は
「これからの行動は、艦隊決戦へ向け六個艦隊の連携という意味も大きい。実戦に勝る経験はないからな。実際六個艦隊が戦場で行動をともにすることはきたる艦隊決戦へむけ重要な経験となるだろう」
そう確認するように、今後の作戦行動について口にしたのだった。
天儀の中軍が合流座標へと動き始めていたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ところで天儀は黄子推について、自分と周囲の認識のズレを感じ、それ以降黄子推の話題は二度と出さなかった。
だが戦後に帝から天儀へ敵味方問わず将についての下問があった折に、黄子推の名前が出ると行いと節義を褒め
「士とはこのことであり、士を得るということは、こう言うことであります。水明の黄子推はまことの士です」
と、絶賛して評した。
あのとき黄子推は一人で死ぬつもりだったろう。それに大勢が従ったのだ。
――窮地に至って自分とともに死んでくれるものがどれほどいるのか。
これはおのれにしても、目の前の帝にしてもだ。
そう思えば、やはり天儀の心から拭い難いことだった。




