2-(5) 一体式ブリッジ
「これからブリッジを作る」
これが天儀から開口一番、集まったものたちへつたえられた言葉だった。
集められたのは30名ほどで、操舵手や各種オペレーターなどブリッジ勤務になる乗員たち。
あとは情報部と電子戦科の出身者。
その中から誰となく
「司令部と電子戦室などの艦中枢を一体化してしまうんですね」
と、いう声が上がった。
集められた者たちは、天儀が星間戦争再開に向け属目した人材、頭の回転は良い。
氷華同様に、この操舵室らしき何もない部屋の意味を推理し、似たような結論を得ていた。
天儀が上がった声に、肯定の返事し説明を続けた。
「君たちもこれまでブリッジに、不便さを感じたことはないか。設備の配置は様式化したものをそのまま踏襲していて位置関係が非効率的だと私は思う。私の構想では、ブリッジと電子戦室と情報処理室を一体化して、司令部もそこへ入る。この配置を、各種専門家であり実際使う君たちに行なってもらいたい」
天儀の言葉に、室内がざわめいた。
確かに施設の位置関係を見直し、物理的な距離を縮めれば艦内の情報の伝達は効率化される。
この至極単純な道理に、面白いという感情の混じった肯定のざわめき。
室内のざわめきが、声と変わり次々と経験談が上がる。
「以前、ブリッジと情報室の回線が駄目になったときに、解析データを伝えるのに、情報室から走って苦労しました」
「ブリッジと司令部が、一体式なら口頭報告も楽ね。情報室から一々別々に報告するわけだし」
「探査結果の報告も混線するんだよな。データ飛ばすだけっていっても、データ送ったことを結局マイク使って口頭で知らせるから」
「司令部からの指示が決定して、操舵の私に進路の指示がとどく頃には、次の操舵指示が、もう無理よ。細かく艦を起動させて回避運動したいなら後ろで指示してくんなきゃ」
「司令部で司令官が決定し、その指示がブリッジの艦長までとどき、艦長から操舵手に指示が出るのにおよそ三分はかかるからな」
「三分前の回避指示とか、状況によっては被弾してますね」
「まあ、普通は、回避指示などのような操艦指示は、その時ブリッジにいる操艦責任者からでますけど、意思決定が伝わるのに最短三分は致命的よ」
「てか、星間連合軍のブリッジって操舵室と司令部が一体式でしょ。何故、グランダ軍もそうしないのかしら」
「そもそも小さな艦艇は、砲術長もブリッジの一角に席があって砲戦指揮してるわよね。大型艦でもそれで差し支えないはず」
口々にあがる今まで感じていた不満。
そんな面々に、セシリアが
「艦政本部からの許可は頂いていますので、好きに配置していただいて問題ないですよ」
と、つげると、室内に興奮が満ちた。
実際配置を決めても艦政本部から許可が降りなければ絵空事。せっかく良い配置を考えても徒労と終わる。
セシリアの言葉は、これまでの伝統を変えることへのお墨付き。
伝統ある軍で、小さなこととはいえ改革の場面に立ち会えるというのは、そうそうない。
それに艦の物理的な指揮系統を効率化するというのは中々大きいことだ。
成功すれば、この陸奥で行った改革が、他の艦にも踏襲される。
――軍内で手本となれる。
集められた30名は、星間戦争を終わらせるという気概に満ちるものたち。
彼らにとってブリッジ改革という軍全体の先例となる作業は大変やりがいを感じるもの。
加えて、艦政本部の許可を事前に取っているというものすごい。
このように配置に変えたいのですがどうでしょうかと、計画書を作り提出するのではなく、
「具体的な内容は未定だが、変更の許可をくれ」
は、普通は通らない。
「司令は只者ではない」
と、いう雰囲気が室内に満ちた。
よくよく考えれば、艦内施設の効率的な配置という仕事は艦政本部のエリート技術将校の仕事だ。
それを自分たちが好きにできるというのは、やはり興奮を伴う喜びだった。
興奮する一同の様子を確認した天儀が続ける。
「操舵関連の設備は、明日に設置することになっている。その他は位置が決定次第という感じだが明後日までには業者に発注したい。施設の配置はざっと決めておいたが、自由に動かしてもらって構わない」
この言葉に、室内の面々が一斉に敬礼したかと思うと、上げた手が下がりきらないうちに動き出していた。
天儀は、そんな面々を頼もしそうに眺めながら
「あと欲しいものがあれば言ってくれ。善処する」
と、付け加えた。
こうして陸奥ブリッジは、3日かけて完成することとなる。
新たに陸奥で採用されたブリッチは、一体式ブリッジと呼ばれる小型艦艇などで採用される方式で、何も天儀は極めて斬新な方式を考案したわけではない。
星間連合軍ではすでにほとんどがこの方式で、宇宙船という広い視点でみれば、むしろ一体式でないほうがめずらしいぐらいだ。
艦内スペースの効率的な活用という意味でも一体式は宇宙船にとって利点が大きい。
黎明期の宇宙開発は、人の入る場所を確保するのもやっとで、衛星基地といわれるような長期滞在する宇宙施設でも無駄にできる空間など存在しなかった。
人類が地球の衛星軌道上で格闘を繰り返していた時から数十世紀。
技術は飛躍的に進歩し、人類は宇宙で多大な空間を当たり前のように手にするようになったが、グランダ軍の無駄の多い施設配置は、その手に入れた多大な空間を持て余していたともいえる。
――艦内スペースの効率的活用。
この当たり前を
「非効率的な面もあるが、問題がないのだから変える必要もない」
と、長年放置してしまうのも軍という組織だった。
陸奥は天儀の一声で、次々と一体式のブリッジのレイアウトが決定されていった。
天儀は、それを面白そうに眺めているのみ。
情報科のセシリアは情報室と呼ばれる区画をどうするか、情報科将校と話し合っている。
氷華も電子戦指揮所として与えられた区画で機材のレイアウトの調整を行った。
翌日から業者が入り、機材を仮設置。2日目の午後には、仮設置した機器で航行シミュレーション。
夕方には、シミュレーションを元に不都合点を洗い出し機材の位置を再度調整。
3日目の早朝に、再度航行シミュレーションを行い機材の位置を最終調整。
3日目の午前中には、業者が入り機材の位置を固定しブリッジが完成。
氷華とって、いや集められた30名とって怒涛の3日間だったといえる。
陸奥の何もない広いブリッジに集められてから3日が終わり
「今思えば、なんとむちゃな」
と、氷華は思う。
あの3日前の時点で誰が何を担当するのか、つまり担当分けが一切されていなかったのだ。
人を集めたのに人事は白紙である。
ブリッジを作る過程で自然と役割が決まり、それが正式に採用された。
ただ、天儀は艦運行に必要なブリッジ要員を集めている。
全員が情報科とか、士官学校一年目でまだ専門科目が決まっていないような状態ではない。
操舵手などの操船関連の乗員や、通信索敵のオペレーターなど元から役割が決まっているようなものだし、情報部のものは、情報処理担当だろうし、電子戦科は電子戦指揮所に入るのは道理で、一々決めなくても決まっていともいえる。
それをわざわざ司令天儀は、機材設置行われる間に、一人一人に何をやりたいか希望を聞いて回ったのだ。
天儀は、携帯端末片手に一人づつに
「君は何をやりたい」
「索敵オペレーターだな」
「君は、通信か」
と、聞いて周り、先ず最初に話しかけた操舵手の娘に
「別にいいんだぞ。操舵以外がやりたいなら。好きなものをいってくれ」
そう当然のように問いかけていた。
驚く操舵手の娘。操舵手は、操舵以外の専門教育は受けていない。
操舵手以外をやれといわれても困る。
司令問の意図がわからないと、困惑する操舵手の娘。
天儀は、そんな操舵手を前に、室内全体へ向けて
「今、諸君の陸奥での職について一人一人聞いて回っている。軍には定数があるからな。不本意な役割を与えられ、我慢しているものもあるだろう。この機会に変えてもかまわない。部署の定数が割れれば、ほかから引っ張ってくる。どうせ30名ではブリッジは回らないからな。何にせよ補充することになる。別にやりたいものがある場合、気兼ねなくいってくれ。変更しよう」
そう宣言していた。
「専門分野以外を希望した場合、再訓練が必要だと思いますが」
天儀の言葉を受けて、室内からそんな質問が上がった。
当然の質問だった。
オペレーター系のブリッジ要員は、基本的にオペレーター系全般の教育を受けるが、当然、通信、索敵などの専門がそれぞれにある。
高度な知識を必要とする担当の場合は、専門教育を受ける必要があった。
操船には専門があるといっても仮に、死亡や体調不良などの不慮の事態でブリッジ要員に欠員が出ればどうか、誰かが代わりにその役割を補う。たとえ専門教育を受けていなくてもだ。出来るできないではない。やるのだ。そうでなければ操船は不能。
欠員を補った結果、あらゆる担当がずれ込み、ブリッジ内のほとんどが兵学校や士官学校で基礎教育を受けただけの未経験に近い担当ということもありえた。
9人必要なところ8人なればどうするのか。1人が二つ行うなりして空いた一つを補うのだ。では9人必要で、5人になればどうか。5人でなんとかするだけ。
なんとかできなくなった瞬間に死を待つだけとなる。
天儀の「職を好きに選べ」という宣言は、30名にそんな危機的状況まで想像させていた。
天儀は上がった質問へ
「もちろん再訓練の期間は与える。簡単なものなら陸奥で任務中に再訓練。より専門職なら。何にしろ戦争には間に合うようにしてやる」
そう当たり前のように、当然として応じていた。
これまでと違い言葉の最後が押し付けるような口調。
30名は仮に他を希望するなら間に合うように努力しろという強要を感じた。
そして一連の言葉を口にする天儀の当然さは、操舵手の娘が、操舵以外の職を希望すれば、そのまま携帯端末上に表示した書類に入力し、希望の職をやらせるという揺るぎなさがある。
冗談でも他の仕事をいえば、それが正式決定されるだろう。
迫られた操舵手の娘は、瞬間的に追い込まれて思考を巡らす。
――自分は、この艦で何がやりたいのか。いや何をやるために陸奥へきたのか。
「操舵がやりたいです」
と、操舵手の娘は、強く志願していた。
天儀は、このやり方で、30名全員に聞いて回った。
セシリアは、微笑みながら
「情報室が、いいですわね」
というと、天儀は
「じゃ君は室長だな」
そう口にしながら端末に表示した書類に記入しつつ
「陸奥情報室長セシリア・フィッツジェラルド。戦隊の情報責任者だ。頼むぞ」
と笑った。
セシリアは、大役ですねと微笑み返していた。
氷華は、目の前に立った天儀へ
「電子戦です」
と、短く応じた。
自分以上に適任はいない。という自信に満ちた一言。
「わかった。第二戦隊電子戦指揮官。陸奥の電子戦と、戦隊全体の電子戦を担当しろ。ぬるさを見せるなよ。全員が死ぬ」
氷華は、天儀から威圧されるようなものを感じ、負けじとジト目を強くして天儀へ応じた。
最後の付け加えられた
「ぬるさを見せるな」
という言葉は、氷華へ自身の仕事の重要性をあらためて認識させていた。
電子戦で敗れれば、艦のコントロールは敵へ乗っ取られる。生殺与奪権が、敵に握られるのだ。
これは敗北を意味するだけではない、相手の
『なんとなく気に食わない』
で死ぬ。
当然、国際協定違反の非人道行為だが、偶発的な事故も含めこのようなことは往々にしてあり得た。
こうなれば後々問題になり、意図的なら戦争犯罪、事故なら過失致死として軍事法廷で加害側の責任者は裁かれるだろう。だが、加害者にどんな懲罰がくだろうと、死んでしまっていては元も子もない。
当然これは極論にすぎる面はあるが、可能性としてはありえ、最も安全なのは電子戦で敗れないことである。
加えて、この決定方式は、いわば自薦に近い。
乗員たちは、自分の役割に強い責任を感じたのであった。
そう天儀は、乗員一人一人におのれが何をやるか自覚させたともいえる。
集められた30名は、自ら役割を選択したかのような感覚を持った。
こうして3日目が終わる頃には、陸奥のブリッジは完成し、軍のデータ上から陸奥の改修工事中の文字も消えていた。